その頃の"元"家族

 時は少し遡り、ランス子爵が主催する夜会……つまるところ二次会会場。

 夜会と言えば、基本的には大人の貴族のみが参加するものではあるが、お披露目パーテイの日に行われる夜会は、また普段とは違った様相を醸し出す。



「うちの子はすでに獣狩りにも参加したことがあるほど、肝が据わっておりますよ」

「おぉそれは素晴らしい。ちなみに我が娘と言えば、発想が豊かでしてな……歌を詠むのもまた上手でして」



 いわゆる見合い会場に早変わりする。

 どの貴族も我が子のアピールに勤しみ、よりよい身分の子や、容姿才能に優れた子との縁を結ぶために凌ぎを削る。

 基本的に、身分が下の貴族家からは、上の身分の人間へのアピールは無礼に当たるが、あいさつ回りと称してアピールを織り交ぜていくのが皆の常識だった。



「グリント、今日のお披露目パーティはどうだったのですか?」



 グリントに話しかけるのは祖母のイシス。



 朝の出発にはイシスはラウンドハート一行として共に王都には向かっていなかった、遅れて到着した。

 そのため夜会から顔を出している。



 もっとも、イシスにとってはお披露目よりも夜会のほうが重要だったため、さほど問題はなかった。



「お婆様!」



 グリントはイシスにとても懐いている。

 イシスはアインへの対応とは違い、グリントへは常に優しく微笑みを切らさない。

 遠出した際にはアインへは渡すことは無かったが、グリントへは必ず土産も用意するなど、溺愛に近い感情で接している。



「母上、到着なさっていましたか」


「えぇちょっと前にね。少し知り合いに挨拶をしてから来ました」


「お義母様、馬車での長旅お疲れ様でございました」


「えぇアルマさん、アルマさんも長い時間パーティ大変だったでしょう?お疲れさまでしたね」



 昔の話をすると、イシスはオリビアにも優しく接している時期はあった。

 イシュタリカという大国からとある事情によって、ラウンドハート家に嫁いできてくれたオリビアには、非常に大きな期待をしていた。



 ただその期待が、待望のラウンドハート家長男が持っていたスキルによって粉々に打ち砕かれた。



 その後はほぼ対照的と言っていいほどに対応は冷めていった。

 話し方は刺々しくなり、孫のアインにも顔を見せることもめっきり減り、イシスがオリビアと会話することは用事があるとき以外はゼロに近かった。



「いえそんなことはありませんよ。だって大事な大事なラウンドハート家の跡取り……グリントの将来が掛かっているのですから」


「ふふ……そうでしたね」



 対照的にアルマへの態度は、目に見えてわかるほど良くなった。

 アルマはハイム王国にある男爵家から来た第二夫人、側室のようなものだった。

 そのためイシスとしても特別冷たくすることは無かったが、当初の正妻であったオリビアへの態度ほどにはよいものではなかったが……。



 だがグリントが産まれ、その才能が聖騎士だった時……イシスの中での次期当主の考えなどは一気に傾いた。



 今となっては立派に跡取りのグリントを育て、イシスへも気遣いができるアルマは最高の第二夫人となった。

 第二夫人ではあるが、イシスの中での事実上の正妻となったのは否定できない。



「ところでアルマ。オリビアはどうしているのだ?」


「旦那様……?言ったでしょう、今宵はグリントのための会だと」


「だが声をまるっきり声をかけないというのもな、少し悪い」



 両親が会話をしているため、自制して静かにしていたグリントだったが、父がオリビアを……アインを気にしているのを聞いて、顔を顰める。



「お父様……俺だけでは、駄目なんですか」



 グリントのそのつぶやきはローガスには届かない。



「ローガス。貴方も一応は納得したことでしょう?」


「……えぇ、ですが」



 アインとオリビアが聞いていなかった夜会の事。

 事前に3人で相談していたのだ、その時にはアルマとイシスがアイン達に恥をかかせてはいけないと、ローガスを丸め込むような形で決着が付いた。



 ローガスの中でも、アインを後継にあてることができないことや、表に出すことは控えなければならないことは理解していた、大貴族としての宿命や責任、様々な感情が頭の中を巡っていたが……結果としては恥をかかせてはいけないといった言葉に甘えてしまった。



