神って、あの神?

「眷属?」



 アインが言った。

 手に取った資料にあらかた目を通し、怪訝な声を漏らした。

 龍信仰という言葉に対し、何か手掛かりがあると思っていたのだ。



 しかし、マルコの渡した情報によれば、信者というよりは、

 眷属に近いという。



「はい、龍にも色々と居りますが、昨晩の炎――あれは間違いなく、赤龍のものですから」



 曰く、赤龍は傲慢だという。

 誇示することを好み、黄金を愛する。

 狂暴というよりは、人間寄りの、欲深さを持つ龍とのことだ。



「赤龍って強いの?」


「まぁ……決して弱くはありませんが」



 空を飛ぶことができ、強力な炎を吐く。

 よくある龍族の特徴ではあるが、それが一際強い種族だという。

 


「例えば、エルとかアル相手ならどう?」


「赤龍と海龍は、相反した龍族ですので、そもそも、戦いが勃発することはありません。ですが」


「……ですが?」



 すると、マルコが苦笑いを浮かべたような声で言う。



「海龍は炎が苦手ですが、先ず、海龍の戦場で赤龍が戦えば、海龍が圧倒的有利ですので」


「言われてみれば、確かにそうか」



 なにせ、海龍の主戦場は海中、海上だ。

 いくら空を飛べ、強い炎を吐けたところで、地の利は圧倒的に海龍にある。



「それに、あの双子は進化のきざしも――いえ、こちらはまたの機会にお話ししましょう」



 小声で小さくここまで言い、マルコがそういえば、と前置きをして話題を変える。

 それは、彼にとっても懐かしい、旧王都の話題となり、



「実は旧王都でも、一度だけ、赤龍の襲撃を受けたことがございます」


「で、どうなったの?」


「シルビア様があっさりと」


「……なるほどね」



 拍子抜けした。

 いや、シルビアが強いのは分かってるのだが、あっさりと撃退されたことにだ。



「ふむ……こう言ってみれば、長い間、シルビア様はイシュタリカ王家を守ってきたといえますね」



 すると、マルコがしみじみと言うのだ。

 そいうのも、理由があって、



「大地の紅玉。ご存知かと思いますが」


「知ってるよ、海龍の時も、ハイム決戦の時も助けられたから」


「で、ありましょう。実はその大地の紅玉は、シルビア様が討伐した、赤龍の核を用いております」


「……え?」



 まさかここで繋がりが出てくるとは。思えば、海龍の際の、死祖の鉄屑もそうなのだ。

 シルビアというエルダーリッチは、常に、王家を守ってきたのだろう。



「今度、改めてお礼を言いに行こうかな」


「アイン様の感謝ならば、誰の感謝よりも喜ぶことでしょう」


「またまた、煽てても何もないよ」


「いえ、こればかりはそういうものなのですよ」



 相変わらず、意味深な事を言う男だ。

 アインはその真意を尋ねる事はなかったが、素直に頷いてみせる。

 何よりもまず、マルコという忠義の騎士の言葉は、信用にするのだ。



「でもどうして、旧王都に襲撃を?」



 その時代の旧王都には、金銀財宝でも溜まっていたのだろうか。

 わざわざ魔王がいるそこを狙う、赤龍の真意が理解できない。

 被虐主義な龍というのも、些か不思議な話だ。



「そこからが本題となるのです。赤龍には狙いがありました」


「……っていうと?」


「歪(ひずみ)と綻(ほころ)びの回廊、という……大陸イシュタルの中心です」



 な、なんだそれ? アインが合点がいかない。

 そんな場所の事は耳にしたことが無く、同じく、ディルも首を傾げていたのだ。

 ディルは主君アインの様子をみて、率先して声をあげた。



「マルコ殿、我々はそのような呼び名の場所を知りません。別の呼び名はないのでしょうか?」


「別の呼び名……えぇ、そういえば、現代についてを学んでいた時、耳にした呼び名がございましたね」



 一度咳払いをして居を正した。

 すると、彼はアインがあっと驚く言葉を口にするのだ。



「今ではこう呼ばれております。『神隠しのダンジョン』――と」




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 その日の晩、アインは理由をこじつけ、臨海都市シュトロムを出ていた。

