海龍[前]
魔法を生業とする者や魔物を相手にする際、生存するためにいくつかの準備が必要だ。
先ずは抵抗手段となるアイテムを持ち立ち向かうこと、先手を取られれば死んだものを思わねばならない。魔法相手に対しての丸腰は、最初から死んでいたも同然だ。だからこそ魔法騎士を相手取るのは特に厄介と理解せよ。
そしてアイテムを所持していようとも、決して相手の瞳を見続けてはいけない。
最後に一つ。その声になにか甘美な物を感じることがあれば、自分を傷つけなさい。貴方はすでに魅入られているかもしれないのだから。
————統一国家イシュタリカ、新人騎士育成指針から。
「はぁ……はぁ……会議中。緊急により失礼致します!ロイド様はいらっしゃいますか!」
その声に大会議室にいたメンバーは、大きな音を上げて開いた扉を見る。
そこに居たのは急いだせいで乱れた呼吸を正しながら、ロイドを探す一人の騎士の姿。
「ここにいる。どうした!」
「ア、アイン様っ……カティマ様の研究室の封印を破り脱出!城門へ向かわれております!」
「っカティマめ。手を貸しおったか」
「……いえ陛下。いくらカティマ様と言えども、内側からあの部屋の封印を破ることは難しいでしょう」
「手段はどうとでも後で問えばよい。陛下、私はこれよりアイン様を止めに参ります」
不測の事態と言えど、元帥であるロイドは落ち着いた対応が出来た。
彼の頭の中にあるのは、王太子の身柄を守るために全力を尽くすということ。それだけだった。
シルヴァードは少し安堵した、少し前にオリビアが自室に戻っていたからだ。それがなければ、こんな報告を受けていればさらに落ち着きを失っていただろう。
「急ぎ迎え、近衛騎士を使っても構わぬ。なんとしても止めよ」
「仰せのままに」
今のアインを、正面切っての肉弾戦で動きを止めるのはロイドですら難しい。それを理解していたロイドは、会議室に飾られた刃がない剣を手に取った。
「お借りしますぞ」
「……構わぬ。多少の怪我はしかたない、なんとしても止めよ」
「はっ」
*
「ってかカティマさんさ。ついてきてどうするのさ」
研究室を脱出したアイン、その横にはなぜかカティマが並び歩いていた。
「もう私のできる仕事は終わったのニャ。疲れたから自分の部屋で休むニャ、全くアインときたら」
「止めないの?」
「私に止められるラインを超えてしまったのに、無理をするのは面倒だから嫌ニャ」
「なんかごめんって感じ?」
「絶対お父様たちから何があったと根掘り葉掘り聞かれるニャ……。あとでアインからも何をしたか説明するニャよ。全くこの甥っ子は、けしからんニャ……っと。それじゃここでばいばいニャ」
唐突にピョンピョンと軽快なリズムで走り出したカティマ。
別れ道にはまだ遠かったものの、彼女は何かに気が付いてアインと別れ自分の部屋を目指した。
「なんで急に……。あぁ、なるほど。ありがとうカティマさん」
アインもカティマが急に去っていった理由を理解した。少し進んだ先、地下を出て大広間へと出る道の中間地点に彼女は居た。
「ご機嫌ようアイン。昨日ぶりね?」
「あぁクローネ、昨日ぶり。今日も会えて嬉しいよ」
「まぁ王太子殿下からそんなことを言っていただけるなんて光栄ですわ。いかがですか?これから私の部屋でゆっくりお茶でも」
この数年間で更に美しく成長したクローネ。今年アインが11歳になるため、クローネは15歳になる。
多くの令嬢が集まるリーベ女学園でも、オリビアの再来と言われるほどの人気を誇り、女生徒の家族と見合いを申し込まれることが数えきれないほどあった。
駅から学園へ歩く姿だけで数多くのファンができ、路上告白なんてことも何度か見受けられた。
それほどまでに美しく高い教養を持つ彼女と、縁を持ちたい男性は星の数いたものの、その願いが叶うことは無かった。
「クローネみたいに綺麗な女性と二人でお茶なんて、さすがに緊張しちゃうね」
「まぁお恥ずかしいですわ王太子殿下。……では私の部屋に参りましょう?」
「君みたいな綺麗な人に誘われたのに申し訳ないけど、今日は先約があるんだ」
