濃い師弟関係。

「では殿下。この手紙をもって向かうと良いでしょう。バルト家の言葉であるならば、彼も無下にはしないはず」



 一夜明けて、アインはバルト伯爵邸へと足を運んでいる。

 期せずして手に入れた希少品。リビングアーマーの兜という素材を扱える、腕の良い鍛冶師。

 それを紹介してもらうためにやってきた。——……宿からは20分程の距離にあるバルト伯爵邸。雪国らしい屋根の形と、薪を用意した建物があるのが印象的。



 魔道具をメインに部屋を暖めるのだろうと思っていたが、手間暇かかる薪の暖房の方が、貴族らしいという理由から、魔道具と薪ストーブを併用しているそうだ。



「助かるよ伯爵、ありがとう」



 今朝になり、目を覚ましてから気が付いた。

『そういえば伯爵に連絡してなかった』……と。



 王太子という立場を思えば、そんなものはなくとも対応してもらえる。だがそんなことをすれば、相手を軽んじてると思われてもおかしくない為、緊急時は避けたい心境がある。



 だがそこは補佐官クローネ。

 アインが鍛冶師の件で伺うことになる、そう昨日のうちに手紙を届けていた。



「……職人気質で、どうにも言葉遣いは保障できかねるのですが、何卒寛大なお心でを向かっていただければ……」


「こっちが頼む側だから気にしない。急な訪問なのに、対応してもらって感謝してる」



 まぁ定番だよね、とアインは素直に納得する。

 むしろ、鍛冶職人からも敬語だらけで話しかけられると、若干切なくもなるだろう。



「殿下。今から向かいますか?」



 隣で控えるクローネが、アインに予定を尋ねた。

 彼女によれば、今日は丸一日開けてあるらしい。旧魔王領から戻ったばかりで、同行した騎士達の負担も思えば休暇が必要。そう判断していた。



「んー……」



 チラッと、窓から見える景色に目をやった。

 今日のバルトは天気が悪い。つまり強く吹雪いているのだ、だからわざわざ歩くのも億劫になる。



「(時間もかかりそうだし、億劫だからって後回しも問題かな……)」



 おそよ一か月間の滞在予定。

 そのためできれば、一日だろうとも無駄にはしたくない。

 軽々しく来ることができる場所ではないので、時間は大切にしたいところだ。



「うん、行くよ。天気は良くないけど、時間は有限だから」



 クローネとしては休んでほしい気持ちもある。

 だがアインが口にする、時間は有限という言葉の意味も理解していた。

 天気が良ければ素直に頷けるのだが、こればかりはどうしようもない。



「ではバルト伯爵。今日は急にすまなかった、おかげで良い武器が作れそうだ」


「ははは。それは何よりです。——……外は荒れてますので、どうかお気を付けて」



 ソファから立ち上がり、後ろに居た護衛のロイドからコートを着せてもらう。

 旧魔王領へ向かった時よりは軽装だが、それでも防寒具としては優秀なコートを用意して来た。



「(さて、どんな人なのかわくわくしてきた)」



 テンプレの様なものを求めている訳じゃない。

 だがしかし、腕のいい鍛冶師と聞けば、どんな人柄なのかと興味を抱くのも当然だった。



 ——バルト伯爵の部屋を出て、扉の前で待っていたディルと合流する。

 目指すは紹介された鍛冶師の店。一緒に貰った地図を片手に、アインは3人でその場所へと向かった。




 *




 吹雪が少し落ち着いた瞬間を狙い、4人はバルト伯爵の館を出発する。

 顔にあたる大粒の雪が冷たい。顔にあたった雪が溶けて水となり、それが滴るのが面倒に感じる。

 拭っても拭っても意味が無いほど、雪の勢いは収まることを知らなかった。



 そんな中。どうにか足を動かし続け、ようやく目的地である、鍛冶師の店近くへと到着した。



「みんな大丈夫?」



 3人の様子を伺うアイン。

 皆がアイン同様に、この吹雪に参っている様子。



「え、えぇ……なんとかまだ大丈夫よ」


「旧魔王領への道と比べれば、随分と歩きやすいですからな……とはいえ吹雪も、慣れなければ中々面倒なものです」


「大丈夫ですよアイン様。ただ父上と同様に、慣れない吹雪に若干苦労しておりますが……」



 やはりクローネが一番辛そうにしている。

