【クリスマス番外】今回は渡す側の者たち

「はい集合ニャッ! いいかニャッ!? 遅れて来た奴は相手持ちの裏切り者ニャから捨ててしまうニャッ!?」



 バシッ! バシッ! 真っ赤な衣装に身を包んだカティマが喚き、エメメの足元を叩く。



「ちょ、ちょっと!? 痛いですってば! ししょーにも足元ばっかり叩かれてるんですからッ!」


「というわけで今年もやってきてしまったのニャ……業が深い例の日がニャ!」


「あ、カティマ様知ってます? 善悪って観測する立ち位置で簡単に意味を変えてしまうらしいですよ、知りませんけど」


「なーに頭良さそうなこと言ってるのニャッ! まったくッ!」



 ケットシーとハーピーの謎の掛け合いを聞く二人の少女が居た。

 当然のように、二人も同じく真っ赤な衣装に身を包むが、二人はカティマと比べて短めのスカートのため少し寒そうだ。一人はシルバーブルーの髪を困ったように左に揺らし、もう一人は金糸の髪をため息交じりに垂らす。



 皆が居るのは王都キングスランドの中央――ホワイトナイト城、その裏手にある小さな砂浜。

 今日は数時間前まで、大広間を豪勢に使い城の者らだけでパーティが開かれていた。パーティを終えてから皆が寝静まったであろう深夜から、カティマ主導でこの四人は顔を揃えている。



 シルバーブルーの髪を揺らしたクローネが口を開く。



「……一応お尋ねしたいのですが、まるで忍び込むような真似でも大丈夫なんですか? 目的がアインの部屋といっても……」


「問題ないニャ。そもそも私たちを咎めるはずがないのニャ。念のため、ディルにもちょろっと見逃せって言ってあるのニャ。あとクリスも近衛騎士に命じてるはずだしニャ?」


「め、命じてありますけど……その、この格好……恥ずかしいんですが……!」



 太ももの白い肌を晒すクリスが、左右のひざをこすらせながら頬を赤く染める。以前と比べスカート類を履く機会は多くなったが、まさか自分がサンタのような格好に身を包むなんて思ったことは無い。

 自身の隣に立つクローネの堂々たる立ち姿に、クリスは若干恨めしそうに尋ねる。



「クローネさんは随分と余裕そうですよね……なにかコツとかあるんですか? その、今までこんな服装になったことがなくて……」


「えぇっと……私も着たことなんてありませんよ? ただその、見せる相手は分かり切ってますし、アインが可愛いって思ってくれたらそれでいいかなって」


「――なるほど、アイン様のことだけを考えていればいいんですね!」


「え、えぇ。きっとそうだと思います」



 深夜だというのに賑やかだ。砂浜に響く穏やかな波の音が、徐々に二人の気分を高揚させる。



「エメメ、この四本のおみ足は多くの男の目を惹くこと間違いないニャ。拝めるのがアインだけっていうだけの話ニャけど」


「うわぁ……なんか……中年の冒険者みたいなこと言ってません?」


「ニャァァァアアアッ!? わ、私はまだ若いのニャッ!」


「あ、怒るとこそこですか……っとと、そうこうしてるうちにいい時間になってますね!」


「むむッ!? 作戦決行のお時間だニャ!」


「カティマ様ー? 以前、殿下とリリさんも入れてのプレゼント配布はしましたけどー……今年は配ったりしないんですー?」


「心配はいらないのニャ。すでに手は打ってあるのニャ」



 一等給仕のマーサ、彼女にそれを任せたとのこと。

 それなら納得ですー。エメメが間の抜けた返事を返したところで、一同はカティマを筆頭に城内に足を踏み入れた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 城の上層、シルヴァードとララルアの寝室手前でカティマが立ち止まる。



「じゃ、私はエメメに運ばれて外から中に入るニャ。二人はしっかりアインの部屋に行くのニャー」



 あっさりと立ち去るカティマとエメメ。

 窓を開け、ホワイトクリスマスの夜空に飛び出していく姿はどこか雄々しい。だが決して、第一王女がするような行動ではないはずだ。



「……私たちも行きましょうか」


「は、はい……そうですね……そうします……」



 クローネの声に力なく応じたクリス、二人は例の如く、短いスカートのまま城内を歩く。深夜の城内は物音一つないほど静かで、絨毯を踏みしめる二人の足音だけが響く。

 一つだけ階を下りれば、すぐにアインの部屋がある階層だ。

 二人、特にクリスは胸を高鳴らせ緊張を感じるが、ここにきてまで退くつもりはない。



 ――彼女の緊張を知ってかクローネが尋ねる。



「クリスさんは何を贈ることにしたんですか?」


「私は以前のようにマフラーです。クローネさんはどうされたんです?」


「私はアインがこの前ペンを壊しちゃってるのを見てるので、何本か見繕って来ました。シュトロムで仕事をするようになってから、書類仕事が増えだしてるので仕方ないかなーと……」



