幕間:アインの学園生活二年目[前]
いつも通りクリスに連れられ、学園へと向かっていたアイン。
ホワイトローズ駅からの多くの人混み、そんなことにもすでに慣れたアインは、今日は何をしようかと考え学園を目指していた。
「あれ。アイン様、おはようございます」
「殿下おはようございます。同じ列車に乗っていたようですね」
朝一で顔を合わせることとなった二人の友人、一年次の頃より仲が良く、アインが好んで二人でいることが多かったロラン。
そしてもう一人はレオナードという銀髪の少年だった。彼はフォルス公爵家という、イシュタリカの上位貴族の跡取り。アインが一年次の頃観戦した対抗戦、それから少し後の日に意を決して、アインに声をかけたのだった。
それからというもの、性格的な相性が良かったのか3人組で行動をしている。
「あぁおはよう。今日も混んでて疲れるな、ほんとに」
アインの言葉を聞いて軽く笑う二人。わざわざ駅で会話をしている必要もないため、学園へと進み始める。アインの護衛のクリスに、フォルス公爵家の護衛が2人。合計6人で通学路を進む。
こうしてアインにとっての、いつも通りの学園生活は今日も始まる。
*
学園に着いたことで、クリスやフォルス家の護衛はアイン達と別れる。
実は王立キングスランド学園は、広く公表していないが、隠密行動に長けた人間を何人か敷地内に配置している。貴族の子やイシュタリカの将来を背負う者達に、万が一がないように彼らは守っている。
「殿下、朝食は御済みでしょうか?」
「まだだよ。二人は?」
「私も軽く摘まんできただけですね」
「俺もかな。ちょうどいいし、みんなで先にテラスにでも行こうか」
学園に敷設されたオープンテラス。隣接して食堂やラウンジが設置されているため、そこで食事をとったり自習をすることができる。彼ら3人は、オープンテラスでゆっくりと会話をすることや、自習。そして集まって食事をすることを楽しみにしている。
ロランの提案により、先にテラスへと向かうことにする。
「今日は何食べようかな」
「私は……今日は山の幸を頂こうかと思います」
「俺はどうしようかなー……午後からの実習のために、肉食べて栄養補給しとこうっと」
「じゃあ俺は間を取って魚介でも」
「殿下、それではいつもと一緒では」
「バレたか。いいんだよここの料理はおいしいから、それにたまには別の料理だってもらってるしね」
有名料理人を、何人も招いて作られた食堂のメニュー。それは舌が肥えているアインにレオナードの二人であっても、何一つ文句がなく、そして学生向けということでボリュームも豊富だった。学費に食堂の利用費も含まれているため、基本的に料金はかからない。平民の生まれのロランは、それが何よりも有難く感じている。
アインは、ここでも魚介類を好んでいる。毎朝運び込まれる素材は新鮮で、生で食べても絶品。たまには別のメニューを頼むこともあったが、もっぱらアインが頼むのは海の幸が多い。
「でもやっぱり贅沢に感じるよね」
「贅沢、ですか?」
アインの言葉にレオナードが疑問を感じた。
「そうそう、学生だっていうのにさ。こんな時間からあんな美味しい料理貰って、テラスでゆっくりできるんだから」
「確かにアイン様の言う通り。俺もそんなことを思うことはあるかな」
「その代わりに結果を出せ。それがこの学園の指針ですからね……我々は自らの価値を示し、それを評価してもらう。他の学園や組と比べたら、異質な部分があるのは否定できませんね」
しばらく話しているうちに、アイン一行はオープンテラスへとたどり着く。
ちらちらと席に座っている人を見るが、その全てが学年問わず一組(ファースト)だ。
ある者はもくもくと食事をし、ある者は自習をしている。まさに自由にやりたいことを謳歌している。
「俺が注文してくるよ。二人ともさっき言ってたのでいいんだよね?」
「悪いなロラン、頼むよ」
「あぁ、なら私は殿下と席に着いて待ってるよ。頼んだ」
「りょーかい。それじゃ行ってくるよ」
気を聞かせて全員分の注文をしに行くロラン、残った二人は席に座り彼が戻ってくるの待つことにした。3人はいつも座る席があった、オープンテラスの中でも、端の方に置かれたテーブル。そばには大きな木と小さな泉が作られた、景観も豊かな一席だった。今日は天気がいい、木の間から差し込む木漏れ日も、ちょうどいい気温の風も、この環境を楽しむには絶好の日和だった。
「レオナード。昨日フォルス公爵がウォーレンさんに呼ばれて来てたけど、なにかあったの?」
