ハイム王都攻略戦[5]
ロイドは重厚な鎧に身を包むが、その実、鎧の下にも隙間なく装備が着こまれている。
肌の部分が露出されているのは首元や顔という一部分のみだった。
「――矜持はないようですね」
若干の動き辛さを見せるロイドを見て、エドはこれから先の作戦を予想する。
「あるいは、戦場だというのに、女性に頼って恥ずかしくないのかな――と」
「それよりかは、部下に頼って申し訳ない……という気持ちになる。なぜならば、我がイシュタリカの女性というのは、逞しく美しいからな」
「……はぁ、左様でございますか」
エドが面倒くさそうにため息を漏らした。
「面倒ならば、自決してくれても構わんが」
「そんなことをしては、お母様に嫌われてしまいますからね――あの目障りな許婚にも苛立っているというのに、これでは心労が溜まるばかりですよ」
「ふんっ。なんだ、母をとられて機嫌が悪いのか?」
「えぇ最悪です。あのグリントとかいう男を串刺しにして、引き裂いて、お母様の全身に私の愛を染みこませたい。近頃は、この気持ちを抑えることに苦労しているのですよ」
エドがアノンに向ける愛情を耳にすると、クリスは無意識に一歩後退する。
すると、リリは鼻をつまむと、臭い匂いを避けるように手で扇いだ。
彼女たちからしてみれば、歪みすぎた男の愛を気持ち悪く感じてしまうのだった。
「だいたい、全くもって意味が分からないんですよ。アレの何がいいというんですかねぇ……容姿は悪くないですが、言ってしまえばそれだけでしょうに」
「……よいのか?お母様――アノンがそれを聞けば、貴様を叱責するであろうに」
「そのような心配はいりませんよ。というのも、お母様に聞かれなければよいだけですから」
すると、エドが気配を変えた。
先日のロイドとの戦い以上に戦意を込め、ロイドを――そして、続けてクリスとリリに目線を向けた。
「そして、聞かれないようにする方法も簡単です。皆様に死んでもらえれば、それで済むことですからね」
「ふむ。なるほど、単純で分かりやすいな」
「でしょう?戦下手な貴方にも……ちょうどいい説明だと思います」
……切っ掛けは無かった。
だが、その場に集まった四人が同時に動き出すと、お互いに隙を探り合う。
先日は圧倒的な戦いを見せたエドだったが、今日は先日と違って警戒した様子をみせる。
「――調子でも悪いのか……?」
つい、ロイドがぽろっと呟いてしまった。
その言葉はエドの耳に届くと、エドは自嘲するように苛立った姿をあらわにする。
「知りませんよ。ただ、あのいけ好かない王太子のせいで、先日からどうにも体中に力が出ないんです」
――ッ!
エドが語った言葉を聞き、イシュタリカの三人は一斉にアインに感謝する。
アインと戦ってからの症状と聞けば、三人が心当たりに気が付かないはずがない。
「それは災難でしたね」
「なーんだ。ほんとに、アイン様から
クリスが煽るように慰めると、続けてリリが直接的にエドを煽った。
ピク、とエドが動きを止めたと思えば、彼は突然クリスに向けて攻撃を仕掛ける。
地面の土がさっと舞い上がり、次の瞬間にはエドがクリスの手前で槍を振った。
「ッ――はやいですね……ッ!」
「……見てから避けましたか」
突き立てられた槍は、クリスが身体を横に反らすことで直撃を免れる。
直撃寸前の出来事だったが、クリスが槍の動きを目で追っていたことが、絶対的な自信を持っていたエドに驚きを与える。
すると、次の瞬間にはエドが振り返り槍を振る。
振った先には放り投げられた短剣があり、エドの身体に突き刺さる前に弾き飛ばされた。
「やー、すっごい反応」
「――しかし貴方は……無礼で気に入りませんね」
勢いづいたままエドが身体を前に進めた。
忙しなく標的を変えると、嘲るような態度のリリを見る。
「悪いが、エド。今日の壁役はこの私なのだ」
エドが大きく一歩を踏み出そうとした瞬間。
筋骨隆々な体躯ながらも、目を見張る速さでロイドが突進を仕掛ける。
……虚を突かれたエドは、体勢を変えてロイドに槍を向けた。
