魔石の古い記憶[3]

「い、いや無理……意味わかんない、私じゃなくていいと思う……」



 人見知りで面倒くさがり、好き嫌いが多く、寝るのが大好き。

 そんな彼女には、一つだけ特別な才能があった。



「アーシェ。でもお前が目覚めたんだ。その才能がある、だから俺とシルビアはアーシェに頑張ってほしい」


「大丈夫。私とカインがしっかりと貴方を補佐するから、だから……ね?」



 その才能とは、強くなること。

 アーシェは純粋に、強くなることの才能に恵まれていた。それは魔物たちにとっては何よりも重要で、得難い特別な才能。



 彼ら3人が冒険を初めて数十年。多くの魔物を救い、一つの町を築いた。今ではそこを拠点として、たまに冒険に出る程度。

 なにせそこに住む者たちが、カインやシルビア、そしてアーシェを長と慕い、長い間付き従っていたからだ。



 基本的に面倒見がいい彼らは、そこに住む魔物たちを放っておけなかった。いくつもの家を建て、井戸を掘り、シルビアが多くの技術を伝えた。



 そうして数多くの発展を遂げたこの地は、行き場のない魔物たちにとって、一つの楽園となっている。



「なら変わって。シルビアお姉ちゃんが適任だもん、外見も……あと性格も」


「あら?性格もってのはどういう意味かしら?」


「ピ、ピィッ……!?」


「なんだよその鳥みたいな鳴き声……」



 安易な気持ちでシルビアをいじってはいけない。それを失念していたアーシェ。だが考えてみればその通りだ、なにせシルビアの方が、上に立つ者として向いている。そうだというのに、なぜわざわざ自分なのか。それが不思議で仕方ない。



「……貴方の才能は、私もカインも最初から気が付いてました。でもね……まさか魔王に目覚めるなんて想像してなかったの」


「で、でも所詮形だけ……。どうやっても、二人に勝てる気がしない。だからきっと何かの間違え、うん。きっとそう」



 経験の差だろう。おそらく地力ならばアーシェの方が強いはずだ。だが戦闘巧者という意味では、まだカインとシルビアには適うはずもない。


 

「お前初めて会ったとき、『自分は可能性の塊』とか言ってた気がするけど……」


「何のことかさっぱりわからない」



 ツーン、としらばっくれる彼女をみて、カインもどうしたものかと考える。こういうとき一番頼りになるのはシルビアだ。カインはチラッと、彼女の横顔を見る。



「……それじゃこうしましょう。私とカインが、必要となる仕事はします。なのでアーシェ、貴方はただ王としているだけでいいわ。それで皆が安心するの。だから貴方は、ただ椅子に座っていてくれればそれでいいわ」



 最終的な妥協案だった。

 もうすでに、アーシェが魔王になったということは皆に知られている。なのでもはや言い逃れもできないため、結局はアーシェに王となってもらう他なかったのだ。



「……本当?嘘つかない?」


「いままで嘘ついたことあったかしら?」


「入ってないっていってたのに、しれっと野菜をお菓子に入れられてたことがある」



 それは何年も昔の話だが、シルビアがアーシェに野菜を食べさせようと必死になり、苦肉の策としてお菓子に混ぜたことがあった。



 結局味には気が付かなかったのだが、食べてる最中に、食器に付着した野菜を見て、一瞬で絶望の表情を浮かべたことがあったのだ。



「……何のことかさっぱりわからないわ」



 考えてるような顔をして、明後日の方向を見やるシルビア。どうにもデジャヴに感じる。



「(なるほど。アーシェはシルビアに似たのか)」



 彼女の言い逃れは、シルビア譲りなことに気が付いたカイン。だがそれを指摘してしまえば、自分にも飛び火するため今は触れない。

 ただ記憶するだけに止めたのだ。



「しらばっくれても無駄。私の記憶力はいい……」


「ならなんで自分がいったセリフ忘れてんだよお前」


「カインは細かい。そういうとこよくないって、昔から思ってた」


「アーシェ。そういうことは言ったらだめよ」



 笑顔になって、シルビアを見るカイン。自分をかばってくれる彼女に感動した……のだが、そんなことがなかったことに、次の言葉で理解させられた。



「確かにカインは細かいわ。そんなこといいじゃないって思うことも、指摘してくることが結構あるもの」


「でしょー?」


「でもね。そういう慎重さも大切なの。……ね、カイン?」


「あ、うん。そうね」



 もう空返事をする元気しかありません。二人が自由すぎるからです。勿論こんなことを考えても、決して口にはしない。さらに面倒になるからだ。



「……でも、なんで私なの?私はただの夢魔。カインみたいにデュラハンでもなくて、シルビアみたいにエルダーリッチじゃない。ただの夢魔が魔王になる。……みんなから嫌われたら、怖い」



 旅の中で、カインはリビングアーマーからデュラハンへと進化した。そしてシルビアとアーシェ同様、美しい顔を得たのだ。そしてアーシェはその二人と戦っても、ただの一度も勝ったことがない。むしろ毎度のことだが、コテンパンにのされているのだ。



