桜色の宝石。

 そして、数日後。とうとう祭りの日がやってきた。

 打たれた銘は『終戦祭』。

 随分と単純な言葉となったが、その中身は数百年続いた因縁の終わりとあってか、関わった者達からすれば特に感情を揺さぶられる。

 大陸イシュタルの全都市で同時開催のこの祭りは、結局は十日間にわたって行われる大きな祭りとなる。



「――陛下。これほどの盛り上がりは、イシュタリカ史上初かもしれませんな」


「ウォーレン殿の仰る通り、城にもひしひしと伝わる盛り上がりかと」


「……それほど、この祭りに意味があるということだ」



 三人は城のテラスから城下町を見下ろし、その賑わいを楽しんでいた。

 後程、彼らも町に繰り出す予定は当然のように組まれているが、今はここからの眺めを楽しむ。



「あなた。こんなところで楽しんでたのね」


「おぉ、ララルアよ! そなたもここに参れ」



 すると、突然やってきたララルアが声を掛け、シルヴァードが近くに呼び寄せる。



「そうしたいのだけど、アイン君を知らない?」


「……アイン? 朝方は落ち着かない様子で廊下を歩いていたが」


「実はね、そのアイン君の姿がみえないの」


「ふむ……クローネやオリビアに尋ねたか?」


「オリビアには聞いてきたの。でも、知りません……って、ただ楽しそうに笑うだけなのよ」



 明らかに知っているのだが、そう答えた彼女は確実に口を割らないだろう。

 祭りの初日だというのに、一体何をしているんだとシルヴァードが頭を抱えた。



「――であれば、クローネ殿はどうされたのです?」


「そうなのよ、ロイド。クローネさんに聞きに行こうと思ったら……」


「思ったら、どうだったのだ?」


「……クローネさんもいないのよ。文官たちに聞いたら、いつの間にか見えなくなってた……ってことなんだけど」



 すると、三人は口をポカンと開けて理解する。



「陛下。もしかするとクローネ殿は、アイン様と……」


「……うむ。余も、ウォーレンと同意見だ。それに加え、事情を知っていそうなオリビアの顔を思えば、それしかない」


「私も同意見ですなぁ……して、ララルア様。クリスはどうしているのです?」


「車椅子に乗って、オリビアと一緒に居たわよ。今日は我慢します……って言ってたけど」



 これはもう確実だ。アインとクローネは二人して何処かに行こうとしている。

 彼らはそれを確信した。……すると、ウォーレンが港のほうで起こった事に気が付いた。



「――陛下。アイン様とクローネ殿を見つけました」


「ど、どこにいるのだ……っ!? 急いで事情を尋ねねば……」


「少し難しそうですな。なにせ、アイン様とクローネ殿は――」



 ウォーレンは港の方角を指さした。

 そんな遠くでは詳細に分からない……シルヴァードが文句を口にしようとしたのだが、ここからでも二人がいるというのが分かってしまう。



「……あれはエルとアル、ですなぁ。陛下」



 もはや手の打ちようがない。ロイドがぼんやりとした声でつぶやく。



「ロイド殿の仰る通りですな。……そして、双子が引いてるのはオーガスト商会の船ではないかと。ちなみに、私の予想では無許可で借り受けてると思いますが」



 呆れてものを言えないとはこの事だ。

 二人が双子に船を引かせてどこに向かうのか。それは予想するのが難しいが、二人が王都を離れようとしてるのは分かっている。

 すると、シルヴァードは立ち上がってテラスのフェンスに近づくと、



「この……暴走王太子めがぁぁぁぁああああああッ!」



 海原に向けて大声で叫ぶ。シルヴァードにしては珍しい態度に、ララルアを含む一同が笑みを浮かべた。



「はぁ……はぁ……まったく、あの王太子は! 親の顔が……いつも見ておるが! まったく!」


「――あら? ごめんなさい、誰か来たみたいだわ」



 アインが乗った船が出航したのを見計らってか、この場にマーサがやってくる。



「失礼致します。アイン様から手紙を預かっておりまして」



 ララルアによって中に通されると、彼女は急ぎ足でシルヴァードの傍に近寄る。

 そして、一通の手紙を手渡した。シルヴァードは音を立てて封筒を破り捨てると、中に収められた一枚の手紙に目を向ける。



「……『赤狐討伐の褒章を使い、今日一日の休日を頂戴します』……だと……?」


「ふむ。アイン様は先に手を打っていたようですな。マーサ、どうして今までこの手紙を持ってこなかったのだ?」



 ロイドが尋ねると、マーサは困ったように笑って言う。



「――王族令で口止めされてたんです。海を出てから手紙を渡してほしい……と」



 今日のアインは呆れるほど用意周到に事を進めていたらしく、この流れはシルヴァードも叱責することができない。

 赤狐討伐の褒章に比べ、たった一日の休日を求めるのは、むしろ多くのお釣りが必要となるほどだ。

 それに、マーサを叱責しようとしても、王族令を使っていたといわれれば、もはや何も言えなくなってしまう。



 シルヴァードは、最後に力の抜けた表情でアインが乗った船を眺めたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 それからしばらくの時間が経ち、ところ変わってハイム王都。



