[閑話]猫と鳥と海龍と。

「全く……困ったモノだニャ。あんの病欠ポンコツエルフは!」



 幾度となく脱走を試みたクリスの事を、カティマはそう表現した。



「あのー……カティマ様?クリス様も、早く殿下の傍に行きたかっただけなんじゃ……」


「そんなことは分かってるのニャ。でも先ずは、身体を治すことが最優先だニャ。……あれ、病欠ポンコツってなんかいい響きじゃニャいか?」


「いやー、どうでしょう?」



 ふん、と大きく鼻息を漏らし、隣を歩くエメメに答えた。

 クリスを軽く庇(かば)ったエメメは、大きな木箱を鉤爪で掴み運んでいる。



「そういえば、師匠も似たようなこと言ってましたね、身体が第一だって。ところで……――」



 エメメは言いかけると、その木箱を軽く揺らす。



「これ、何が入ってるんです?」


「魔石だニャ。そして、私のお小遣いの結晶と言ってもいいのニャ」



 するとカティマは、ふんぞり返りそれを答える。

 その木箱には、カティマの小遣いや研究で稼いだ資金によって購入された、多くの魔石が詰まっているのだ。



「私は定期的に、こうして双子に魔石を食わせてるのニャ。おかげで立派に成長してるニャろ?」


「え、えーっと……確かに大きいですけど、魔石を食べさせる理由って一体……」


「偏(ひとえ)に成長のためなのニャ。魔物っていうのは、魔石を吸収して強くなるのニャ。前回の海龍だって、あそこまで大きくなるのには理由があるのニャ」


「ほうほう。それってどんな理由なんです?」



 エメメが翼を動かしながらも、楽しそうにカティマを見る。



「よくぞ聞いたのニャ!海龍とは、生まれながらに強大な強さを持つのニャ!その中でも、海流のスキルは水中の魔物にとっては最高の武器!だからこそ、海の中という厳しい環境でも、百年という長い時間を生きてるのニャ」



 質問されたことに気をよくして、カティマは上機嫌で答えを口にし始める。



「でもそうなると、多くの魔物を餌にしてくるのニャ。だからたくさんの魔物を食料にするんニャけど、すると、最初から強い魔物が、強くなるという行動の連鎖を起こす。その結果、イシュタリカにとっても国難となってしまうわけだニャ」



