おぞましいもの。
アーシェがド派手に攻撃を仕掛けてから早数十分。
王都の中では、アーシェとシルビアの二人が必死になって戦っていたが、城門の外にいる二人も同じこと。
何度も剣を交わしていたカインとマルコだったが、決着らしい決着はついていない。
「ッ――……チィ」
一度距離を取ったカインが舌打ちをしマルコを見る。
戦況はカインの優勢でつづいていたが、それでも決着がつかないのには理由があった。
「ふん……それもアインの影響だな」
「えぇ。団長の仰る通り、アイン様の恩恵を受けております」
カインの剣は何度も何度もマルコを切りつけた。すると、同じ数だけマルコの身体から光が弱まっていったが、少しもすればすぐに復活を遂げる。
このせいもあり、勝負は不思議な平行線をたどっているのだ。
「アインが吸収しているもの。それは私の身体に流れ続けている……が」
「私にも、同じくその恩恵がございますので」
「……なるほどな。つまり、出鱈目な体力を持ってるってことだ」
暴食の世界樹が根を伸ばし続ける限り、その体力に終わりはないといえる。
つまり、必殺の一撃となる攻撃を与えなければならないのだが、
「しかし、いくら俺であろうとも、マルコを一刀で切り伏せることは至難だ」
「――手心をいただけてるからですよ」
「謙遜するな。お前は歴代のリビングアーマーの中でも、最強の一角だろうからな」
マルコにとって、召喚主であるアインからの恩恵が大きすぎるのだ。
ただでさえ堅い身体に加え、無尽蔵の体力がそれをさらに高める。すると、いくら攻撃力の高いカインといっても、苦労してしまうのは当然のこと。
「そう言っていただけて光栄です。……いやはや、申し訳ない限りなのですよ。私たちを召喚するだけでもかなりの魔力を消費するというのに、こうして、幾度となく団長の攻撃から私を守ってくださってるのですから」
「……違いない。アインの負担はかなり大きいだろうな」
「えぇ、そうなんです。王都ではアーシェ様たちもお力を振るっております。つまり、
マルコはわざとらしく語りだす。
すると、一方のカインは頭を掻いて口を開く。
「はぁ……ったく、回りくどい忠義だな――マルコ」
「これはこれは。ですから、私は最初から申し上げていたではありませんか……ッ!」
マルコの身体が光り、大剣を構えて走り出す。真正面からカインの剣に向けて攻撃を仕掛けると、今日一番の強さで剣を振った。
「私の願いはッ! 主君の……アイン様の幸せのみッ!」
「ッ……随分と好き勝手に力を使ってるみたいだな、マルコッ!」
「えぇッ! これこそが、私のすべきこと……しなければならないことなのですからッ!」
この時のマルコの一撃は、本来のマルコには出せないほどの強さをみせた。それが出来た理由というのも、アインからの恩恵のおかげだ。
無理やり引き出された力というのは、相応の膨大な魔力をマルコの身体に流す。その負担すらも恩恵で回復すると、マルコは力の限りカインに切りかかる。
「なんとも理不尽な力だなッ! 限界を超えた強さでありながら、自分自身にはなんの障害もない!」
「――なればこそ、深き感謝を捧げましょうッ! はぁぁぁぁあああッ!」
……二人は戦いをつづけた。
大地は割れ、不毛の大地が更に変貌を遂げようとも、二人は戦いをやめることがない。
通常であればすでに息絶えている。そんな状況にいたマルコも、ただ力の限り剣を振り続けたのだった。
◇ ◇ ◇
カインとマルコ。二人が行ったことはただの反復だ。カインが剣を振り、マルコが剣を振り、二人はアインから流れる力で身体を癒す。
両者ともに決め手となる一手に欠け、呆れるほどの膠着状態がつづいた。
変わったのは周囲の状況のみで、荒れ果てた城門や城壁、そして大地が二人の戦いを見守る。
「はぁ……はぁ……ッ」