「ふん――ぬぁあッ!」
大振りぎみの大剣が振り下ろされると、エドは槍を横に構え防御の姿勢をとる。
「チッ……。あぁ面倒くさい面倒くさい面倒くさい……ッ!」
先日と違ったのは、エドの余裕そのものだ。
この前はあっさりとロイドの攻撃を防御すると、屁とも思わない動作でロイドに蹴りを入れたはず。
だというのに、今日のエドはロイドの攻撃を腰に力を入れて受け止めた。
「どうしたエドォッ!今日の貴様は……先日のような強さに満ちておらんぞッ!」
「……私は役者です。これも、一つの舞台ということなのですから」
「相変わらず強がる男だッ……!」
「――すこし暑苦しいですね。一度、離れていただきましょう」
エドがそう口にすると、するするっと器用な動作でロイドの傍から離れていく。
「……技術までは劣化せんか」
ロイドが呟く。
アインの吸収によって格が下がったのは明らかだ。
だが、それがエドの今までの経験を奪うことは叶わない。
彼がみせた一連の動作に、ロイドは惚れ惚れするかのような流麗さをみた。
「はぁ……。全くもって意味が分からない。一体どんな手段を使って、私の身体に……?」
エドは手を何度か握り直し、指一本一本まで伝わる力を確認する。
いつもなら漲っていた力とやらも、絶不調な日を更に超える不調さを感じさせた。
――すると、ロイドは距離をとりながらクリスのすぐ近くに下がる。
「ロイド様」
「……あぁ」
自らのすぐそばにやってきたロイドへと、クリスは顔を向けずに小声で語り掛ける。
敬愛する主への感謝の念を込め、ロイドがクリスへと答えた。
「アイン様の――そして、オリビア様のお力が、我らと共にあるようです」
「そのようだ。もはや恒久的に、奴の力が先日のように戻ることはあるまい。魔石の中身を失うという事は……そういうことだ」
アイン自身の力と、オリビアから受け継いだ吸収の力に感謝する。
勝つための道筋が明るくなった。
二人は同時に頷くと、向かい側に立つリリも同じく笑みを浮かべた。
「つまり、アイン様ご自身もお強くなられたという事だろうな」
「……知らない間に、私たちの知らない強さに目覚めたようですからね」
「違いない。本国に帰れたら、是非ともお聞かせ願うとしようじゃないか」
すると、ロイドが走った。
自らを壁役と称したロイドは、自分自身が攻撃の糸口となるため、格上のエドに向けて命を晒す。
「あぁ、不思議だな……不思議だなぁ、エド!」
どうしてそうなったのか。
自分はその理由を知っているぞ――上から目線な態度で、ロイドが再度の突進を仕掛ける。
「知ってるなら教えていただけませんか……ねぇッ!」
眉間にしわを寄せ、エドが槍を使って答える。
ロイドたちが考える以上に、エドは身体の様子に辟易していた。
「嫌だ嫌だ……嫌だ。お母様の助けにならないといけない、そうしないといけないのですから――ッ!」
偏に母のアノンへの愛だ。
同時に、使い物にならなくなった事で見捨てられてしまわないか……という恐怖を抱く。
エドは自らにとっての絶対的な存在を想い、数ミリほど、槍の一閃をいつもと比べて狂わせる。
「――精神的に脆いんですかね。それとも……不安定なのが正常なんでしょうか」
突進を仕掛けたロイドと迎えるエド。
二人の様子を伺いながら、リリは短剣を静かに構える。
隠密らしく、気配を消しながら少しずつ死角に近づいた。
こんな場所での戦いは好みじゃない。
リリはそう口にしておきながらも、彼女がみせた実力にはクリスすら魅了させられる。
すると、ロイドと競り合うエドの隙を感じ、リリは短剣を放り投げる。
「ッまたですか……貴方は!」
「あっちゃー……。だから、どうして今の攻撃に反応できるんですかねー……」
死角をとったつもりだ。
いつもなら、これで暗殺も完了できるという短剣の投擲。
ロイドとの競り合いの最中にありながらも、エドは首をそらして短剣を避けた。
「辛そうですね。でも、私が居ることもお忘れなく」
風に乗るように近づいたクリス。
