赤龍殺し【前】《近況ノートに2巻についてを記載しました》

 ところで、現在レオナードはマルコらとは別行動で港町ラウンドハートに居る。

 そして戦闘部隊の司令官は当然、マルコが任命されていた。



 内陸側から海上に追い込むように赤龍を追えば、やがて海上戦力を交えて討伐にあたれる。以前に比べてこのような陣形を組めているのはマルコという戦力の増加、そして彼が司令官についたことも影響していることだろう。

 なにせ、赤龍は遠目にある人型でしかないマルコに対し、エルとアルに感じたように恐れを抱く行動をとったからだ。



 指示を終え戻ったバッツがマルコに尋ねる。



「聞いてなかったんですが、どうして旦那は赤龍の動きが分かるんで?」


「私がそういう魔物だから――という答えになりますな。人一倍、他の魂や魔力へ反応する術に長け、亡者を操る力を持つ私ゆえだからかと」


「はぇー……そりゃ頼もしい」



 だがバッツは一つ疑問に思った。



「他の魂って言葉は、ちょっと俺たちにはなじみのない言葉……ってところか」



 あくまでも独り言のようにつぶやいたのだが、マルコが答える。



「この私も魂がどこに行くのかを、その流れをすべて把握しているわけではありません。ただ魂が無ければアンデッドといいう魔物は存在していないのですから」


「……ってことは、死ぬ前の記憶も残ってるんで?」


「いいえ。残されておりません。生まれ変わるという言葉が正しいのですから」


「なるほどなぁ……漠然としか分からねえし、こんな返事しかできないのが恥ずかしいところで」


「ふふっ……バッツ殿もそうなったときは、この私が面倒を見て差し上げますよ」


「お、おぉ。そりゃ有難いような」



 と、マルコにしては珍しい冗談を交わして間もなく。

 彼は唐突に空を仰ぎ見て、馬を止めて、腕を上げ全体を停止させる。

 皆が指示を聞くため物音一つ立てずにたたずむ中、その時間が数十秒もつづいたところでマルコが宙から剣を召喚したのだ。



「トカゲ退治の時間だ。皆、恐れることなく奮いなさい」



 低く、落ち着いた声。

 穏やかな海風のような声が不思議と全体に伝わり、精鋭の騎士らが一斉に武器を構えた。



「難しい対処は必要ありません。先日のように距離を保ち攻撃を繰り返す。当時、皆を率いた二人の司令官の素晴らしい判断で勝利を収めた記憶を思い返すのです。――だが」



 歴戦の騎士、マルコが放つ気配が変わる。



「今日は私が居る。この私一人が他の誰よりも忠臣とは言いません。ただ私の身体に宿る偉大なるお方の魔力を信じるだけでよいのです。これほど簡単なことはないでしょう。なにせ、この場に殿下の威光を信じぬものは居ないのだから」