だが、いくら身体の損傷を癒せたとしても、なんだかんだと疲れはたまる。
それが早かったのはマルコで、カインはまだ余裕をみせた。
「……表現しにくい感情だ。相手はすでにぼろぼろだというのに、いまだ決定的な一撃は与えられない。こんなことは初めてだ」
「さすがは……団長です……。こうまで地力の差を痛感させられるとは――」
「こちらこそ、力不足を痛感しているところだがな」
勝負をきめきれないところに、カインは若干の苛立ちを感じてしまう。
しかし、マルコが疲れをみせはじめたのは、やはり違和感があった。
「ところでマルコ。お前、どうして急に疲れを」
「……決まっているでしょう。団長」
すると、マルコは剣を地面に突き刺し、構えを解いた。
「私が不甲斐なかったせいでしょう。アイン様から力を頂戴しすぎたのです。……王都内での戦いも加味すれば、アイン様は多くの魔力を消費し続けている」
「――はぁ。マルコ、お前は言ってたな……アインの幸せだけを祈っている、と」
「えぇ。ですから、私はその幸せのために力を尽くしたのですよ」
マルコの息が整った。だが、彼は剣を手にすることなく語りつづけ、カインを呆れさせる。
「私の役目は終わりました。ここより先は、お三方にお任せ致します」
「……だろうな、とは思ってた。だが、本当にそのつもりだったのか」
「私は誤解のないように申し上げたつもりですが」
「俺もよく言われるが、言葉が足りてないのが問題なんだ――ったく、それじゃ、ここは進ませてもらうぞ」
「えぇ。どうぞ、お気を付けて」
マルコはそう答えると、腰を曲げてカインを見送る。
最初のような態度とは正反対で、見る者によっては困惑してしまうが、カインはマルコの意思を理解していた。
「……愚直なまでの忠義だな」
マルコと別れ、カインは一人呟いた。
王都内の喧騒を耳に入れながらも、城門に残ったマルコを頭に浮かべ、呆れたと様子で何度もため息をつく。
「マルコが強引に魔力を使いつづける。そうすることで、アインの身体に宿っていた魔力を吸い取りつづけた」
暴食の世界樹と化したアインは、まさに力の塊だ。周囲の存在を吸い続けた結果、王都を囲むほどの大きさに成長したのがその証拠だ。
だからこそ、マルコは一つの方法を選び取ったのだろう。
「……当然ながら、相手となる俺もアインから力を受け取りつづける。王都で戦うシルビアも同じとなれば、結果は単純だ」
――燃料切れだ。
マルコの身体が急激に疲れを貯めこんだのも、アインから流れる力が薄まった事に起因する。
つまり、暴食の世界樹そのものの力が弱まったといえるだろう。彼らが身体を漲らせるのに比例して、膨大な魔力がアインの身体から流れつづけたのだから。
「とはいっても、やっぱり回りくどいぞ……マルコ」
だが、カインは一定の理解を示した。なぜならば、
「建前も無しに、アインに害を成したくなかったんだろ? だから言葉も濁し、最後の幕引きすらも誤魔化した。その結果選び取ったのが、この手段だ」
アインを救うという名目があろうとも、マルコは正面から剣を振るうことを避けたのだ。
主君に剣を向けるということに対する忌避感――そればかりは、忠義の騎士マルコにとっては受け入れられなかったのだろう。
「……さて、もう一息だな」
こうして、城門外での戦いは終止符が打たれた。
カインは気分を切り替えて、意気揚々と王都に足を踏み入れるのだった。
◇ ◇ ◇
「お、お姉ちゃん……! 切りがないんだけど……!」
「えぇ、そうね。ほんと、無尽蔵すぎて疲れてきちゃうわ」
カインが進む先では、アーシェとシルビアの二人が力を振るっている。
しかし、倒しても倒してもきりがない薔薇の生き物に、そろそろ二人も疲れが溜まってきたころだった。
「でもね……アーシェ、気が付いてるかしら」
「ッ――気が付いてるって、何が……!」
「勢いは大分収まってきたでしょ?」