「――ア、アイン様!?」


「警戒ご苦労様。少し奥にいくよ」


「は……はっ!」



 イシュタリカ騎士に見張られるハイム王都に到着したアイン。

 軽めに騎士を労うと、そのままの足で中に足を踏み入れる。

 港町ラウンドハートで借りた馬。クローネと二人で乗ってここまでやってきた。



「ね、ねぇ。アイン? 急にこんなところまで連れてきて……どうしたの?」


「俺にもいろいろあるんだよ」


「……そうかもしれないけど、お祭り初日だっていうのに、王太子がいないのは怒られちゃうわよ?」


「大丈夫。赤狐討伐の褒章とかを使って、今日は俺とクローネを一日休みにしてもらったから」


「も……もったいない使い方をしたのね」



 それほど大きな褒章であれば、おおよその願いをシルヴァードが聞いてくれるはずだ。

 わざわざ一日分だけの褒美に使うのは、クローネからしてみれば不可解にしか思えない。



「いいんだよ。むしろ、このために使うなら本望だからね」


「……そ、そう」



 納得できない返事だが、今日のアインはどこか力強い態度でクローネを引っ張る。

 心なしか身体を抱くのも力強く、クローネはそれ以上の反論を口にできなかったのだ。



「――私ね、この大通りをアインと散歩したかったの。お披露目パーティの後、港町にいって貴方と遊んで、時には王都で一緒にお買い物に行きたかった」


「……俺もだよ」


「でもね、それができない……って分かったのは、その日の夜のことなの。オリビア様が離縁を申しつけて、船を呼んでイシュタリカに帰っていったと聞いて、もうハイムでは会えないんだなって思った」


「俺もその時は残念だった――でも」


「えぇ。でもね、それから少しあとイシュタリカで再会できて、アインはもっと素敵な人になってたわ」



 その言葉にはアインも照れてしまい、クローネから自分の顔が見えないことに安堵する。



「着いたよ。クローネ」


「ここ……私の家だったところよ?」



 上を見れば、世界樹がまだ青々とした緑をみせる。

 いずれは枯れてしまうのだろうが、今はまだ広大な自然をこの地にみせた。



「うん。ここに来たかったんだよ」


「……もう。こないだ一緒にここで過ごしたばかりじゃない。どういう風の吹き回し?」


「はは……そりゃ、色々とだよ」



 アインは先に馬から降りると、クローネの脇に手を差し込んで彼女を下ろす。



「昔はアインの方が背が低かったのに、今ではこんな扱いをされてしまうのね」


「――いや?」


「ううん。嬉しくて抱き着いてしまいそうかしら」


「だったら、まずはエスコートさせてもらおうかな」



 差し出されたアインの腕。クローネは抱き着くように密着すると、歩きづらくならない程度に距離を近づける。



「ふふ。王子様にこうしてエスコートしてもらうだなんて、物語のお姫様になった気分だわ」









 ◇ ◇ ◇








「それにしても、今日はすごく気合の入った服装なのね」



 クローネは足取り軽く俺の前を歩く。

 数歩先から、上機嫌なまま口を開いた。



「……あー。派手すぎる?」


「いいえ。そういうアインも私は好きよ?」


「はは……それならよかったかな」



 イシュタリカの……王太子としての正装に身を包んだ俺は、腰にはマルコさんの剣を携えて、ベルトには海龍の素材を使ったものを通している。

 髪の毛もいつも以上に気合を入れて整え、クローネをここまで連れて来たのだ。



「クローネ。何年か前に、港でデートした時のこと覚えてる?」


「えぇ。アインとのことは、すべて覚えてるわよ? えっと、それが……どうしたの?」


「……ならよかった」



 鼓動する音が耳にも届きそうだ。俺は強い緊張におわれ、額にうっすらと汗を浮かべる。

 懐から取り出したハンカチでそれを拭うと、緊張を隠すように口を開いた。



「当時の俺は、あれを渡すことの意味を分かってなかった」



 前にいるクローネは、まるで妖精のように可憐で軽やかに歩く。

 俺はクローネを追ってゆっくりと歩いた。



「港で不安を打ち明けた日も、渡すことの意味は漠然としか考えてなかったと思う」



 だが、今は違う。心に抱いた気持ちを伝えるためだ。



「アイン……?」



 俺の声色が変わったことで、クローネがすっと立ち止まる。



「あのさ」



 ……俺の呼び声に、彼女がそっと振り返る。

 風に乗る彼女の香りが、俺の緊張を更に高めた。

 だが、その緊張すら……今はなぜか心地よく感じてしまう。



「どうしたの。アイン?」



 振り返ったクローネは首を傾げて俺を見る。

 すると、俺は懐から一つの箱を取り出す。

 ムートンさんに頼んで作ってもらった、特注の宝石箱だ。



「クローネ」



 ――その刹那。

 地面に居た小鳥たちが一斉に飛び立った。

 それはまるで、俺たち二人の事を祝福するかのように、高く高く舞い上がる。



 枝の隙間から差し込む天からの光。舞台に舞い降りる一筋の光のように、俺たち二人を照らした。



 ……もう決めたことだ。これ以上の覚悟をする必要はない。そして、もう迷うこともない。

 だから……だからさ、クローネ。




「俺と――」



 

 俺は彼女の前で片膝をつくと、それを差し出して想いを伝える。

 ……そして、彼女は今までで一番の笑顔で受け取るのだ。



 ――彼女のように美しい。

 宝石箱に収められた、この世にたった一つだけの……桜色のスタークリスタルを。





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