熱帯地域の遺跡[2]
「ん? こっちにも描かれてんな……」
祭壇まで近づいたところでバッツが気が付いた。
騎士に移させたのと同じく、古臭い絵柄の壁画だった。
「今度は何が描かれているんだ」
レオナードに言われて壁に近寄る。
すると今度は、
「あー……棺から魂? っぽいなんかが出て……この遺跡みたいなところに飛んでったみたいだ。その後は、何か知らねぇけど、別の男女がその遺跡に入ってって終わってるな」
なんとも要領を得ない説明だが、こう説明するしかなかったのだ。
「女の方は
棺から漏れた魂のような何かが浮かび上がり、いま三人が居るような遺跡にふわふわと漂い踏み入った。
やがて、その魂を追うように、一組の男女が足を運んだという。
だが、バッツは失念していたのだ。
この大陸にはエルフは存在しないはず、ならばどうして、壁画にエルフがいるのだろうかと。
「ティグル。奴の言ってることの意味が分かるか?」
「さぁな。バッツが暑さでやられたか、この遺跡の壁画がどうかしてるか……このどちらかだろう。私は前者に賭けるよ」
散々言われたバッツは、居所が悪そうに腕を組む。
そして、大きくため息をついて歩き出す。
「分かった分かった! 別に大した意味がなさそうだしな、気にしないことにするさ!」
不貞腐れたような声だが、暑さに参っていた二人にとっても、彼の子供っぽい態度は微笑みを浮かべさせる。
些細なやり取りだが、思わず笑みをこぼしたのだ。
「――おら! 祭壇みたいだぞお前たち!」
ぶっきらぼうにバッツがいい、とうとう目的地であった授けと降臨の祭壇にたどり着いた。
そこは今までの遺跡の風景とは違い、石材が真新しい。
なぜだろうか? 三人は興味津々に足を踏み入れた。
「不思議だな。ここは古くからある地なのだろう?」
「あぁ、エレナからそう聞いている。……それにしては、この石畳には違和感があるな」
入り口同様に高い天井、柱も同じく威風堂々とした姿だが、表面には光沢がある。
というのも、磨かれたような石材が、青白い姿を醸し出しているのだ。
……また、不思議とこの空間は過ごしやすい気温だ。
さっきまでの汗も引き、冷静さにも磨きがかかる。
三人は辺りを注意深く見渡しながらも、大胆な足取りで奥へ奥へと進むのだった。
そして、気が付いた。
祭壇と思われる場所の天井に描かれる、目を引く巨大な壁画に。
「おいおいおい。色までつけて、ここだけ別待遇ってか?」
「……しかし、あの絵の女性に見覚えがあるような気がするが」
バッツとレオナードが顔を見合わせ、腕を組んで考える。
一方で、ティグルはその絵の女性に気が付いたようで、
「もしかして、あの女性は……」
と、声を漏らしたのだ。
どんな絵だったのか? それは、祭壇に来る前に見た遺跡の絵に近い。
その遺跡に、一人の女性が膝をついて天を仰ぎ見ているのだ。
少し距離を空け、空の上から女神と思われる女性が顔をのぞかせている。
さっきまでの絵と違うのは、彼女が膝をついた女性に対し、何かの果実を落として渡しているところだ。
真っ赤なリプルのようでありながらも、どこか違う。
三人はその果実に見覚えは無かったのだが、果実を受け取る女性には既視感を覚えていたのだ。
――そして、ティグルが一番に気が付いた。
「第二王女殿下に似ているのではないか?」
膝をついた女性の髪の毛は茶色かった。
それだけでオリビアと予想するにはまだ早いが、決定的な証拠があったのだ。
「髪の色もそうだが、足元にある木の根は……あの女性に繋がっているようにみえる」
「ッ――そうだ! 第二王女殿下に似ているんだ……!」
レオナードが納得したように頷く、バッツもすぐ隣で頷いてみせた。
「まぁ、そうは言っても……第二王女殿下の絵があるはずがねえんだけどな」
「その通りではあるが、なんとなく親近感を覚えるな。帰国したらアイン様にもお伝えしようじゃないか」
「しかし、悪くない雰囲気の場所だな。ここで見つかった――とでも吹聴すれば、意外となんとかなりそうに思える」
最後に言ったティグルの言葉は、二人も素直に同意に至れる。
すると、絵画のことを忘れて下見に移った。
「赤龍ってどんな卵を産むんだろうなー」
「知らん。絵にも残されていないのだからな」
「ほぅ、イシュタリカの文献にも残されていないのか?」
「ウォーレン様が仰っていたから、間違いないと思う。だが、嘘だとバレないように、基本的には偽りの卵も姿を晒さないようにする……とのことだ」
「それが一番いいだろうな。例の龍信仰の者たちは、卵の姿を知ってる可能性もあるのだから」
緊張感はあまりないが、仕事に対しての態度は至ってまじめだ。
三人は隅々まで祭壇の様子などを確認し、時折、懐から取り出した紙の束にペンで文字を書く。
――それから、三人は十数分に渡って周囲を確認しつづけた。
レオナードは祭壇を絵にかいて、バッツは柱を手でたたいて感触を確かめる。
最後にティグルは、祭壇に近づいて手を触れてみる。
「ふむ……ここは一層、厳かな良い造りをしているが」
その時だ。
彼の視界が急に揺らいだと思ったら、頭の中に声が響いてくる。
『二人が繋いだこの
『――はい。この私にできることであれば、何なりと』
ふと、かすれた音で女性の声が聞こえたのだ。
何が起きたんだろうか? 彼は戸惑い、祭壇から手を放して振り返る。
彼の顔は、驚きに染まり切っていた。
「ど、どうしたのだ、ティグル?」
「レオナード? 今のはいったい……?」
「今のというと……私が書いているもののことか? それなら、祭壇を絵にしているだけだが」
突然になって、大きな動作で振り返ったティグルに驚いたレオナード。
目をしろくろさせ、彼に紙の束を見せた。
「さっきの声はいったいなんだったのだ?」
「声? あぁ、バッツがうるさかったことなら――」
「おい! なんで俺になるんだよ!」
……意味が分からなかった。
さっき聞こえたものは? 祭壇に触れたからなのか?
考えてみても答えは見つからず、ティグルはもう一度、祭壇に触れてみるのだが、
「……いや、なんでもない。少し疲れていたみたいだ」
撫でるように何度も触れてみたのだが、一向に声は聞こえてこなかった。
疲れていたのだろう。ふっ、と自嘲するように笑って身体ごと振り返った。
――それから少しして、三人はこの不思議な空間を後にした。
祭壇がある部屋をでてすぐに暑さに参ったが、帰らないわけにもいかない。
道中で騎士たちと合流し、帰りの途につくために支度をする。
軽く食事をとり、来たとき同様に、ため息をつくような帰り道を進んだのだ。
次の日の夕方には港町ラウンドハートへと戻ることができ、バッツとレオナードのはじめての出張仕事が終わりを迎え、三人は柔らかなベッドと、居心地のいい部屋で数日間の疲れを癒した。
仕事だということに変わりはないが、三人は友人同士の仕事を楽しみ、満足がいくかたちで下見を終えることができたのだ。
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