聞きそびれていた事。

 来客用に借りた部屋は、アインがオリビアと休む部屋と階層が違った。

 なので、数階分階段を進み、アインはオリビアが待つ自室へと向かう。



「そういえば、マーサさん」


「はい?どうなさいましたか?」


「調査に回ってくれてる人達からは、なにも連絡はない?」



 忘れてはならないのが、赤狐の件だ。

 過去にマルコから聞いた手がかり。それを思えば、マグナは有力視されるのだが……。



「……申し上げにくいのですが、まだ有力な情報は届いておりません」



 マーサが苦々しい面持ちでこう口にする。



「やっぱり、そう簡単にはいかないよね……。今までが順調すぎたところもあるけど」



 調査に向かい、確実に成果が出るか?と聞かれれば、答えは『いいえ』だ。

 むしろ、今までが順調すぎた節があるのは否定できない。



「万が一何か分かったとしても、あっちの大陸で好き勝手してるなら、どうやって調査するのかって問題もあるけどね」



 大陸イシュタルを渡るのとは違い、別大陸に行くとなれば話は変わってくる。

 今までのように、そう簡単に、調査に向かえなくなるかもしれないのだから。



「どん、と構えてるしかないか」



 そう言って、アインは自室の扉に手を掛けた。



「マーサさん。今日はもう、用事なかったよね?」


「はい。ですので、どうぞごゆっくりお休みくださいませ」



 部屋の中に進みながら、マーサの返事を聞く。

 視察は途中で切り上げたため、想定していたほどの疲れはない。



「あまり疲れてないけど、部屋で少し仕事でもしてようかな」


「……ご無理はなさらないでくださいね。お二人・・・のように、体調を崩してしまわないように気を付けてください」


「はは……そうだね。そうならないように気を付けるよ」



 クリスとクローネの二人が、体調管理を怠っていたとは思わない。

 だがそれでも、気を付けられる部分は気を付けよう。



「あら……?アイン、お帰りなさい。楽しかったですか?」



 リビングに進むと、オリビアの姿が目に入る。

 マーサに聞いた通り、オリビアは暇を持て余していた様子だ。



「はい。ですが、再会して数時間でお別れっていうのは、その……少し寂しいですね」



 急な再会だったのもあるが、せっかくならば、もう少しゆっくり話したかったという思いがある。



「ふふ……。じゃあ今度は、私の話し相手をしてくださいますか?」



 当たり前だが、断る気なんてさらさらない。

 勢いよく、頭を上下に振ってアピールしたいぐらいだ。



「それはもう、喜んでっ!」




 *




 その日の晩。

 アインはいくつかの書類仕事を終えて、寝室で考え事をしていた。



「……あ、色々と忘れすぎじゃん俺」



 きっかけは些細な事だ。

 マーサと自室に戻る際に、マルコの事を思い出したのがきっかけ。

 そして、いくつかの事を思い出した。



「あー……抜けてるにも程があるじゃん。ちょっと、お母様の部屋に行こう」



 そうしてアインは、寝室を抜け出して、オリビアの寝室へと向かう。

 こんな時間に失礼かと思ったが、いつもならば、オリビアは起きている時間だ。



 足早に部屋を出て、リビングを通って目的地を目指す。



「い、いやでもさ?初代陛下の事とか、それこそマルコさんのこともだし……あと魔王化もあったから。だから、忘れてたわけじゃない……うん。少し後回しにしただけだ……うんうん」