 早口でベラベラと答えてみたが、答えは単純な話だ。

 生まれながらに強いから、その成長度合いも大きいんですよ。という話だった。



「なるほどなるほどー!意外と普通ですね!」


「……聞いといて何言ってるのニャアアアア!」



 エメメはカティマの柔らかな肉球を蹴りつけられる。



「い、痛い!痛いですってば!カティマ様!」


「全く……。次は無いのニャ!」


「は……はーい……」



 軽くため息をつくと、エメメは引き続き木箱を運ぶ。

 双子が待つ港はもうすぐだ、どんな様子で魔石を食べるのか、エメメもワクワクしてきた。



「ねーねーカティマ様―」


「んー?なにかニャー?」



 二人の関係を表現するなら、友人同士というのがしっくりきた。

 アイン達の感想としては、やはり繋がったか……というのが正直なところだ。



 カティマにとって、家族を抜かせば、一番軽い態度だったのがこのエメメというハーピーなのだ。



「ちなみに、この魔石ってどんな魔石なんですー?」


「私が最近仕入れてるのは、フーセンバッタとかいう小物の魔石だニャ」


「……なんですかそれ?」


「バッタのくせに、ふわふわと浮くのニャ。ただ、大きさは150cmぐらいあるから、大きくて気持ち悪いのニャ」


「え、ええ……。なんでそんな気持ち悪いやつの魔石を?」



 それよりも、そんな魔石を食わせられる双子の方が不憫に思える。

 気にしないで食べるのだろうが、エメメ自身の価値観としては難しい心境だ。



「そのふわふわ浮くのがスキルなのニャ。だから、大量に仕入れて双子に与えてるのニャ」


「……え?もしかして、双子を宙に浮けるようにしようとしてます?」


「ニャハハハッ!それってもう海龍じゃないのニャ!」


「笑い事じゃないですけど……えー、本気です?」



 楽しそうに笑うカティマを見て、エメメは呆れた様子で続きを尋ねる。



「当ったり前だニャ。でも、そのスキルを習得する気配がないのニャ……」


「……と言うと?」


「基本的には、同格がそれに近い魔物の魔石じゃないと、相手の強さを吸収できないのニャ。フーセンバッタとか、ただの気持ち悪い虫だから、先が見えないのニャ」


「あーなるほど。つまり、あまり期待はできないと」


「ニャアアアア!そういう事言うもんじゃないのニャ!」



 さっきのように、肉球の蹴りを浴びるエメメが、驚いた様子を見せてカティマに詰め寄る。



「い、今カティマ様が自分でその気配がないって言いましたよね!?なんで私蹴られたんですか!」


「……ニャオ~ン?」


「今更普通の猫の真似したって遅いですから!無理がありますから!」



 ただの猫真似をしたが、そんなことに効果はない。

 エメメは当たり前のようにそれを指摘する。



「はぁー……エメメは相変わらず細かいのニャ」


「理不尽過ぎませんか……?」


「お、双子見えて来たにゃー」


「相変わらず聞かないし……まぁいいですけど」



 この二人には、いつも話の脈絡が無い。

 自由すぎる会話しかしないのだが、どうにも二人の相性は良かった。



 何はともあれ、二人はようやく双子の待つ港へと到着した。

 双子はカティマとエメメに気が付くと、水中から顔を出して喜びの声を上げた。

 すると、気持ち良さそうに泳いで近づいてくるのだった。



「キュッ!キュアッ!」


「ギャウゥ……!」


「おうおう!今日も来たのニャー!」


「しっかし本当に大きいですねー」



 いつ見ても、双子の大きさには驚かされる。

 これでまだ子供だというのだから、将来性は抜群だろう。



「ところで、この双子って、どのぐらい大きくなるんです?」


「ほれ、食うニャ食うニャ!……ニャ?どのぐらい大きくなるか?」


「ですです。大人になったら、どれぐらい大きくなるのかなーって」


「んーむむむ……」



 やって来て早々、魔石を双子に投げ手渡していたカティマ。

 エメメの疑問を聞くと、困ったように腕を組む。



「ぶっちゃけると、分からないのニャ」


「えー。カティマ様でも分からないんですか?」


「……多分、自然界の海龍と比べるなら、今でも別格の成長具合だと思うニャ」


「えーっと、どういうことですかそれ?」



 自然界の海龍がどうのと言われても、エメメのハーピー脳では理解が追い付かない。



「ようは、自然界で一年育った海龍と、この双子の一年の成長。それを比べると、明らかに双子の方が大きいんだニャ」


「お、おお!そう言われると分かります。でも、なんで大きいんです?」


「そりゃ簡単な話ニャ。こんだけ魔石食べ放題してたら、でっかく育つに決まってるニャ」



 その言葉を聞き、エメメが合点がいったように翼を叩く。



「なるほど!食べ盛りなんですね!」


「うむ!そういうことだニャ!」



 育ち盛りの食べ盛り。

 それに間違いはないため、カティマは深く頷く。



「まーそんなわけで、どうなるか分からないニャ。上手く成長したら、前の海龍の倍ぐらいにはなるんじゃないかニャ?」