「……酷いお方。せっかく勇気を振り絞ってお誘いしましたのに、王太子殿下以外の殿方を自室に招いたことありませんのよ?」
いつもと違った芝居がかった会話。アインとしてもクローネとしても、お互いに感情を表に出さないためのこの会話だった。
「ちょっとね、大きな魚を退治してこなきゃいけないから。帰りにマグナから美味しい海鮮でも買ってくるよ、夜は皆でご馳走でも頂こう」
「……本当に行くのね」
「あぁ」
「私がこんなに止めても?」
「あぁ」
「今から私の全てを自由にさせてあげると言っても?」
「……心が動きそうになった。でも俺は行くよ」
なんとしても行かせたくないクローネ。だがクローネもアインの固い意志は理解できる、そして彼女なりの矜持もあった。
「……殿方がここまで意思を固めたのに、女が駄々を捏ねて行かないでと言うのは無粋かしら?」
「無粋とは思わない。クローネが俺を心配してくれるのは嬉しいよ、だから俺が帰ったらおかえりって言ってくれないかな?」
「はぁ……ほんと昔から頑固なんだから」
道を開け、端によるクローネ。
「ありがとう。クローネのそういうところ好きだよ」
「あら?私が好きとは言ってくれないの?」
「……それはまた今度ね」
好意は持っていたものの、まだ素直になれないアイン。お互いに気持ちが分かっているからこそもどかしさは募り、それはこの数年間続いていた。
「こういう時ぐらいは口にしたほうが女は喜ぶのよ?ちゃんと覚えたかしら?」
「あぁ覚えたよ。……じゃあ行くよ」
クローネが道を開けたことにより、アインはそこを通ることができる。
通り抜ける刹那、クローネがアインのそばに近づいた。
「んっ……さぁいってらっしゃい。女神さまの祝福よ」
「必ず勝てそうな祝福だね、でも口にじゃないの?」
「ふふ、それはまた今度ね」
「なるほどこうして仕返しするのか、勉強になった。ありがとうクローネ、それじゃ行ってくる!」
アインの頬に女神の祝福が授けられた。口に頂けなかったのは少し残念だったが、後での楽しみにとっておこうとアインは心に決めた。
彼が気を引き締めて向かえるよう、弱い姿を見せずに見送ろうと思ったクローネは、決して涙を見せなかった。
だがそれも束の間の事。アインが見えなくなったその瞬間、クローネの頬を涙が伝って行った。
アインは残りの道を走り抜けた。大広間までの階段を一段とばしに駆け上り、ついに大広間へと到着する。
「やぁやぁアイン様。ご機嫌麗しゅう、天気がよろしいですな!ところでこれから散策ですかな?」
こうなるだろうなと分かっていた。でも止められなかった、さぁ本番だとアインは気を引き締める。
相手は元帥、統一国家イシュタリカ最強の一角なのだから。
「やぁロイドさん。天気がいいから外に行ってゆっくりしようかなってね。一緒に来る?」
「せっかくのお誘い申し訳ありませんが。まだ仕事が終わっておりませんからな……」
「それは残念。じゃあ折角だけど俺だけで行ってくるよ」
「それはなりません、護衛が必要ですな。して……どちらまで参るのでしょうか?」
その言葉をきっかけに空気が変わった。バシバシと、ガラスでできた窓も揺らめいているように感じる。
元帥ロイドが発する空気。今までにアインが経験したことのない、比肩するものがないほどのプレッシャーだった。
「お母様にお土産でもって考えたんだ、なら港町マグナなんてどうかなって……だから。退いてくれないかな、皆」
カティマの動きを止めたのと同じものを発したアイン。アインとしても原理どころか、何を使っているのかも頭では理解していない。だがそのもっと奥、言葉にはできないが魂のような場所ではなんとなく理解できていた。
あと一瞬でも遅れれば、ロイドがアインの懐に入り込んでいただろう。瀬戸際でなんとか先手を取れた。
ロイドと共に来た近衛騎士団の面々は、自分に何が起きたのかわからない様子だったが、自分の体の異変を感じ取った。
「封印を破壊した件然り、この動きを止めた術然り。全くアイン様は急にお強くなられたようだ」