前後左右から襲い掛かるツタや木の根。それらを避けながら、二人は器用に会話をはじめる。
「ほ……ほんとッ!?」
「えぇ、本当よ。ただ――言ってなかったんだけど、私もちょっと疲れてきちゃったのよね」
ふふ、とどうにも軽い態度でシルビアは微笑む。微笑まれても困るのはアーシェで、縋るような瞳でシルビアを見た。
「ちょ、ちょっと……お姉ちゃん……? 怖いこといわないでってば」
「うーん、これが冗談じゃなくて本当のことなんだけど……でも、悪い事じゃないと思うわよ?」
「――あぁ、その通りだ。今が最大の好機だぞ」
すると、二人の周囲に蔓延っていたもの全てが切り伏せられた。
やってきたカインは唐突に会話に混ざると、二人を傍目に暴食の世界樹の本体へと近づく。
「お兄ちゃんッ……? マ、マルコはどうなったの……?」
「半ば没収試合だが、一応俺の勝みたいなもんだ。今は好機だ、一気にアインを止めるぞ」
「……あなた! マルコとは何が――」
「説明は後でする! だが、マルコも俺たちの味方で、アインを止めるために協力していた……ってことは確かだ!」
それを聞いて一番喜んだのはアーシェだ。自分はもう見放されたのかと感じていたのか、彼女は深く安堵した様子をみせる。
「わかったわ。なら、それは後で聞きます。……好機ってことは、アイン君が疲れてきたっていう認識で間違いないかしら?」
「あぁ! その通りだ!」
「ッ……頑張る!」
そして、二人はカインの後を追って走り出す。迫りくる暴食の世界樹の抵抗を避けながらも、その本体目掛けて進んでいく。
「でも、本当に頃合いは限界だったわね……!」
「違いない。もう少し成長していれば、こんな風に楽はできなかっただろうさ……ッ! はぁぁあああッ!」
「……ぜ、全然楽じゃない……けど、お兄ちゃんの言う通り、よかった!」
シルビアが魔法を放ち、カインが剣戟を届け、アーシェが魔王としての力で攻撃を仕掛ける。
二人の時とは違い、カインがいることで一気に体制が整ったのだ。三人にも疲れが見えはじめてきたが、勢いが収まりつつある相手に対しては、そう大きな問題ではない。
「それで、シルビア! アインを休眠状態に追いやって……その後はどうするんだ!」
「そんなの……後で考えるしかないわよ! 今できるのは、手が届く範囲で収まってもらうことだけだもの!」
「なるほど、分かりやすくて嫌いじゃないぞ――!」
「む……むむむ……ッ! 二代目になんか負けないもん……!」
【ッ――エヒヒヒ……!】
【アハァ。フフフ――】
正面から沸いたバラの生物。暴食の世界樹の本体を守るため、更に数を増やして襲い掛かる。……だが、今はカインがこの場に居るのだ。
「気色悪いな。退いてろ……ッ!」
恐らく、最も相性がいいのはカインだった。
というのも、カインの剣は海龍をも切り裂くとあってか、バラの生物にも高い効果をみせる。
「あら、さすがね。あなた」
「成長しきる前だからな。今なら軽く切り伏せられるさ」
「じゃあ、アイン君が成長しきってたらどう?」
「やめてくれ。あまり考えたくはない」
「ふふ……同意見だわ」
三人が優位に動けるのも、アインが未だ成長途中ということが関係している。
もしかすると、成長しきってしまえば、バラの生き物もさらに強化されるかもしれない。それはいくらカインと言えど、そう考えたくもない事実に他ならない。
「あ、あの――お兄ちゃん、お姉ちゃん? あんまり仲睦まじくされると、私も居づらいというか……場所を選んでほしいかも」
「――お互い肉体を得たのは久しいんだ。少し多めに見てくれ」
カインが苦笑いを浮かべてアーシェへと答える。この間も、カインを先頭に戦いは続き、徐々に暴食の世界樹のふもとへと近づいていった。
「見えてきたぞッ!」
そして、もはや本体へは目と鼻の先だ。
