初めての大舞台。

 その後、ディルはカティマにローガスとの件を伝えた後、身支度を済ませてホワイトキングに向かった。

 なぜホワイトキングに向かったのかというと、ホワイトキングは一際大きな船ということもあり、大きな広場が用意されているため、その広場で体を暖めることとなったからだ。



 それなら外で体を温めてもよかったのだが、せっかくだからとシルヴァードが希望したため、準備運動はホワイトキングで行われる運びとなった。



 ホワイトキングという場で剣を振るう。

 それは例え、父ロイドとの準備運動であろうとも、緊張しない理由にはならない。

 だが、ローガスとの戦いを思えば、ディルの緊張は次第に緩和され、戦いのための準備が整い始める。



 この半年間での伸びが大きかったディルは、いくらロイドといえども、加減をしすぎてしまえば、一本を取られそうな時もある。

 流麗な剣には、ロイド譲りの力強さが宿りはじめ、ロイドとしても、息子の成長ぶりに驚くばかりだった。



 ……ディルからしてみれば、それほどまでに、アインとマルコの一戦が脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。



「父上。そろそろ十分です」



 軽く息を切らし、額に汗を浮かべたディルの姿。

 身体の調子や剣の調子。それらを細かく確認し、ロイドとの軽い模擬戦を行ったディルは、調子が悪くないことに喜んだ。



「調子は良さそうだな」


「えぇ。心身ともに問題ありません」



 ディルはそう口にすると、二人の準備運動を見ていたシルヴァードとアインに目を向け、頭を下げてから口を開く。



「陛下。アイン様。……イシュタリカの騎士として、恥じ入ることのない戦いをして参ります」



 力強い瞳を見せ、ディルはそう宣言した。

 それは、アインだけでなく、シルヴァードも頼もしく感じる顔つきをしていた。



「真に良い顔つきになった。アインの護衛となった日の事を思えば、本当に見違える騎士となったな」



 シルヴァードはそう口にして、ハイムの大将軍ローガスと剣を交えるディルを激励する。



「勿体ないお言葉です……。ですが、未熟な身なれど、私の全力を以て勝利のために戦いましょう」


「ディル。応援してるよ」



 敬愛する主(あるじ)にも激励の言葉を貰い、ディルは体に力が漲(みなぎ)るのを感じる。

 相手はローガス。父ロイドを超えるため、最高の相手だ。



「ありがとうございます。必ずや、アイン様のためにも勝利を持って帰ります」



 ……ディルの準備は整った。

 そして、ハイムの者達が待つ場所へ向かう為、シルヴァード達も支度をするのだった。




 *




 大会議室の外にある広場。

 石畳が敷き詰められ、円状に作り上げられた場所だ。

 当然の事だが、椅子は用意されていないため、観戦者たちは立ち見となる。



 アイン達が到着すると、ハイムの一行は既にその場にいた。

 すると、それに一番に気が付いたのはグリントで、ディルに対して睨みつけるような視線を送る。



 続いてラルフやティグル達が気が付くと、ローガスがイシュタリカの一行に向かって声を掛けた。



「こちらの支度は出来ている。そちらの騎士はどうなのだ?」



 ローガスの声に反応したのはロイド。

 自身あり気に、息子のディルも準備が出来ていることを伝える。



「ディルも支度は十分だ。ローガス殿の支度も出来ているならば、すぐにでも始めてしまおう」


「……承知した」



 ローガスは気が付く。

 ロイドの様子を見ていると、別に調子が悪そうに思えなかったのだ。

 実際のところ、ロイドの実力を見せたくなかったのだろう。長年将軍を務めた経験から、そう予測した。



 だがやることは変わらない。ローガスが考える事は、勝つ事だけなのだから。

 ローガスは承知したと答えると、石畳の中央に足を運ぶ。

 それを見て、ディルもゆっくりと足を運んでいった。



「手や腰を地につけた時、そして、身体に剣が直撃した時……その際に一本としよう。構わないだろうか?」


「えぇ、構いません。あくまでも模擬戦の様なものですから、それぐらいでいいかと」



 勝敗の判定基準を決めていなかったことに気が付き、ローガスがこの場で提案した。

 一般的な判定基準だったため、ディルはその提案を素直に受け入れる。



「眼や喉といった、危険個所への攻撃もやめておこう。一応、交流戦なのでな」


「それには私も同意です」



 意外と紳士的な提案をされたことに、ディルは心の中で驚く。

 それと同時に、ローガスは武に関しては考え方が違うのだな、と考えさせられる。



「合図は私が行う!両者とも準備が出来たら手を上げて合図をしてもらおう!」



 石畳の円の外側から、ロイドが声を上げた。

 二人が使う舞台は、直径15m程度の広さであり、狭いと感じることは無いだろう。



 ローガスはロイドの声を聞くと、すぐに手を上げた。

 一方、ディルは数回の深呼吸をする。



「ふん、緊張しているじゃないか。父上が相手なら、あの男もすぐに倒れるだろうさ」



 吐き捨てるように、グリントが言葉を漏らす。

 その声が届くことは無かったが、ローガスは違った印象を抱いていた。



 ——……なるほど。グリントが遊ばれる訳だ。



 戦いの舞台に立ち、そこで見せている立ち居振る舞い。

 それを見て、ディルという男が強いと気が付いた。

 今までのローガスにとっては、グリント以上の才能というのは見たことが無い。



 ……だが、その認識を改めたのだった。



「——始めっ!」



 ローガスがそれを考えていると、ディルが手を上げた。

 それから数呼吸分の間を開け、ロイドが開始の合図を放つ。



「っ……ぜあぁっ!」



 初手の反応はローガスの勝利。

 初めての大舞台という影響もあってか、ディルは若干動きが固い。



 だが、そこは場数の違いだろうか。

 ローガスがディルよりも早く一歩を踏みこみ、剣を振り上げる動作を見せる。

 ハイムの大将軍ローガスにとっての、いつも通りの勝利の道筋。

 ここまできてしまえば、相手は防御できたとしても体勢を崩し、二つ目の攻撃で止めだ。



 ……というのは、普通の相手だった場合の話。



 次の瞬間には、石畳が割れる音を響かせ、ローガスの剣が地面に衝突した。



「っ……ほぅ」



 ディルはローガスの剣を受け止めるや否や、それを横に流す。

 勢いは残っていたため、ディルも体を流されてしまうが、初手は完全に無かったことにされた。



「この初手で仕留めきれなかった相手は少ない」


「それは光栄です。その一人になれたみたいですね」


「……近頃では、エド殿ぐらいなものだ。その若さで今のような強さ、見事の一言に尽きる」



 外野では、ティグルやラルフ、そしてグリントたちが驚きの表情を見せた。

 彼らハイムの人間にとって、ローガスという男は強さの象徴だ。

 その初手が流されたことに驚かないはずがない。



「続けよう」


「えぇ、今度はこちらからも参ります……っ!」



 今度は遅れることなく、ディルは同じく一歩を踏み出す。

 ディルの強さの本質とは、相手を翻弄する剣の巧さにある。

 特筆すべきは、ディルの手首の柔らかさにあった。

 その柔軟性もあり、ディルは父のロイドとは違った剣を会得できたのだ。



 その性質とディルの才能。

 これらの二つが合わさった結果、その剣は、他の者には類を見ないような、希少な剣技となった。



「むっ……!?」



 ローガスの大剣が、ディルによって位置をずらされる。

 真正面からの、鍔迫り合いに持ち込まれると思ったローガスは、巧みに剣を滑らせるディルの剣技に、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。



