幕間:アインの学園生活三年目[後]

 彼ら4人がたどり着いたのは、小さな洞窟の手前にできた少し開けた場所。

 その洞窟に入らないのには理由があった。



「おっとアイン。その洞窟には入るなよ?」


「え?なんでだよ、せっかくなら洞窟に入ったほうが……魔物が危ないとか?」


「入り口に落ちてる砂利を見てみろ。紫がかってるだろ?」


「……あぁ。たしかに」


「瘴気を発生させている洞窟だ。古い魔力とか魔物の死体が入り混じって、面倒な環境になってるんだよ。その洞窟に住んでない魔物にとっても、人にとっても毒になる。呼吸で吸い込まなくてもな。入り口周辺ぐらいなら大丈夫だけどな、奥には行けないから注意しろ」


「……なるほどね。気を付けるよ」



 魔物が居る場所に、毒はつきものだ。例えば今回のように、洞窟自体が毒となる物質を発していることも珍しくない。自分の目で初めて見たアインは、物珍しそうにその中を見つめる。



「中に魔物もいるのか?」


「そりゃいるさ。でもここは大したことないだろうよ。毒虫とかがいるぐらいだろ。ちなみに瘴気なんかは、鴉蝶にも効果あるぞ。っていってもあいつらだって、こんな所に入るわけないけどな」


「なら安心したよ」


「二人とも物騒な話してないでさ……ほら、準備手伝って」


「あぁ悪いロラン。それじゃアイン、手伝おうぜ」


「りょうかいっと」


「おい待てバッツ!そんなとこにいて安全なのか!?」


「別に問題ないって。入り口からは出てこねえんだ、だから何があっても中には入るなよ?」


「それならいいんだが……」



 レオナードも納得し、皆で野営の支度を始める。さすがに寝るときばかりは、危険を伴う為レオナードが結界を支度することとなった。



 水は川から汲めたので問題なかったが、食料は道中で拾った果物がメインとなって、若干物足りなく感じた。



「……食べられるものがあるだけ、ましなんだろうな」


「正直腹は膨れないけどな。でもアインが言う通りましだと思うしかないな」


「そう言うなバッツ。なかなか悪くない味じゃないか」


「そうそう。新鮮でおいしいじゃん」



 雰囲気は決して沈みすぎず、彼らなりの元気はまだ保っている。



「なぁロラン。即興で悪いけど、一つ魔道具作ってもらえないかな?」


「どうしたのさ急に……できるものならいいけど、なにがほしいの?」


「まぁもし出来たらでいいからさ、えっと作ってほしいのはさ……」



 ディルの事も心配だった。

 だがまずは自分たちが生き残らなければどうしようもない。

 それを思えば、絶対に生還してやるという気持ちは、さらに強くなった。



 彼らが寝静まった後、バッツが危惧していたことが起きた。

 結界の外から、数匹の鴉蝶がその様子を見ていたのだ。だが開けた場所では相性が悪い。ここは霧も薄い。それを理解していた鴉蝶たちは、獲物が結界を出て絶好の位置に行くのを待ち望んでいた。



 そして翌朝、まだ太陽の姿が見えないうちから、彼らは出発の支度を始めた。

 交代で休んだ皆は、やはり疲れの多くは取れてなかったものの、それでも昨日より多くの体力を回復することができた。



 入念に支度をした彼らは、太陽が昇る少し前にその場を後にする。



「でさ、聞いてよ。アイン様ってば、番をしてる時に急に立ったと思ったら、あの洞窟の入り口に向かって行って……そのまま中に入っちゃったんだもん」



 ロランが呆れた様子で声を漏らす。



「アインお前なにやってんだよ……危ないってあれほど」


「トイレ行きたかったからさ。入り口の陰でしてきただけだって!」


「入り口だけならまあ……ですが殿下。どうか危険な真似はですね」


「わかってるって。ごめんごめん。もうしないから!」



 昨晩の組み分けは、アインとロランのペアに。バッツとレオナードのペアで交代で番をした。

 前者のペアの際、アインは唐突に立ちあがり、トイレと言って洞窟に入っていったのだ。それを見たロランは何を馬鹿な事をしてるんだと思ったが、急な事に反応が出来なかった。

