違えた道と。
ところ変わってハイム自治領、港町ラウンドハートだ。
港町でも以前はラウンドハート家の邸宅があった箇所のほど近く、黒いアンティーク調の街灯と整然と並べられた石畳が以前と違う技術力を感じさせるのは、ハイムがすでにイシュタリカの一都市とかしているからに他ならない。
もうすぐ年を越す、つまりアインの誕生日が近づいた今日この頃、海を渡った二人、特にバッツが勇ましさに溢れていた。
「レオナード。こっちの編隊は終わったぞ」
「も、もうか……早いな……」
「こちとら本業だからな。で、お前んとこは?」
「もう少しだ、待ってろ」
数十人で一組に編隊された騎士らは声一つ立てず毅然とした態度で立ち並ぶ。港に泊められた船に戻れば、更に多くの戦力が自らの任務は今か今かと支度に励んでいることだろう。
いずれもイシュタリカが誇る正規騎士。近衛騎士に及ばずも、精強な体躯とこれまで培った技術は他国の騎士らには決して劣らない。
バッツが一足先に編隊を終えた騎士らはすでに港町を出て、町の外でバードランドへ進む支度に移っている。
――レオナードの下にバッツがやってきて十数分、ついにすべての編隊が終わり二人が息をつく。
「慣れる気がしないな。私のような若輩者が偉そうに騎士に命じるなんて」
「ばっかお前、こういうのは偉そうなぐらいでちょうどいいんだよ」
「ほう、というと?」
「自分が騎士だったとして、ふらふらしてる司令官に従いたいかってこった。責任感ってのはそりゃ必要だけどよ、迷う姿ってのは絶対に見せるもんじゃねえ」
「……相変わらず、こうした話に関しては貴様に習ってばかりなのが気に入らんな」
「俺は武官、お前は文官だ。いいから我慢しとけって……ったく」
「不本意ながらそうするとしよう。――私は一足先に船に戻る、私にぴったりな文官作業が待っているからな」
立ち去るレオナードを二人の騎士が護衛する。すると、彼と入れ替わりにティグルがバッツに近寄った。
「見事なものだな。はじめての指揮とは思えんほどだ」
「だろ? 小さい頃に、父上と似たようなことして遊んでたからな」
「貴様の父はどんな遊びを……まぁいい。それで、二人はすぐにでも出発するのか?」
「そうなる。さっさとバードランドに向かって、そのまま北西のロックダムに行くことになるな」
「なぜ最初からロックダムに行かなかったのだ?」
「どっちかっていうと、バードランドでの調査の方が重要だからだ」
「……道理で」
◇ ◇ ◇ ◇
バッツとレオナード、二人以外の指揮官も支度を終え港町ラウンドハートを発った。それから二日もしない日の夜のこと、港町ラウンドハートにあるティグルの屋敷、彼の自室の窓が唐突に開かれた。
「ッ――!?」
足を踏み入れたのは四人の騎士と一人の女性。
女性はローブを着ていたせいで顔を窺い見ることはできなかったが、ティグルは四人の騎士の鎧に見覚えがあった。それもそのはず――ほんの二年前までは、自身が生まれ育った城内で毎日見ていた鎧だからだ。
「お、お前たちは……」
「殿下。お迎えに上がりました」
「さ――急いでお支度を! お迎えが遅くなったこと。またこのような無礼をしてしまったことは、外に出てからお詫びいたします」
女性は語らず騎士が語る。
いったい何を言っているんだこいつらは? ティグルは寝間着のまま、ベッドの上に腰かける。
窓の外から入り込む寒風で胸元から震えが生じたが、眠気のある全身にちょうどいい刺激だ。
「察しがつかん。貴様らは私に何をするためにやってきたのだ?」
ティグルは久しぶりに語気を荒げた。例えるなら以前の自分をイメージし、高圧的に、徹底的に上から目線になるよう演技をしたのだ。
