【コミカライズスタート記念閑話】クリス、オリビアを迎えに行く。

 ある日の夜のこと。

 夜のとばりが下りて久しく、満天の夜空を王都の民の皆が等しく臨んでいた。

 この時、密かに王城を出ようとしている一人の佳人がいた。

 艶やかな金髪を夜風になびかせ、万が一に備え、兜を手に城の目立たない出入り口に立っていた。



「――近衛騎士に次ぐ。これは王族令に値する命令と心得なさい」


『はっ!』



 集められたイシュタリカ最高の精鋭、近衛騎士を率いるクリスの姿。

 そのいずれも隠密行動をするように音もたてていない。



「我らはこれより、王都近海にてプリンセス・オリビアを待ちます。船を乗り継いで乗りこむことになるでしょう」



 騎士は静かに耳を傾ける。



「想定される速度は過去最高。炉を酷使して港町ラウンドハートへと乗り込みます」


『はっ!』


「到着後、場合によっては武器の使用を許可。危険に応じて、戦闘用魔道具の仕様も併せて許可します。すべては第二王女殿下並びに、ご子息のアイン様の両名に危害が被ろうとした際に限ります。その時は私の許可なく力を振るいなさい」


『はっ!』


「――時間です。行きましょう」



 歩き出したクリスは夜の闇に紛れ、近衛騎士もまた同じだ。

 今回の任務はオリビアから直接届いたもので、シルヴァードを含む、他の王族には決して知らせるなと厳命されている。

 そのため王族令と同列に扱い、こうして密かに行動を開始しているのだ。



 数時間も経たぬうちに、プリンセス・オリビアが港町マグナから到着する。

 先程言ったが、クリスを筆頭とした一同は、それに乗り変えて港町ラウンドハートを目指すのだ。

 そこまではありふれた漁船に乗り、漁師に紛れて海に繰り出す。



「……オリビア様」



 悲しみ、喜び、驚き、そして戸惑い。

 クリスの脳裏をかすめる多くの感情は止まることを知らず、彼女の心から落ち着きを奪っていく。

 何年も前に見送った時は、密約のことで歯がゆい思いをしていた。

 しかし今、彼女は理由は知らないが祖国イシュタリカに帰ろうとしている。幼い頃から面倒を見て来た王女のことだ。なんなら大した理由でなかろうと迎えに行く。



 ふと、事情を知っている近衛騎士がクリスに尋ねる。



「クリスティーナ様。姫様のご子息はどのように?」



 話しかけてきたのは女性の騎士。近衛騎士には多くの女性騎士がいるが、その理由は単純だ。

 王族に女性がいる限り、近づいていい機会が女性しかない場面もある。



「共にお連れすることになるでしょう」


「……少し心配なのですが、よろしいのですか? 私は陛下がラウンドハートを嫌っている事実を存じ上げております。ご子息が何か、イシュタリカで……」


「大丈夫ですよ。陛下はアイン様とお会いしたがってますし、アイン様自体の振る舞いは素晴らしいと聞いてます。オリビア様は、アイン様さえいれば何もいらないと言ってらっしゃるぐらいですし」



 その言葉に近衛騎士は虚を突かれた。

 なるほど、聖女と謳われたオリビアがそこまで言うのなら、と。

 すると彼女はクリスの前を去り、整然と後ろを歩きだす。



 ――それにしても。



「はぁ……不安しかない……」



 まず、計画を知らない者に見つからないようにするだけで至難の業だ。

 特に面倒な存在としては、ウォーレン子飼いの隠密集団もいる。幸いにも、その頂点であるリリが王都にいないことはよかったが、大変な任務に変わりはない。



 プリンセス・オリビアに乗ってさえしまえば問題は無い。

 口は悪いが逃げきれるだろうから。



「どうか何事もなく、お二人を連れて来られますように」



 それと、アインと言う男の子が本当にいい子でありますようにと。

 クリスは空を見上げて祈りを捧げ、軽く頬を叩いて港に急いだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る