 虚空に向かって言い訳をしながら、足を進めるアイン。

 実際のところ、考えることが多すぎて、頭の中で混乱していた部分はある。

 そのせいもあってか、王都に戻ってから、例のポンコツ護衛に問いただすのを忘れていた。



「お母様。まだ起きていらっしゃいますか?」



 ドアをノックして、中にいるであろうオリビアに声を掛ける。



「はーい?起きてますよ。中にいらっしゃい」



 オリビアの返事を聞き、アインはドアを開き中に入る。

 いつもながら、露出が多いネグリジェ姿のオリビア。アインはなるべく、その姿をみないように気を付けた。



「どうしたのかしら?寝つけなくて一緒に寝てほしいなら、いつでも来ていいんですよ?」


「……それは、寝付けない時に"前向き"に考えますね」



 むしろ、前のめりになって考えたい。



「ふふ……。それで、こんな時間にどうしたんですか?」



 勢いよくオリビアの部屋に来てしまったが、考え無しだった事に気が付く。

 なにせ、魔王城でヴェルンシュタインの名前を見たなんて、まだシルヴァードにも告げていない。

 実際のところ、単純に伝え忘れているだけなのだが……。



「えーっと、ですね」



 そのためアインは、咄嗟に思い付いた言葉を口にした。



「クリスの家名って、古くからのものなんでしょうか?」



 唐突にこんなことを聞かれても、普通なら困るだけなはずだ。

 目の前のオリビアも予想通り、キョトンとした表情を浮かべている。



「あ、いえ……その、気になったというかですね」



 慌てる様子のアインを見て、オリビアはそのキョトンとした表情を変え、くすくすと声を漏らす。



「ふふ、いいですよ。私が知ってることは少しだけですが、教えてあげますね」


「あ……ありがとうございます!」



 オリビアに聞かず、黙ってクリスを待てばよかったのではないか。

 だが、どうにも気になってしまったので、クリスの到着を待つことができなかった。



「でもね、私が知ってるのは少しだけなの。クリスから聞いた事がある話なのだけど、えーっと確か……」



 口元に手を当てて考え始めたオリビア。

 脚を組み替える仕草が、隠す気もなく彼女の魅力を表していた。



「エルフの中では、別に貴族ではなかったはずですよ。だけど、昔からヴェルンシュタインって名前だったから……。だから、ヴェルンシュタインという家名を使ってるって聞いたわ」


「そ、そうなんですか……」



 ——なるほど、昔からですか。



 その昔とやらが、どの程度昔なのかが気になるところだ。



「うーん……でも、それぐらいしか聞いてなかったかしら。本人も、特に意味がある名前じゃないって言ってたもの」



 ——それって、本人が分かってないだけじゃないですよね?



