幕間:アインの学園生活二年目[後]
「それで評価はどうでしょうか」
「30点ぐらいだな」
「え、えぇ……」
3連続でのレッドバイソンの訓練を終えたアイン。致命傷どころか、大怪我になるようなダメージを与えられることもなかった。だが教官であるカイゼルの評価は低かったのだ。
「ちゃんと倒せたのに、なんで!?」
「三体目までなら90点はやれたけどな……足を狙って動きを封じたのも、頭に綺麗に衝撃を加えて昏倒させたのも見事だったさ。だけどな……なにしてんだよ三体目は。あの倒し方はダメだろ」
「た、ただ力勝負をしただけで……」
「魔物の突進をっ!正面から受け止める馬鹿がどこにいんだあほがっ!それで大幅減点だ。次からはあんな命知らずな真似すんじゃねえぞ」
「い、いつか役立つかもしれないじゃないですか!」
「その何時かが来る可能性があるなら、それが来ないように頭を使って、努力しとけ!」
アインは、三体目のレッドバイソンを真正面から受けとめ力勝負に出た。
なんとなくいける気がしたが、やはり魔石を吸いまくって強化されたアインのステータスは、レッドバイソンを力技で止めきることができた。
だが結局のところ、その手段は危険な事に違いはなく。カイゼルはそれを見て減点評価した。
「やれやれ……何はともあれ、ありがとうございました」
「やれやれはこっちのセリフだけどな……とりあえずお疲れ、装備戻したらしっかり怪我の具合確認してから帰れよ」
「はーい」
訓練場で貸し出している装備を返却し、怪我がないか体を確認する。アインは怪我無く今日も訓練を終えた、結果も上々で悪くない一日になった。そんなアインの姿を、一人の男の子がじっと見つめていた。
「……えっと」
「す、すげえ戦いだった……さすがは王太子殿下だ、レッドバイソンを正面から受け止めるなんて……カッコよすぎんだろっ」
アインは頭の中で、彼のことを思い出す。同じく一組(ファースト)に所属している、バッツという少年だった。アインよりも身長が高く、骨太な体つきをした少年。確かクリムという男爵家の跡継ぎだったはずだ。
「バッツ。君も来てたのか、先に使わせてもらったよ」
「っ……い、いえ殿下っ!殿下の雄々しい姿を見られて、興奮しました!」
鼻息荒く、感想を告げたバッツ。彼が居る場所は見学スペースにある手すりだ。手すりから身を乗り出して、アインが戦っていた場へと体を押し込むような勢いで、それを見ていた。
「こ……興奮しちゃったか。まぁ褒めて貰えて嬉しいよ」
アインはバッツと少しだけ会話をしたことがある。もう一年も過ごした学園だ、何人かクラス降格になった者もいたが、バッツはアインやロラン、そしてレオナードたちと同じく継続して一組(ファースト)で二年次を迎えた優秀な男の子。
「教官!俺も是非レッドバイソンを!」
「あ、あぁ……別に大怪我することはないからいいんだけどな、でもお前には早いと思うぞ、バッツ」
「あんな戦いをみてしまっては、この体の疼きを抑えられません!さぁ!さぁ!」
やれやれと頭を振り、用意を始めるカイゼル。別に大怪我を負うことにはならない、だからレッドバイソンの幻影を生み出してもよかったのだが。
「やるからにはしっかりやれよ。ほら装備準備しろー、怪我しないように準備体操もだぞ」
「かれこれ3時間は運動してたので問題ありません!」
「……先に休めよお前は」
「(元気だなぁバッツ)」
昼頃からずっと訓練所に籠ってたのかと思うと、彼の体力を称賛せざるを得ない。
3時間運動した後の、締めにレッドバイソン。アイン達の年齢から考えれば、なかなか個性的な訓練メニューだ。
「よしバッツ!お前の合図で始めるぞ!」
「……お願いしますっ!」
その声を聞いたカイゼルが魔道具のスイッチを、押しレッドバイソンの幻影を出現させる。
出現したレッドバイソンは、進化して得た謎の殺意をバッツへと向け、猛烈な突進を始める。
「お、おいバッツお前まさかっ……!」
カイゼルが驚き始める。バッツはレッドバイソンが出現してからも、その場から足を動かさなかった。
まるでそのまま、レッドバイソンを受け止めるかのように思える姿に、カイゼルが声を出した。
「来いレッドバイソンっ!」
その声を全く意にも介さず、バッツはそのままレッドバイソンの突進を真正面から受け止めた……かのように見えた。だがバッツの力では耐えきれなかったようで、バッツは壁際へと吹き飛ばされる。安全装置が作動し、レッドバイソンの幻影は消え去った。
「この……馬鹿野郎がっ!なにやってんだお前!」
