飛空船の契約。
翌朝、呼び出されたロランは身体を大いにビクつかせていた。
半ば保護者と化しているルークも同行したし、彼もまた爵位を賜った。
だが今日は叙勲式のような大きな催し事は無く、謁見の間にて、少人数の集まりで爵位が授けられる。
しかし参列したのは国王に加え、ロイドやウォーレン、多くの近衛騎士たちだ。
少なくとも、ロランが緊張しないはずもない。
結局彼は引きつった顔のままそれを終え、やっと落ち着ける――と気を抜いていたのだが。
「あ、ロラン。ちょっといい?」
「なに!? まだ何かあるの!?」
「ちょっと別室でなんか話したいことがあってさ。ゆっくりできるから、来てもらえると助かるんだけど」
「あー……なるほど、アイン君となら大丈夫だよ」
油断していた。
アインと二人で友誼を深めるだけだと思っていたのに。
「お爺様も来るけどね」
まさに膝から崩れ落ちそうな言葉だった。
決して嫌なわけじゃないし、シルヴァードに対して嫌悪感があるわけでもない。ただひたすらに緊張するし、何か粗相をしないかと心配で心配でたまらないだけだ。
すると、ロランの隣に居たルークが口を開く。
「殿下。この子が一人では何か間違いがあるかもしれません。私が同行しても?」
「勿論ですよ。ルーク教授」
「……私はもう、殿下の担任ではありませんが」
ふっ、と不敵に笑うルークを一瞥し、アインが一歩前を歩いて二人を誘う。
「でも実際、俺にとっては教授ですから。お爺様のところに着くまでは、前と同じように話していただけると嬉しいです」
ここは王城であってキングスランド学園ではない。
正直なところ、アインの言葉に応じていいか疑問ではあるが。
「――では」
ルークは最後には応じることを選んだ。
「話と言うのはなんなのだ? このロランの顔をよく見てみるといい。まだ水揚げされたばかりの魚のほうが元気があるぞ」
「あの、それ以外の例えってなかったんですか?」
「ならば私の昔の同僚だ。奴は九年ほど無休で仕事をしていたら、最後には銅像のような顔になっていた」
「……ちなみにその方は今?」
「道化師になって一財産を築きたいと宣言したその後、とんと姿を見ていないな」
やばいやつじゃん、とアインは大口を開けて天井を見上げた。
ロランがそうならぬよう気を付けねばなるまい、と。
「ちなみに話って言うのは飛空船のことなんですが」
「ッ!? 飛空船のことを聞きたいの!? ボクに!?」
「見たまえ、アイン。これが水を得た魚と言うものだ。水揚げされた魚でもこれほど元気になる」
「……教授の授業はためになります」
「アイン君ってば! ねぇ!」
「ロランはロランで少し落ち着いてって……」
中々賑やかになってきたところで、三人が到着した一室の入り口。
ここはサロンで、よく、歓談をする場に使われているところだ。
そこでアインが扉を軽くノックした。すると、中からシルヴァードの声で返事が届く。
「お爺様。お二人を案内してきました」
「うむ」
ソファが長テーブルを囲むように配置されている。
部屋の奥側にシルヴァードが腰を下ろしていて、アインはその隣に足を運んだ。
残るロランとルークの二人は、その反対側に腰を下す。
テーブルの上にはすでに、ロランが毎日のように眺めていた設計図が乗せられている。
「これ……ボクの……」
「すまんが、事前の報告により複製を用意させてもらっておる。早速この飛空船について尋ねたい」
「は、はいっ!」
「余は詳しい技術を聞こうと理解が追い付かぬ。例えばカティマであるならば、すぐに理解することも可能で会ったろうが。あ奴は今、余と比べても更に多忙であるからな」
「――存じ上げております」
「であるからこそ、余は単刀直入に尋ねたい」
キッと細められた翡翠色の双眸。一切の嘘を許さぬ国王の視線からは、ロランが感じたことのない迫力がひしひしと伝わってくるし、息をのむような緊張感が漂った。
「飛空船の技術はどれほどの完成度であるのか。例えば王太子が乗っても問題が無いのかどうかをな」
「ッ……アイン君が――し、失礼いたしました! 殿下が乗ってもですか……!?」
どうしてこんな話になってるのか、シルヴァードが詳細を語らぬためロランは分かっていない。だがそんなことよりも、今は自分が造り上げた技術を求められていることの方が重要だ。
「左様。正直なところ、仮に墜落しようとアインが死ぬとは思えん。その程度で死ぬ身体ではないだろう?」
「あのーお爺様? 俺を何だと思ってるんですか」
「さてな。それで、どうなのだ?」
アインは頬を人差し指で掻きながら、苦笑を浮かべてそれを答えにした。