「っ……ロイドさんは随分と余裕そうだ。カティマさんは話すのすらきつそうだったんだけど」
「これでも元帥ですからな。ですが……ふむ、この私でも動くのは"きつい"ですな」
そう口にするロイドの額には汗が浮かんでいる。今でも必死に体を動かそうとしているのだろうか。
「それはよかった。ロイドさんが動けない間に、俺は出発するとしようかな」
「勝者が正しい。それに違いはありません、敗者に文句をいう権利などございませんからな。ですがアイン様、ご自身がなさりたいことをしにいくのです。どうかそのことの意味をお忘れなく、それには多くの責任が付きまといますからな」
アインが考えていたよりも、あっさりとロイドは引いた。
動きが簡単に止められたこともアインとしては驚いていたものの、今はそんなことを考えている状況ではなかった、まずは駅を目指さねばならない。
再度足早に外を目指すアイン。ホワイトローズに行き列車に乗るため、全力で駆け出した。
*
「全くもって愉快な方だ」
アインが出て行った後の大広間では、近衛騎士達がまだ体を硬直させていた。ようやく到着したウォーレンが、その姿を目にする。ロイドは一人小さく呟いた後。どうしたものかと考えを巡らせていた。
「何が起こったのかわかりませんが。アイン様が行ってしまったことは分かります。どうにも我らが王太子殿下はオリビア様を超えるやんちゃ具合なようで」
「ウォーレン殿が言う通りだ……さて、ふんっ!」
体に勢いをつけ掛け声を上げたロイド。何かがはじけるような音がしたと共に、ロイドの体に自由が戻った。
「おや?茶番でしたか?」
「そうだと言いたいところですが、残念ながら先ほどは完全に不覚を取りましたな。アイン様との距離が離れたことから、解除できるようになったというのが正しい」
「ふむ……ではロイド殿は何をされたかご存知だと?」
「拘束系の魔法でしょうな。まさかあのような高等魔法を使われるとは思いもしなかった。拘束系は防衛手段があれば弾くのは容易ですが、今はその防衛手段を持っていなかったのが問題でした」
「たしか拘束系は人にしか高い効果が発揮されない系統。魔物の素材を被るだけでも抵抗になるとか」
「その通り。全く……急ぐだけでなく、その防衛手段を誰かに取りに行かせておけばよかったと後悔してしまった」
ロイドは動くのはきついとだけ口にしていた、とはいえ額に汗を浮かべる程のことであったのは間違いない。だがそれでもあの状況で動けたのか、動けなかったのか。それを知るのはロイド本人だけだった。
*
無事に大広間を出て、城門へと走っているアイン。馬車は出せない、さすがに使うことができないだろうし馬も用意するとなると時間が掛かる。
ならば、やはり全力で走って向かうしかないと思った。
「くっそ……ほんっと、馬鹿みたいに広い城だよ。自分の家ながら驚きだ!」
イシュタリカの城、ホワイトナイトはとても大きく、外に出るにもそれなりの距離を進まなければならない。
それが今のアインにとってはひどく不快に思えた。
走り続け、ようやく城門近くにたどり着いたアイン。そこにはアインを待つ人物が居た。
「アイン様。まさか本当にここまでいらっしゃるとは」
「ディルっ……!」
今では城内で騎士として勤めているディル。学園を卒業してからもアインの護衛をする機会は多くあり、今では前とは比べ物にならない程打ち解けた仲だ。
その細身から繰り出される剣は父のロイドと違い、舞うようにその剣を振るう。
彼はまだ若く新人騎士の一員ではあったものの、アインの護衛見習いとして、城内の騎士からも認められる実力の持ち主になっていた。
「止めても無駄だ。俺はこのままマグナに向かう」
ディルが何かを口にする前に、アインは止めても無駄だと言い放つ。
だが結果は、アインの想像とは全く違ったものとなった。
「……御伴致します。さぁこちらの馬をお使いください」
共に行くと言ったディル。陰からもう一頭の馬を呼び、アインにこの馬を使えと言った。
「っディル!?お前俺を止めに来たんじゃ」