「さ、さすがはレッドバイソンの突進だぜ。俺にはまだ早かったっ……」
ぽかんとした顔でバッツを見つめるアイン。最後に自分がやったことを、真似するとは思わなかった。
結局受けきれなかったバッツは、壁際へと吹き飛ばされてしまったが、なぜか清々し顔つきアインに向けた。
「殿下!やっぱりあなたはすごい!カイゼル教官を倒しただけでなくて、こんな強いレッドバイソンまで力で倒したなんて!」
妙にキラキラとした瞳をアインに向けたバッツ。結果的にアインの凄さを実感したということで、唐突にアインを称え始めた。
「あ、あぁ。ありがとうバッツ……。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「ったくこの馬鹿野郎が!なに変な事真似しようとしてんだバッツてめぇ!」
「あまりのカッコよさに、つい自分もやってしまいました!」
「ったく馬鹿いってんじゃねえよ。誰にでも簡単にできることじゃないぞあれは……アイン!お前が変な事やるからだぞ、全く」
「ええ……俺のせいなんですかあれ」
「責任の一端はあるだろ。ったく、ほらバッツ。体の具合はどうだ?」
カイゼルがバッツの怪我を心配し、近くに寄った。ケロッとした様子で立ち上がったバッツは、体操するように体の異常を確認したが、特に問題はなかった。
「大丈夫ですね。いやー心配かけて申し訳ない」
「だったら次からあんなことすんじゃねえぞ。次やったら魔物訓練は今後禁止にするからなお前」
「そ、それを言われたらチャレンジできないですけど……」
きつく叱られるのは当然だ、ただ命を捨てるようなことを遊びでしては、訓練にはならない。この装置を動かすのも決して無料ではないので、カイゼルもそれをきちんとバッツに伝える。
「あんまり無理しないほうがいいぞバッツ。でもその……挑戦した姿はカッコよかったよ」
「お、おおお!ありがとうございます殿下!そう言ってもらえると俺も嬉しく思います!」
「はは。それじゃ俺はもう行くよ、バッツも無茶しないで頑張れよ」
アインは訓練を終えたため、一先ずその場を離れることにした。バッツのチャレンジ精神を称え、訓練場を出る。
*
「ってことがあってさ。元気な奴だなって思ったよ」
「あぁバッツ君か。確かにあの子いつも元気だよね」
夕方には少し早い時間に、アインは二人と合流した。あまりこういう時間は集まることはなかったが、今日はたまたま出会えたことで、そのままテラスで休憩してから帰ることにする。
「ですが殿下。ご存知でしょうか?バッツ・クリムですが、あのような性格でも、実は入学時の成績は私に次ぐ、全体3位で入学してます」
ちなみに1位はアインだった。カイゼル教官を倒した成績は、満点として計算されていた。
「え……えっ!?」
「う、嘘でしょレオナード?」
「残念だが事実だロラン。つまりあいつの成績はお前より上だということだ」
実はバッツはただの脳筋ではなく、インテリ脳筋だった。頭のいい脳筋なんて意味が分からないが、彼は勉強ができる。両親、いやクリム家に嫁いできた母は、文系の家系に生まれた貴族だった。だからこそ勉学にも力を入れ、教育をされて育ってきたのだ。
レオナードが口にした、全体3位の成績で入学したという話。彼は武術で入試を突破したわけではなく、文系試験を突破して一組(ファースト)入りを果たした。
おそらく一組(ファースト)の者達は、皆がバッツのことをただの脳筋と思っているかもしれない。
だがその中身は、一組(ファースト)でも3番に頭のいいインテリなのだ。
「なんだ。馬鹿なんじゃなくて、ただ明るい奴だったってことだなバッツは」
「で、殿下確かに明るくはありますが……いえ、なんでもありません……」
「でもすごいよね。そんなにずっと訓練続けられるなんて、俺には無理だよ。バッツ君って、お父様が騎士を務めてるんだっけ?」
「俺もそう聞いてる。レオナード、バッツのお父さんってどういう騎士なのかわかる?」
「えぇ存じ上げております。魔物が多く出現する地域の砦にて、千人長として勤めているはずです」
イシュタリカは、大陸イシュタル上に存在する唯一の国家だった。だが決して魔物の脅威がないわけではない。
地域によっては魔物が強く、国で砦を築いて防衛拠点を作っている場所もある。そこでは数多くの騎士が民を守り、安全を保障していた。
バッツの父も、そんな危険な場所で働いている騎士だった。
「じゃあ常に危険な場所ってことか」
「左様でございます。千人長ですからね、立場としてはかなり上になるかと」