「私たちも悪いとは思っているんですよ。だから私たちも少しお詫び……みたいなものですけど、宿にご馳走をいくつか送ってますし」



 アルマが言うご馳走を送ったという話、これは本当だ。

 アインがこれで機嫌が良くなれば、息子を溺愛しているオリビアならば大事にするほど怒らないと考えていたから。



「ならば……まぁ、仕方がないが」


「ローガスもわかっているでしょう、立場を明確にしなければ、アインにとっても可哀相な事となるのですよ?」


「お義母様が仰る通りですよ旦那様?今から少しずつ理解してもらわなければ、いずれ大きな問題となることもあり得るのですから」


「うむ、確かにそうだ。貴族としては能力主義な所は否定できぬからな……」



 正直、母と妻の言葉に甘えっぱなしなのは頭の奥では理解していた。

 だがそれを止めることはできない。

 貴族として、家の繁栄や領地のためを思えば、有能な子を当主に添えなければならないからだ。



「わかっていただけたみたいで嬉しいです」


「ローガスは子供のころからできる子だったものね、当然だわ」



 イシスとアルマが、ローガスがようやく折れてくれたのを確認し、ローガスを持ち上げるように話しかける。

 そうしてローガスがこの件を気にしなくなっただろう頃合いを見てか、一人の女性が話しかけてきた。



「あらイシス様!お久しぶりですわ」


「あらあらナークラ様!お久しぶりでございますわ、お元気そうで何よりです」



 ラウンドハート家を見つけ歩を進めてきたのは、王都に住むブルーノ侯爵家のナークラ。

 ブルーノ家は、代々優秀な文官を輩出してきた名家で、現在の当主エイド・ブルーノも法を司る大臣をしている。

 そしてこのナークラはそのエイドの母であり、社交界でも有名な女傑である。



「これはナークラ様お久しぶりでございます」


「名高き大将軍ローガス様にそう仰って頂けるなんて、私もまだ捨てたものではありませんね?」


「ははは、お戯れを」



 ローガスがナークラと和やかに話しているのを見て、アルマが少し焦りながら自己紹介をする。

 女傑として名高いナークラを相手に、失礼がないようにと緊張しながら。



「お初にお目にかかりますナークラ様、私はラウンドハート家第二夫人であります、アルマと申します」



 アルマはナークラと出会うのは初めてだった。

 オリビアと違って第二夫人だったアルマは、社交界に顔を出すこともあまり多くなく、今日のお披露目パーティでもあいさつをする時間も多かった。



「えぇ初めましてアルマ様。お名前はここ王都でもよく耳にしますわよ?なにせ聖騎士となるご立派なご子息をお産みになられた、聖母だと」


「まぁ……そんな恥ずかしいですわ、私程度がそのような名で呼ばれるだなんて」


「真実だと思いますわ、ところで……あぁ失礼しました、私としたことが無礼を働いてしまいましたね」



 アルマへの噂を軽く口にしたナークラ、彼女が話を変えてくる。



「初めましてグリント様?私はナークラと申します」


「っ!……は、初めましてナークラ様。俺はグリント・ラウンドハート……次期当主に指名されております」


「まぁご丁寧な挨拶ありがとうございます、次期ご当主様」



 イシスは微笑む、ナークラのような女傑が、グリントを目にかけてくれているのがわかったからだ。

 今までのナークラならば、挨拶はしてもこのように丁寧に……子供を立ててあげるような話し方はしない。



「ところでナークラ様。エイド大臣は本日はいらっしゃらないのですか?」



 ローガスが尋ねる、夜会の場においてナークラが一人でいるのが不思議に映っていた。



「えぇ実は……あぁこちらに歩いてきてますわ。ランス子爵に挨拶をしに行ってたものですから、ホストに挨拶をしない無礼はできませんものね」


「あぁなるほどそういうことでしたか」


「グリント、もう一度しっかりとご挨拶するのよ?」


「はいお婆様。ラウンドハートの名に泥を塗るような真似はいたしません」


「ふふふ、よくできたお孫さんですねイシス様」


「えぇ私には勿体ないほど、立派なよい孫に育ってくれましたの」



 こうした会話をしているとエイド……エイド・ブルーノ大臣が到着した。

 エイド大臣が連れているのは一人の赤毛の女の子、少し釣り目勝ちで勝気な印象を受ける、この女の子は夜会の中でも十分に可愛いといえる子だった。



「ローガス大将軍。今宵は戦ですかな?」


「何を申されますエイド法務大臣殿、そちらこそその様に正装をして……裁判でもありますかな?」


「はっはっは!いや申し訳ない。実は一人娘を連れてきましてね、娘の前でぐらいカッコつけたい訳ですよ」


「なるほどそうでしたか、実は私も息子を……跡取りを連れてきております、そのため今日ぐらいは父の威厳を見せつけてやろうかと」


「ふむ。では似た者同士だったということだな」



 エイド大臣は法という厳格でなければならないものを司ってはいるが、私生活における彼の人となりは、なかなかに話しやすい人物だった。



 軍と法務、通常あまり関わることがない部署同士ではあったが、それでも王城やこうした夜会などのパーティで、幾度も顔を合わせることがあり、関係は仲の良い友人のようなものだった。



「お初にお目にかかりますエイド法務大臣殿。私はアルマ、アルマ・ラウンドハートと申します。第二夫人の身ではありますが今宵のパーティに出席させていただいております、どうぞお見知りおきを」