 マルコの檄が飛ぶと彼は馬を走らせた。


 全身漆黒の体毛の巨躯、マルコの身体を支えられる一級の名馬だ。

 この馬にはあるエピソードがある。騎士団の馬を飼育する牧場にて、他の馬に比べ粗暴且つ命令を聞かぬ、まさにじゃじゃ馬だったのだ。

 だが、馬を欲したマルコがウォーレンに連れられ出向いた時、一目見てマルコを主君と仰いだ過去がある。

 黒騎士設立の少し前……ハイム戦争から数か月後にあった話だ。


 やがて空の端から近づく赤黒い影に皆も気が付く。

 逃げることを止め、マルコら討伐隊を焼き尽くすために近づく赤龍の姿だ。



「バッツ殿――ッ」


「おう!」


「無理は禁物です。貴方は他の誰よりもアイン様に近づこうとする節がある。ですが、その焦りは何よりも敵だ」


「……中々難しいことを仰る」


「これを言うのも理由がある。貴方がアイン様の忠臣ではないからだ」



 バッツは驚いた。

 その言葉はまるで、自分という男を信じていないかのような台詞だったからだ。

 しかし、マルコがすぐに言う。



「勘違いしないでいただきたいのは、私は貴方を否定しているわけではないということ。貴方の本質はアイン様のご友人という立場にある。違いますか?」


「そりゃ……俺はアインの仲間に決まってますし」


「結構なことでしょう。私は常に忠臣には命を賭けろと答えます。主君のため、晒せる全てを晒し命を賭けろと」



 するとバッツは小さく、上機嫌に笑う。



「旦那、悪いが多少の無理は多めに見てほしい。これは俺一人の意地なんかじゃなくて、これからのアインとも友達でいたいがための考えなんだ」


「聞きましょう」


「あいつはすでに初代陛下に並ぶと称される英雄だ。アインの治世なんて、考えるだけで輝かしいのは目に見えてる」


「……えぇ」


「なら俺たち友達だってさ、死に物狂いで頑張らねえといけないってもんよ。俺たちが霞むからっていう問題じゃなくて、アインの隣に立ってあいつの価値を下げたくねえんだ」



 純粋な想いを吐露されたマルコは数秒の間黙りこくった。

 彼は言葉にせずとも、遥か昔、イシュタリカ初代国王が居たときのことを思い返す。



「昔、貴方と同じ言葉を口にした男が居ました」


「ははっ! じゃあ俺はそいつと似た者同士ってことだ。で、そいつは何をしてたんで?」


「――初代陛下を埋葬した時、彼もまたその時に立ち会ったのです。彼を慕う女性と、陛下の妃ラビオラ様と」



 懐かしい話をして、マルコも感傷に浸ってしまう。

 だが、すぐに気を取り直すと、バッツが更に上機嫌に笑って言うのだ。



「残念だが俺には無理そうだ! 純粋な人間の俺にとって、アインがどれぐらい長生きするか分かったもんじゃない!」



 聞いたマルコが心の内で感謝の念を抱く。主君アインにとって、バッツがどれほど良い友人で居るのか再確認できたことに喜びを得た。



 討伐隊と赤龍の距離が詰まる。

 一定の距離に到着し、マルコが走らせる馬に指示を出した。

 今度は右に旋回するように走らせると、一瞬、横一列になった魔石砲が赤龍を捕える。



「さて、まずは一発目ですね」


「旦那! まだ距離が!」


「大丈夫です。あくまでもけん制、そして集合した魔石砲の威力を見せつけるだけでいい」



 マルコが言うようにあくまでも一撃目はけん制。

 距離をある程度取らなければ、マルコ以外の戦力が軒並み焼き殺されてしまう。

 戦略が先日と大差ないが、先ほどのマルコが言ったようにバッツとレオナードの戦略が良かったからだ。



「いざとなったら私が吶喊して赤龍を抑えるッ! 何も心配することはないッ!」



 なんと頼もしい一言だろうか? 皆が認める実力者のマルコを筆頭に、討伐隊は二度目の赤龍戦に臨んでいく。



 祖国イシュタリカではアインが黒龍を滅ぼしたばかり。

 彼が体内の魔力をふんだんに使ったところで、マルコが自由に動けているのは余力に長けていたからか、あるいは吸収した黒龍の力が漲っていたからか。

 アインとの繋がりを知るのはマルコ本人だけで、彼が語らないのならばさほど問題ではないのだろう。



 ――展開した討伐隊が一斉に魔石砲を放つ。



「ハハァッ! どうだ!」



 バッツの高らかな声に応じるように、騎士らも笑みを浮かべ士気を高める。

 目の前まで放たれた魔石砲の威力に対し、赤龍が思わずひるんだからだ。ただ、今日も先日と同じく風船のように筋肉を隆起させた赤龍からは、特別な迫力を感じて止まない。



「ところで旦那、魔石砲の魔力を吸われることはいいんだよな!?」


「多少吸い取られたところで、奴はそれ以上にダメージを受けることは必至。いや、吸われる以上にダメージを与えられるように攻撃すればよいのです」


「なるほど、違いない」



 やはり彼は頼もしい。

 よどむことなくはっきりと口にする答えは、まるで父と話している時のように落ち尽かされ、心の底から信ずるに値した。







 苛烈な戦いは先日と違い、一人の犠牲者も出すことなく進む。



『ギイイィィアアアアアア――』



 時折、赤龍の怒号が辺りに響く。

 戦い開始から約二時間が経つ。

 特に語ることが無いのはマルコの安定した指示が理由で、まさにそつない戦い方。

 ただしそのマルコの内心ではある懸念が生じた。



「……順調な削りだ。だが」



 決定打に欠けているというのが大きい。

 赤龍も学び距離を取っている。それでも時折、魔石砲の攻撃を見に浴びてしまうのはマルコの指示ゆえだ。

 やがて魔石砲の次弾が尽きてしまうことも考えられる。

 すると彼は、「時は満ちた」と口にした。



「えっと、旦那?」


「バッツ殿。これまで通りの指示をお願いします。私は――ッ」



 戦列から離れ行くマルコを見て、慌てて口を開くバッツ。



「ちょ、旦那ッ!? 急にどこへ……!?」


「一気に蹴りを付けましょうッ! この私の剣を持って、あの赤龍を打ち落としてまいります……ッ」



 答えはバッツの驚嘆を生んだ。

 しかし同時に生唾を飲み込ませるだけの期待感を抱かせて止まない。

 あのマルコが――黒騎士一の実力者、アインが認め、元帥ロイドより強く、ハイム戦争を経験した近衛騎士が無条件で尊敬するほどの騎士が戦うと言う。



 同じく剣を扱う者として、圧倒的な強者が剣を振るうという事実に興奮せざるを得なかったのだ。



 マルコも一つの高揚感に浸っている。

 それは先日、アインという主君から受け取った指令書により、全盛期と自負する力を取り戻しており、その力で敵に剣を振るえることに歓喜していたのだ。

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