 クローネを先に宿に送ることも提案したが、彼女が頑なにそれを拒んだため同伴している。

 無理やりにでも置いてくるべきだったろうか?今頃になってアインが後悔する、だがそれはもう遅い。



「もうあまり雪は入ってこないだろうから、少しは落ち着けるね」



 今アインが居るのは、数多くの建物が所狭しと並ぶ地域。重厚な石材がつかわれており、どこを見ても職人技の建物ばかりで惚れ惚れする。

 もし天気がいい日なら、この景色すら観光として楽しめるだろう。



 ともあれこうして多くの建物が並んでいる場所のため、開けた場所と比べれば吹雪いてない。

 なのでようやく一息付けたという訳だ。



「クローネ殿。もう近くでよろしかったでしょうか」


「えぇそうです。この道をあと少し進めばあるはずなんですが……」



 ロイドに尋ねられ、再度地図を見るクローネ。

 なんだかんだ順調にここまで来られた甲斐もあって、迷わずあっさりと近くまで到着した。



 それはこの悪天候のなか唯一の吉報だ。



「なんて名前だっけか、鍛冶師さんの名前」


「もう……アイン?武器を作って貰おうっていうのに、その鍛冶師の名前を忘れたの?」


「……面目ない」



 バルト伯爵から説明を受けていた際。アインの頭の中では、新たな装備の事ばかりが考えられていた。

 一応重要な部分は聞き逃さないようにしていたが、どうにも鍛冶師の名前は失念している様子。



「ムートン、っていう方よ。今度はしっかり覚えておいてね?」


「う、うんわかった……。なんとも暖かそうな名前で、ちょっと羨ましいね」



 現状の寒さを思えば、暖かそうな名前の鍛冶師ムートン。彼がなんとなく羨ましく感じた。



「ディル。もう一度確認だが、お前は入り口で警備をしてくれ。いいな?」


「わかりました父上。父上はそのままアイン様と?」


「あぁ。中でアイン様を護衛する」



 外での待機とはいえ、さすがに吹雪いてない地域ならば、寒さに身を縮めることもないだろう。

 事実今の状況でも、寒さらしい寒さは感じていないのだから。



「ちなみにアイン様。一つよろしいですか?」


「ん、なにロイドさん」


「武器の柄の部分、それに何を使うかお決めになっていますか?」


「……え?」



 なに、もしかして何か足りないの?

 リビングアーマーの素材以外にもなんか必要なの?

 ……浮ついていた気持ちが、徐々にへこたれる様に落ち着いてくる。



「アイン様。父上は言葉が足りてませんので、私がご説明を……。アイン様もご存知かと思いますが、柄の部分には別の素材を使います。芯が通っており丈夫、なおかつ重すぎない素材。それを使い、武器の総合的なバランスが決まります」


「あ、あぁそういうことか……。リビングアーマーの素材みたいに、何か集めないといけないのかと……」



 ディルの補足により、ほっと落ち着いた息を吐く。

 ——だが続けて彼が口にした言葉により、アインは先程よりも高く気分を高揚させた。



「私のお勧めは、"海龍"の前頭骨……魔石を保護していた部分の骨ですね」


「っ……な、なにそれ。魅力的過ぎてやばい」



 魔石を保護している部分は、どんな魔物も共通して、堅い外殻や骨に覆われている。

 それは自分の急所を守るため、どこよりも堅く作られる部分だった。



 リビングアーマーという希少な素材に、さらに希少な海龍の素材で閉める。

 これにロマンを感じない男がいるのか?いやきっといないだろう。



「む、ディルよ……確かに私は言葉が足りなかったかもしれぬ。だが私も、お前と同じことを考えていたのだからな!」


「父上……お願いですから。アイン様の前で張り合わないでください、若干恥ずかしいです」



 額に手を当てて、呆れた様子となる息子(ディル)。

 二人の自然な姿を見られることが、アインは新鮮に思えて嬉しく感じていた。



「えっとお楽しみのところ申し訳ないのですが……着きましたよ?」



 会話を楽しむ間に、目的地である鍛冶師ムートン。彼の店へと到着していた。

 クローネがどうしようかと戸惑いながら、アイン達へとこう告げた。



「……で、では入りましょうアイン様」



 正気に戻ったというのは言い過ぎだろうか?

