ハイム王都攻略戦[3]

 アインが馬を走らせたことで、ローガスも同じく馬をハイムの軍勢に向けて走らせた。

 両陣営の司令官が戻っていったことで、戦がまさに開戦に向けて加速する。



 巨大な弩砲が少しずつ前進すると、ハイム王都それ自体を射程に構えた。



「――アイン様!」



 戻ってきたアインを迎えるため、ディルが馬を走らせてアインに近づく。

 彼の表情は晴れやかで、若干のニヤつきとともに、希望を抱いた顔つきをしていた。



「……え、なにその顔?どうしたの?」



 ディルがニヤついてるのは珍しく、アインは呆気にとられた様子でディルへと尋ねた。



「いえ、お見事なお言葉だったと思いますよ。騎士の士気が最高潮に達し、いつでも命を捨てる覚悟も出来た事でしょうから」


「あ……うん。それは嬉しいけど……あれ?それじゃ、その顔は何?どうしたの?」



 相変わらずの表情のままディルが語り掛けるが、依然として顔つきの理由は未解決。

 二度目の問いを投げかけると、ニヤけ顔が嬉しそうな笑みにかわり、ディルがその理由について語りだす。



「アイン様の男らしさ……クローネ殿が想いを寄せるのが分かる言葉でしたね。――弩砲隊!砲撃用意!」


「……あ――あれ?」



 表情を緩めていたディルは理由を口にすると、戦直前の緊迫状況の中、続けて指示を口にしてハイム王都への攻撃に備えた。

 少しばかりアインから距離をとると、ディルも一皮むけた様子で声をあげるのだった。



「なるほど。うん」



 すると、残されたアインは一人で納得したように頷く。

 チラッと前方に並ぶ騎士達に目を向ければ、その反応がディルだけでなかったことに気が付いてしまう。



「――うん。こりゃーあれだね……聞こえてたみたいだね」



 クローネのことを反論した言葉。

 ローガスにのみ伝えたつもりだったが、風にでも乗って届いてしまったのだろう。

 騎士達は一様に白い歯を見せ、アインへと視線を向けるのだった。



「……ちくしょう。戦争が終わったら口止めしとかないといけないじゃないか」



 ――いわゆる、俺のクローネ宣言と通ずる何があるというわけだ。



 美談となることは事実だが、アイン自身の精神面での安定を思えば、口止めすることも視野に入れねばならない。

 戦争の決意とは別にその気持ちを確固たるものにすると、過剰に宿っていた緊張が解れたことに気が付くのだった。




「さてと、それじゃ早速みんなを進ませて――」



 ……と、アインが進軍を宣言しようとした刹那。



 アインの口上に答えるかのように、聞きなれた汽笛の音が響き渡る。

 それは港町ラウンドハートの方角から届き、続けてけたたましい・・・・・・破裂音とともに、身体の奥底を揺らす地響きが鳴り響いた。



「っ……砲撃、だよね」



 ハイム王都から馬車で数時間程度の距離にある港町……それがバードランドだ。

 つまり、急ぎで軍馬を走らせれば数十分もあればつく距離で、アインが構える場所からもそう遠くない。

 顔を生まれ故郷の港町へと向ければ、ゆっくりと空に昇る煙の姿が目に映る。



「――えぇー……。何があったのか分からないけど、思いっ切り砲撃しかけたよね?一発どころじゃないよね?」



 イシュタリカ戦艦からの砲撃は、アイン達が持ち込んだ弩砲の威力をはるかに上回る。

 戦艦のような巨体が持つ多くのキャパシティならば、威力を重視した巨大兵器を持ち運べるからだ。



 そうなれば、一発の威力もとてつもなく強大で、海上からの都市攻略も容易な攻撃手段となるだろう。

 だが、アインは若干の困惑を思い浮かべる。



 ……クリスが最初から飛ばしてるなーと、口を開いて港町の方角を眺めるのだった。




 *




 ところ変わって、併せて時刻も十数分ほど遡る。



 港町ラウンドハートへと、イシュタリカの戦艦が10隻ほど到着した。

 しかしながら、港町ラウンドハートの停泊所には、漁船や貴族の所有する船など――いくつもの船が立ち並んでいる。

 加えて、王都近辺ほどではないが、それなりに多くの兵士たちが、イシュタリカの軍勢を迎えるように待ち構えていたのだった。

 また、大通りには一般市民の姿が見えず、恐らく別の場所へと避難していると予想される。



 だが、イシュタリカの戦艦は何一つ気にすることなく停泊所のすぐ傍へと乗り込んだ。

 両翼に開くように戦艦を進めると、中央の部分には一隻の巨大な戦艦が姿を見せる。



「――この船に乗ってこの町へと足を運ぶなんて……感じたくもない縁を感じるなー……」



 一隻の巨大な戦艦――プリンセスオリビアの甲板に立つのはクリス。