 クローネらしい選び方に、クリスがなるほどと頷き返す。



 やがて、階段を下りてアインの部屋のすぐ手前に近づいたころ。

 まさかの先客に二人の足がピタッと止まると、その先客と目が合った。



「……ま、待つのだ。これは領主として心血を注ぐアインへの労いの意を込めてだな」



 硬い喋り口調でアインを呼び捨てにする男、と言えば一人しかいない。

 その男が城内にいるのなら、しかも深夜帯に自由に歩き回れる人物なら猶更だ。

 クローネに先んじてクリスが語り掛けた。



陛下、、――その恰好は……」


「違うのだクリス! この服はララルアが用意していたもので……余が自ら手に取った物ではなくてだな……!」


「……お、お似合い――と言葉にするべきでは、きっと無いのでしょうね……」


「うむ……そうだ、できれば見なかったことにしてくれると助かる」



 ヒゲは持ち前だが真っ赤な服装はまさにサンタ。

 大国イシュタリカの国王が、一人の孫のためにそんな服装をしていたなんて口が裂けても言えない。恐らく、王妃ララルアの手によるものなことは事実のはずだが、事情なんかより、彼がこの格好でいるという事実が重要だ。



 シルヴァードはアインの部屋の中に入ろうとはせず、赤いリボンをされた白い箱を、アインの部屋の前に置いて立ち去ろうとしていたところ。



「で、では余はこれで帰るとしよう」


「今お戻りになると、カティマ様がいらっしゃると思います」


「知っておる。ララルアも気が付いて待ち構えていたはずだからな」



 クリスの言葉に軽く返すと、彼は意外と上機嫌に見える後姿を晒し立ち去った。

 残されたクリス、そして隣で二人の会話を聞いていたクローネが言う。



「アインに贈り物をしたかったんでしょうけど、多分、ララルア様のお心遣いですね」


「……陛下に口実をお与えになられたってことですか?」


「だと思います。国王の立場と祖父の立場、口実があればこそ動きやすいでしょうから」


「あはは……ですね。聡いお方ですから……ララルア様は」



 ふと、アインの部屋の扉に手を掛けた二人の手が重なる。

 目を点にした二人が顔を見合わせ、数秒の硬直の後に笑みを交わして扉を開ける。アインの部屋のリビングと寝室に繋がる扉が、二人が入ったのとほぼ同時に開かれた。



 アインが目覚めたのだろうか? 二人が慌てたのもつかの間――姿を見せたのは。



「――あら」



 彼女以上に艶めかしい女性は存在するのだろうか。それほど似合う真っ赤な衣装が、魅力的な肢体を隠している。

 ただ、彼女はシルヴァードのように慌てたりはせず、いつものように二人に向けて微笑んだ。

 今度はクリスではなく、クローネが彼女に向けて口を開く。



「オリビア様、その恰好……もしかして、アインに贈り物を?」


「ふふっ――えぇ、そうなんです。この服は以前、お姉さまから貰ってたものなんだけど、一度も使わないのは勿体無かったですから」



 思わずクローネはオリビアの全身を見た。

 自分より大きな胸元、細い腰つきが目を惹いて止まない。幼い頃、自身の憧れを一身に集めたオリビアは、当時と全く変わらず美しく、くすみ一つない肌や絹のような髪がその美を湛える。

 そんなオリビアの愛情が、今も昔もアインにのみ与えられてると思えばやはり凄みを感じてしまう。



 歩き出したオリビアとすれ違う際、二人は彼女から香るフェロモンのような甘い香りに酔いしれた。



「アインはちゃんと寝てますよ。二人もいってらっしゃい。そろそろマーサも戻るころだから、私は自分の部屋でゆっくりしてますね」



 それじゃ、メリークリスマス。

 オリビアが二人の耳の近くでそう言って立ち去る。残された二人は、シルヴァードのときとは違った感情に圧倒された。



「……私がオリビア様と初めて会ったのは、アウグスト大公邸で開かれたパーティなんです。あの時から素敵な方でしたけど、当時よりもっと素敵な方になった気がします」


「えっと……やっぱり、イシュタリカにいる方が輝いていらっしゃる方ですから……」



 残り香ですら高級な何かに思えてならず、立ち止った二人が歩き出したのはそれから少し経った後。

 足音を立てないよう気を使い、アインの寝室に繋がる扉をゆっくりと開ける。彼のベッドそばの小さな机には、オリビアが置いて行ったであろう贈り物が一つ置かれていた。ラッピングされており中身までは窺えない。



 まず先に、クローネがオリビア同様贈り物を置くと、つづけてクリスが隣に置いた。後はもう立ち去っても良かったのだが、穏やかに寝息を立てるアインの寝顔を見て、二人は思わずベッド横に近寄る。