 数分後、なにもなかったかのように戻ってきたアインに、ようやく安どのため息をつけた。



「それじゃ行くかみんな。急いで生還して、ディルのことを伝えないと」


「あぁ!」


「承知いたしました!」


「今日も頑張ろう!」



 三日目、通常であればこの実習の最終日だが。今日中にゴールすることは難しいだろうなと皆が考えていた。

 だがそれでも、何日かけても必ず生還してやるという気持ちは変わることは無い。




 *




 今日の道のりは、今までに比べれば平坦に感じた。この実習の最後の方は、平坦な道のりとなるため、彼らはゴールが近いことを確信した。



「……大変だったけどさ。ゴールは近いみたいだな」


「あぁ。ったくこんな実習、二度とやりたくねえよ」


「バッツの言う通りだ。二度目は勘弁願いたいものだな」


「ほんとだね……でもさ、生還出来たら今度から少しは体鍛えようと思った」


「私もだロラン。さすがに自分の体力不足を実感した」


「そりゃいいことだろうさ。付き合ってやるよ」


「……お手やわらかに頼む」



 少し和やかな雰囲気に包まれ、一行は道を進み続ける。今日はまだ鴉蝶たちの音は耳にしてない、それが多少不審に思ったが、それでも出会わないのがいいというのに違いはない。



「そういやお前たちは、いずれギルドに登録したりするのか?」


「なんだ藪から棒に……私はしない。魔物を相手にするなんて、私にできる仕事じゃないのが今回よくわかった」


「俺は多分するかなー、依頼する方が多いと思うけど。魔道具開発には魔物の素材が必要不可欠だからさ、もちろんする予定」


「俺もする予定だよ」



 最後に返事をしたアイン、皆が驚いた顔をしてアインを見つめる。



「っておいアイン……お前はさすがに、許されないんじゃないのか?」


「えぇ、殿下はおそらく許可が下りないのでは……」


「冒険者になってみたいって思ってたからさ、少しぐらいは許してくれると思うんだよね」


「なかなか難しいんじゃないかなって思うけどね……」


「ですが殿下。いろいろな所へ行きたいというのなら、その願いはおそらく数年のうちに叶うかと」


「え?なんで?」


「王太子という立場ですから、多くの場所へと足を運び、公務をすることとなります。なので王都から遠く離れた場所へも行くことになりますよ」



 それを聞いたアインは、つい大きな笑顔を浮かべる。



「そりゃいいことを聞いた。楽しみだな」


「ったく元気な王太子殿下だよアインは……」


「引きこもってるよりいいんじゃない?国民としても安心だよ」



 ギルドに登録し、冒険者として多くの場所を訪れ、色々な物を見る。アインとしてもそれがとても楽しみに思えた。王太子という身分から考えれば、そう簡単にはいかないだろうと思ったが、それでもその夢を忘れたことは無い。



 そんななか、同じようなタイミングでアインとバッツが足を止めた。



「……バッツ」


「あぁ。さっきより少し霧も濃くなった、狙ってたんだろうなここを」


「二人とも?どうしたのさ」


「ロラン、レオナード!付いてこい!」



 遠くからキキキキという音が聞こえ始めてきた。鴉蝶がアイン一行を標的とし、攻撃を仕掛けに来た音だ。



「は、走ってどこにっ……」


「もう少し開けたとこに向けて走るしかねえよ!行くぞ!」



 数多くの鴉蝶の群れが一行を追い始める。まずは逃げて、戦いやすい場所に向かわなければならない。

 昨日と同じく唐突に始まった、鴉蝶たちを相手にした追いかけっこがスタートする。


「レオナード!」


「っ……なんでしょうか殿下っ!」


「お前の結界、毒とかも防げるのか!?」


「ど、毒っ!?十数分程度ならば防げますがっ!ですが一体……っ!」


「それを聞けて安心した!急げ!」



 何故毒といわれたのか理解できなかったレオナードだが、そんなことを考えてる余裕はない。アインとバッツが走る方向に、死に物狂いでついていくレオナードとロラン。



 それから数分、走り続け開けていながらも、大きな木があり盾にできると思われる場所に到着した。

 到着してすぐのこと、アインはレオナードに指示を出す。



「レオナード!」


「っは、はい!」


「急いで結界を張ってくれ!頼む!」


「待てアイン!ここで結界を張ってもまた解除したら襲われるだけだっ!」


「バッツが言うのも分かってる!でも頼むレオナード!」


「っ……承知しました!」



 そして座り込み、結界を広げるための支度を始めたレオナード。遠くからは、数多くの鴉蝶が飛んできている。ロランとレオナードを背後に置き、アインとバッツの二人がそれを迎え撃つための準備をする。