 十年近く昔のことになるが、オリビアの連絡によってこの地を訪れたことを思い出し、腕を組みながら複雑な感情に苛まれる。



 攻め入る準備が万全の船団を目に、大通りの最奥(さいおう)に建つ屋敷へと目を向けた。



「ヴェルンシュタイン閣下。プリンセスオリビアによる砲撃準備が完了致しました」



 黄昏るクリスの元へと、一人の乗組員が近寄った。



「他戦艦の騎士の様子は?」


「滞りなく。一声ですぐに上陸できます」


「――ならば、王都へと続く道を作るとしよう」



 さっきまでの穏やかな口調とは違い、辛辣な声色でクリスが答える。

 乗組員はクリスの迫力を感じながらも、クリスの後ろで真意を尋ねた。



「……と、いいますと?」


「この町の中央の道を進めば、目障りな館が一軒建っている。……それさえなければ一直線にアイン様――いや、王太子殿下の許への道が出来るはず」



 クリスが見る方角へと視線を向け、乗組員がその存在に気が付いた。

 一際目立つ屋敷は、旧ラウンドハート邸に間違いない。

 現在では誰が住んでいるのか――確かめるには少しの時間が必要となるが、クリスはその情報に興味がない。



「プリンセスオリビアの主砲"聖女の慈悲"は、決して広範囲への一撃ではない。だが、一直線に続く破壊力はホワイトキングにも勝るはずだ」



 ロイドやアインがいるわけでもなく……この船団の司令官はクリスだ。

 つまり、彼女のラウンドハートへの憎しみ――それを抑えることができる者が居ないという事だった。



「あの目障りな屋敷を滅ぼし、この町の風通しを良くする必要がある」


「で、ですが……それでは、万が一捕虜とする価値のある敵がいた場合には――」


「我々は、此度の戦いで決着をつけるためにやってきたのだ。捕虜の必要はない。むしろ、捕虜とする価値のある相手ならば……早急に命を絶つべきだ」



 ひどく冷たい声色で語ったクリスが、同じく冷えた瞳で振り返る。

 乗組員は怯えてしまいそうな足元を抑えると、クリスの言葉を待つ。



「プリンセスオリビアによる主砲の一撃の後に、港町に居るハイム戦力への攻撃を他戦艦から放つ。その後、我らは上陸し、殿下の許へと進むこととなる」


「は……はっ!で、ではすぐに主砲の一撃を――聖女の慈悲を……!」


「……待ちなさい。その合図は私がします。だから貴方は、操舵室に戻って私の合図を待ちなさい」


「――承知いたしましたッ」



 乗組員は、クリスがどうしてすぐに主砲を放たないのかが分からなかった。

 クリスもその理由を説明しなかったが、乗組員が去った後、クリスは王都の方角を見て、とても悲しそうに呟きを漏らす。



「……むぅ」



 私は不満です――それはもう、とんでもなく不満です。

 そうした意思を明らかにしながら、王都付近の戦場に意識を向ける。



 ――エルフであるクリスは視力がいい。



 目的とする人物の姿は見えず、当然だが声が届くことも無い。

 だが、両陣営の迫力は港町ラウンドハートまで届いたのだ。

 戦がはじまる前の特徴的な空気をひしひしと感じながら、港町ラウンドハートの潮風に身をゆだねる。



「――むぅ。見えない……それに、聞こえない……」



 戦場でありながらも、むすっとした表情を浮かべ、自分が王都付近に居なかったことをひどく残念に感じていた。



「はぁ……口上……アイン様の口上……観れない聞けない届かない……」



 状況を鑑みるに、今は両陣営の指揮官同士の舌戦のはず――つまり、戦場における晴れ舞台に違いない。

 クリスはこの状況を理解していたため、主砲の一撃を放つことを躊躇った。

 一方で、アインの口上を耳にできないことに、抑えることなく不満を垂れ流す。



 彼女に尻尾でもついていようものならば、しゅんと垂れ下がっていたことだろう。



「だいたい、作戦とはいえ、護衛の私が傍にいないこと自体がおかしいんですってば……。絶対、イシュタリカに帰ったらわがまま言ってやる……」



 今回の戦争に直接の関係は無かったが、クリスがこうした決意を胸に抱く。

 しかしながら、クリスにとっての活力となるのであれば、それも歓迎できることに違いない。



 ……アインが知らないところでこんな決意をしたクリスだったが、ふと、そのアインの声が耳に届いた気がした。



「ッ――!?」



 武者震いのような高揚感に全身を襲われ、有無を言わさぬアインの気配にその場で頭を下げそうになる。

 アイン本人が目の前にいるかと錯覚すると、クリスは周囲をキョロキョロと見渡した。



「いるはずがないのに、今のは一体……?」