「確かに私はイシュタリカに仕えてますが、その前にアイン様個人に仕えておりますから。こんな時だからこそ軽口ぐらい言わせて頂きます。クビになったら、どうかアイン様個人で騎士として雇っていただけると助かります」
ニコッと彼らしい爽やかな笑みを浮かべ、彼は自らの考えをアインに告げた。
騎士を首になったら自分を雇えと言うディルを見て、アインは驚き止まってしまったものの、同じく笑みを浮かべ感謝を口にする。
彼の覚悟もしっかりと受け止める。
「いくらでも雇ってやる。なんならいずれ、俺が私設騎士団を作って団長にだってしてやるさ!馬の用意ご苦労だった、これよりホワイトローズに向かう!」
「はっ!」
*
馬という移動手段を得られたのは僥倖だった。
想定よりも早く、ホワイトローズに到着できたからだ。大通りを馬に乗って疾走したことは、国民に対して強く申し訳ない気持ちを抱く。
いずれ謝罪する機会をつくるべきだなとアインは考えた。
「さぁアイン様進みましょう!馬はここに繋いでいけば結構ですから!」
「あぁ!」
いつもであれば馬車が止まる場所に馬を繋いで駅を進む。
猛烈な勢いで馬でやってきたアイン達を見て、駅の客たちもなにがおきたんだと少し騒ぎ出す。
「っあらあら殿下何事なのこれ!」
「マジョリカ。悪い、ちょっと急用ができてマグナに行くところだ」
「マグナに今から……?って、殿下。貴方まさか」
出かけた帰りなのか、マジョリカとすれ違う。こんな様相を呈しているアインは初めて見たマジョリカは、マグナという言葉を聞いて合点がいった。
「っ……殿下!これを持っていきなさいな!」
マジョリカは一つの布袋をアインのそばにいたディルへと投げつけた。ディルはそれを受け取ったものの、苦しそうにしているためどうやらかなり重いようだ。
「あとで城に請求させてもらいますから遠慮なくどうぞ!今仕入れて来たばかりのヒールバードの魔石よ!」
「……あぁ!ありがとう!」
ヒールバードの魔石は回復に役立つ。せめてもの餞別にと、マジョリカはそれを渡すことにしたのだ。
「アイン様。お急ぎください」
「じゃあマジョリカ、また今度店にお邪魔する!」
「……どうかご武運を」
そして列車を目指して走るアイン、次はなんとかして王家専用水列車を稼働させなければならない。
通常であれば、執事室などいくつかの管理を通さなければ稼働できない列車。それをどうやって動かすかが問題だ。
「アイン様。恐れながら一つ申し上げることがございます」
「なんだ?」
走りながら話しかけてくるディル。
「王家専用列車でなくば間に合いません。ですがその王家専用列車を動かすには多くの手続きが必要です」
「あぁ!俺もそれを今考えてたよ!」
「ただ一つだけ。それを回避する方法がございます」
「っ!?教えてくれ!」
「王族令をお使いください。王族にのみ許された絶対命令権です。ただそれの使い方が不適切だとされた場合、アイン様が王都にお戻りになった際、王太子としての立場を剥奪される可能性もございます」
ディルは可能性と口にした。だが実際剥奪は確実のものとなるだろう。王の命令に背き王太子としての立場がありながら、わざわざ危険な場所を目指し、権利を不適切に利用するのだから。
それでも、アインは笑みを浮かべた。
「それで列車を動かせるんだな?」
「動かせます。ここまでお連れしておいてなんですが、私はそれを使うのを良しとは致しません。わかっていただけますか?」
「……ディル」
「はっ」
アインはディルに再度感謝した。こんなにも自分によく仕えてくれることが嬉しかった。
「護衛を継続せよ。予定通りマグナへと向かう」
ディルはアインがこう言うのは勿論分かっていた。彼なりの最後の抵抗と、助言だった。だが主が覚悟を決めた今、その望みを叶えるために全力を尽くすと心に決めた。
「仰せのままに」
ホワイトローズはその後、その騒動を収めることなく騒ぎは続いた。
そしてアイン達はホワイトローズ駅長の居る場所へと行き、王族礼を使い王家専用列車を稼働させる。
発車後、その連絡を受けたシルヴァード達は連絡機を使い停車命令を出させた。