 クローネがくすっ、と小さく笑った。



「ほんと、こうしてると可愛らしくもあるのに――昔と比べて凛々しくなっちゃって」



 目立つ転換点は魔王化の際となるが、遅かれ早かれアインはこの容姿になっていたはず。

 クローネはアインの頬に掛かった髪の毛をそっと避ける。くすぐったそうに身をよじったアインを見てもう一度笑う。



「プレゼントの前借りしても、きっと貴方なら怒らないわよね」



 クローネはアインが横になるベッドに上半身を乗せ、首元に顔を寄せて息を吸う。恍惚とした様子で、幸せそうに想い人の香りを深く吸った。

 すぐ隣で見ていたクリスが驚く。



「だ、大胆ですね……クローネさん」


「ふふっ。我慢するのって大切なことですけど、誰にも咎められる必要がないことに対して、わざわざ我慢する必要なんてありませんから」



 オリビアを称えたクローネだが、クリスからしてみればクローネも同じく特別な女性。クリスはクローネの幼い頃の姿も知っているが、成長した彼女は今や、どんな令嬢でも霞むだけの宝石だ。



「んぅ……」



 またくすぐったそうに体をよじったアインの顔が、ちょうどクリスの目の前に来た。



「あっ――え、えっと……」



 今日はクリスマスだ。

 我慢する必要はない、ついさっきクローネが言った言葉が悪魔のささやきのように反芻した。



「アイン様ッ……し、失礼します……ッ」



 がばっ! と力強い勢いではないが、短めのスカートは下着が見える直前まで翻る。この時、クローネもまたクリスの横顔を眺めた。

 髪をポニーテールにまとめていたときは凛々しい彼女だが、髪を自然と流している容姿は騎士というより見目麗しい淑女。ほとんどの女性に真似できない気品に溢れる彼女は、生まれながらの華がある。

 噂に聞いたバルトでのパーティでの話は、オリビアに劣らず、本に描かれた天使のように美しかったという。



 ――そんなクリスが今、甘えるようにアインの首元に顔をうずめた。



「ッ……あ、あわわ……」



 自分でしておきながら慌てたクリスの頬は薄紅を乗せたように紅い。

 凛とした美を湛える容姿と裏腹に、恋愛慣れしていない可憐な仕草にクローネが優しく笑む。

 ただ、傍から見れば二人の行いは世間のイメージと乖離しており、ただ想い人のそばで気分を高揚させた一人の女性でしかない。



 この後は自室に帰るつもりだった二人だが、クローネが思いついたように軽い足取りでベッドの反対側に向かう。何をするのかと思いきや、彼女はアインの背中に抱き着くようにベッドにもぐりこむ。



「クリスマスですし、このぐらいしても怒られないと思うんです。あ、普段も怒られないとは思いますけど……」



 開き直ったクローネがアインの背中に密着する。



「ク、クローネさんっ!?」


「お風呂も入ってますし、大丈夫ですよ?」


「そういう問題では……で、でも」



 クリスの中で、駄目だという想いより羨ましさが勝ったのだ。



「私もアイン様と一緒に寝ても怒られない……のでは?」



 そりゃそうだ。クローネは笑って答える。



「アイン様、お邪魔します……」



 クローネと反対側からアインを挟み込むように、彼の胸元にすっぽりと入り込む。アインは目覚めることもなく穏やかな寝息を立てるばかりで、クリスはベッドの中の暖かさに恥ずかしさと喜びを共生させた。



「う、うぁー……今なら私、なんでもできそうです」


「えぇ、私もです」


「でも……お休みしてるのをずっと邪魔するのも駄目ですよね?」


「え? 私はこのままお泊りしていくつもりだったのですが」



 青天の霹靂、クリスの全身が一度だけ震える。そんなことが許されるのか? そうか、今日はクリスマスだから――と、都合のいい言い訳だけが心の内を占領した。

 クローネの言葉が魅力的すぎたのだ。



「クリスマスって、こんな素敵な日だったんですね……!」


「ふふっ……そうみたいです」



 こうして、二人は贈り物を残して立ち去る予定を変更し、一晩をアインと共に過ごした。

 三人は穏やかに寝息を立て、時に寝返りをしながらも身体を密着させ深い眠りについたのだ。





 ――やがて夜が明ける。

 朝になり、一足先に目を覚ましたアインが上半身を起こした。



「……あれ?」



 両腕が引っ張られた。どうしてだろうと思い左右を見れば、よく知る女性たちが寝ていたのだ。

 すー、すーと静かに寝息を立てる度、アインの腕がこそばゆさを感じる。



「ッ――!? え、うぇ……!? なな……なんで……ッ!?」



 昨夜はパーティのあと少ししてからベッドに入った。

 残された記憶は他になく、クローネとクリスが隣にいる理由なんて分からなかった。

 ただ、意外とすぐに理由は察する。二人が来ていた真っ赤な衣装のおかげだ。



「あー……なるほど、サンタさんが二人も来てくれたのか」



 ベッド横の机を見れば三つの贈り物。

 残された一つはオリビアだとすぐに察し、アインは窓の外、朝日と降り出した雪を見て笑う。

 アインは目線をベッドに戻して呟く。



「カティマさんが今年は誘ってこなかったのって、こういうことだったのかな」



 二人が目覚めたら自分もプレゼントを贈ろう。アインはそう考えると、数十分経って二人が目覚めるまでゆったりとした時間を過ごしたのだった。


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