 考えても答えは見つからず、辺りに広がるのは、こちらも一触即発の港町ラウンドハート。

 しかし、イシュタリカの騎士達も同じ感覚に浸ったらしく、皆が自然と頭(こうべ)を垂らしかける。



「っ……そうか――はじまるんだ。……なら、私もそろそろ」



 この不思議な感覚も数秒のこと。

 さきほどの圧力が何なのかも気になったが、口上戦が終わった事をクリスが察する。



 すると、クリスが右腕を掲げ――操舵室の乗組員へと合図を送る。

 続けてすぅっと・・・・大きく息を吸うと、気持ちを切り替えて腕を勢いよく振り下ろした。



 主砲の一撃ともなれば、何よりも誤作動が許されない。

 そのため、主砲の場合は特に厳しく発射条件が設けられている。

 例えばプリンセスオリビアの場合は、発射のためのレバーが複数個もうけられていた。



 ……そして、クリスの合図を切っ掛けに、複数の乗組員が示し合わせてレバーを下ろすのだった。



「ッ!――や、やっぱりッ……すごい衝撃……!」



 如何にクリスといえども、プリンセスオリビア級の主砲の威力を体感する機会はそう多くない。

 いくら訓練という名目があろうとも、一発一発の費用を考えれば現実的ではなかった。



 片手で数える程度しか経験のない衝撃だったが、クリスのような騎士であろうとも、この衝撃には膝をついて体を支える他ない。



 発射のレバーが下ろされると、優し気な鈴の音のような――軽やかな律動が響き渡る。

 すると、プリンセスオリビアの船頭に作られた巨大な筒に光が満ちはじめ、鈴の音があっという間に鐘の音のように変貌していく。



 荒れ狂う紫電が幾重にも重なり、複雑に交じり合った紫電が球状に固まると、まるで人の心臓のように鼓動する姿を見せだした。

 筒の中の至る所へと血管のように紫電を繋げ、エネルギーを吸収するかのように巨大化を続ける。



 そして、鼓動するたびに大きな衝撃が船体に伝わり、計り知れないエネルギーに満ち溢れているのがわかった。

 ……青紫色に光るその姿が、容赦なく港町ラウンドハートを見つめだす。



 続けて、合図をするかのようにプリンセスオリビアが汽笛を高らかと鳴らした。



「……プリンセスオリビア。主砲――聖女の慈悲……さぁ――ッ」



 愛しい人・・・・の名をささやくように……そして、愛でるように主砲の名を口ずさむ。

 すると、クリスの言葉に答えるように、鼓動する塊が港町ラウンドハート目指して姿を変えた。

 中から腕を伸ばすように前方に伸びると、一瞬で弾けるように襲い掛かった。



「その威を示しなさい……ッ!」



 リリがエウロで放った主砲。

 それに比べれば、プリンセスオリビアの主砲はとても静かだったと評価できる。

 喚き散らすように被害を広げる事もなく、ただ指定された道筋へと威を示す。



 一筋の光線と化した一撃は、巨大な球状のエネルギーが小さくなり消えるまで続き、筒の中が空になると同時に、霧のようにあっさりと消え去った。



 ……だが、作り上げた光景は、筆舌にし難いものとなった。



「終わった……かな」



 あまりの光に目を覆っていたクリスが、揺れが収まったのを確認して、港町ラウンドハートの大通りへと目を向ける。



「――焦げ臭い。……けど……うん」



 アインの許へと続く道は開けた。

 さっきまでとは全く違う姿の大通りを見て、クリスは満足げに頷いた。



 自然と漏らした焦げ臭いという言葉通り、戦艦の上にまで焦げ臭い匂いが届く。

 大通りの石畳は溶かされ、表面は川に落ちる石のように滑らかだ。また、石畳は、ところどころで沸騰するかのように沸々と空気を漏らしていた。

 隣接して立ち並ぶ家々の壁は、涙を流したかと感じさせるほど、液体のように溶けて建材を滴らせる。



 そして、一直線に伸びた主砲――聖女の慈悲の一撃は、旧ラウンドハート邸を焼き尽くし、跡形もないただの平野をつくりあげる。



 すると、一直線に王都近郊への道が開けたのを切っ掛けに、プリンセスオリビアに続いて周囲の戦艦も砲撃を開始する。

 停泊所で待ち構えていたハイムの軍勢が一斉に亡き者となり、それを機にイシュタリカの騎士が上陸をはじめる。



 クリスも戦場へと急ぐため、プリンセスオリビアの船首から停泊所へと飛び降りた。

 軽やかな足取りで着地すると、ゆっくりと足を前に進める。

 


 続けて、周囲で騎士達が順調に降りているのを確認すると、彼らに向けて声をあげた。



「――さぁ、今こそ殿下の御許へ」





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