だがその列車へと連絡は届くことは無かった。なにか電波妨害のような影響があり、列車は停車することは無かったのだ。
*
アインは運転士に命令し、炉を酷使させた。マグナまで持たせることしか考えてないかのような使い方、おそらく到着したら炉を入れ替えないかぎり、再度稼働させるのは難しいだろう。
いつもの半分程度の時間でついた港町マグナ。町はいつもと同じく美しい気候と澄んだ海だったものの、人々の様相は全く違った。
露店は開いておらず、市場もやっていない。皆、海龍のことを聞いて怯えていた。
「最悪の空気だな」
「仰る通りです。ですが海龍といえばそうなるのは仕方ないでしょう。そして今回は2頭……前代未聞の事態に、港町としてもどうなるかわからない事態ですから」
「ディル。お前の考えを聞かせてくれ、クリスさんたちはどれほどの勝率があると思う」
「……おそらく一頭ならばなんとかなるかと。毎回出現するたび大きな被害を作り出す海龍ですが、我々もいくつか準備をしております。その結果出来上がったのがイシュタリカ艦隊ともいえましょう。ですが2頭ともなれば、純粋に倍と計算できないのもあり予想が出来ません」
「あまり濁すな。正直に言ってくれ、2頭目に討伐隊がやられると思ってるんだろ?」
彼の気遣いは嬉しいものの、それでもやはりどう思っているかが気になったアイン。会話を続ける。
「恐れながら。アイン様の仰る通りの結果になる可能性が高いです」
「だろうな。さて……」
アインはどうするかと考え始める、どう現場に向かうかといった問題もだが、それ以上にどう海龍に対処すればいいかも考えなければならないのだ。
「アイン様。どうやって海龍を倒すつもりですか?確かにデュラハンが相手になるならば、海龍といえどなんとかなるかもしれません。ですがアイン様はデュラハンではありません」
城勤めとなり、見習いとはいえ専属護衛になったディルは、アインの暗黒騎士についても話を聞いていた。
たしかに暗黒騎士は強い、とはいえ海龍に決定打となるものを与えられるとは思えなかった。
「なぁディル。海龍の魔石はどこにある?」
「……額の部分に埋まっているはずですが」
「そっか、わかった。さてそれじゃ次に船を用意しなきゃな」
「アイン様!ですからどういった手段で!」
ディルに問いかけられても、アインはそれに答えない。アインなりにどう攻撃するかは考えた、だがその手段は口にする気にはなれなかった。
……そんなアインの懐には、鈍く光る爪が隠されていた。
「ディル。船はどうすればいいと思う」
「はぁ……ここまで来てしまったのですから、もういいです。私はアイン様をお守りするだけですので、それだけはお忘れなく!」
「ははは。ありがとうディル、頼もしいよ」
それはアインの本心だった。
アインは隠しているものの、手足は少しの震えを持っていた。だからこそ自分を守ると言ってくれるディルがいることに、強く安心感を抱けた。
「我が家の、グレイシャーの船を使います。それなりに速度もでますし問題ございません。今日に限って言えば、海龍の影響で海中の魔物も皆無と言ってよいですから、それも問題ございません」
「ほんと用意が良くて助かるよ。ディルが居なかったらどうなってたことか」
「全くですアイン様。ですが最後に教えてください。ただ命を捨てる気なだけならば、私はここでアイン様を止めなければなりません」
彼の最後の確認だった。アインに仕え望みを叶えるために命を賭けるつもりのディルだが、ただ命を投げ捨てるようなやり方ならば止めるつもりでいた。それはなにがなんでも許されなかった。
「……大丈夫。俺は死なないよ、海龍を倒して早く城に帰ろう。お母様にも褒めてもらわなきゃいけないからな!」
こんなときであろうともオリビアへの愛を口にするアインに、ディルは少しだけ安心した。アインがどういう手段を用いるのかは知らない、だが命を捨てるような方法でないことは信じることにした。
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