「レオナード急げよ!俺たちが守れるのもそう長くねえからな!」


「あぁわかってるバッツ!」



 急ぎながらも、順調に結界の構築を進めるレオナード。その横では緊張した面持ちで皆を見守るロラン。そしてその二人をアインとバッツが守っている。数匹の、前を飛んでいた鴉蝶がアインとバッツのそばに飛んできた。



「アイン!」


「あぁ!」



 数匹程度ならなんとかなる。バッツが切りかかりできた隙に、アインがとどめを刺す。痺れ攻撃を放つ鴉蝶は、その痺れ攻撃を食らわない限りは、なんとかなる。



 そうして一匹ずつ鴉蝶を倒していくが、大きな波が到着する。数十匹に及ぶ数多くの鴉蝶だ。

 アインとバッツの二人は、なんとか2対1になるよう立ち回るが、やはり敵の数が多い。



 数分にも及ぶ防衛、なんとかそうして戦っていたものの、ついにバッツの体に恐れていたことが起きてしまった。



「ぐっ……ちく、しょうっ……」


「バッツ!」



 鴉蝶の痺れ攻撃を体に受けてしまった。そして戦えるのはアイン一人、もう終わったしまうかと思われた瞬間。



「っ……結界、発動!」



 辺りが光に包まれ、レオナードの結界が発動した。彼らの周囲を起点に広がった結界は、鴉蝶の群れをその外へと追いやり、なんとか絶体絶命の状態から脱出することができた。



「はぁ……はぁ……遅くなったな、バッツ」


「あ、あぁ……助かったよ、レオナード」


「バッツ!大丈夫か!?」



 痺れて倒れているバッツに、アインが駆け寄った。幸い鴉蝶の痺れ攻撃は、ただ痺れるだけで決して毒性が高い攻撃ではなかった。それが不幸中の幸いだ。



「あぁ大丈夫だアイン、体はうごかねえけどな。ったく男だってのに、卵を植え付けられるとこだったぜ」


「少し横になって休んでろ」


「それしかできないしな。そのつもりだ」


「……でもアイン様。急にレオナードに結界を広げろだなんて、何か考えでもあったの?」


「一か八かだけどね」


「アイン様?急に結界をと言われて困惑しましたが……いったい何をするおつもりで?」


「ちゃんと説明するよ、だけどちょっと休憩させて。さすがに疲れた……」



 アインには考えがあった。考え通りならば、うまくいけば鴉蝶の群れを一掃できる可能性がある一手だ。だがまずは少し休憩を望む、数分の間、数多くの鴉蝶を相手に剣を振り続けたことで、体力のほとんどは尽きかけていたのだ。



「はい水。昨日たくさん汲んどいてよかったよ」


「悪いなロラン。……ぷはぁ、こんな時でもなければ、森の水なんて美味しそうなものを楽しめたんだけどな」


「はいはい。まったくこんなときにまで、そんなこと言わなくても」



 渡された水を飲み干し、一息ついたアイン。もう少し休憩したら、作戦を決行する予定にした。



「……昨日ロランにつくってもらった、使い捨ての魔道具を使う」


「ロラン。お前は何を殿下に渡したんだ」


「そんな怖い顔でこっち見ないでよ……簡単な物だよ、周囲の空気を保存するだけの魔道具だよ。ただちょっと範囲を大きめにしただけ、周囲20mぐらいには一瞬で広がるはず」


