海龍の牙と彼の身の上話。

 二日も経たずして、バッツとレオナードが海を渡った。王都から戻ったばかりのティグルを含めた三人は、アインからすれば羨ましく感じるぐらい賑やかだった。

 それから更に三日経ちったある日のこと。王都から届いた一通の手紙にアインが驚いていた。



 ――シュトロムの屋敷にあるアインの自室にて。



「都市の復旧、はやっ……」



 辺境都市クリフォトについての報告だ。

 ウォーレンから届いたそれに目を通していると、ウォーレンがどれだけ本気で動き出したのか良く分かる。



「数十人の男女を捕縛、ただいま尋問に取り掛かっている――えぇ……早すぎでしょ……」



 つづけて読むと、大陸西側、ムートンから聞いたフオルン組の本拠地がある地域にも派遣しているという。

 ただ、道が悪く周辺捜索は難航中とあった。

 とはいえ自身がシュトロムでしていた行動に比べ、遥かに高度な動きがされていることにアインは「まだまだだな」と頬を吊り上げる。

 すぐにでも、ハイム自治領からも何かしらの連絡が届くだろう。



「――アイン? ウォーレン様から報告が届いたって聞いたのだけど……」



 部屋をノックし、クローネがアインの部屋に足を踏み入れる。



「あ、うん。ちょうど目を通してたとこ」


「ならちょうど良かった。隣、いいかしら?」


「もちろん」



 隣に腰かけたクローネからは、いつもの花の香りに混じり紅茶の香りが漂う。朝食を終えてきたのだろう、アインが隣に座ったクローネに気を取られつつ考える。

 自然と互いの太ももが触れ合う距離になると、彼女はアインの手元にある手紙を覗き込んだ。



「わ、私の想像以上に動きが早かったのね」



 ウォーレンが駆る戦力はシュトロムの戦力よりも多い。アインは魔石組やアーシェなどが近くにいるが、やはり、多くの戦力を動かす術というものに関して、ウォーレンに相対することができる気がしなかった。



 二人が顔を見合わせて苦笑した後、クローネが「あっ」と声を漏らして思い出す。



「ムートン殿がもうすぐいらっしゃるそうよ。応接間にお通しするから、後は任せてもいいかしら?」


「ん。りょーかい」



 クローネは去り際にアインの頬に口づけをすると、上機嫌に彼のもとを去る。

 やがて、アインも彼女に倣い立ち上がると――。



「あの馬鹿みたいに大きな牙、持ってかないとね」



 と、エルの生え変わった牙が入った木箱を見た。一本は既に王都へ、シルヴァードへ献上されている。

 残された一本の使い道は決まっている。だからこそ、ムートンがシュトロムへ呼び出されたわけだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 応接間に通されたムートンは驚いた。どれほどかと言うと、彼が言葉を失う程度には大事だったのだ。

 彼は眼光を細く鋭い剣のように変貌させ、懐から取り出した、滑らかな布を用いた手袋で牙の表面を指でなぞった。



「こりゃ……ただの魔物が生み出せる素材じゃねえ」


「えぇ、海龍の牙ですしね」


「いーや、そういう意味じゃねえ。なんつーか……下手すりゃ、殿下の剣よか化け物が生まれるかもしれねぇってとこだ」



 いったいどれだけの成長を遂げているのだろう? 双子に対してアインが思う。ムートンがこれほどの言葉を言ったのならば、アインが葬った親の海龍よりもすでに強く、可能性としては、龍種の魔王にでも近づいているのかと考えてしまう。



 双子の餌には国費やカティマの私費から、多くの魔石が与えられている。

 故に牙の一本は献上されたわけだ。



「大剣も作れる。ありふれた大きさの剣もだ。ただ俺のお勧めとしちゃーあれよ、国宝が増えるわけだが陛下に言わなくていいのか?」


「……一応伝えてあるんで、いいかなと」


「かーッ! いいじゃねえか! んじゃ数日待ってくれや、急いで作ってくるからよ!」


「そんな早くできるんですか?」


「こちとら国費から給料もらってんだ! 毎年、イスト産の最新型の炉に入れ替えてっからな! がーっはっはっはっ!」



 騎士の戦力もあがりいいことづくし。互いにいい関係を築けているようで何よりだった。

 ムートンが木箱に蓋をして、屋敷から去ろうと立ち上がる。



「そういえば、ムートンさんからいただいたナイフの調子が良いらしいですよ。料理長たちが言ってたって、俺はマーサさんから聞きました」


「そりゃ当然だろうよ、何せ打ったのは俺だからな!」



 ムートンの言葉には、裏付けされた実力があるからこその説得力があった。



「ありゃー俺の故郷の品でな、和包丁って代物なんだよ。ま、打ち方しか覚えてなくて、その故郷ってのがどこにあったのかなんて覚えてねーんだけどな!」


「――はい?」



 今、彼は何といった? アインの脳裏に残された希薄な記憶、その中にある言葉に驚かされた。



「あとよ、すげえ昔のことだけどな……俺は自分の作った包丁――ナイフで人が死んだって聞いたことがあんだよ。馬鹿な死に方、、、、、、だったらしいけどよ、飯炊きに使うような刃物で人の命が消えると俺もきつい。で、しばらくあのナイフは作ってなかったんだけどな」


「……あ、はい」


「でだ、しばらくの間、鍛冶仕事から離れてたんだが……まぁ、いつの間にかこうして鍛冶に戻って来てた。これ以外はそうだな、本当に何も覚えてねえんだ! 別に困らねぇし気にするなって感じだけどよ! がーっはっはっはっは……げほっ……うぇほっ――がはぁっ……」



 笑い過ぎでせき込むムートンをみつつ、奇妙な縁を感じたアイン。

 それはもう、色々な奇妙な縁を感じてしまった。



「うへぇ、死ぬかと思ったぜ……じゃ、出来上がったら城の騎士に送ってもらうからよ、またな!」


「ちょ……ちょっと!? ムートンさん!」



 アインの制止に気が付かず、ムートンはエルの牙が入った木箱を担いで客間を後にする。

 残されたアインは、ムートンを制止するために伸ばした腕、その先の手で空を何度か握ってから力なく腕を下した。



 彼に何かを尋ねようとは思わなかった。アインが彼を止めようとしたのはなんとなくだった。

 なにせ、ムートンは全く覚えてないとアインに伝えたからに他ならない。それを信じたのも、彼の人柄ゆえなのは言うまでもなかった。



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