 ディルにとってはその一瞬があれば十分。

 そう感じる程の間合いに、ディルは潜り込む。



「——はぁっ!」



 そしてディルは、ローガスの死角から剣を振った。

 目標はローガスの肩……。目標に向かって、ディルの剣は真っすぐに伸びていく。



 ——だが、ローガスはそれだけでは崩れなかった。



「ぬぅ……ああああああっ!」


「なっ……くっ!?そ、そこから剣を……!?」



 あとは肩に剣をぶつけるだけ。

 そうすればディルの一本となるはずだったのだが、ローガスは死角になった部分に向かって、強引に剣を振り上げた。

 目に見えていないにも関わらず、ディルの剣に自分の剣をぶつけると、その勢いのまま振り返り、体勢が崩れかけたディルを見る。



「もらったっ……!」



 今度こその、真正面からの鍔迫り合い。

 体勢を崩しかけたディルは、正面からのローガスの力に耐えられるはずもなく……。



「ふぅ……っ。一本、だな」



 上からのローガスの衝撃。

 それをディルは必死になって耐えたが、少しずつ足を地面に下ろしてしまい、ついに膝が地についてしまった。

 一本目はローガスが取った形となり、ローガスが二戦目に備えて、ハイムの者達が待つ場所に戻っていく。



「っ……くそっ!」



 あと一歩の場所までいったというのに、ローガスの強さに一本を奪われた。

 ディルはその悔しさに身を震わせる。

 ……だが、一本を取ったローガスの目は喜びに染まっていなかった。



「救われた、か」



 ローガスの言葉の真意とは、この交流戦の"一本"という決め事に救われたという事だ。

 ディルが肩を狙わずに、そのまま首や顔を狙ってきた場合。それならば、ローガスはその攻撃を防御するのが難しかった。



 危険個所を攻撃しないという取り決めのため、無駄な動きを重ねた結果、ローガスが一本を取るという結果となり、最終的には救われたという形になったのだ。



「父上!さすがです!」


「ふふん……。さすがはローガス、そのまま頼むぞ」



 ティグルとグリントの二人が迎えると、先ほどのローガスの勝利に花を添えた。

 だが、救われたという事実があるせいか、ローガスの表情は明るくない。



「父上……?」



 グリントが父の顔を見て、不安そうに声を漏らす。



 スッキリとした勝ち方では無いとはいえ、ローガスの仕事は勝つ事でしかない。

 自分の勝利を待つハイムの人間達に、その力を示すことが重要なのだ。

 だから、冴えない顔をするものじゃない。そう考えて、ローガスは偽りの笑みを浮かべた。



「殿下。二本目も取って参ります」


「うむ!頼むぞ!」



 父の言葉を聞き、グリントは頼もしさを感じた。



 ……一方、イシュタリカの者達も、一戦目を終えて戻ってきたディルを迎える。



「ディル。お帰り」


「アイン様……申し訳ありません」



 ディルはやはり、一本目を取られたことが悔しかった。

 一言目でアインに謝罪をすると、深く頭を下げる。



「謝る必要はないよ。……多分、これが本当の闘いだったら、ディルの勝ちだった」


「アイン様の仰る通りだ。ディル、確かにお前は一本を取られたが、流れは決して悪くない。むしろ、途中までお前の勝ちだったのだぞ」


「……結果が伴わなければ、それはただの負けですから」



 アインとロイドの二人も、ディルが優勢だったことに気が付いている。

 取り決めのせいもあって動きが遅くなったが、内容は悪くない。



「それも間違いじゃない。だが、一つ気が付いた事があっただろう?」



 ディルにタオルを渡すと、ロイドが助言を口にする。

 タオルを受け取ると、ディルは疲れた様子で地面に腰かけた。



「私との立ち合いを思い出せ。ローガス殿はどうだった、私とは何が違った」


「父上との違い……ですか?」


「うむ。簡単な事だと思うが、分からないか?」