「じゃあ、今分かるのは、昔からの名前ってことぐらいですね」


「そうですね……。後はもう、ヴェルンシュタインについては、聞いた事無かったと思います」



 あまり詳しい情報は得られなかったが、古くからある名前というのは参考になる。

 恐らくは、分家などの血を引いてるのではないだろうか、とアインは仮説を考える。



「あ、でもクリス本人に関してなら、恥ずかしい話から黒歴史まで、なんでも揃えてますよ?」



 とても興味があります。

 だがアインは考えた。オリビアは、アインの幼少期をよく知っている。となれば、アインの恥ずかしい話も知っているのではないか……と。



「正直かなり気になるんですが、さすがに可愛そうなので遠慮しておきますね……。なんか、藪蛇になりそうですし」



 クリスの黒歴史って一体なんだろう。

 気になってしょうがないが、断腸の思いで我慢する。



「なら……あと私がわかるのは、クリスがエルフ以外の血も引いてるってことぐらいですね」


「——……え?」



 その言葉を聞いて、アインは体を氷のように硬直させた。



「今となっては数少ないのだけど。妖精族の中でも、ピクシーの血が混じってるって聞きましたよ。『初代陛下のお妃様と一緒だー!』……って喜んでましたし」



 喜ぶ姿は大いに想像がつくが、今のアインはそれどころじゃない。

 むしろ、色々と繋がりすぎてまずい展開な気がしてきた。



 ——いや、まだ大丈夫だ。きっと、お妃様の兄弟とか、家族とか……うん。きっとそれだ。



「へ、へー……。そんなことがあったんですね」


「ふふ。もうすぐクリスも来ますから、本人にも聞いてみるといいですよ?」


「そうですね。本人が居ない所で聞くっていうのも、少し悪いですし」



 今更だが、興味本位に負けたのを恥じる。

 クリス本人も、もうすぐマグナにやってくる。そうしたら、もう一度尋ねてみることにしよう。



「話は終わったみたいですけど、アインはもう寝るのかしら?」


「はい。急にやってきて、本当に申し訳ありませんでした」


「いいえ、平気ですよ。さっきも言ったけど、アインならいつ来てもいいんですから」



 寝付けないなら、いつ来てもいい。オリビアが最初に言っていた言葉だ。

 有無を言わさず甘えたくなるオーラに、アインはつい、たじろんでしまう。



「甘えると止まらなそうですから。まだ、我慢しておきますね」


「まぁ。……そんな事言われちゃうと、もっと押して欲しいのかしら、って思っちゃいますね」



 ——……割とすぐ負けそうなので、メンタル強化されてからお願いします。



 くすくす、と笑うオリビアを見て、アインは苦笑いを浮かべた。



「照れなくてもいいのに……。それじゃ、寝る前に櫛で梳いてあげますね。さぁ、こっちにいらっしゃい」



 質問を終えたアインは、オリビアの言葉通りに近づいて、彼女に髪の毛を梳いてもらった。

 やはり、長い髪を管理するのは疲れる。手間だらけで、アインも細かな手入れは怠りがち。

 そのため、この一石二鳥なオリビアの言葉が、とても嬉しく感じていた。



 その後はいつも通り、オリビアの髪もお返しに梳いてから、アインは自室に戻ってベッドに入った。





 *




 オズとの再会から二日後。

 二人はその夜に列車に乗り、深夜に到着する予定だった。

 だがしかし、その二人はいくつかの予定をすっ飛ばして、前倒しで列車に乗る。



 そして時刻は夜の9時近く。

 マグナに着いた二人が、急ぎ足でアインの待つ宿へとやってきたのだった。



 二人の姿は、療養前と全く変わらない。

 元気な姿でやってきてくれたことに、アインはとても喜んだ。



「ほ……本当に申し訳ありませんでした。お二人の護衛の任を頂戴しておりながら、あのように体調を崩してしまう始末。お手紙も頂いたに拘わらず、礼をもできない醜態を晒してしまい……言葉もありません」



 口を開いたかと思えば、勢いよく体を曲げて謝罪をするクリス。



「ごめんなさい。アインにも身体に気を付けなさいっていってたのに、私が先に身体を壊してしまって……。アインがする必要のない仕事もしていたと聞いたわ。本来、私がするべきことを任せてしまって、本当にごめんなさい……」



