少年期のエピローグ4

「……ここは」



 アインがクリスと再会した日の晩。

 しばらくの間昏睡状態にあった彼……ウォーレンも目を覚ましたのだった。



「私はどうしてベッドに……」



 ウォーレンが身体を動かすが、どうにも身体中が鈍い。

 そのおかげが、しばらくの間を昏睡状態で過ごしたということを自覚した。



「――やっと起きたのか?」


「……貴方は?」



 どうにも声は聞き覚えがある。だが、ウォーレンからは彼の顔が見えない。

 夜風に揺られる銀髪が時折月明かりを反射した。そんな彼は、窓際で窓の外をじっと眺めている。



「ウォーレン。俺はな、二人の忠臣を知っている」


「……二人の忠臣、ですと?」


「一人目はマルコ。俺にとって掛け替えのない部下で、あいつ以上の忠義を誇った騎士は居ない」


「ッ――貴方は……い、いえ。貴方様は……!」


「……あいつは数百年に渡り、旧王都をただ一人で守護していたのだ。つまり、英雄といえるだろう――これは俺にとっての誇りだ」



 すると、彼は銀髪を揺らして振り返ると、その美しい顔をウォーレンに見せつける。

 月明かりで照らされた彼の顔は、何よりも幻想的にウォーレンの瞳を彩る。



「そして、二人目はウォーレン。お前だ」


「カ……カイン……カイン様……ッ!」


「我が子マルクに付き従い、我が子の命が消え去った後も、お前はイシュタリカに命を捧げつづけた。常に名を変え姿を変え、自らを殺して尽くしつづけた。なればこそ、俺はお前をもう一人の英雄として誇ろうじゃないか」


「……私の起源を辿れば、それは褒められたものではございません。なにせ、まさに女性の尻を追いかけていた……と、とれるのですから」


「はっはっは! その不満足感があるのなら十分だ。つまりお前は、すでに未練に追われて尽くした男ではなく、イシュタリカという国を愛していた一人の男というだけのこと。難しく考えて己を見失う必要はない。それこそ、無粋なことになるのだから」



 カインは最後に笑い声をあげると、そのまま満足した様子でソファに近づく。

 横になっていた少女の首元を掴んで持ち上げると、そのまま荷物を持つように肩に乗せた。



「ッ……ア、アーシェ様……!?」


「あぁ。うちの馬鹿妹はここにいるぞ――詳しい話は当代の王たちにでも尋ねろ。そもそも、俺がここにいることも夢物語に思ってるだろうが、現実だ」


「う……うあ……お兄ちゃん……」



 手荒な真似に不服だったのだろう。アーシェがカインに寝ぼけながらも声を届ける。



「アーシェ。夢魔のはずのお前が夜に快眠とは……とんだ笑い話なんだがな」



 持ち上げられた猫のようにぐにゃりと体を曲げ、アーシェはカインの肩に乗る。

 その様子はどこをみても魔王に思えず、過去に大暴走を繰り広げた魔王……といわれても、決して納得にいたることはできないだろう。



「いったい、何があったのでしょうか……」



 ウォーレンからしてみれば、何もかもが知らないことだらけだ。

 カインが居る。アーシェが居る。薄れた記憶だろうとも、二人のことを忘れるはずがない。だが、これはあり得ないことに変わりない。

 自分はまだ夢の世界に居るのか……それとも、もう死後の世界に居るのか。ウォーレンの困惑は、ベリアが戻ってくるまでつづいたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 次の日の朝。

 シルヴァードはアインやロイドたちを招き、謁見の間の奥の小部屋で相談事をしていた。



「――つまりだ。数日後には、大規模なパレードを行い、我らの勝利を皆に届けるとしよう!」


「それはよろしいですな。前夜祭のように数日間を使いましょう。そうすれば、しばらくの間を祭りとして祝えるかと」


「うむ! それがよい! すべての都市で一斉に行うのだ!」


「……なんというか、体力が消耗されそうな祭りになりますね」



 二人の意見に耳を傾けていたアインは、想像するだけでも疲れそうな祭りに苦笑いを浮かべる。

 だが、こうした祭りに意味があることは分かっているため、否定の意見は口にしなかった。



「当然だ。こうでもしておかねば、いずれアインの身の回りで起こった件を民に伝えるに、面倒な事となりかねん」


「――やっぱり伝えなきゃだめですよね」


「ご心配されなくともいいかと思いますよ。アイン様」


「……というと?」


「海龍だけでなく、国の宿敵まで倒した英雄なのです。それが魔王といわれても、そう大きな問題とはなりますまい」


「余もロイドの意見に同意する」



 といっても、アインからすれば不安の一言だったのだが。

 不安な感情に苛まれ、アインが少しばかりの反論を口にしようと試みる。……ですから、と前置きを口にすると、



「――えぇ。私もその意見に同意ですな。加えて、マグナでは豊穣をもたらしたという逸話まである始末。であれば、そうした面から攻めていくのも一つの手でしょう」



 両手に杖を持ち、長いひげを彼の性格のように飄々と揺らす。

 何枚もの豪奢な外套を見にまとう彼は、何食わぬ顔でこの部屋に足を運んだのだった。

 すると、これまた何食わぬ顔で口を開いたのだ。



「たった今考えた脚本はこうです。先ずは魔王という言葉を伝えるのではなく、世界樹という、神に等しい種族になったということを強調致しましょう。できるのであれば、その際にいくらかの木々を成長させ、その実りを民に分け与えるのが最善です。また、宿敵が魔王化……という力を使っていたのですから、その邪悪な力を浄化し吸収した結果。世界樹は魔王の力を手に入れた――とまとめましょう」