「これはこれは……今話題の聖母殿にそのように下手に出られては困りますな。エイド・ブルーノと申します。ローガス殿とは懇意にしていただいております、どうぞアルマ殿もそうしていただけると嬉しいものですな」



 アルマは少し困惑した。

 息子のグリントが聖騎士をもって産まれてくれたおかげで、こうまで有力人物にも持ち上げてもらえるだなんてと。

 それと同時に多少の優越感と、私は選ばれた人間だったと自らの運命を祝福した。



「グリント、さぁご挨拶を」


「初めましてエイド様。私はグリント・ラウンドハートと申します。父共々よろしくお願い申し上げます」



 アルマがグリントに挨拶をさせる。



「初めましてグリント君……さぁアノン。お前もご挨拶をなさい」


「えぇお父様……初めましてラウンドハート家の皆さま。私はアノン・ブルーノと申します、今宵この場で、大将軍と名高いローガス様、そして聖母と呼ばれるアルマ様……未来の天騎士と噂されるグリント様、そんな方々とお会いできて光栄です」



 年齢はグリントより二つ上といったところか、アノンと名乗ったブルーノ家の女の子はローガス、アルマ、グリントの三人を自己紹介とともに称えた。



「これはご丁寧な挨拶痛み入りますわ、私はイシス。現当主ローガスの母です、よろしくお願いいたしますね」


「初めましてイシス様。英雄の母と呼ばれる方とお会いでき、光栄の至りです」


「まぁ……嬉しいことを言ってくださいましてありがとうございます」



 さすがは法務大臣の子と言ったところか、礼儀作法に関して言えばまさに完璧だった。

 大人びているラウンドハート家の長男アインと比べても、遜色がないように感じる。



「うちの子もなかなかよいでしょうローガス殿」


「えぇお見事ですな。このようなご立派な挨拶をしていただいては恐縮してしまいますな」


「あら大将軍を恐縮させるだなんて、うちの孫娘の将来も大変ですわ」



 歓談が和やかに進む。

 だがやはりエイド大臣は考えがあったようで、時が来たといわんばかりにそれを口走った。



「あまり長々と前置きを話すのも性に合いませんな……ローガス殿、それでは単刀直入に申し上げる。

 我が娘アノンとグリント殿の婚約をお願いしたい」


「……本気なのですか?」



 正直ローガスにとっては想定外だった。

 文官であろうとも、特殊な才能を生まれ持つのは当たり前だが、そのブルーノ家とラウンドハート家の相性、それがいいものとは思えなかった。



 聖騎士は戦の場において、オンリーワンと言える才能だ。



 エイド大臣が生まれ持ったのは真偽というスキルで、嘘か真かを見極めることができる。

 とても強い能力に思えるが、もちろん弱点もあり……下準備が面倒だ。

 相手と一対一になれる空間におり、外の音をほぼ完全に遮断しなければうまく真偽を見極められない。



 とはいえ強力なのに違いはない、だが真偽と聖騎士を掛け合わせたとき、それが例えば聖騎士と身体強化などといった能力と比べれば、戦場で強いのは確実に後者だろう。



「あぁ腹芸をするのも嫌だからな、もう最初に説明させてもらおう。たしかに文官系といわれるスキルでは相性はよくないのは私もわかっているのだ。だがアノンは違う……グリント殿と同じく特別な才能を得て生まれた子なのだよ」


「そういえばお伺いしたことありませんでしたね。エイド大臣……それはどのような?」



 興味を抱いたローガスがそれを訪ねる、あのエイド大臣がこうまで推してくるのだから何か特別な能力なのだろうと感じた。



「アノンご説明してさしあげなさい」


「はいお父様。……ローガス将軍、私の生まれ持ったスキルは"祝福"。私の旦那様となる方を聖なる力で更にお強く、神々しくすることができるものでございます」




 *




 結果だけ伝えると、この縁談はこの後素直にまとまった。

 イシスがもろ手を挙げて許可、応援。そしてアルマは言わずもがな……アノンのことを気に入っていたグリントも文句を言うことなく話は決まった。



 アノンは祝福が自分のスキルと伝えた後、私は英雄の妻になりたいのです……と、そうグリントたちに伝えた。

 その言葉も好印象だった。



 この後、ラウンドハート領から渡り鳥を使っての緊急便が届き、その内容がローガスに告げられる。

 送り主は勿論、第一夫人であるオリビアからだった。

 ローガスは驚愕の表情を浮かべ、様々な感情が入り乱れ落ち着きを失ったが、母と妻のフォローや息子の縁談が最高と言ってよいほどの結果で決まったこともあり、比較的早く持ち直す。



 アウグスト大公はこの手紙が夜会会場に持ち込まれる前に、大公家の者を使いその内容を確認していた。

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