 先程の言動を思い出してなのだろうか、頬を少しばかり赤らめて、店に入ることを促すロイド。

『いやー寒さで肌が赤くなりますな』なんてわざとらしく言ってる辺り、誤魔化そうとしてるのは一目瞭然。



「あ、うんわかった……えーとディル?外で待たせてごめん。我慢できなくなったら、中に入ってディルも休んでね」


「お心づかいありがとうございますアイン様。(それと父上が賑やかで申し訳ありません)」



 最後の言葉はこっそりと、ロイドに聞こえない様に口にしたディル。

 ——グレイシャー親子の新鮮な姿が見られたので、アインとしては文句はなかった。



 古びた骨製の看板には、鍛冶屋ムートンと彫られている。

 シンプルなネーミングだが、アインはそれを好ましく思っていた。




 *




「お邪魔しまーす」



 ドアをノックしてから、店の扉を開けたアイン。

 ロイドとクローネの二人を連れて、中に入っていった。——はずだった。



「馬鹿野郎てめぇっ!しっかり腕使って振れっていってんだろ!いい加減焼鳥にすんぞおい!」


「し、師匠!足を使った方が力出るだろって言ったのは師匠ですよ!?あと鳥じゃないです!殺人ですよ殺人!」



 羽毛の生えた足。そこには鋭いかぎ爪が生えており、その周囲にはしなやかな筋肉が見える。

 上半身を見ると、腕の部分には大きな翼が1つずつ生えている。

 


 ——……つまり彼女は異人だ。"ハーピー"は初めて見るが、まさかハーピーが鍛冶をやってるとは思ってもみなかった。



 その鋭いかぎ爪で器用に槌を振るう姿は、当然アインの目にはミスマッチに映る。



「あぁっ!?んなこという訳ねえだろてめぇ!いいからその羽毛で持ち上げてみろやこの野郎!」



 そんな彼女を叱りつけているのは、鍛冶の定番ドワーフでもちろん異人。

 150cm程の小柄な体系ながらも、逞しい二の腕と、胸元のもじゃもじゃが男らしい。

 ひげは綺麗に剃られており、顔つきは体同様に男らしい魅力で溢れていた。



「し……師匠!どうですか!?」



 アイン達は蚊帳の外に、二人のやり取りを眺めていた。

 ハーピーの彼女がなんとか翼で槌を持ち上げ、それを金床へと振り下ろす。

 必死になってるのは良くわかるが、先ほどと比べるとやはり威力が足りない。



「てんめぇ……鍛冶を舐めてんじゃねえぞこらっ!なんだその腑抜けた振り方は!立派な脚あんだから、そっちで握って振れやこの野郎!見た目なんか気にしてんじゃねえぞ!?あ!?」


