きっとすごい化学反応。

「てめぇ前々から思ってたけどよ。まさか本当にただの鳥なんじゃねえだろうな?」


「し、失礼なっ!どこからどう見てもハーピーです!」



『ふん』と鼻息を荒げ翼を広げる。

 翼が広げるとさすがに大きい。だが正直に言ってしまえば、邪魔なのでさっさと閉じてほしい。



「たく、てめぇ立派なのは翼だけか!?あ?」


「あわわわわ……師匠っ!?つ、翼が立派だなんて……。急に求愛されても、準備ってものがあってですね……?」


「(なるほど。ハーピー族にとって、翼を褒めるのは求愛なのか)」



 一つお利口さんになりました。この知識を使う機会はこれから先、もう来ない気がするのは秘密。

 そして満更でなさそうなハーピー……いや、エメメの表情と仕草が面白い。



「クネクネしてんじゃねえよ馬鹿野郎がっ!——……ったく。すまねえな王太子殿下」


「あ、あぁ……。別に気にしてないんで、お気になさらず」



 むしろそれなりに面白かったので、悪い気はしない。

 さすがにそれを口にするのは失礼なので、もちろん心の中にとどめて置いた。



「この馬鹿はおいといて、本題に戻らせてもらう。俺の考え通りなら、これはリビングアーマー……そうだな?」



 漫才染みたやり取りを終えて、ようやく本題に戻る。



「えぇそうです。これはリビングアーマーの素材で合ってますよ」



 情報を付け加えるならば、魔王軍の幹部。それどころか騎士団の副団長でした。



「こんなでたらめな素材持ってくるなんてな。まさか生きてるうちに、こんな代物にお目にかかれるとは思ってもみなかったぜ」



 興味津々な様子で、箱の中にある兜を観察するムートン。

 懐からルーペを取り出して、それを目に装着する。よく時計職人なんかが身に着ける、目に装着する拡大鏡のようなものだ。



「なるほどなぁ……随分と事情がありそうな素材だが、まぁこれもマナーだ。どこでなにがあって、これを手に入れたのかは聞かねえよ」


「……そうしてくれると助かります」



 腕のいい鍛冶師。ムートンは自分をそう評価していた。

 まさか素材を見るだけで、裏に何かありそうなことを察するとは思わなかったが。



「こいつは外に出したらいけねえ類のもんだ。馬鹿見てえな金持ちが、馬鹿みてえなことに使う。欲に目がくらむ馬鹿野郎も、同じく馬鹿な事をしでかす。そんな因果を作りかねない代物だ」


「随分と深い言葉ですね」


「……ま、経験談だけどな。頭がいい奴ってのはいくらでもいるが、その中には頭を使えねえアホもいるってことだ」



 一攫千金。プライド。いくつもの欲が入り乱れるのが、このバルトという街でもある。

 数多くの冒険者たちが、億万長者を目指して集まることでも知られるこの町は、そうした"馬鹿"な者達なんていくらでもいる。



 鍛冶師たちは、そうした者達をいくらでも目にしてきたのだ。



「魔石炉を動かさにゃならねえ。だから加工には馬鹿みてえな金かかるぞ、それでいいなら請け負ってやる」


「えーっとムートンさん。その魔石炉ってのは一体……?」


「あぁ。なかなかおいてる所は救ねえが、原理は単純だ。魔石を原料にして、アホみてえに熱い火を作るんだよ。それがなきゃ、今回みてえな素材だと加工なんて無理だからな」



 たしかに単純な原理だが、同時にかなりの金が必要となることも理解できる。

 そんなことを聞いてしまえば、さすがにアインも考え始めてしまう。勝手に多くの金を支払うのも躊躇われる。



 アインが腕を組み、どうするかと考えたところ。隣に座ったクローネが口を開く。



「……ムートン殿。失礼ですが、どの程度の資金が必要となりますか?」


「ん?あぁ……まあ最低でも5だな」


「(あー500万Gか。それなら相談できるかな……)」



 クローネが代わりに聞いてくれたことに感謝をし、500万ならばもしかすれば作れるかもしれない。そうした希望を見出した。

 先日マジョリカに作ってもらった魔道具は、一人当たり500万。それを思えば、アイン個人用の武器とはいえ、話は前向きに進む気がしてきた。



「失礼。それは5000万でしょうか、それとも5億G?」


「ねーちゃんは話が分かるじゃねえか。さすがに5億Gなんて言わねえよ、5000万だ。俺の技術料は2000万でいいぞ、見えない部分に、俺の名前を刻印はさせてもらうけどな」