 少しばかり早口で語られた彼の作戦は、数秒で考えたとは思えないほど使い勝手が良かった。

 だが、部屋に居た三人からすれば、そんなことよりもツッコミたいことがある。



「……おや? どうされたのです? お三方揃ってそのような顔をして」


「おや……ではない! ウォーレン、お主……いつの間に目を覚まして……!」


「はは……はっはっはっは! ウォーレン殿! 目を覚ましたのだな! その掴みどころのないところも久しぶりだ!」



 シルヴァードとロイドが驚きの声をあげる。当然だ。今の今まで彼が目覚めたという連絡はきていないのだから。



「実はですな、昨晩のうちに目を覚ましていたのですが……なにぶん、しばらくぶりで事実の確認で手一杯でした。ですので、ベリアに尋ねて今まで何があったのかを確認しておりましたら、この時間になっておりまして」


「まったく。余を一番に呼ばぬとは、何事であろうか……のう、ロイド」


「えぇ。いつもながら、自由な宰相殿でありますなぁ」



 三人は再会を喜ぶ。だが、奥に腰かけるアインの心境は複雑だった。

 ……すると、それを察してかウォーレンがアインの前に進み、膝をついてアインを見上げる。



「アイン様。ベリアから何があったのかを聞きました。……エルフの里から帰った時、何があったのかを」


「……うん」


「私が隠していたことが罪なのです。いくら祖国イシュタリカに尽くしていたといえど、赤狐という血の事実は変わりません。その事で多くの心労を与え、懐疑心を抱かせてしまったのは不徳の致すところです」


「ッ――ち、違う。俺はちゃんとその後分かったんだ……ウォーレンさんが裏切ってたわけじゃないって。俺がウォーレンさんと、ベリアさんを信じられてなかっただけなんだって……!」


「アイン様。それは言ってはいけないことです。どうか、この私を叱責なさいませ」



 二人の心はすれ違っていた。確かに、秘密にしてきたウォーレンに責任が大きいが、彼とベリアは二人なりに忠義を尽くしていたのだ。

 数百年も自らを殺して尽くすというのは、他の誰にもその辛さを理解することはできないだろう。

 だが、ウォーレンはそれでも叱責を求める。



「ふふ……アインよ。余の罰に不服があると申していたな?」


「……それって、俺とクローネに対してのですか?」


「あぁ、そうだ。余の罰を笑ったのだから、アインならば最適な罰をウォーレンに与えられるであろう?」



 そう言われてしまえば、確かにアインは不服だという態度をみせた。

 シルヴァードはアインを笑うように語ると、アインにウォーレンへの叱責を求める。



「――ならば、ウォーレン。私が王太子として罰を申しつける」



 それまで複雑な感情に苛まれていたアインだったが、シルヴァードからそれを発散する機会を受け取れた。

 にやりと不敵に笑みをみせると、シルヴァードを一瞥してからウォーレンに罪を伝える。



「ウォーレン。陛下がもういいと言うまで、イシュタリカへの奉公を終えることは許さん。ベリアと共に、これまで以上の貢献を陛下とこの私にみせるのが罰だ」



 すると、呆気にとられるのは他の三人だ。

 アインだけが楽しそうに微笑みむと、三人の表情を楽しんだ。



「……ア、アイン様? それでは私の罰とはならないのではないかと」


「大丈夫。これが罰じゃないっていわれたら、昨日のお爺様も同じく失格なんだ。だからきっと、お爺様はこれを認めてくれると思うよ」


「ま、待つのだアイン! それでは、余がウォーレンに与える罰の一角を担っておるではないか!」


「連帯責任ですよ。お爺様。だってそうですよね? お爺様は陛下で、俺は王太子……一蓮托生ですから」


「はっはっはっは! 陛下! やはりアイン様は逞しく成長なされた! これはこれからが楽しみですなぁ……!」



 最後はロイドが大きな笑い声をあげ、部屋の中は暖かな空気に包まれた。

 ようやくなのだ。ようやくこうして、イシュタリカという国の……いや、アインにとって大切な者たちが目を覚ましたのだ。

 これで本当に大団円……すべてのするべきことは済んだ――とはならない。

 アインの心の中では、するべき事があと一つ残っていたのだ。



「……後は、俺が勇気を見せる番ってだけだね」



 ――渡す場所・・・・はどこにしよう。どうやって彼女を連れて行こう。

 アインは大きく鼓動する胸に手を当て、それを伝えるための強い勇気を抱いたのだった。




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