 目指す場所はただ一つ、イシュタリカ王都、キングスランドだ。



 伴に一人、ディルを連れ、クローネたちにも無理を言い、大急ぎで水列車に乗った。



「――ア、アイン様?」


「ウォーレン。久しぶり」



 城に着いたアインは、周りに目をくれることなく城を歩く。

 しばらくぶりに来たのだから、少しぐらいはゆっくりしたい。

 だが、そんな余裕は一つも無いのだ。

 ふかふかの絨毯を歩く姿は、ただ目的に向けて一直線に進む。



「ど、どうされたのです!? 何の連絡もなく、突然、城に戻ってきたのは……!」


「お爺様に尋ねたいことができた。あ、でも、ウォーレンも居てくれると助かる」


「……どうやら、ただ事ではないようですな」



 そう言って、ウォーレンが付き従った。

 そんなアインの背後では、ディルが静かに護衛をつづける。



 マルコを連れて来なかった理由。

 それは、屋敷の防衛を兼ねてのことだ。彼がいれば、屋敷の防衛はかなりのものとなる。

 故にアインは、彼に屋敷の守りを願ったのだ。



「ディル、何があっても、お爺様の部屋には誰も通さないでほしい」


「妃殿下であろうとも……ということでしょうか?」


「あぁ。相手が神であろうとも、だよ」



 シルヴァードの私室に着いたアイン。

 時刻はすでに夕食時を過ぎており、日中とは違った静けさが漂う。

 約束もなしにやってきたのは憚られるが、今日ばかりは許してほしかったのだ。



「ウォーレン、お婆様はいるかな」


「いいえ、ララルア様でしたら、ベリアと茶を飲んでいたかと」


「好都合だね、それなら安心できる」



 ――コンコン。

 扉をノックしたアインへと、ほどなくして、シルヴァードの返事が届く



「入れ」



 と。彼があまり多くを詮索しなかったのは、私室に来ることができる者が少ないからだ。

 誰がやってきても、信頼における人物のみなのだ。



「お爺様、お久しぶりです」


「ッ――ア、アイン!? お、お主、どうして城に……!」


「詳しい話は、尋ねたい話と合わせてお伝えします。お時間よろしいでしょうか?」



 アインが放つ気配はただ事じゃない。

 ため息をつき、シルヴァードが中に入るように促す。



「アイン様、では、私はここで」


「うん、ありがとう」



 ディルと別れて部屋に入る。ウォーレンを連れ、シルヴァードの近くに寄った。



「襲撃があった事は報告していると思いますが――」



 こうして、マルコから聞けた情報を語りだしたのだ。

 何があったのか、どういう情報であったのか……そして、



「神隠しのダンジョン。お爺様なら、良くご存知だと思います」


「……その名は、聞きとうないがな」



 それもそのはずだ。

 アインすら、あまり口に出したい場所のことではない。

 訳知り顔で語ったアインへと、シルヴァードは再度、大きなため息をついたのだ。



「何処で知った、それを聞きたいものだが」


「地名でしょうか? それとも、他の事情についてでしょうか?」


「後者だ。地名なんぞ、いくらでも調べが付く」



 決まっている。

 第一王子、ライル・フォン・イシュタリカ。

 そして、クリスの姉、セレスティーナ・ヴェルンシュタインについてのことだ。

 無駄なやりとりはよしてほしい、そんな態度でシルヴァードが言う。



「といっても、情報元は明かさぬだろうがな……まぁ、よい」


「感謝します」


「取りあえずは、余も感謝しておこう。あの地の事であるならば、耳に入れておきたいことだ」


「……だと思って、大急ぎでやってきたんです」



 すると、シルヴァードはウォーレンに目配せをする。



「人払いは済んでおります。というよりも、ディルへと、アイン様が厳命しておりますので」


「ならばよい。特にララルアには、聞かせたくない話だからな」



 シルヴァードが立ち上がる。

 ゆったりとした足で、アインの隣に立ち、



「約束してほしい。何があろうとも居なくならないと」


「約束します。俺はイシュタリカを離れるつもりはありません」



 ここまで言うと、彼はアインの背中を押し、近くのソファに深く腰掛ける。

 足取りは重く、精神的にも疲れを感じている。



「……しかし、朧気ながら、私も覚えております」



 長いヒゲをさすり、思い出しながらウォーレンが言う。



「確かに、赤龍はあの地を目指していました」


「ウォーレンよ、目的が分からん。あの地にいって何がしたい」



 ぶっきらぼうにいうが、それもそのはず。

 彼はその地のせいで、息子を一人失っているのだから。



「目的は詳細にはわかりませんな。なにせ、シルビア様が殺してしまいましたから」



 だが。と、話をつづけ、



「あの地には古い伝説が残っているのです。シルビア様をもっても古い伝説と呼ばれる、眉唾物の話ではありますが」


「……よい、申せ。今はなんでも情報がほしい」


「神が住む――そう言われているのです」



 すると、部屋の空気が固まった。

 眉唾物にも程があるんじゃないか、と。

 しかし一方で、アインの内心はあることを考える。



(神……神って、あの神?)



 思い出すのは昔のこと。

 そして、そう詳しくは思い出せない、朧げな記憶と化している。

 しかしながら、あの時の事は忘れられない。



 ――『ほれ! 行った行った! じゃあの!』



 見送られた時、アインは確かに感謝した。彼女への、小さな女神への感謝だ。

 新たな人生を授かったことへと、そして、ガチャでスーパーレアをひけたことに、当時は強く喜んでいた。

 その後は、ラウンドハートに産まれ、語るも大変な多くの出来事があったが、それは省略したい。



「……神に会えるってこと?」


「い、いえ。ですので、眉唾物の伝説ですので……」


「アイン。何があろうとも許さぬ、分かっているだろう?」



 そりゃもちろん、自分が足を運ぶなんてするつもりはないのだ。

 だが、あの女神がいるかもしれないと聞けば、会えるのかどうかと気になったのだ。



「分かってますよ。ただ、神と聞いて、興味が沸いただけだったので」



 しかし一方で、当時の赤龍の目的が分からない。

 そこを目指して、神にでも会いたかったのだろうか?

 アインは今回の襲撃を受け、赤龍と関与があるとの疑いがあるため、こうして話にやってきたのだ。



 だというのに、まさかの情報をウォーレンから聞き、余計に混乱してしまった。



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