 あこれ終わったわ。

 さすがに5000万なんて出すのは厳しい。



「あら。ずいぶんと技術料はおまけしてくださるんですね」


「素材が素材だ。俺としても、夢見てえなもんだからな。……出血大サービス、8割引きだ馬鹿野郎」


「それはありがたいです。では7000万Gでお受けしていただければと」


「あーわかった。それじゃどんな大きさに仕上げるのか決めるか……おい王太子殿下、なにしてんだ?」



 そりゃ驚くに決まってるよ、そう言葉にしたかった。

 クローネとムートンの会話を聞いて、スムーズすぎるその流れに、つい割り込むことができなかった。



「ちょ、ちょっとクローネ!?大金だってば!何を勝手にそんなこと……」


「えぇ大金よ?それがどうかしたの?」


「どうかしたのって……勝手にこんなの決めたら怒られるんじゃ……」



 何を言ってるんだコイツは。

 クローネの顔に台詞を付けるならば、これ以上に相応しい言葉はないだろう。



「私の方で、アインが使える予算は把握してるわ。だから別に問題ないの、納得した?」


「待って俺聞いてない。そんな予算付けられてるのって聞いてないよ!?」


「く……くくくっ……」



 後ろに立ってるロイドから、我慢しきれていない笑い声が聞こえた。

 アインとクローネのやり取りが、微笑ましくてつい漏れてしまう。



「2ついいかしら?……あと、ちょっと落ち着いてね?」



 慌ただしい様子のアインに対して、クローネが"仕方なさそう"に説明を始める。



「そもそも王太子に予算が付かないはずがないでしょ。それにアインはちょっと質素倹約に努めすぎ、使う場所はしっかり使うように考えて」



 まさかここでちょっとした講義が始まるとは恐れ入った。

 すでに正気に戻ったエメメも、その様子を興味深そうに覗き込む。



「それともう一つ。海龍討伐したでしょ?ほぼまるまる一頭分がアインの手柄だもの。そこから"そこそこ"の割合で、アインの予算に振り分けられてるの。だから結構余裕はあるのよ。……わかった?」


「……前者は理解したよ?でも後者の、海龍が俺に予算振り分けられてるのって、聞いたことないんだけど」


「海龍討伐した次の月から振り分けられてたのに。今まで聞いたことなかったの……?」



 そう言われて思い返す。だが勿論、そんな記憶なんてものは一切ない。

 なにせ確実に、予算に関して教えてもらっていないのだから。



「聞いてない。やっぱり聞いてないよそれ!」


「じゃあ今聞けてよかったじゃない。海龍2頭分で、国家予算29年分の計上なの。だから一頭分で14.5年分。その中からアインにも振り分けられてるから、だからこの剣の値段なら安心していいの」



