一夜明け、尋問の報告など。
夜が明けると、意外と気分がスッキリしていることにアインは気が付いた。
終わり方はクリスに持っていかれたが、魔王同士の語らいは、想像以上に気分転換になったらしい。
ベッドから上半身を起こして手を伸ばすと、深く声を漏らしながら背筋を弓なりに反らす。
朝の空気が鼻を通り、一気に目を覚ますことができた。
「あ、起きたの?」
「……あれ、クローネ? いつの間に隣に?」
気持ち良さそうに起きたアインへと、クローネは隣で見上げながら語り掛ける。
いつの間にか、彼女は隣で横になっていたのだ。
「少し前よ。本当は起こしに来たつもりだったんだけど、気持ち良さそうだったから……一緒に寝てたの」
「それなら起こしてくれればよかったのに」
「……昨日は疲れてたみたいだから、今日はこのままでもいいかなって思っちゃったんだもん」
すっと身体を動かして、アインの太ももの上に頭を乗せた。
彼女にしては甘い判断だが、それほど、昨日帰ってきたアインは疲れているように見えたのだろう。
アインはありがとう、と答えて彼女の頭を撫でると、頬を撫で、顎に手を当てて顔をあげた。
「――んっ……もう、急にするんだから」
「したくなっちゃったから、しょうがないよ」
軽く口づけをして互いに笑い合う。
甘えるように抱き着いた彼女の背中に手をまわし、互いに力を込めて抱きしめ合う。
やがて、二人が満足したところで自然と離れ、クローネが先にベッドから降りる。
「今日の仕事は午後からにする?」
やはり、昨日の件を耳に入れている。
アインが気に病んでいたことを考えてか、暗に休めと言ってきた。
「……いや、大丈夫。もう平気だから朝からするよ」
「本当に大丈夫……?」
「色々吹っ切れたし、これでよかったんだって想いもあるからね。多分だけど、クローネが考えてる以上に……今はスッキリしてるよ」
彼女はじっとアインの瞳を見つめ、それが嘘でないことを確認する。
最後は納得したようで、もはやアインを止めることはせず、笑顔で頷いてみせた。
「アーシェ様はなんて?」
「あぁ、アーシェさんがなんで暴走したのか……とか、その辺りの経緯を少しだけ聞いたよ」
「ふぅん……学者なら、全財産を投げ売ってでも聞きたくなりそうな話ね」
そうだろうなと、アインは苦笑いを浮かべて頷き、昨晩の彼女の助けに感謝する。
すると、あの後のことが気になった。
「その後は、クリスがアーシェさんを拉致していったんだけど、どうなったか聞いてる?」
「詳しくは聞いてないけど、アーシェ様がクリスさんに自室まで連れ去られた――ってことは聞いてるわ」
(なるほど。食堂での夜食にはならなかったのか)
責任の一端がある身としては、少しばかり申し訳なく思うところだった。
◇ ◇ ◇ ◇
いつも通りに着替え、いつも通りに身だしなみを整え、いつも通りに執務室へと向かう。
随分と違いは無かったのだが、これが何よりもいい事だった。
こんな時にもバルト苺の件などを進め、並行して、リリからの新たな情報も待つ。
イスト交易商会の件に加え、龍信仰の件。
はたまた、例のあぶり出しのための一手などなど――仕事は相変わらず山ほどある。
むしろ、こうしてゆっくりする必要が無いことも、無駄な事を考えずに済んだのではないだろうか。
「いや、アルマの件もあったか」
イシュタリカの者も交えての調査団。
少し前に発足され、ティグルと協力して調査にあたっている。
この件がまだ残っていたなと、引き攣り笑いを浮かべた。
「おかしいな。赤狐のときよりも忙しい気がするんだけど、気のせい?」
当時も確かに忙しかったが、今のところ、休日すら返上して仕事をすることが多い。
余裕は確かに減っていた。
「アインの側仕えになろうと頑張ってたときは、この倍以上は勉強に時間を費やしたかしら」
「……恐れ入ります」
ある一点に絞れば、誰よりも優秀な女性はカティマのはず。
だが、全体的にみれば、きっと、クローネが圧倒するだろう。
毎度のことながら頼もしさを感じ、彼女と冗談を言い合う。
「あ、ねぇねぇ。アインもお祭りには参加したい?」
と、彼女は書類仕事をしながら尋ねた。
「お祭りって、あの偽物の卵の?」
「えぇ、そうよ」
ハイムから運ばれ、シルヴァードに献上される――という嘘から産まれた祭りだ。
「……祭りは好きだけど、騒動がなぁ」
奴らはアインの剣を狙っていた。
イコールで繋がるのかは分からないが、アインも狙われているということになる。
(いやー、無理かなー祭りは)
先日の強襲により、確実に奴らは警戒を強める。
だが、襲ってこないという確証はなく、万が一にも襲ってくれば、あとは民を巻き込む戦いだ。
さすがのアインとしても、こればかりは避けたい。
「ラグナに到着したら、水列車と馬車を併用してシュトロムに来るの。それからは水列車でホワイトローズに行って、広場で王家に手渡される――ってことになるわね」