エドがロイドの相手をしている横で、彼女がレイピアを突き立てる。
限界まで研ぎ澄まされたクリスの精神は、寸分の狂いなくエドの核を狙った。
「させま――せんよ……?」
だが、エドも戦闘巧者だ。
競り合うロイドの力を利用すると、ロイドを盾にして後ろに下がる。
一方で、クリスのレイピアがロイドに突き刺さりそうになり、クリスは慌てて横に飛んだ。
「はぁ……っ、ふぅっ……」
エドが初めて息を切らす。
よく見れば額にも薄っすらと汗を浮かべ、体力を消耗していることが分かった。
「私たち三人相手でも……こうなりますか」
弱体化されたというのに、エドは持ち前の技量で三人を相手に立ち回る。
少しばかりの疲れは生じているが、それは三人も同じこと。
極度の緊張状態ということもあってか、エドと同等かそれ以上に疲れ身体に感じる。
「――言ったでしょう。あなた方がいくら群れようとも、障害にはなり得ない……と」
クリスとしても、天晴な役者根性なことは認めざるを得ない。
だが、クリスは希望を見出していた。
というのも、ロイドが完膚なきまでに打ちのめされたと聞いた時は驚いたが、現状では、三人一組での戦いで、エドに対抗できているからだ。
エドに疲れが見え始めたことで、このまま続ければ――という期待を心に抱く。
「私はね、苦労することが嫌いなんですよ」
突如、エドが半笑いで語りだす。
「だから私は、黒騎士に所属していた時も三番手の実力者を
「……どうした、エド。急に身の上話をはじめて」
「ですから、苦労することが嫌という話ですよ」
自分に言い聞かせるように語っていたエドだが、次に語った言葉は矛盾の一言だ。
障害になり得ないと言っておきながら、彼は苦労することが嫌だ……と、暗にこの状況を面倒くさそうに語ったのだから。
「へぇー。それじゃ、おじさんは怠け者なんですね!」
……と、ここでもスタンスを変えないのがリリという女だった。
嘲るように語り掛けると、自然な流れでエドを貶す。
リリは大げさな身振りで驚いてみせると、べーっと言わんばかりに舌を出す。
「人はだれしも、そんな一面を持っているはずですよ。貴方だって、柔らかなベッドに身体を許し、干したばかりの布団にくるまりたいとは思いませんか?」
想像するだけでも心地いい。
エドの言葉に、クリスとロイドの二人はそれを想像する。
愛しの故郷にある家を思い返すと、若干の郷愁に浸ってしまう。
しかし、リリの答えはあくまでも理性的だ。
「んー思いますけど、そんなの寝る時だけで充分ですね」
「えぇ、私も同意です。ですから、それと同じことなんです。ただ、時折やってくる苦労を避けたい――そう願っているだけなんですよ」
「ふぅん。そうなんですか」
リリの無邪気さにあわせ、エドが老紳士然とした語り口調でこう答えた。
一見すれば和やかな空気だが、交わされる言葉には優しさが無い。
すると、リリは合点がいった様子で口を開く。
「あ、私一つ気が付いちゃいました!」
忙しなく表情や仕草を変えるリリ。
戦場であろうとも自由に振舞い彼女を見て、ロイドとクリスは身体に蔓延っていた緊張感を緩和させる。
次にリリがなんと口にするのかと興味を抱くと、身体から力を抜いてその様子を眺めた。
「気が付いた、ですか?」
「はいはい。私、面白い事に気が付いちゃいました」
ニコニコと笑い続けるリリは、手元では短剣を器用に弄ぶ。
表情とは対照的な仕草が、どことなく蠱惑的にエドを魅了する。
「初対面でこんなこと言うのほんっと失礼なんですけど。……いやね、私も、話していいのかすっごく迷ってるんですよ?――まぁ、嘘ですけど。リリちゃんはさらっと言っちゃうんですけど」
――だが、リリが語る言葉を聞くと、彼はすぐさま表情を一変させるのだった。
「ねぇ、おじさんって――本当は自分で三番手を選んだんじゃないですよね?黒騎士っていうのが良く分かりませんけど、なんかそんな感じしますよ」
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