「とは言えだ。万が一はあってはならん」
「お、仰る通りかと!」
「だからこそ答えが欲しいのだ。ロランよ、お主たちが造り上げた技術はどれほどの完成度であるのかをな」
決して即答することなく、ロランは神妙な面持ちで待ったをかけた。
言葉を選び、どの答えが最善であるか。そして、なにか瑕疵はないかと脳を働かせる。
時折、隣に座るカールと顔を見合わせることもありながら、一分ほどの時間を経て、ロランは自信に満ちた声で返事を述べた。
「二つほど不安があります」
「つづけよ」
「はっ。まず一つ目は耐荷重についてです。文字通り、どれほどの重さに耐えられるのかが分かりません。ですがこれに関しては、飛空に関係する魔道具の規模を大きくすればいいだけでもあります」
「して二つ目は」
「一つ目の不安をないものとするために、今のままでは研究資金が全く足りていません」
「何があるのかと思えば、特に問題ではないわけだな」
「へっ……あの、陛下?」
シルヴァードは懐へ手を差し込んだ。
一枚の羊皮紙を取り出して、さらさらっと文字を書いていく。
書き終えた文字は、青白い光を一瞬だけ放った。
「必要な技術に投資は惜しまぬ。金で済む話ならばそれにこしたことはないのだ」
紙に書かれていたのは資金について。
ゼロの数だけを見ても、普通の研究所が持つ予算の何倍か予想もつかない。
思わず呆気に取られたロランとカールに対し、シルヴァードは新たに要求を突きつける。
「まずは王家に一隻用意してほしい。とりあえず戦艦の三分の一ほどの大きさでよいのだが、出来るか?」
「それは勿論……はい、必ずや」
「どれほどの時間がかかる? 早いうちに一隻だけでも仕上げて欲しいのだが」
「……ロラン、こればかりはしっかりと見積もらねば」
とルークが言ったところで、ロランがシルヴァードに嘆願する。
「どうしてもとお急ぎのようでしたら、例えばリヴァイアサンの時のように人員を用意いただければ、一か月以内にはご用意いたします」
「ほう――」
シルヴァードはまさにご満悦。
意気揚々と言い切ったロランに対し、ヒゲをさすりながら上機嫌に笑った。
「王家持ちで依頼を出す。この後すぐにグラーフへと伝えよう。その後の直接の折衝はそうだな……ルークよ、そちらで行った方が都合が良かろう?」
「ええ、些末なことは我々が」
「ではそのように」
話はようやく終わりを迎え、ルークはこの緊張から解き放たれると思っていた。
だが、違う。
まだ話は終わっていない――いや、終わらせないと。
ロランが不意に口を開いたのだ。
「陛下に一つ、ボクからお尋ねしたいことがございます」
「む? なんだ?」
「以前、カティマ様から聞きました。私たちには褒美があると。飛空技術の完成に対して、陛下から褒美を賜れると聞いております」
「その通りだ。今回の依頼も含め、多くの褒美を与えられると思うが」
もしかしてほしい物でもあるのか? 小首を傾げたシルヴァード。
「すべてが終わった時。殿下――いえ、アイン君のために作りたい船があります」
「……分からんな。それがどうして褒美と繋がるのだ」
するとロランが取り出したのは、いつも持ち歩いている設計図。書かれているのは一隻の飛空船で、その姿形は異様の一言に尽きるし、規模はこれまでにない大きさを誇る。
「理解した。また随分と金がかかりそうな船であるな」
「はい。仰る通りでして」
ようは出資が欲しいのだ。
個人で作ろうとしても、そんなの出来るはずがない。
「――だが……ふむ」
その設計図にシルヴァードが興味を抱いた。
すると悪くない、と呟く。
「大きな声では言えぬことだが、黒龍の素材は誰もが買える市場に流すつもりは無い」
「あ、お爺様が前に言ってたことですね。素材の性質のせいでしたっけ」
「うむ。赤狐の時のように使う者がいないとも限らん。あるいはその使い方を模索する者がおるかもしれん。であるがゆえにだ。いっそのこと、王家所有の船に使ってしまうのは悪くない」
もう一度悪くないと語りシルヴァードが立ち上がる。
手に持っていた設計図をロランに直接返して、サロンを退室する直前だ。
「いずれ詳しい企画書を持って参れ。何時でもよい。褒美とは別に話がしたい」
事実上の承諾に対し、ルークは立ち上がって腰を折った。彼の向いた先には、シルヴァードの後姿がある。
深々と腰を折った恩師を見て、ロランもまた急いで立ち上がり頭を下げたのだった。
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