 一方、クローネの場合は、令嬢のように美しく頭を下げる。

 されど、申し訳ない気持ちが良く伝わるような、そんな仕草で謝罪の気持ちを口にした。



「別に謝る必要はないし、俺は二人が元気になってくれたから満足だよ。……お母様、そうですよね?」



 そう言ってアインは、隣に立つオリビアに視線を向ける。



「クリス、そしてクローネさん。アインの言う通りですから、あまり頭を下げないで?」



 アインにしろ、オリビアにしろ。こうまで謝罪されるのは本意じゃない。

 二人が体調管理に気を使ってるのは、最初から分かってることだ。



「二人とも、中に入って。久しぶりにゆっくり話そう」



 二人がやってきたのを、部屋の扉近くで出迎えたアイン。

 二人に向かって、手振りで中に入るように促す。



「では、夜も遅いので少しだけ……」



 クリスが申し訳なさそうに、アインの言葉に頷く。



「そうね。実は私も聞きたいことあったから……丁度良かったわ」



 すると、クローネも複雑そうな表情だったが、アインの提案に乗り、一歩を踏み出す。



「……ん?聞きたいこと?」


「えぇ。なんでも、マグナでも"素敵"なことをしてくれたのよね?美味しい果実だったけど、話を聞かせてもらわないとね?」



 明らかにリプルの大樹の件だろう。

 聞かれるとは思っていたが、さすがクローネ。随分と手が早い。



「あ、私も頂きました!すっごく美味しくて、そのお陰で元気になりましたから!」



 クローネの言葉に反応し、クリスが嬉しそうに感想を述べる。



「それはよかった。クローネも、喜んでくれたみたいで何よりかな」


「それはもう。あれだけでも、最高級のデザートに感じる程の一品だったわよ」



 二人に褒められると、アインも悪い気がしない。



「ララルア様が一番喜んでたみたい。お代わりも楽しんでたって聞いたわ」


「まぁ、お母様が?」



 オリビアが驚いた声を上げ、クローネもどうしたのかと尋ねた。



「オリビア様?そんなに驚くようなことなのですか?」


「え、えぇ。お母様がお代わりするほど気に入るなんて、それこそ数えるぐらいしかないものだから……」


「……どうやら、城でもあの樹を育てられそうですね」



 城でなくとも、王家の管理地で育てられるのは確実だろう。

 ララルアが気に入ったと聞けば、恐らくシルヴァードもすぐに許可を出すに違いない。



「皆様方?まだ、アイン様が育てた果実は残っておりますが……切り分けましょうか?」



 側にいたマーサがこう口にすると、皆が満面の笑みで頷くのだった。




 *




 久しぶり……そうはいっても、2週間も会ってないわけじゃない。

 だがそれでも、この部屋にいる皆は、ほぼ毎日顔を合わせていた面々。

 そのせいもあってか、今回の語らいは、深夜になるまで続いていた。



 クリスとクローネは、自分たちが居ない間にあった事を尋ねて、アインとオリビアがそのことを語る。



 アインがお忍びしたときの事や、どれほどの人込みだったのかという事。

 そして数日前の、オズとの再会まで……多くの事を語った。



「——って感じで、色々とあったかな」



 当然のことだが、オリビアと共に入浴したなんて話さない。

 オリビアも口にしなかったので、アインはほっと安心できた。



「本当。傍にいられなかったのが悔しい程、多くの事があったのね」



 悔しそうな表情を浮かべて、クローネがこう答える。



「うー……!」



 一方、目に見えて分かりやすいのがクリスだ。

 悔しそうに唇を噛みしめていた。



「ですが、クローネ様?城でも賑やかな事があったとお聞きしましたよ?」


「あら。マーサ、どうしてそんなことを知っているの?」


「……念のためにと、近況は毎日報告を受け取っていましたので」



 忘れてはいけない事。

 マーサも普通の給仕ではないという話だ。



「マーサさん。もしかして、その賑やかだったというのは……」


「はい。おそらく、クローネ様のお考えの内容かと」



 すると、二人は揃って顔に笑みを浮かべた。

 だがそれとは対照的に、クリスが氷のように表情を凍らせる。



「マ、マーサ殿……?その話は、やめておいたほうがいいのでは?」



 するとその表情のまま口を開き、会話の流れを変えようと語り掛ける。

 だが、ソファに腰を掛けるオリビアが、微笑みながらマーサに言葉を投げかけた。



「ねぇ、マーサ。どんな賑わいだったのか、教えてくれるかしら?」



 縋るような声を出していたクリスが、オリビアの言葉を聞き、諦めたように表情を落胆させてしまう。



「おかしいわね。ねぇ、クリス?どうして貴方がそんな顔をしてしまうの?」


「……せっかくですから、アイン様とオリビア様の話を聞きたくてですね」



 間違いなく嘘だ。

 額に汗を浮かべてそう言っても、説得力の欠片もない。



「そうね。でもさっきは、アインが近況を説明したもの。だから今度は、城で何があったのかを聞きましょう?ほら、『かわりばんこ』よ」



 確実にクリスの話と気が付いたオリビアが、この流れを断ち切ることを許さなかった。



「さぁ、マーサ。話してくれる?」


「だ、大丈夫ですよ、クリス様。アイン様なら、きっと喜んでくれるでしょうから……」



 そう言ってマーサが、城での賑わいについて語り始める。

 すぐ傍では、口を一の字に固く閉じたクリスが、徐々に顔を上気させていく。



「誰がやったとは言いませんが、最初は……『もう大丈夫です!だから今からマグナに向かいます……!』と言って、脱出を試みたと聞きました」



 ——なるほど。そんな物語があったのか。



 続きが気になってしょうがないアインが、耳を傾ける。

 だが固有名詞を出さずとも、誰がその犯人かなんてすぐに分かることだ。

 むしろ、その微妙な気遣いが、逆に心にくるのではないだろうか。



「当然のように部屋に再収容されました。……ですが、これはまだ序の口です」



 ひゅー、ひゅーと音を立てて、出来ない口笛を吹き知らんぷりをするクリス。

 当たり前だが、顔は赤い。



「外の空気が吸いたいと言って、窓を開けたと思いきや、窓の外に飛び出しそうになったり。後は、ベッドの下に隠れて、見張りをやり過ごそうとしたとか……。ちなみに、カティマ様の助言で全て止められております」