 血が沸騰するように熱く、先ほどの敗戦が尾を引いているディルは、それを冷静に考えられなかった。

 ロイドはそんなディルの姿を見ると、仕方ないと言わんばかりに、その違いを告げる。



「ローガス殿の剣は、私のそれよりも獣に近い。だが、だからといって恐れることはないだろう?」


「……恐れる?ですか?」



 ディルはローガスの剣を恐れたつもりが無かった。

 だが、ロイドから見てどこが恐れていたのか、それに耳を傾ける。



「あぁ。迫り合いとなることを恐れていただろう?お前自身の剣の質もあるが、いつものお前なら、もう少し正面から受け止めているはずだ」



 初戦という事もあってか、真正面からの迫り合いは避けていた節がある。

 ディルはそれを恐れていたつもりでは無いのだが、過ぎた警戒は、恐れと同等という事だろう。



「……言われてみれば、確かにその通りでした」


「ローガス殿の剣というのは、お前にとっては未知の剣となろう。警戒は必要だが、恐れる必要はない。だがディル、お前は一戦目でローガス殿の剣を知ったはずだ。となれば、あとは簡単な話だ……」



 ロイドはもったいぶるように話を続け、ディルは徐々に精神が落ち着いてきたのを感じる。

 隣でその様子を見ていたアインは、ロイドの手腕に感心させられた。



「父上。ですので、何が簡単なのでしょうか……?」


「まだ分からないのか。お前はいつも、誰の剣を受け止めている」


「それは勿論、父上の……剣を……っ。そうか、そういうことですか……!」



 ディルは合点がいったようで、表情を明るくした。

 すると元気よく立ち上がり、アインに声を掛ける。



「アイン様。必ずや一本取ってきます!」



 するとディルは、軽い足取りで円の中央に向かって行く。



「……えっと、ロイドさん?どういう意味?」


「はっはっは!話は長くなりましたが、本当に簡単な事なのですよ」



 二人は歩いていくディルを見送りながらも、こうして会話をつづけた。



「私の剣の方が、ローガス殿の一撃よりも重くて強い。……普段、私の剣を受けているディルが、打ち合いを避ける必要が無いのですから」



 自信満々に、そしてさも当然かのようにロイドが語り、アインに微笑む。



「結局のところ、ディルは必要以上に警戒を重ねてしまった。迫り合いを避けていては、勝てるものも勝てませんからな」


「あぁ、なるほど。つまり性格が出ちゃったってこと……?」


「そうなりますな。付け加えるならば、いわゆる経験不足です。命の危険がない場所でそれを体験できるのですから、ディルにはいい経験となるでしょう」


「……ちなみにロイドさんだったら、どうやって一本取ってた?」


「ふむ……。そうですな、私でしたら——」



 親子とはいえ、二人の戦い方には大きな違いがある。

 だからこそアインは、ロイドがどう立ち回ったかを尋ねた。。



「初手の迫り合いの際にローガス殿を押し戻し、追撃で仕留めましたな」


「……なるほどね」



 結局のところ、それを出来るのがロイドの強さだ。

 真正面から受け止められる胆力と膂力(りょりょく)があり、それを押し戻すだけの技量がある。

 ディルの超えるべき壁は、まだまだ高みにいるらしい。



「とりあえずディルは、三本目はわかりませんが、二本目は取ってくると思いますぞ」


「えぇっと、なんで三本目は分からないの?」


「それはですな……。若さ故、かと」



 アインもディルと同じく、ロイドによる授業を受ける形となった。

 なぜ確信めいた瞳でそれを語るのか、アインはそれを考え始めるのだった。



「そろそろ始まりますな」



 円の中央には、ディルとローガスが揃い踏み。

 二人はお互いの様子を伺いあうと、ほぼ同時に手を上げた。



 それを見たロイドは、一本目と同じく、始めの合図を口にする。



「始め!」


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