「あなた! 幹になんとか深く傷を付けて!」
「……それで、二人はどうするんだ!」
「アーシェがアイン君に本気で攻撃を仕掛ける! 私はアイン君の根に働きかけて、無理やり休眠状態に追い込むの!」
「お姉ちゃん……! ほ、本気でやって殺しちゃったら……」
「その心配はいらないわ。今のアイン君なら、無防備なとこに攻撃しても致命傷にはならないはず!」
すると、アーシェは頷いて走る速度を上げた。カインのすぐ後ろにつくと、作戦のために力を籠める。
「――あなた!」
「――お兄ちゃん!」
幹との距離が近づき、二人が強い口調でカインを呼ぶ。そして……
「あぁ、見せてやるさ――アイン! これが、俺がみせられる最高の力だ……受け止めろッ!」
走る勢いを乗せ、カインが腰を深くして大剣を大振りに構える。
漆黒の大剣が動くたびに空気が割れ、大剣が引力をもったかのように周囲の景色を吸収する。
「ああああああああぁぁぁぁッ!」
カインが剣を振ると、背後に広がる土地にも大きな影響が生まれた。
港町ラウンドハートでは、海が王都目掛けて飛び出すと、周囲の風が集まって暴食の世界樹へと向かう。
黒よりも昏く、光を食い尽くしたその剣戟は、暴食の世界樹へと襲い掛かった。
【ギッ、ギギギギィィィィィ――アアアアァァァッ!】
三人ですら耳を覆いたくなる悲痛な声が辺りに響く。それは暴食の世界樹から発せられ、大きな衝撃を受けたことを知らしめた。
そして、カインが作り上げた大きな傷跡には、見るもおぞましいものが広がっており、
「ッな、なに……あれ……」
アーシェがつい目を覆ってしまう。
暴食の世界樹の幹へとできた傷跡。それは中の様子を克明に見せつけた。
中にはいくつもの巨大な目がギョロッと蠢き、切りつけたカインだけでなく、すぐそばにいるシルビアとアーシェにも向けられる。
その周囲には黒くドロッとした液体が充満しており、傷口から漏れ出し異様な光景を作り上げた。
「あまり目を合わせない方がいいわ。あれはきっと、アイン君――いえ、暴食の世界樹が成長しきった時に生まれる災厄なの。この大陸だけじゃない……世界中を手中に収めたかもしれない、そんな魔王の中の魔王よ……ッ」
説得力があるシルビアの言葉に、アーシェは冷や汗をかきながらも頷いた。
そんなものを放ってはいけないと考え、死に物狂いで身体中に力を籠め、一瞬だけその目と視線を交錯させる。
「――あなたは出てきたらだめな存在なの。だから、もう止まって……!」
両手を向け、アーシェが力の奔流を暴食の世界樹へとぶつける。
カインがつくりあげた傷口に向けて、自分が出せる最大限の攻撃を仕掛けた。
【ヒッ……ヒファ……エヒヒァ……ッ!】
すると、不気味な声を上げて苦しみだした。
いくつもの目がアーシェによって潰されると、痛みに堪えるように修復をはじめる。
だが、すでに勢いは弱弱しく、修復される速度も驚異的なものは感じられない。
「シルビアァァァアアアアッ!」
周囲に集まり続けるツタや根を切り裂きながら、カインが好機を逃すなとシルビアへと声を掛けた。
シルビアは集中していたようで、目を閉じてなにやら呟きながら支度をしていた。そのため、カインへと返事は返さなかったが、彼女はすぐに目を開いて杖を地面へと突き立てた。
「――その身に感じる時間ごと……全てを凍り付かせてしまいなさいッ!」
……これが、ハイム王都における対暴食の世界樹戦の終わりとなる。
シルビアの放った魔法は強大だった。杖を中心に、地面が……そして地中が結晶化すると、木の根は眠るかのように動きを止め、同時にツタやバラの生物も息絶える。
最後に枝に巻き付いていた魔力の結晶が輝きを消し……ハイム王都は久しぶりの静寂を取り戻したのだ。
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