剣の王。
ところ変わって、港町ラウンドハート。
ロイドたちがマルコによってエドから逃れ、急ぎで港町ラウンドハートを目指していた時から少し後のことだ。
海龍艦リヴァイアサンの一室では、リリが重苦しい表情で報告を待っていた。
「――リリ様。少しよろしいでしょうか?」
すると、白衣を着た女性が近づきリリに語り掛ける。
「……ん。なに?」
「クリスティーナ様――ならびに、ディル様のご様子についてですが……」
「ッそれを早く言ってよ!で、どうなの!?」
待ちわびた情報が届いたことで興奮すると、リリは飛び上がって尋ねる。
「で、でははじめにクリスティーナ様ですが、命に別状はありません。おそらく、このまま治療を続ければ数時間後にはお目覚めになるかと……」
「――よかった……ッ!うん、ほんとうに……よかったッ……!」
だが、一向に女性の表情は明るくならず、続けて言いづらそうに口を開いた。
「ですが、ディル様の場合は違います。このまま生命活動を維持することは――数日間はできるかと思いますが」
「……その数日後は、どうなるの?」
「……本国に戻り次第、急ぎでバーラ様以外の治療魔法を使える者に召集を掛けます。しかしながら、それを踏まえましても……」
「祈れ、ってこと?」
こくん、と女性が頷く。
するとリリは放心した様子で椅子に座り、ありがとうと口にして俯いた。
「――失礼致します。リリ様」
リリの様子を察してか、白衣を着た女性が退室していった。
残されたリリは目に涙を浮かべ、悔しさを滲ませる。
「戦争だもん。分かり切ってたけど……でも、割り切れるかは別だよ……」
疲れに加え、エドから受けた傷の痛みをもよおすリリ。
「――ッ!」
「――!――ッ!」
……だが、ふと部屋の外が賑やかな事に気が付いた。
「何か……緊急事態?」
賑やかというよりは、慌ただしいといったほうがいいだろう。
痛みを感じながらも立ち上がると、リリは連絡通路に飛び出した。
リヴァイアサンは新造されたばかりということもあって、それ特有の香りに包まれる。
そんななか、リリは急ぎ足で騒ぎを確認しに行ったのだった。
*
連絡通路を進み、操舵室に入ってすぐのことだ。
「ッ――あなたたち、何が起こったの!?」
操舵室に慌てた様子で乗り込んだ。
そこでは乗組員が集まり、船に残った近衛騎士がなにやら相談していたようで……。
「リリ様……!よかった、ちょうどお呼びしようと思っていたところなんです!」
「だから、何が起こったのかを教えて!」
「……分かりません。何やら、海中に巨大な魔物が出現したようでして、我らと距離を取って威嚇するかのように構えているようで」
「巨大な魔物……?」
すると、リリはそれを確認する――といわんばかりに窓際に近づくと、リヴァイアサンに作られた流線型の屋根に飛び降りる。
後ろからは近衛騎士が続いて飛び降りると、端に進んでいくリリの後を追った。
「プリンセスオリビア。並びに他の戦艦への連絡は?」
海風を一身に浴び、リリが近衛騎士に尋ねた。
「すでに済んでおります。全艦が迎撃態勢を取り、何かが出現すればすぐさま攻撃に――」
「――うん。いい頃合い過ぎる。……私たちの味方が戻ってこれないようにする、そんな敵の策かもしれない」
「ッで、でしたらすぐにでも対処を……」
「……そうするべきだけど、姿が見えないんじゃどうにも」
対処をしようにも、海中で待ち構えているのならばどうしようもない。
どのように対処すべきか……とリリが困った様子で考えはじめる。
だが、その魔物はリリやイシュタリカをあざ笑うかのように、突如、海面に姿を見せたのだった。
「――ァァァァァァアアアアアアアアッ!」
遥か高みにまで海水を飛び散らかすと、口を大きく開き巨大な体躯で威圧する。
太く長い触手をはべらせると、ギョロッと蠢く目でリヴァイアサンを見た。
「ク……クラーケン……?で、でも大きさが……」
リリが戸惑う。というのも、現れたクラーケンがただのクラーケンではなかったからだ。