「……聞く限りでは、別になにも攻撃性があるようには思えませんが」


「レオナードが言う通りだな。アインお前それ使って何するつもりだ?」


「それは内緒。でも大丈夫だって、効果がないのはありえないから。相手が生き物な限りね」



 詳しく内容を説明しないアインに。3人はただ疑問を抱くばかりだった。だがアインの顔つきは至って真面目、本気で言ってるのは理解できた。



「我々ができることはありますか?」


「レオナードは、もう魔力もあまりないだろうけど必死に結界を維持してほしい。ロランはバッツの様子見てあげてやって」


「そ、それだけですか?」


「おいアイン。それじゃまるでお前ひとりで」


「そうだよ。この手段は俺が一人じゃないと成立しないんだ、だから俺が一人でやる」


「アインそんな危険な事許すわけには」


「大丈夫だってバッツ。お前が昨日効果あるって教えてくれたんだしな」


「俺が教えた……?」



 結局。何をするのか口にしないアイン。バッツは自分がアインに教えたことと言われ、昨日の記憶を漁ってみるが、それらしきものが頭に浮かばない。うんうんと唸りながらどのことかと考えている。



「いやー木の上にたくさん止まってるな」



 アインが傍の大木を見上げれば、その木には鴉蝶の群れが止まって、獲物が出るのを待っていた。

 一言で言えばその光景はひどく気持ちが悪い。



「うわあ気持ち悪い。なにあれ」


「……あまり目に入れたい光景ではないな」


「よし。それじゃ行ってくるから」



 ロランとレオナードを横に、アインが口にした。



「ア、アイン様……?行くってどこに……?」


「決まってるだろ。あいつらを倒しに……だ!」



 そして勢いをつけて、結界から走りその領域から脱出した。結界は中から出ることはできるが、外から影響を与えることができない。その性質を利用し、アインは中からものすごい勢いで飛び出していった。



「で、殿下っ!?」


「アインお前なにして……おいっ!」



 結界からは仲間の声が聞こえてくるが、それも無視して走り続けるアイン。

 アインの姿を見た鴉蝶の群れは、アインを追うために木から羽を使い飛び始める。



「うわあ本当に気持ち悪いな……まぁいいや、ほら付いてこい!」



 体の疲れが回復し、アインは懸命に走り結界から遠ざかる。そして見つけた木の周りを動き、バラバラに飛んでいた群れを集めるように、誘導した。



 100m以上は離れた結界の方をみてみると、悲痛な顔をしてアインを見る三人の姿があった。おそらくアインが命を犠牲にして、群れを討伐しようとしてると考えているのだろう。

 だがアインはそんなことは一切考えておらず、早く帰ってオリビアと話をしたい。それだけを頭の中で思っていた。



「なぁお前たちっ!当事者に効果がない自爆って、矛盾してるけど恐ろしいって思わないか……っ!」



 懐から取り出した、丸い魔道具。それは昨晩ロランに作ってもらった、空気を閉じ込めた使い捨ての簡易的な魔道具だった。



「お前らにも効果があるんだろ?だったら、これでも吸って地面に落ちろ!」



 床にその魔道具を叩きつけ、中に封じ込まれた空気を辺り一面に発生させた。ロランが言っていたように、その中の空気は一瞬で辺りに広がり、その衝撃も決して弱いものではなかったが、アインは何とか踏ん張れた。

 その魔道具が発した空気は、灰色のような、若干紫のような煙を発した。それは昨晩、アインが洞窟の中でひっそりと採集して来た瘴気だ。



 バッツは口にしていた。洞窟の瘴気は、鴉蝶たちにも効果があると。アインはそれを信じて、その空気を武器にしたのだ。

 アインは毒素分解EXという自分の強みを生かして、わざわざ瘴気に覆われた空間へとその身を投じて、深い所からその濃い瘴気を採集した。



「……なかなか他人にできる攻略法じゃないけど、毒に耐性がない相手なら。かなりのテロだなこれって……」



 結果は大成功。その毒を浴びた鴉蝶の群れは一掃されてしまう。瘴気というものの恐ろしさを、自分のすぐ目の前で実感できたアインだった。




 *




 その後は数分してから、瘴気が消え去ったのを確認してロランたちがアインの許へとやってきた。今も痺れが抜けないバッツは、レオナードとロランに連れられてその場に到着した。



 心配させるな!とみんなから怒られてしまったアインだが、作戦は大成功。結果としては最良の結果となったものの、せめて説明してくれと言われてしまった。止められるだろうと思って何も伝えなかったアインだが、心配をかけたのは間違いない。素直にそれは謝罪した。