「へぇ……じゃあすごいんだねバッツのお父様って」
「いつか俺もさ、この大陸のいろんなとこ行ってみたいって思うけど。やっぱり難しいよなぁ……」
「いやー……、アイン様はなかなか難しいんじゃないかな?王太子っていう立場あるし、城の人たちも許可をしてくれない気がする」
「ロランが言う通りですよ殿下。だからこそ、一つ懸念があります」
懸念があると口にしたレオナードを、アインとロランが見た。
「懸念?」
「はい……来年、三年次になった時のことですが。一組(ファースト)と二組(セカンド)は魔物現地実習がありますから。バッツの父君がいるような危険な場所ではありませんが、それでも魔物が居る場所へと実習に行くことになります」
「あーなんか聞いた事ある。前にウォーレンさんたちと話したことあるなそれ」
「ウォーレン様は何と仰っておりましたか?」
「最低でも、ディルを近くに置く必要があるって。それかクリスさんかな」
近衛騎士団副団長クリス。彼女の名は二人も知っている。もちろんディルも、去年の対抗戦でのある意味で伝説的な一戦は、知らないものが居ない。
「クリス様とかディル先輩みたいな人が護衛するなら、安心だね」
「こればかりは特例措置でしょうね。学園としてはこの実習をしなければ卒業させない、でも殿下の立場もあり、安全を保障しなければならない。学園としても多くの冒険者たちを護衛として雇い、連れて行きますが、それでも必ず安全という言葉は口にできませんし」
「でもさ、少し嬉しいよ。その話通りならみんなでイベントに参加できるってことだしさ」
「俺も楽しみだよ。どんな実習になるのかなって」
「私もですね。友人とこうして様々なことができるのも、今のうちですから」
ロランの言葉にレオナードも同調した。彼ら三人は、これまでも学園生活を楽しんできた親友と言ってもいい間柄で、これから起こる多くのイベントも、想像するだけでも心が躍ってしまう。
「そういえばその実習って、たしか5人一組になるんだっけ?一組(ファースト)が10人、二組(セカンド)が20人。合計30人だから、5人1組で、6チーム作るって聞いた気がする」
「そうなの?じゃあ俺たちだと、あと2人か。メンバーは生徒同士で決めていいの?」
「選べますよ殿下。ですので我々は3人で固まるとして、あと2人勧誘しなければなりませんね」
「なるほどな、じゃああと1人どこかから呼ばないとだな」
「ア、アイン様?あと1人って、誰か決まってるの?」
レオナードはあと2人といったが、それに対してアインはあと1人で揃うと口にした。誰の事だろうと思ったロランは、それを尋ねる。
「まさか殿下……」
「レオナードは気がついたかな?ロラン、俺が考えた4人目の仲間はバッツだよ。なんか楽しそうなチームになると思わないか?」
「な、なるほど……バッツ君か。でも……うん、いいと思う。彼もいい人だし、きっと楽しくなるかなって思うよ」
「まぁ下手に怖気づいてしまうような男ではありませんし……ロランが言った、楽しくなりそうっていうのは私も同意ですが」
「じゃあ決まりだな。今度それもバッツに話してみよう、きっとあいつも快諾してくれるだろうしな」
なんだかんだ同意したレオナード。レオナードの中で、バッツの評価が低いとかそういうわけではないのだ。ただ若干人見知りするきらいがあるレオナードは、普段あまり話さない相手に対しては、こうなってしまうことが多かった。
だからこそ、アインとロランの二人に声をかけるときも、実は彼なりに大きな勇気を振り絞っていたのだ。
「来年も楽しくなりそうだな」
「……えぇ。そうですね」
「うん、たくさん楽しもう。これからの学園生活、イベントが盛りだくさんだからね!」
王立キングスランド学園は、低学年のイベントはほぼ皆無と言ってもいい。あるとすれば定期試験ぐらいなものだ。学園をあげての祭りは催されず、学年ごとにいくつかのイベント行事があるぐらいなのだ。
三年次になった時には、魔物現地実習が一番のイベントだろう。
文系科目で入学した生徒であろうとも、二組(セカンド)に上がった者達は、必ず参加しなければならない。厳しめの方針であったものの、学園の決まりなら参加しなければならない。
4年次からの、アイン達を待っているいくつかのイベントも気になってしまうが。まずは直近の魔物現地実習。これを楽しみに、アイン達はこれからの学園生活を送ることにした。
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