「……それってどんぐらいです?」


「うーむ。多分、戦艦の3倍ちょっとじゃないかニャ?」



 それを聞くと、エメメはイシュタリカの戦艦を思い浮かべる。



「やばいですね!でかいどころじゃないですよ、それ!」


「ふっふっふー。そうニャろ?将来が楽しみでたまらないのニャ」


「てことは、もうすでにこの双子って強いんです?」


「大分強いはずだニャー。ほりゃ、もっと食べるニャ!」



 カティマが魔石を投げつけると、双子は嬉しそうにそれをかみ砕く。

 双子の身体には小さいが、おやつ感覚で楽しんでいる様子だった。



「どのぐらい強いんです?」


「んー……。多分あと数年もすれば、前の海龍よりも強くなると思うニャ」


「成長速すぎません?」


「お陰様で、マグナでは近頃豊漁続きだニャー」



 魔物が駆逐されることによって、漁師たちの安全が保障されている。

 そうなれば、漁師たちが前よりも漁に出られるのも至極当然な事だった。



「ギャウ!」


「お、今日もお土産くれるのかニャ?」



 ゴトン、と音を立てて置かれたのは、大きめの海結晶。

 液化させて魔道具に使うため、それ一つだけでも馬鹿にならない量が獲れる。



「ありがとうニャ―!」



 カティマが喜ぶのを見て、双子も嬉しそうに鳴き声を上げる。

 双子は頭が良く、他人が喜ぶ様子を理解することができた。



「私が運びましょうか?」


「頼むニャ。双子の持ち込みっていえば、いつも通り受け取ってくれるはずだニャ」


「りょーかいでーす!」



 魔石を持ってきた木箱に海結晶を詰め込むと、エメメはそれにふたをする。

 ちなみにそれを持ち込む場所は、国営の加工所である。



「やっぱり、海の底って海結晶落ちてるんですかね?」


「だと思うニャ。私たちにはまだいけないけどニャ」


「ふーむ。なるほど、なるほど」



 双子も魔石を食い尽くした。

 だが特に変わった様子もないため、今日も研究結果は成果なしといったところ。



「今日もダメだったニャ。まぁ、めげずに試すしかないかニャ……」


「そうですね。これからもがんばりましょー!」



 二人でこれからに気合を入れると、二人がやってきた道から、一人の給仕が走ってきた。

 明らかに城の給仕の様子で、カティマはどうしたのかとその様子を伺う。



「何かあったのかニャ?」



 到着した給仕に声を掛ける。

 だが給仕は、走ってきたからか息が整わず、言葉を口にするのに手こずっている様子。



「はっ……はぁ……も、申し訳ありません。カティマ様っ……――」


「落ち着いてからでいいニャ。まずは休むニャ」


「カティマ様って優しいんですね」



 給仕を労う姿を見て、エメメが楽しそうに声に出す。



「いつもそうだと思うニャ」


「……え?」


「え、ってなんだニャ?」



 先ほどの肉球キック然り、思い当たる節がいくつかあった。

 そのためエメメは、いつも優しいというのには素直に同意できなかった。



「も、申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので……!」



 カティマがエメメに声を掛けようとした瞬間、給仕がようやく息を整え終える。



「それで、どうしたのニャ?」


「クリス様がまた脱走を図りまして……!マーサ様が、カティマ様に助言を頂戴したいと」



 それを聞くと、さすがのカティマも頭を抱えた。

 あのポンコツは何をしてるのだと、呆れて物も言えなかったのだ。



「……もう最終手段しかないのニャ」


「さ、最終手段……ですか?」


「おおー!なんかカッコいいですね!」



 給仕とエメメは対照的な態度だったが、二人は同じくカティマの言葉を待つ。



「仕方ニャいから、私が痺れ薬を調合するニャ。もう食事にそれを混ぜるしかないニャ」


「「……え?」」



 続きを聞いた二人は、今度は同じように驚いた様子を見せるのだった。



「そうと決まれば、さっさと調合しに行くニャ。エメメ!その海結晶は任せたのニャ―!」


「あ、カティマ様!お待ちを……!」



 するとカティマは走り出し、城に向かって進んでいく。

 給仕はエメメに頭を下げると、慌てた様子でカティマを追っていった。



「……エルちゃん、アル君。それじゃまた今度ねー?」


「キュル!」


「ギャウ!」



 こうしてエメメも、双子から貰って海結晶を持って、帰る前に加工所へと向かうのだった。



 結局調合された薬に関しては、『そこいらのワイバーンだって一発だニャ』とカティマが自負する一品となった。

 後遺症は発生しないように調合されたものの、その効果は抜群で、普通ならクリスにも効果が出るはずだった。

 しかし、後になってクリスが述べた感想は、『歩くのが大変でした!』とのこと。



 さすがにその事実には、研究者として高名なカティマですら驚いたという。


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