 その後は皆からたくさんの礼を言われ、とくにバッツからは輝いた瞳で数多くの称賛を受けたアイン。

 完全に安全といえる場所ではないが、それでも大きな脅威は去った今。久しぶりに彼らは落ち着いた気持ちになれたと言えるだろう。



 それからは、バッツの体から痺れが抜けるのを待った。数時間後には動けるようになり、再度ゴールに向けて歩き始める。ゴールは近くだと思われた。



「でもアイン、あれどうやったんだよ。人間が耐えられるようなもんじゃねえぞあれ」


「あぁ。言ってなかったけど、俺って毒素耐性っていうスキル持って生まれたからさ、瘴気みたいなのに強いんだよね」



 咄嗟に説明した毒素耐性。毒素分解EXとは、口が裂けても言えなかった。



「な、なるほど……あんなにも肝が冷えた経験は、生まれて初めてですよ殿下」


「ごめんって。でも成功したからさ、もうそれで許してくれよ」


「……俺も言いたいことあったけど、まぁいいや。アインが救ってくれたのは事実だしね。でもあんな使い方は驚いたよ、自爆みたいな攻撃なのに、本人が無傷なんてでたらめでしょ」


「ほんとだよ、ロランが言う通りなんていう技だありゃ。やってることは人型兵器だぞ!」



 また輝いた瞳を浮かべ、アインを見るバッツ。



「バッツが鴉蝶にも瘴気が効果あるっていっただろ。だから使ったんだよ」


「……あぁっ!昨日言ったのって、そのことか!」



 ようやく合点がいったバッツ。自分が説明したということを、ついに理解できた。



「でもでも、いいのアイン様?この魔石本当にもらっちゃっても」


「ああいいよ。別に俺は使い道ないし、魔道具も作ってもらったしな。いいだろ二人も?」


「えぇ構いませんよ。今日アイン様に次いで活躍したのはロランと言ってもいいですしね」


「俺も同じく。それでまた良い魔道具作ってくれよロラン!」



 鴉蝶から取れた魔石は、ロランに全て渡すことになった。実は一つだけこっそりと吸い取ったアインだったが、なんとなく苦いだけの味だったため、それ以上吸収する気にもなれなかったのだ。だから空気を圧縮する魔道具を作ったロランに、それを進呈することにした。



「ありがと!俺が自分の小遣いとかで買うとどうにも馬鹿にならないからさ……ありがたく貰っとくよ!」



 そう話している間に、霧は晴れ目的地と思われる場所が見えてきた。ようやくついたと思った4人は、そこで驚きの光景を見つけた。



「アイン様。お待ちしておりました、咄嗟の機転で群れを倒した技。とても見事でございました。3人もうまく連携し、この近くまでよく怪我無くたどり着いた。将来有望な者達がアイン様のそばにいて、私も嬉しく思う」


「ディ……ディル!?ど、どうしてここにっ……」


「申し訳ありません……実は、種明かしをするとですね」




 *




 時はこの実習前に遡り、場所は王城のとある一室に移る。



「へ……へへへへ、陛下っ!一体うちの愚息が何を!?殿下に何か粗相でも!?」


「恐れながら陛下。私もお教えいただきたく存じます……常日頃、うちのレオナードが王太子殿下の許でよくして頂いているのは存じ上げております。まさかそのレオナードが何か……?」


「わ、私のような一回の下町職人が、どうして城に呼ばれたのでしょうかっ……」



 その場には、数人の大人が席に座っていた。まずはシルヴァード、そしてその横にはウォーレンが控えている。



 その向かい側に座る三人は、クリム男爵家の夫人にして、バッツの母。その隣にフォルス公爵家当主にして、法務局局長を務めるレオナードの父。最後にロランの父で、彼は下町で職人として働いている。



 彼ら三人は、近衛騎士に案内され、王城へと足を運んだ。フォルス公爵ならいざ知らず、男爵家の夫人といえども城に足を踏み入れたのは過去に2回程度、そしてロランの父は初めての経験だった。