 オーガスト商会と比べれば、どれぐらい資金力あるの?そうクローネに尋ねようとしたが、怖くなってきたので遠慮する。



「まぁ王太子殿下が倹約してくれんのはよ、国民としては悪い気持ちしねえんだ。でもな、使うところはしっかり使ってくれねえと、国に金が回ってこねえから頼むぜ?」


「……勉強になります」



 無駄遣いしろとは言わないが、使うところではしっかり使って欲しい。

 鍛冶という面から商売をしているムートン。そんな彼からしてみれば、これは当然の意見だった。



「そんでいいのか支払いは?」


「失礼致しました。支払いは問題ないので、製作を依頼します」



 言ってしまえば、アインにさっさと専用の装備を持たせたかった。

 これはシルヴァードやウォーレン達を含む、城の重鎮たちの総意といってもいい。



 王太子であるアインが自分の武器も持ってない。そんなの格好がつかないとしかいえない。

 むしろ遅すぎたという考えもあるほどだ。



「ムートン殿。すまんが柄の部分などに海龍の素材を使いたい。構わないか?」


「そりゃまぁ……こっちからすりゃ、そんな仕事貰っていいのか?って思いもあるけどな。だが最高の剣を作りたいなら、それが最善だと思うぜ」


「なら頼む。素材については王都で選定し、それを送り届けるという形で構わないだろうか」


「んー……それはどうするかな。王都の人間を信用してないとは言わないが、俺は自分の目で見た物を信じたい。だから選定も自分でしたいんだが……」



 あっぱれな職人精神だが、バルトから王都への距離は随分と長い。

 そうやすやすと往復できる距離じゃないのだが、どうしたものか。



「師匠!私にいい案がありますよ!」


「……んだよお前。その鳥頭でなに考えついたのか言ってみろ」


「また鳥っていった!?……もー!本当にいい案なんですってば!」



 鳥……いや、ハーピーのエメメ。

 明るい表情をして、師匠ムートンの肩を揺らし始める。



「師匠に問題です!ここ2年間のお客さんの数は何人でしょうか!」


「……がっはっは!んなの簡単だろ馬鹿野郎!」



 何が面白いのか分からないが、爆笑してエメメの頭を撫でるムートン。エメメも楽しんでる様子だ。



「ではせーので行きましょう!……せーの!」


「「ゼロ人だ!」」



 性格的には相性が良さそうに思えない。

 だがこの二人は、きっとこれ以上ないほどの相性で結ばれているのだろう。

 彼らのやり取りを見ていると、そう考えてしまうアイン。



 ——……だがゼロ人とはどうにも放っておけない数字だ。

 どうやって生活してたのか気になってしょうがない。



「という訳で、しばらく王都に出張店でも開きましょう!」


「……何をいうかと思えばてめぇは。ったくよお……」



 ムートンも否定的に見える。なにせ客がゼロ人とはいえ、あまり現実的じゃない意見を口にしたエメメ。

 設備はどうするのか?あと生活費は?いろいろな事を思えば、おすすめはできない手段だった。




「鳥頭のくせにいい事いうじゃねえか馬鹿野郎!まぁここ寒いしな!やっぱあったけえとこがいいよな!」


「そうですよ師匠!というかバルト寒くて意味わかんないですもん!」


「よく考えてみりゃ、3年ちょっと前の客も、雨宿りしてっただけだったな!がーっはっはっは!」


「(実質3年間客ゼロじゃねえか)」



 本当にどうやって生活して来たのか気になるところだが。

 高い技術料を取るほどだ。そこそこの貯えはあるのだろう……きっと。



「ってーわけだグレイシャーの。準備したら俺たちも王都向かうから、俺が選定していいよな?」


「……あ、あぁ。勿論それはいいのだが……」



 一言で表現すれば"勢い"。

 それがこの鍛冶師と弟子のやり取りだ。さすがのロイドとしても、この勢いには気圧されてる様子。



 一応最終確認の意味も兼ねて、アインがもう一度その意味を尋ねる。



「あの……ムートンさん?それって王都で剣を作ってくれるってこと?」


「あぁそうだ。ここ寒いだろ、やっぱあったけえとこのほうが体に優しいってもんよ。なぁエメメ」


「さすが師匠!そのとーりです!(鳥だけに)」



 太鼓持ちとなった鳥には触れず、ムートンをじっとみるアイン。



「その魔石炉って高価なんじゃ……」


「バラして持ってって、また組み立てりゃいんだよあんなん!俺にとっちゃそれぐらいなんともねえからな!」


「あ……うん。わかった、それじゃお任せします……」



 アインが諦めたのを見て、クローネも何か指摘をする気にはなれなかった。

 剣を作りにきたら、まさかの移住者を手に入れる始末。むしろ敏腕鍛冶師を招くことができた、そう喜ぶべきだろうか。