「っ……妙に感付かれるのが早いと思ったら、カティマ様が助言していたのですか……」



 自由気ままに生きる駄猫だからこそ、クリスの脱走を防ぐのに一役飼ったのだろうか。

 たまには役に立つのだと、アインは深く頷く。



「クリス?マーサさんは、別にクリスの事って言ってないけど……」


「……いえ、私もその騒動は耳にしていました。なので、カティマ様の助言だったのですね……と、驚いただけですので」



 ——だったら窓の外を見ないで、こっちを見て言いなさい。



「段々と、言い訳が無くなってきたクリ……言い訳が無くなってきた脱走者は、最後にはこう口にしたそうです」



 マーサもマーサで、最後まで隠してあげればいいのに、つい、クリスと口にしそうになる始末。



「——『マグナに忘れ物をしてしまいました!すぐに取ってくるので大丈夫です!』、と」



 そして、マーサがその言葉を告げた後は、部屋の中が静寂に包まれた。



「……その、クリス?さすがに、その言い訳は苦しすぎると思うわよ?」



 残念そうな顔を浮かべて、オリビアが口を開く。

 優しく言い聞かせるように、クリスに言葉を投げかける。



「ち、違うのです!本当に忘れ物を……って、その脱走者は私じゃありませんから!」


「ちなみに、最後はカティマ様特製の、人体に悪影響のない痺れ薬を使ったそうです。食事に混ぜて、身体が動かないようにしたと」


「っ……だ、だから、あの後からどうにも体が重かったのですね……!?歩くのが大変でしたっ!」



 脱走者が自白してしまった。



「やり切れない思いでベッドに戻ったのに、そんな事実が隠れていたとは……」


「カティマ様曰く、『そこいらのワイバーンだって一発だニャ』という痺れ薬らしいのですが、よく歩けましたね……」



 そんなもの食事に盛るなよ、と思うが、人体に影響ないというのだから妥協ラインだ。



 ——むしろ、その状況で歩けるクリスが凄い。



「そ、その……。一応、そうした薬物には強い体質なんです」



 マーサの言葉を聞いて、クリスが照れくさそうに口にした。



「エルフって、そういう耐性持ってるの?」


「い、いえいえ。うちの家系が多分特別なのかもしれませんが……」



 問いかけたアインに対して、クリスが答えた。

 それを聞いたアインは、丁度良いと考えて、先日オリビアに尋ねたことを語った。



「そういえば、クリスの家名のヴェルンシュタインって、昔からある家系なの?」



 自然と尋ねられたことに喜ぶ。

 わざとらしくなければ、会話の流れもそう悪くない。



「……そういえば、私も気になりますね」



 クローネが、アインの言葉に同意する。



「む、むむ……。私の家名について、ですか?」



 そんなの聞いてどうする。

 クリスがそんな顔を浮かべるが、他でもないアインの問いかけた。つまり、クリスが答えないはずがなかった。



「大したことではありませんが。仰る通り、古い家系とは聞いておりますよ」



 まずは、オリビアに聞いた話と同じ内容が語られる。



「別に貴族ではありませんでしたが……でも——」


「でも?」



 続きが気になり、アインが言葉を挟む。

 気にしてくれたのが嬉しいのか、クリスが嬉しそうな顔で説明を再開した。



「私の家系は、エルフが元となった家系ではありませんから」


「……それって、どういうこと?」



 オリビアから聞いている。ピクシーの血を引いている、と。

 だが、エルフとして始まった家系じゃないと聞いて、アインは疑問符を浮かべた。



「ヴェルンシュタインという家名は、元々、昔のピクシーが使っていた家名なんです」


「え……ク、クリスさんって、純血のエルフではなく、ピクシーの血も引いていたんですか?」



 驚いた顔で、クローネが尋ねる。



「はい。実はそうなんです。ちょっとした自慢なんですよ?そのおかげもあってか、普通よりも、薬に対しての耐性があったんです」



 なにせ、初代イシュタリカ王……その妃と同種族の血を引いているのだから、クリスが自慢げになる気持ちも分かる。



「じゃあ、頑張って探せば、同じ家名のピクシーが見つかるかもしれないんだね」



 アインが笑ってそう口にすると、クリスは静かに首を横に振る。



「言われてみればそうですね。……でも、結構難しそうです」


「え、なんで難しいの?そりゃ、ピクシーは数少ないみたいだけど……」



 苦笑いを浮かべたクリスに、アインはもう一度訪ねる。



「えーっとですね。聞いた話だと、ピクシーって本来、家名を持たない種族らしいんです」


「へ、へぇー……」



 その言葉を聞いて、アインは乾いた返事をした。



「なので、私のご先祖様みたく家名を持っているのは、すごく珍しいと思いますから……」



 ——おい、説明してくれ。お願いだから、本当にお願いだから……。



 魔石夫婦に対して、頭の中でこう尋ねる。

 だが一向に、返事が戻ってくる気配はなかった。


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