太くグロテスクな触手はとても長く、巨大な戦艦リヴァイアサンをも包み込むほどの大きさがある。
加えて、頭の部分も巨大で威圧感に溢れ、リリは多くの危機感を抱いた。
「リヴァイアサンは海龍とも戦えるし、ここにはプリンセスオリビアもある。だけど、この大きさは簡単にはいかない……か」
現れたクラーケンは、マグナで現れた成体の海龍と比べても遥かに大きい。
倍は超えているであろう体躯が、その危険性を訴えつづけた。
「――ですが、リリ様!急いで処理せねば、現在交戦中の我々の仲間が……」
「ッ分かってる!分かってるから、急いでこのクラーケンを……」
巨大な魔物が面倒なのは、偏にその体力にある。
頑丈……打たれ強く、生命力に満ち、大きさに見合った移動速度もある。
攻撃を当てるのは楽に違いないが、それは相手も同じことだ。
「一斉に砲撃を……いや、それしかない……」
どうするべきか。
まずは砲撃を……とリリが考え、操舵室に戻ろうとすると、
「――葉巻か。悪いが一本もらうぞ」
「は……え?」
まさに突然だった。
何の前触れもなく……一人の男が現れたのだ。
困惑する近衛騎士の懐から一本の葉巻を取ると、彼は指をパチンと鳴らして葉巻に火をつける。
彼の指元からは焦げ臭い香りが漂い、力づくで火をつけたのが分かる。
「すぅ……ふぅ……昔と比べて美味いな。……ご馳走になった。今度、俺も何か奢るとしよう」
彼の容姿は美しかった。
男性だというのに、女性的な美しさを持ち、靡かせる銀髪が宝石のように艶やかだ。
白く清潔なシャツを一枚羽織ると、下にはごく普通の暗い色のパンツを着こなしている。
ほぼ一息で葉巻を吸い終え、彼は満足そうに微笑んだ。
「あ、貴方は……!?」
痛む身体に耐え、リリが懐から短剣を抜き去ろうとした瞬間のことだ。
やってきた男はあくまでも落ち着いた態度で、リリの背後を取る。
目にもとまらぬ足さばきで回り込むと、リリの手を優しく抑え、誰もが想像しなかった言葉を発する。
「暗器を使う者の弱点だ。身体に違和感(・・・)があると、その動作は赤子のそれのように低下する。一辺倒の訓練ではだめという証拠だな」
彼は現在の様子を気にすることなく、リリに対して理路整然と助言を送ったのだ。
すると、身体中に冷や汗を流すリリを横目に、悪いな、と口にして彼は一歩前に出る。
「途中で確認したが、お前たちの元帥は急いでここに向かっている。この
「だ、だから貴方は誰って聞いて……ッ!」
「――黒騎士団長にして、お前たちが崇める王の父だ」
「……はい?」
リリや近衛騎士にとっては意味不明な一言――それを残すと、彼は我が物顔で歩き出し、すぐ傍に出現したクラーケンの近くに進む。
「ほらほら。ご先祖様の言うことは素直に聞くべきよ?」
本日は千客万来だ――突然、もう一人の人物が現れる。
彼女は漆黒の髪を靡かせ、果てしなく艶めかしく微笑んだ。
髪の毛と同じく漆黒のローブに身を包むが、浮かび上がる凹凸は、そそられない男を探すほうが難しそうだった。
一体誰なんだ……リリや近衛騎士がもう一度尋ねようとしたが、
「
彼女の声を聞いた途端、身体の自由が利かなくなったのだ。
身体は決して重くないのだが、どうにも足が上がらない……いや、上げてはいけないと錯覚させられた。
加えて不思議な事に、どうにも声を出しにくい。
「ふふ、ありがとう」
リリたちが動かなくなったのを確認すると、彼女は男を追って前に進む。
「――どうかしら?」
「どう……とは?」
男に向かって尋ねると、わかってるでしょ?と彼女は不満そうに小突いた。
続けて彼女は海を見ると、巨大なクラーケンを指さした。
「いや、
「……私らしくない?あなた、それってどういう――」
「だから、シルビアが聞いたのは、あのタコの事だろう?」
カインは巨大なクラーケンを指さす。
だが、クラーケンは不思議と硬直したように身動きを止めていた。
「えぇ……そうだけど」
「――だから、シルビアらしくないと言ったんだがな。この大きさの海龍なら、多少面倒だったかもしれないが」