「えぇ。オーガスト商会に少しトラブルがありまして、既存の商会のいくつかに、ちょっかいを出されているとのことです。その商会たちがなかなか発言権もあり、大手でして……。その商会の中に、フォルス家でも縁がある商会があり、話を聞きたいと」
「なるほどね。ちょっとした情報収集みたいなもんだったんだ」
「そうなります。今一番勢いのあるオーガスト商会ですから、嫉妬する者達は多くいますね。個人的な想像ですが、おそらくここ数年のうちに、王都でも最も力のある商会となっても不思議ではありません。会長の手腕は我々からしてみても、恐ろしいほど有能ですから」
その会長の名はグラーフ・オーガスト。前までアウグストと名乗っていたグラーフだ。ハイムで発揮していた流通の手腕は、ここイシュタリカでも大きく通用した。ウォーレンが高く評価するほどの人材で、『グラーフ殿は生まれる国を間違えた』とまで言わせるほどの手腕だった。
一年近く前に設立されたときは、まったく話題にすらあがらなかった。だが半年もたてば情勢は変わり、王都内でも至る所でその名を耳にする機会が増えたのが、オーガスト商会。
「そうだね。グラーフさんはすごい優秀な人みたいだし」
「そういえば殿下は、オーガスト商会の会長とお知り合いでしたね」
「いろいろあってね」
「……むしろ仲がいいのは、そのお孫さんであるクローネ嬢ですかね」
「さ、さぁなんのことかわからないけど。クローネの事も知ってるよ……うん」
返事を聞いて微笑ましいと感じたレオナード、柔らかな笑みを浮かべる。
レオナードは普段から、険しそうな表情でいることが多い。フォルス公爵家は代々法務局の重鎮を輩出してきた家系だ。だからこそ彼も高い教育を受け、厳格な人物となるよう育て上げられてきた。
だが話していれば、その第一印象とは違った印象を受ける。表情の変化は分かりにくいが、彼はなかなか話しやすい。人の機微によく気が付き、細かい気遣いができる。隠れたファンも多いとアインは耳にしている。
「やぁお待たせっ!……あれ?何話してたの?」
「殿下がお幸せそうで何よりだったというだけだ。悪いなロラン、注文を任せてしまって」
「いいっていいって。まず温かいうちに食べちゃおう、今日も美味しそうだ」
「これがないと俺の学園生活は始まらない。そう言っても過言じゃないんだ」
ロランが2人の許へと戻ってきた、器用に3人分の食事を持ってきたロラン。
待ち望んだ朝食に、育ち盛りの三人はもくもくと手を付け始める。
「お。今日も来たのかお前達、ほら食っていいぞ」
食事をしている三人の許へと、数羽の小鳥がやってきた。この小鳥たちはアイン達がここで集まっていると、必ず姿を見せるちょっとした友人。
小鳥たちもお腹が空いているだろうと、アインはパンを千切ってそれを渡す。
「いい食べっぷりだな今日も」
「まったく……殿下から食事を下賜して頂くなんて、幸せな鳥たちだ」
「下賜ってレオナード。そこまで大層なもんじゃないって、お?まだ食べるか?しょうがないな」
「これも恒例になってきたね」
切っ掛けはなんだったろうか。たしかアインがロランと二人でこの席に座り始めた頃の話だ。
木の上からチュンチュンと小鳥の声が聞こえたと思えば、地上に降りて餌を探し回っていたのだ。
その姿を見て、お腹が空いてるのかと思ったアイン。自分のパンを千切って渡し始めたところ、アインの顔を見れば集まるようになった。
「食堂から許可もとったし、問題はないからな」
鳥の糞害などを考えれば、餌をあげることは不適切な可能性もあった。だからこそアインは食堂の管理者へと連絡をし、パンを少し与えても良いかと質問をしていた。簡単に許可は下り、今ではパンを渡すのは朝の恒例行事となった。
「ところで殿下。本日はどのようなご予定で?」
「まったく考えてないけど。たぶん図書館には行くかな、調べたいこともあるし」
「去年からずっとお調べとのことですが、今だ手がかりはありませんか?」
アインが調べていたことは、謎の魔石のことについてだ。まだ何一つ解明に至っていない例の魔石。学園には、城にない貴重な資料が数多く存在している。この一年で多くの資料を読み漁ったが、手がかりは見つけられていなかった。だがまだまだ資料は存在している、そう考えると毎日通うのが日課になっていたのだ。
「俺たちもよければ手伝うけど……でも、違うんだよね?」
「そう言ってくれる二人には感謝してるんだけどね。俺が調べたいことだから、遠慮しとくよ。あとは……そうだな、午後は久しぶりに訓練所に足を運んでみようかな」
謎の魔石の件は教えられるようなことじゃない。だからこそ、この件はアインが自分一人で調べている。手がかりが見つかっていないとはいえ、数多くの資料を閲覧することは、知識を積み重ねられることにもなっているため、別に悪いことばかりではなかった。