見下す目線、顎をぐっと引き寄せ騎士を跪かせると、不愉快そうに返事を待つ。
「大変申し訳ありません……我らハイム王国近衛騎士、殿下をお迎えに上がるまで、こうも長いお時間を頂戴してしまったことをお詫びいたします……」
「――長きに渡り、かの暴君に従い苦渋を呑まされていたことでしょう……ですが! 我らは今こそ再興の一手を打てるのです!」
「貴様らは馬鹿か? 私の問いに一つも答えていないではないか。私は斯様に使い物にならん騎士に価値は見いだせんが」
「もッ――申し訳ございませんッ! 興奮のあまり、ついこのようなお返事に……」
「我らではなく、こちらのお方からご説明いただくほうがよろしいかと!」
跪く騎士を慌てさせるのが得意なことこの上ない。
ティグルは内心で「ははっ」と自嘲気味に笑いつつも、やってきた皆のことを警戒した。
(私の状況はあまりいいものとは言えないか)
ある懸念だ。
しかし、その懸念の前に騎士が言った「こちらの方」からの言葉を聞きたい。
「お久しぶりですわ。殿下」
聞きなれた声、ただここしばらくは聞いてなかった声だ。
その刹那、ティグルは全身の皮膚、毛穴が氷漬けにされたような不快感に浸る。彼女の声が歓喜に震えながらも、ニタァッと浮かべた含みのある笑みに一瞬、頬を引きつらせた。
間違いない。この状況はいいものとは言えない。と。
「あぁ、久しいな――カミラ」
ティグルがそう言うと彼女はローブを取り顔を見せた。
以前のように伯爵夫人らしく美しい――と思ったが、優雅さは鳴りを潜めている。指先、爪先をみれば整えられているとは言えず、髪の毛も以前と比べ艶が少ない。
「……苦労していたようだ」
「えぇ。殿下と違い、私たちは忍び忍びの生活ばかりつづけてまいりましたので。今宵、変わり果てたこの港町から穢れた騎士らが少なくなってるのを狙い、どうにか足を運べたのです」
彼女の恨み言はイシュタリカだけではなく、目の前に腰かけ優雅な暮らしをしているティグルへも同じことのようだ。言葉に潜む棘は森の獣のようにティグルを追い詰める。
だが、ティグルも引かずにカミラを叱責する。
「その言い草はなんだ。貴様は私にそう言えるだけの立場にあったのか?」
「では、そろそろ私たちがやってきた理由をお伝えいたしますわ」
答えず笑みを浮かべたカミラからは、以前のような敬いの念は感じられない。
ティグルは内心で思う。「やはりカミラは私の――」と。
「共に来てくださいませ。無念に散っていった英雄たちの望みを叶えるため。そして、誇り高きハイムの再興のために」
そうか、「やはりカミラは私の敵か」ティグルが不敵に笑う。
「本気でイシュタリカを倒せると思っているのか? もしそうならば、勘違いも甚だしいのだが」
仮に勝てるだけの戦力があろうとも、首を縦には触れない。
ティグルはベッドから立ち上がり息を吸う。
「――捕獲しろ。シルヴァード陛下に仇なす愚か者だ!」
間もなく足を踏み入れたイシュタリカの精鋭たち。
この屋敷はハイム公が住まい、昨今のイシュタリカでも重要な拠点と言えるべき場所だ。当然のように屈強な騎士らが何人も足を踏み入れた。
すると、これまで黙っていた二人のハイム騎士が立ち上がる。
彼ら二人の足取りは不穏だ。というのも、生気を感じさせず無機質にもほどがある。
「カミラ。私の愚かさゆえ皆にも迷惑をかけたことは分かっている。だからこそ、私は貴様の罪も共に陛下へ詫びる……無駄な抵抗はやめて――」
「……残念です。殿下」
カミラが「やりなさい」と命じると、二人の騎士が漆黒の剣を腰から抜いた。
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