「今更ながら、それって大丈夫なの? 城が標的になったりとかは……」
「えぇ。だから、その後は王家の発表でイストに運ぶ……ってことになってるの」
研究者の聖地イスト。
なるほど、あそこは秘密の塊だらけとあってか、下手をすると、城と同等以上の守秘がある。
嘘を重ねているとはいえ、ある種の信憑性は感じられた。
「マジョリカさんにも協力を依頼したの。だから漏洩も大丈夫」
「あーそういえば、マジョリカさんって、名誉教授っていう肩書があったっけ」
はじめてイストに足を運んだ時は、それのおかげで随分と助かった。
まぁ、結局は助言をくれたオズも敵だったのだが、マジョリカの助けがあったのは事実だ。
「ハイムもだけど、いろんなものを巻き込みだしたね」
「それだけ大事になってきたってことよ。少なくとも、アインのお陰で何歩か前に進めたわ」
「……そりゃ何よりだ」
得られた情報は少ないが、所詮は末端だったということ。
致し方ない、そう思わざるを得なかった。
「昨日の件は何か聞いてない? リリさんから報告が来てると思ったんだけど」
尋問の結果だ。
最後はリリとディルに任せたので、その内容を尋ねたく思う。
すでに一日経っているので、連絡が来ているはずなのだが……。
「あっ……ごめんなさい、その、失念してたわ」
すると、クローネは申し訳なさそうに言い、机の引き出しから手紙を取り出す。
立ち上がって、アインの席に持ってきた。
(クローネが失念するとは思えないけどね……)
意図的に間を置いた。
というのが、彼女の考えだろう。
「――クローネって本当に優しいよね」
「もう……急になーに?」
バレてたかと、少しばかり弱弱しくはにかんだ。
手紙をアインに手渡すと、自然に頬に口づけをしてから去っていく。
「クローネはもう目を通した?」
「えぇ、一応ね」
返事を聞いて、アインも封筒から手紙を取り出す。
前半部分の挨拶の言葉をさっと読み、本題の部分に目を通す。
『――結論から言うと、アイン様が尋問した相手と、我々が尋問した相手。
内容に食い違いはありませんでした。
その後、我々暗部なりの調べも入りましたが、追加の情報はありません。
というわけでしたので、以上を踏まえてウォーレン様へと連絡。
また、ウォーレン様へと奴らの扱いについての判断を求めました』
……へぇ、とアインが声を漏らした。
やはりリリたちは仕事が早い。ウォーレン直属なだけはある。
『こちらも流れを省略してお伝えしますと、この手紙をお読みになっている際には、すでにシュトロムを離れ、ウォーレン様がご指示された箇所の牢へと移送済みの予定です。
また、アイン様が直接尋問をした相手以外は、牢へと収容――いえ、既に
ご入用でしたら、こちらの詳細も後程お伝えいたします』
(……処理、ね)
言葉は伏せられているが、そうなるのは当然だ。
むしろ、されなければその判断すら疑われることだろう。
奴らが襲ったのは王太子アインで、以前は、その婚約相手も共に居た。
その処理とやらを免れるのは、どう考えても難しい。
『以上が私からの報告となりますが、ウォーレン様からもご伝言がございます。
――汚れ仕事は、なにとぞ私にお任せください。とのことでした。
昨日の件はウォーレン様だけでなく、陛下も心を痛めているようです』
アインは嬉しくなった。
同時に、少しばかり悔しさも感じてしまう。
いわゆる汚い仕事とやらは、国の頂点に立つならば、これから先いくらでもやってくる。
それを自分たちに任せろと言うのは優しさだろう。
だが、まだ大人として見てもらえてないのかな……と、若干の悔しさが募った。
すると、不満気な顔を浮かべたアインに対し、クローネが話しかける。
「甘えられるところは甘えましょう。でも、私たちにも責任があることを忘れないで、やれることは全力で取り組むの。全てを最初からこなすなんて、私たちには……無理とは言わないけど、得られるものが少ないわ」
「……得られるものが少ない?」
「私たちの満足感だけで済むのならそれでいいの。でも、私たちの仕事はイシュタリカの人々に繋がってる。だから、すべてを完璧に……なんて難しいけど、限りなく、得られるものは多くするべきだと思うから」
正論だ。つまるところ、高望みをするなということ。
意識を高く持つのは重要なのだが、それだけでは一国の王になるなんて以ての外。
「クローネ以上の側仕えはいないんだなって、今、再確認できたよ」
「ふふっ、私はあなた以上の殿方を知らないわ」
公私をなんとも充実させてくれる女性だ。
仕事をしながらもこうして仲睦まじく語り合い、二人は今日という日の仕事を終える。
――もうすぐ、ティグルが様々な支度を終えてイシュタリカにやってくる。
今回は報告などではなく、ウォーレンの策の一環としてだ。
休んでいる暇なんてないと、アインは頬を叩いて気を引き締めた。
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