サトルの1週間

@happynote3966

Day1

サトル:「…ねむい」

朝。幼いながらにして一人暮らしのサトルは、目覚ましが鳴るよりも前に起きてしまっていた。

サトル:(まだ寝ていたいけど…今日も仕事だし…)

仕事のことを考えると、今ここで二度寝をするわけにもいかなかった。そうなれば、確実に遅刻だ。働きに行っているというより、働かせてもらってる身なのだから。

サトル:(起きよう…pwnでもしてれば目が覚める)

起きてもすぐにCTFのことしか考えていないようだった。彼にとってはゲーム感覚で、毎日習慣にするまでもなく「やりたいこと」なのだ。

ベッドから起き上がり、足を下ろす。わずかに指先が届く程度の高めのベッドで、足が安定しない。ベッドはルシから変えるように言われていたが、面倒だったからしていないらしい。

立ち上がってさぁラップトップのある机に向かおうとしたその時だった。

サトル:「わっ」

立ち上がる勢いで不安定な足元がさらにぐらつき、バランスを崩してしまった。寝起きの彼はそれほど運動神経が良くない。いや、誰だって寝起きは良くないものだが、彼のそれは特にひどかった。今更どうしようもなく、そのまま下手くそな受け身で地べたに落ちていく。

サトル:「ぶっ」

綺麗なフローリングとはいえ、地べたとキスをしてしまう。顔面からダイブした感想は、当然痛いものだったが、寝起きだからか鈍い痛みしか感じなかった。

サトル:(朝からついてないなぁ。ルシ先輩の言うこと聞けばよかった)

眠気の強い朝にはちょうどいい目覚ましなのかもしれない。ただこれでは目覚めが悪すぎる。早く好きなことをして気晴らししよう。両手で腕立ての要領で起き上がり、そのまま着崩したパジャマのまま机に向かう。こちらはちゃんと高さのあった机だ。

サトル:「ん…ふぁ~」

カチッ。あくびをしながら、昨日のサスペンドした状態のPCを起動する。興味のあった資料を読み込んでいたら、時間が経って眠くなってしまったのを思い出した。読めば読むほど引き込まれる資料だったために、時間の経過を忘れてしまっていた。

サトル:(そういえば、変わった攻撃手法だったなぁ…この人誰だろう?)

技術的な興味から人の興味へ移る。資料の作成者の情報を探し、その人のソーシャルアカウントをチェックしてみた。

サトル:「すごいなぁ…フォロー」

取りあえずフォローしておく。ついでに、気になったアカウントもフォローしていく。それとなく飽きてきたら、また資料を読み返す。気づいたら、出社するのにちょうどいい時間になっていた。

サトル:(お腹すいたな。食パンでも食べよ…)

身体を大きく伸ばし、そろそろ出社の準備をし始める。今日は牛乳を電子レンジで温めて、ホットミルクも一緒に飲もう。ジャムはいちごで決まりだ。

そう思ってキッチンに向かい、冷蔵庫の中身を空けてみる。

サトル:「あれ、ジャムが無い」

お気に入りの小瓶が見当たらない。そういえば、結構前に買っておかないといけなかったことを思い出す。

サトル:「はぁ…仕方ない」

結局、この日はジャムを諦め、朝食を取らずに家を出発することにした。



寝グセを直さないで、頭の毛がぴょんと飛び跳ねた少年が地下鉄の上り階段を上がってゆく。近くには小学校があるが、その登校する児童を横目にして通り過ぎてゆく。彼らは元気に階段を駆け上り、地上の小学校を目指す。その様子は競争しているようで、小さな子が発する特有の甲高い声を上げていた。

おなじくして、小学校に通ってもおかしくの無いサトルがようやく地上に到達する。両肩に背負っているのは彼が大切にしているノートパソコン。その他にも外部の接続部品などを持ち歩いている。