やれやれ、男――カインはそう言って首を振る。
一方で、シルビアはカインが何のつもりかさっぱり理解できず、この微妙に噛み合ってない会話に困惑するが……。
「……もう一度聞くわね?だから、あのクラーケンはどう?って聞いたのだけど」
「――はぁ」
カインは深く深くため息をつき、港町ラウンドハートに向けて足を進める。
「ちょ……ちょっとあなた……?だから、あのクラーケンは――」
すると、カインは後を追ってくるシルビアに対し、空をちょんちょんと指差して答える。
「どうもこうもない――もう済んだ」
シルビアが空を見上げると、広がる雲へと一本の切込みが見えた。
……それなら始めからそう言ってよ、と不満そうに言葉を漏らすと、シルビアは軽やかな足取りでカインを追う。
――その数秒後。
巨大なクラーケンは脳天から真っ二つに割れ、海の藻屑と消え去ってしまうのだった。
*
……やはり、先ほどのクラーケンはハイムの――そして、赤狐による策だったのだろう。
港町ラウンドハートは多くのハイム兵が集まり、クラーケンと同時に攻撃しようとしたのが一目でわかった。
イシュタリカの騎士が王都近郊に広がったのを理由に、彼らハイム兵の大軍は、港町ラウンドハートの大通りをほぼ無傷でやってきたのだ。
だが、彼らは突然足を止める。……いや、無意識のうちに、止めなければ死ぬ――と感じてしまったのだ。
「――あぁ、悪いがここは通れないぞ。接近戦ならば、たとえ相手がアーシェであろうとも、俺は後れを取らないからな」
積み重ねられたハイム兵の死体。
それに腰かけるのは、全身を漆黒の鎧で覆われた、大きな体躯の美丈夫。
天に向かって手を掲げたかと思えば、その男の手には、巨大な剣が掲げられる。
「……だが、神に祈るのはやめておけ。奴らはなにもできやしない。祈るなら死神にでも祈るといい――この俺が死に絶えるように、と」
彼はその大剣を剣立てのように死体へと突き刺すと、彼は待っていたと言わんばかりにハイムの大軍を見る。
「我が名はリバインッ!リバイン・ランスだ!誇り高きランス家の長男にして、一軍を預けられた将である!」
すると、一人の少年がカインに向けて名乗りを上げる。
……しかし、カインが名乗りに答えるかは別の話だ。
「悉(ことごと)くが何(いず)れも小鬼。幾万もの獣となろうとも、迎える末路に差異は無い」
ハイムの軍勢をひとまとめに貶し、気怠そうに立ち上がる。
次の瞬間、カインが突如として姿を消した。
「……え?」
カインはリバインの背後に現れると、漆黒の大剣であっさりと首を切り落とす。
呼吸をするかのように自然で、一瞬の殺気や闘気を感じさせることなく、彼はあっさりとリバインを打ち取る。
「――刮目せよ。其は匹儔(ひっちゅう)する者なき剣の王」
その一言一言がハイム兵へと重く乗りかかり、彼らは心の奥底からの恐怖を抱く。
例外なく全身に汗を浮かべると、手足を静かに震わせる。
「――刮目せよ。其の面前、一切が立つことを許さず」
本能なのだろうか。
アノンたちの影響を受けたハイム兵ですら、こうして自然と畏怖してしまうのだから。
「……その眼(まなこ)に映るは世界最強の剣士だ。遠慮することなく喜び喘ぎ、冥途の船賃にでも充てるといい」
語り終えたカインはリバインの首を放り投げ、剣を天へと掲げてハイムの大軍向けて振り下ろす。
すると、曇りがちだった港町ラウンドハートへと、一筋の光芒が舞い降りる。
これを機に、海龍をも一刀に処する最強の剣が……ハイムの大軍へと襲い掛かる。
それは、まさに人知を超えた力に他ならない。
人の寿命全てを修行に費やしても到達し得ない高みにあり、これまで積み上げた統一国家イシュタリカの技術を兼ねそろえようとも、彼と相対するのは愚を極める。
長き歴史を持つ港町ラウンドハート。
この町が瓦礫の山と化したのは、この日が切っ掛けなのは言うまでもなかった。
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