「陛下。私から説明をしても?」


「あぁ、構わぬ」


「では失礼して……皆さま。本日は御集り頂きありがとうございました。まず先にお礼を、王太子殿下と常日頃から、よくして頂き誠に嬉しく思います」



 ウォーレンが語り始め、彼ら三人は口を閉じたまま、ただ頭を下げるばかり。



「今回、皆様のご子息が王太子殿下と同じ班として、魔物現地実習に向かうと聞き、お呼び立てした次第でございます。では資料をお配りいたします」



 そしてウォーレンが一人一人に数枚の紙を手渡した。数分後、その内容を読んだ三人が顔を上げる。



「お読みいただけたようですね。では私からも説明を、今回のこの機会を利用して、王太子殿下に一つの課題を与えたく思います。その内容が記載されていたこととなります」



 記載されたことを纏めるとこうだ。ディルを護衛として付け、途中で離脱させる。その後は騎士団で用意した魔物をけしかけ、その危機を試練とし、乗り越えさせたいということ。

 だが安全は保障する。ウォーレンが子飼いにしている隠密を数人周りに配置し、近衛騎士団副団長であるクリスも近くに配置。何があろうとも、大きなけがが発生する事態にはしないと、王の名に置いて約束する。



「……一つよろしいでしょうか宰相閣下」


「どうぞフォルス侯爵」


「つまり、王太子殿下にして頂く試練。その際に我々の子も同じ場所にいるということで、許可を取りたいということでしょうか」


「仰る通りですな。私の口からもお伝えしますが……」


「よい。ウォーレン、余がそれを申すことにする」



 シルヴァードが口を開いたことで、3人は頭を下げる。



「よい。此度依頼をしているのは余の方だからな、頭を上げよ」



 許可を出され、三人の親が頭を上げ、シルヴァードの方を見る。



「イシュタリカ王シルヴァードの名において約束する、安全は保障しよう。だが実習で生じる怪我に関しては、大目に見て欲しい。頼めないか」


「へ、陛下っ……陛下に頼むなどと言われてしまっては、私が先祖に叱られてしまいます」


「えぇ陛下。私としても、そう言っていただけるのであれば特に反対することもございません。むしろ夫も賛成し感謝するでしょうから。安全を保障されているのに、こんなにも良い経験となる試練を頂戴できるとは、こちらが感謝するべきことですわ」


「わ……私は細かいことはわかりやせん。ですが陛下がそうまで仰ってくれるんだ、反対する理由はありませんで」


「そう言ってもらえると有難い。感謝する」



 そして三人の保護者は、シルヴァード達が望むことに同意したのだった。




 *




「まぁざっくりご説明するとこんな内容ですが、陛下からの課題の一つだったということです」



 その言葉を聞いた4人は、仲良く膝から崩れ落ち、その事実をかみしめていた。



「え、えぇー……じゃあ、ディルが急に消えたのって」


「頃合いを見計らい、離脱しただけですね」


「その後の鴉蝶の群れは……」


「捕獲した群れを放ち、それをけしかけたということです」


「もしかして今回の俺たちのコースも」


「えぇ。ウォーレン様達がご相談し、厳しい進路を選ばせて頂きました」



 アインとディルの掛け合いをきいた3人は。ただ驚くばかりだった、だが徐々にバッツが笑みを浮かべ始める。



「ははっ……ったく。うちの母上も噛んでたわけだしな」


「それを言ってはうちの父もだ。まったく……裏でこんなことをしてたとは」


「俺の父さんもだ。うぅ……帰ったら笑いながらどうだった?って言われるんだろうなこれ」


「お爺様も、ほんっと唐突に試練を与えくださるんだもんな……」



 おそらく内容としては、歴代の実習でも最も濃いもので、彼らには強い思い出として刻まれ続けることとなる。



「まぁでもさ。楽しかったって思えるし、なぁみんな?」


「殿下が言う通り、確かに楽しくもありましたね……とはいえ二度目は勘弁ですが」


「俺も楽しかったな、あんなキャンプみたいにみんなでわいわいできるのなんて、そうないだろうしな」


「たしかにキャンプみたいで楽しかったね、またあれだけならやりたいよ。あと体力不足という課題が見つかったから、もう少し体鍛えようかなって思うよ……」



 ロランの言葉に、皆が大きく笑い出した。中身は仕組まれたものだったが、結果としては大成功。

 アインチームの魔物実習は、そうして幕を下ろした。

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