彼が向かう先は小学校ではなく、とある雑居ビルのフロア。そこにいる受付の人に話しかける。

サトル:「おはようございます、マコさん。社員証を下さい」

マコ:「おはようございます、サトル君。今日も一日頑張りましょうね!」

五月蠅くなくて、ちょうどいいぐらいの声量でエールをくれるマコさん。この人はこのビルの受付嬢をしている人だけど、本当は僕たちと同じ社員。別の会社の受付業もこなしている。見た目はとても素敵な女の人。だけれど…

サトル:(これで男の人なんだもんなぁ)

女性に対する知識が乏しいサトルでも、この人は美人だと分かってしまう。化粧っぽいことをしているのだろうけど、それほどひどく感じない。サトルは地下鉄でもっと化粧のひどい高校生を見たことがあるため、比較できていた。

マコ:「はい、社員証。あと私からプレゼントですよ」

そう言ってマコは綺麗な爪先でつまんだチョコレートを渡す。包装紙でなんとなくわかる、高級なチョコレートだ。

マコ:「昨日コティバのチョコレートを見に行ったんですけど、とっても美味しそうなものを見つけちゃって。あっ、オフィスにも置いてあるので、良かったら食べてくださいね!」

サトル:「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます」

マコ:「行ってらっしゃい~」

どんなに綺麗な人でも、中身が男と分かっていると、全くもって照れることがなかった。



社員の絶対数が少ないため、一度管理ゲートをくぐっても誰もいない。ほぼ無人だ。

カケルもルシもいない。だがあらかじめタスクは分かっているので、今日はラボにこもって仕事を始めることにする。

ラボのデスクにカバンを置き、真っ先にラップトップを取り出す。今日の業務はとある企業のWebアプリケーションの脆弱性調査だった。

ラボにはいくつかの検証機材と、ネットワーク設備の音でそれなりにうるさい環境となっている。機器の冷却のため、やや冷える室温だが、サトルはしっかりと長袖の服を着ていた。

OSが起動し、サトルの作業環境が整う。早速乾いた打鍵音が鳴り響いていく。

今回の脆弱性は比較的簡単に発見できるものだった。一部のページにディレクトリトラバーサルの脆弱性が見つかる。修正方法とその検証作業、そしてまとめを報告書として作成していく。その次はOSコマンドインジェクションの脆弱性だった。メールアドレスの入力機構のサニタイジングが不完全で、特殊なアドレスを指定するとOSコマンドが呼び出せるものとなっていた。

まだまだ脆弱性は見つかりそうな雰囲気だった。時間はあるが、それでも今日中に終わらせていきたい。しばらく作業をしていると、画面の隅にホップアップが現れる。

カケル:『よ おつかれ』

先輩で、師匠と呼んでいるカケルからのメッセージだった。チャットアプリケーションを起動し、その問いかけに対して返信を書く。

サトル:『お疲れ様です、先輩』

カケル:『今オフィスに到着した これからメシでも行くか?』

ご飯のお誘いだった。時間を見るとちょうど正午頃。お昼御飯にはぴったりの時間だった。朝から何も食べていないサトルは空腹を忘れて仕事をしていたが、今更になってお腹が鳴りだした。

サトル:(今からか、どうしよう。まだ仕事の途中なんだけど)

正直今から行っても仕事は間に合うが、カケルと一緒に行くといたずらをされることが多く、あまり乗り気ではなかった。

カケル:『前みたいにイタズラしないから』

その心を読んだのか、続いてメッセージが届く。しかし、サトルは信用していなかった。

サトル:(何されるかわからないし)

サトル:『今日は遠慮しておきます。お昼は一人で食べます』

丁重なお断りをした。今日はこれを終わらせて、早めに家に帰ろう。スーパーでジャムを買って、何かお惣菜でも買えばお腹も満たされる。そう考えて返信した。

カケル:『つれない弟子だねぇ :( \-1\ 』

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