 それ故に自信がない。

 それ故に恐怖する。

 それ故に信じられない。



「……なら一つ、儀式をしましょう」


「儀式……?」



 どうしても嫌そうにするアーシェを見て、シルビアは一つ提案した。



「えぇ、儀式よ。……縁を結びましょう。未来永劫、どこにあっても集まれるように。祈りを込めて」


「なにそれ……。どういうこと?」


「たとえ魔石になろうとも。この身を焦がされ、食われようとも。どこかで必ず、また会えるように」


「だからお姉ちゃん。意味がわからない……」



 隣で聞いているカインは、その言葉に強く興味をひかれていた。我々魔物が?まるで人のように縁を結ぶ?……人のまねごとは好きじゃないが、だがシルビアの言葉は、深くカインの心に突き刺さる。



「3人で家族になりましょう。そういうことよ」


「!?……い、今までは違ったの?」


「もっともっと、深くつながった家族になろう。そういうことよ」


「な……なる。もっと深い家族になるっ!どうすればなれるの!?」



 言葉には出さないが、わくわくしているのはカインも一緒だった。

 なにせ自分たちは、どうにも細い糸でしか結ばれていない。そう思わざるを得ない程、どこか危うい関係だった。それは魔物としての独自の価値観、自分たちの出会いのきっかけ……様々なことが思いつくが、さらに深く繋がれるのはいいことだ。



「アーシェはドライアドを覚えているかしら?」


「う、うん!覚えてる!あの生きるの大変そうな人たちっ……!」


「え、えぇまぁ確かに、根付くという習性は大変だわ。でもあれほど愛を伝えられるものもない、そうでしょ?」



 デメリットにあふれた文化だが、相手を一途に愛するドライアドらしい習性だった。シルビアにそう言われると、アーシェも納得する部分がある。



「……わかった。大変そうだってのは置いておく。でもドライアドがどうして?」


「似たような儀式は、魔法でもできるわ。だからそれを私たちもしましょう。そうすれば、アーシェも怖くないでしょ?」


「っで、できるの……!?」



 さっきまで生きづらそうとまで言っていたのに、あっさりと手のひらを返すアーシェ。自分たちがそれを出来ると聞けば、しない訳にはいかないのだ。



「シルビア。俺たちにもできるの?」


「えぇできるわ。……でもね、私たちがそういう儀式をしたってことは秘密よ?悪用されるかもしれないから。それにこれは一つの呪いだから、多用もしたら駄目だから」


「……うん。わかった」



 アーシェが返事をするが、彼女はこの瞬間も一つの事を考えていた。それは自分が弱いがゆえに、自分のせいで二人に迷惑が掛からないかということ。それがどうしても尾を引いている。



 だがそれを思っても、どうしても3人で繋がりたいという想いが、その後ろ向きな考えを打ち消していた。



「いい機会だから、私たちの家名も考えましょうか」



 魔物という存在は、基本的には自分たちの家名を持たない。それほど希薄な関係だらけで、家族という形に憧れを抱くことが少ないからだ。



「いいね。本当に家族みたいで、俺も賛成だよ」


「ア、アーシェも!アーシェも賛成!」


「そうね。それじゃどういう名前がいいかしら……」



 そうしてシルビアが家名を考え始める姿。カインとアーシェは、それをご馳走を前にしたペットのように、楽しみにしながらも黙って見ていた。



「……二人とも。この大陸の名前は覚えてるかしら?」


「し、知ってる!イシュタル……!誰がそう呼び始めたかは知らないけど、そう呼ばれてる……!」


「えぇそうよ。いい子ねアーシェは」


「えへぇ……」



 締まりのない顔で喜ぶアーシェは、黙って頭を撫でられる。いつの間にかイシュタルと呼ばれ始めたその大陸の名は、すでに魔物だけでなく、人間たちにも広く伝わっている呼び名だ。



「神の言葉で家族はリクァ。もっと深く家族になるの。だからせっかくだもの、神様の言葉を借りましょうか」


「借りてもいいの?怒られない?」


「ふふ……アーシェがいい子にしてたら怒られないわよ?」


「……ならだいじょうぶ!アーシェいい子にするから!」



 テンションが高いままの彼女は、もはや素直にシルビアの言うことを聞くことしかしていない。横に立っているだけのカインは、二人のやり取りに癒されていた。



「なら神様も怒らないわ。だからお借りしましょうか。……でもリクァじゃちょっと言いづらいから、えっと……リカにして……」



 体が熱を持つのを感じるが、それはきっと抑えられないだろう。

 それほどにシルビアが放つ言葉は、二人にとってなによりも大切な意味を持つのだから。




「決めたわ。私たちの家名は……——」



 ——その魔王は、自分に自信を持つことが出来なかった。



 それは良くできた兄と姉が、いつも傍にいたという理由もある。

 だがそれ以上に、彼女は臆病だった。



 その後家名を得た彼女は、それでも自信は持てなかったが、安心感という最大の武器を手に入れる。

 そして家族を信じ、魔王としてその地に立った。


 

 ……ついに魔王領が、この大陸イシュタルに誕生したのだった。



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