「師匠!さっきと同じことになりそうです!私段々困惑してきました!」



 なかなか理不尽な師匠のようだが。彼がムートンという鍛冶師だろう。

 かなりの脳筋具合が、どうにも"らしさ"に溢れていて、逆に美しさすら覚える。



「あ、あのー……いいですか?」


「あ?……誰だお前ら、どこから入って来やがったっ!?」



 ドア以外にねえだろ。

 だが勿論ツッコミはしない、すると面倒な事は確実だ。

 その面倒も楽しめそうに思えたが、今日はクローネもいるためあまり遊んでいられない。



「普通に入り口から入ってきましたよ。……バルト伯爵の紹介できました」


「入り口からだぁ?まぁ言われてみりゃその通りだな……。それに坊ちゃんの紹介なら無下にもできねえ、まぁ座りな」



 彼はそういって指を差し、その方向には古びたダイニングセットが置かれている。

 お世辞にも綺麗とはいえなかったが、わざわざ文句をつけることはない。



「おいエメメ!茶でも入れてきてくれや!久しぶりの客だからよ!」


「りょーかいです師匠!行ってまいります!」



 ピュンと音を立てて、エメメと呼ばれたハーピーは席を外す。

 腕のいい鍛冶師と聞いていたが、久しぶりの客というのはどういう意味だろう。



「なんか文句ありそうな顔してるけどな。……俺は客、いや素材を選ぶんだ。だから客がなかなか寄り付かねえんだよ。別に腕が悪い訳じゃねえから安心しろ」



 堂々としているさまと、彼の強靭な肉体。

 その姿を見ていると、その自信が過信じゃないように思わせる。



「知ってると思うが。俺はムートン、ただの"腕のいい"鍛冶師だ」



 よろしくなといって手を出すムートン。

 その手を見れば、皮膚が分厚くいくつものタコがあり、まさに職人といった手つきをしている。

 アインはそれに快く応じ、ムートンと握手を交わす。



「俺は——……」



 素直に自分の名を名乗ろう。

 そう思っていた矢先、ムートンが先に口を開く。



「王太子だろあんた。そばにいるのはグレイシャーの者(もん)だ、なにせ背負ってるのがあの家の剣だしな。合ってるだろ?」



 数回瞬きをして、ロイドは笑みを浮かべてムートンへと話しかけた。



「……ほぉ。わかりますかムートン殿」



 グレイシャー家の者が付き添うのは、王族に決まってる。

 そこから逆算すると、この男の子が誰なのかが理解できるということだ。



「分かるに決まってんだろ。なにせその剣はな、俺の実の——……」



 なにやらロマンを感じる。

 恐らくは、このムートンの父が拵えたのだろう。

 だからこそ彼は、ロイドの剣を一目でわかったのだ。



 ロイドも似たような思いを抱き、アイン同様に、ムートンの次の言葉を待った。



「俺の実の"はとこ"が作った剣だからな!」



 ロマンなんてものは、微妙なラインで存在しきれなかった。

 実の兄弟なんかならなんとかなったと思うが、これがまさか『はとこ』ではなんとも言えない。



 その証拠に、アインの後ろでロイドもクローネも、同様に開いた口が塞がらなくなっている。



「あ?どうしたんだよお前ら。驚いて声もでねえってか?……がっはっは!ちなみに、その"はとこ"ももう死んでんだけどな!」



 男らしく笑い声をあげるが、彼が考える驚きと、アイン達が得た驚きは中身が違う。あとあんまり笑い話じゃない。



「お待たせしましたお客様ー!って、あれ?何ですかこの空気?」



 理不尽な目にあっていた弟子ハーピーが戻ってくるが、その微妙な空気は変わらなかった。




 *




「なるほどな。良い素材が手に入ったから、剣を作ってほしいってか」


「はい。希少な素材なので、腕のいい方に任せたいと思いまして」


「それで坊ちゃんが紹介をね……合点がいったぜ」



 先程の雰囲気から、どうにか鍛冶の相談事まで話を進めた。

 さすがに鍛冶の話ともなれば、ムートンの態度は真剣そのもの。

 さきほどまでの冗談じみた空気は存在していない。——とはいえ、ムートンからしてみれば、別に冗談を言ったつもりはないのだが。



「仕事を受けるかは、物を見てから決めたい。……いいかい王太子殿下?」



 眼光が鋭くなり、品定めをするかのような視線を向けてくる。

 アインはそれに怯む事無く頷いて、持ってきた箱を机の上に乗せる。



「ここに、その素材が入ってます」



 中に保管されているのは、リビングアーマーの兜。

 言ってしまえば、これも国宝級の素材といっても過言ではない。



「開けてもいいのか?」


「勿論です。これを見て、仕事を受けるか決めてください」



 アインの言葉を聞いて、ニヤリと笑うムートン。

 その彼の後ろでは、エメメがふわふわと浮かんで様子を窺っている。



「すげえ自信だな。さすがは王太子殿下ってか?持ち込む素材も相当な物らしい」


「……偶然手に入っただけですよ。運がよかっただけです」



 運という一言では済ませられないが、偶然というのはその通りだろう。

 何せ"幻想の手"を使わなければ、マルコという騎士との出会いもなかっただろうから。



「なるほどな。だが運というのも大切なことだろうしな、それじゃ遠慮なく開けさせてもらうぜ」



 ムートンが箱へと手を伸ばし、木箱の蓋へと手をかけた。

 なぜかムートン本人よりも、後ろで浮いてるエメメの方が緊張してるのが面白い。



 一同が見守る中、ついにその箱の中身が露になった。



「っ……おいおい、まさかこれって」


「し、師匠っ……!」



 それが何か直ぐに気が付いたのだろう。

 自分を腕のいい鍛冶師というぐらいだ、もちろんこの素材についての知識がってもおかしくない。



「エメメ。お前も気が付いたか……?」


「は、はいっ……!」



 弟子のエメメもさすがといったところか。

 伯爵が紹介するほどの鍛冶師の弟子。それに恥じぬ知識なのだろう……と、ここまではそう考えていた。





「——で、師匠。これなんですか?」



 それはアインを唸らせる一言だった。

 エメメのこのキャラの濃さに、もはや"さすが"と思わざるを得なかった。


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