「まぁ欲をいえば。高度な魔石循環器が欲しいとこだけどな、まぁ無理はいわねえよ。そんなのイストにでも行かなきゃねえからな……」



 そういう機材の名前を聞いてもアインはさっぱりだ。

 カティマならば、こうした話題だろうとも何一つ問題はないと思われるが……。



「もしご入用でしたらご心配なく。第一王女がたしかその機材を持っていたと……」



 クローネは覚えがあったようで、ムートンへとそう告げた。

 本当に何でもあるなあそこカティマ研究所。今度半分荒らし目的で探検しようと決めた。



「っおいおい本当かよ。それが本当なら、出張店どころじゃすまなくなるぜ……おいエメメ!今日から支度だ!急いで王都行く準備すんぞ!」


「おっす!りょーかいです師匠!」


「ってわけだ、悪いな王太子殿下!詳しい話は王都でしよう。王都でなら、ゆっくりと王太子殿下の要望聞いて作ってやれるからよ!」


「あ、はい……。それじゃクローネ。ムートンさんが城に来られるように、何か手紙でも」




 もう何が何だか分からないが、王都で剣を拵えてくれる。それに間違いはない気がする。

 丸投げではないが、どうするかはもうクローネに任せることにした。



「……ムートン殿。こちら、王太子殿下の紹介状となります。これがあれば、城に入ることができるのでお持ちください」



 さらさらさらっと直ぐに書き、アインの紹介状という形でそれを手渡す。

 仕事が早くて助かります。と心の中で感謝した。



「おうすまねえな!それじゃ次は王都で会おうぜ!最高傑作を作ってやるから待ってろよ!」




 *




 扉を開けると、ひやっとした空気がアイン達を包み込む。

 火照ったかのような興奮が、その冷気によって冷やされるのを感じる。



「随分と賑やかだったようですが、話は終わりましたか?」



 待っていたディルが、アイン達に気が付いて語り掛ける。吹雪いていないため、彼も寒さを感じていた様子は見受けられない。



「……よくわからないけど。一応終わったよ」


「……?そ、それなら何よりです。ところでムートン殿は、どういったお方だったのでしょうか?」



 説明するのに体力を使いそうだった。

 んー……と考えていると、ロイドがアインの代わりに口を開く。



「ディル。お前はアイン様と共に居ることが多く、カティマ様にも良くして頂いているだろう?」


「え、えぇカティマ様もお優しいので……。それがどうかしましたか?」


「いやなに。お前がムートン殿がどういう方なのか、それを気にしていたのでな。それを教えてやろうと思ったのだ」


「なるほど、そういうことでしたか。でもどうしてカティマ様が……?」



 この場において、合点がいったのはクローネだけだった。

 アインはディルと同様に、ロイドが何を言うのか不思議に思っている。



「研究を始めた時のアイン様とカティマ様。お二人の様子と似てるかもしれぬな。なにせムートン殿のお弟子殿とのやり取りに、どうにもデジャヴを感じた」


「ちょ……ロイドさん!?」


「ふ、ふふっ……」



 口に手を当てて笑うクローネ。ディルはただポカンとすることしかできていない。

 ピューと音を立てる風の音。それがこの雰囲気を更に冗談めいたものに変えていく。



「似てないよね!?似てないよねクローネ!ね!?」


「ふふっ……えぇそうね。アインとカティマ様の方が、もう少し元気かも?」



 微笑みながらも、茶化すように返事をする彼女。

 楽しんでるように見えるが、アインからしてみればただ事じゃない。



「否定になってないってばそれ!」


「ち、父上……まさか本当に、アイン様とカティマ様に……?」


「補佐官殿のお墨付きだ。どうやら否定はできない状況らしい」



 客観視したことは無かったが、自分とカティマはあんなに賑やかだったのか。

 そう実感させられると、なんとなく気恥ずかしい。



「それに今度。ムートン殿と弟子のエメメ殿は王都に来る。だからディルも顔を合わせることとなるだろう、楽しみにしておけ」


「……アイン様。どうかお願いですから、一緒になって騒ぎすぎないでくださいね」


「お、俺そんなに騒いでないってば!ディルひどいっ!」



 何はともあれ、剣を作ってもらえることは決まったアイン。

 謎の高額予算など。知らなかった事実に驚かされたりもしたが、どうにか話はまとまった。



 ディルの気苦労は蚊帳の外に、実はロイドとクローネの二人は、ちょっとばかり楽しみにしていた。

 ムートンとエメメが王都にくることで、アインやカティマとの掛け合い。それを思えば、どんな化学反応が発生するのか気になってしょうがない。



 ——……きっと賑やかになるだろう。そうして未来に思いをはせた。


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