もう一つ、訓練所だ。アインは城で訓練を行うことがメインではあったものの、学園でも度々訓練所に足を運ぶことがある。この学園に作られた訓練所は特別で、通常の訓練所や城とは違った訓練ができるからだ。
一同はしばらく食事を楽しみ。その後は解散した。皆がメインとなる学習内容が違う為、一般教養などの科目以外は、バラバラになって励んでいるのだった。
*
今日も今日とて、謎の魔石について新しい手がかりはありませんでした。
こんにちは、アインです。
さすがに頭も疲れてきたから、もう訓練所で体を動かすことに決めました。
何人かの生徒が訓練所にいる姿が見える。でも訓練所は広いから別に問題はない。
「さぁ今日も元気に訓練しますかねっと……やぁカイゼル教官!一週間ぶりですね!」
「……お前か。ったくいっつも唐突に来るんだからな、今日はどうした」
「それは勿論、魔物訓練を!」
「いっつもそれだなお前は」
「だってこんな訓練。ここでしかできませんしね、城では対人ができてるので。学園でバランスとってます」
「はぁ……ったく。準備するから待ってろ」
カイゼル教官は顔と態度の割に面倒見がいい。というか根が優しすぎて困惑する。
入試の時の、受験生を煽る態度とは打って変わって、学園内では面倒見が良くて人気があった。
なんていうか文句言いながら、面倒見てくれる近所のおじちゃんみたいな感じ。
訓練が終われば、的確なアドバイスをしてくれる。そしてなにより頑張っている生徒には『よく頑張ったな!』とテンション高めに褒めるいいおっさん。
ぶっちゃけここで再会したときは、入試の時の印象と正反対すぎて混乱した。
「相手はどうする」
「レッドバイソンで」
「お前の年で相手にする魔物じゃないってのに、ったく。それじゃ装備用意しとけよー」
ホワイトバイソンとかいう高級食材。俺も前に魔石を吸ったが、まさに最高級のステーキな味だった。
ちなみにレッドバイソンは、ホワイトバイソンが進化した姿らしい。味はまずいとカイゼル教官が口にしていた。『なんか殺意の波動に目覚めたのがレッドバイソン』とか前にカイゼル教官から聞いたけど、殺意の波動に目覚めるとか言われても意味が分からない。でも良い訓練となるのでそれは考えないことにしている。
「ねぇ教官」
「あー?なんだー?」
「ギルドに行って冒険者になったらさ。レッドバイソンってどのぐらいの相手なのかなって」
「中堅ぐらい冒険者が2人ぐらいで倒す相手だ。とはいっても一人は囮だけどな」
「へー……なるほど」
「だからお前みたいな年齢の子が、一人で相手にするようなもんじゃないんだけどな」
「ならなんで、学園の訓練所で戦えるのかっていう……」
魔物訓練ができる魔道具は本当に助かっている。魔石を馬鹿みたいに使って、幻影を作り出すとか聞いたけど原理は理解できなかった。その魔道具で作り出せる幻影で、最高レベルなのがレッドバイソンらしい。設備の費用も、ランニングコストも馬鹿にならないからという理由で、イシュタリカには3台ほどしか存在しない貴重な設備と聞いた。
「幻影とかいってるのに、感触とかあるの意味分からないですよね」
「んなこと言ったら、衝撃がくるのにダメージが発生しないってのもわからないだろ。言っとくが俺も分からないからな。そんな難しい技術は開発者たちに任せとけばいいんだよ、俺たちはそれを遣わせてもらって、強くなる。問題ないだろ?」
「たしかに。ところで教官はレッドバイソンと実際に戦ったりはしたんですか?」
「怪我する前に、それ以上の魔物たちだって何回も殺してきたさ。おし……そろそろ準備できるぞ」
カイゼル教官は、ロイドさんにも一目置かれていた冒険者だったらしい。ただ手足に大きな怪我を負ってからというもの、体が思い通りに動かなくなり、冒険者を引退したと聞いた。
それからは、ギルドの紹介でここ王立キングスランド学園の教官を務めることになったということだ。
「3連でお願いします」
「ったく。生意気な奴だな……アインも準備しろ、お前の合図で始めるぞ!」
——カイゼルは、シルヴァードの直々の言葉により、アインへと厳しく接してやってくれと頼まれている。そして教官と生徒の立場でそれを行えと。教官として接してくれることに、アインは感謝していた。へりくだった教官であれば、アインも多少の遠慮をしてしまったかもしれないからだ。
そして始まった魔物訓練。強くなるため、出現する魔物の幻影へと、集中するのだった。
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