「この小さくなった瑞葉みたいなのは何だ?」

「式神です。小さいですが人並みの力があります。これを四十匹作りました。つまりは人海戦術です」

 瑞葉が腕を組んで胸を張る。

 ちび瑞葉――式神たちも同じく腕を組んで胸を張った。

「さあ式神さんたち! 手分けをして、この本の山を片付けるのです!」

 瑞葉は左手を腰に当てながら右手をびしっと前に突きだし、テンションの高い声で式神たちへ命令を下した。

「「「みーっ!」」」

 手を挙げながら、式神たちが声をそろえて鳴いた。

 ――鳴き声はコンではないのか。公継は心の中でつぶやいた。

 式神たちが一糸乱れぬ動きで手分けをして本の山を片付け始めた。崩れそうなところを一匹が支えながら、他の式神が本を拾い上げて運び、それを適当な本棚に並べていく。みるみるうちに瓦礫のように散らばっていた本の山と、転がった段ボールが片付いていった。

 十五分ほど経ったころには元通りどころか、元よりもきれいに整頓された状態になっていた。

「その次は掃除です。本棚の埃をとっちゃってください」

 瑞葉が柏手をひとつ打つと、ぼふんという音とともに式神たちの手の中にミニチュアサイズの箒が現れた。

「「「みーっ!」」」

 再び式神たちが元気よく声をそろえて鳴く。

 ――そういえば実際の狐の鳴き声はコンではないと聞いた気がする。公継は心の中でつぶやいた。

 式神の体の小ささは掃除には役立つらしい。目に見える場所だけでなく本棚と本棚の隙間だったり裏だったりと、細かな隙間にも入り込んで埃を掃きだし、かきあつめていく。

「どうですか。これが幽世の技術です」

 瑞葉はとても得意げに笑っていた。

「すごいな」

 公継も瑞葉も、ただ立って見ているだけで片付いていくのだ。しかも二人で作業をするよりも素早く、である。瑞葉が式神を出してから三十分、公継は何もしていない。式神を可愛いと思ったり、鳴き声がコンではないことを不思議に思ったり、手際の良さに驚いたりしていただけだ。

 ふと公継が隣を見ると、あらかた片付いて人手が浮き始めたのか、本棚の上で式神が一匹、正座でくつろいでいた。

 ――今なら触っても怒られないだろうか。

 不真面目な考えが公継の頭に浮かぶ。

 公継はちらりと、横の瑞葉を見た。

 彼女は相変わらず得意げに満面の笑みを浮かべているだけだった。公継が横目で見ていることに気づいていない。

 そっと、おそるおそる、公継の手が式神の方へのびる。

 指先が耳に触れる。

 柔らかくて、ふわふわしていた。

「……うん?」

 瑞葉の耳がぴくりと動いた。

「ど、どうしたんだ?」

 公継の声がうわずる。

「いえ、急に耳が少しくすぐったくなって」

 瑞葉は不思議そうに首を傾げる。

 まさかこの式神と瑞葉は感覚を共有しているのだろうか。

 公継は式神の頭を指の腹で撫でた。式神が気持ちよさそうな顔で小さく「みー」と鳴く。可愛い。

「ひゃっ!?」

 その一方で瑞葉がびっくりしたように頭を押さえ、周囲を見回す。

「だ、だれか私の頭を触りましたか!?」

 確定だった。

「なあ、瑞葉」

 公継は式神を掌に乗せて持ち上げる。式神がきょとんとした顔で「み? み?」と鳴いた。

「なんですか、公継君」

「式神と瑞葉の感覚って、つながってるのか?」

「いえ、そんなわけはないはずですが――」

 公継は式神の頭を掌で思い切り、しかし優しい手つきで撫で回した。「みー」と、気持ちよさそうな顔をした式神が嬉しそうに鳴いた。

「――へ? へ? へ!?」

「今、誰も瑞葉には触っていない」

「わ、分かりましたから、そろそろやめてくださいぃ!」

 瑞葉の顔が真っ赤になっていた。

 公継そっと式神から手をよける。少し名残惜しそうな式神の鳴き声が聞こえた。

「これはおかしいことなのか?」

「この子たちはそういう風には作っていませんから……」

「みー!」

「み! み!」

 元気のよい式神たちの鳴き声が聞こえた。

 掌の式神とは別の式神の声である。

 見ると、式神が二匹、を追いかけていた。

「瑞葉、あれはどういうことだ?」

「式神が式神で遊んでいます。わけがわかりません」

 よく見ると、その二匹だけではなかった。窓の縁に乗って外を見ながら耳をぴょこぴょこ動かしている式神がいるかと思えば、どこから持ってきたのか、日の当たるところに布団を敷いて寝ている式神もいる。

 真面目に掃除をしている式神は一匹もいなかった。

「おーい、お前ら頑張ってるかー」

 様子を見に来たらしい権藤先生が突如、大声を出しながら入って来た。

 そして第二図書室に入った拍子に、追いかけっこをしていたうちの一匹を無造作に蹴飛ばした。

「――――っ!?」

 頭を蹴飛ばされたらしい。瑞葉が悶えながら頭を抱えた。

「どうしたんだ樟倉寺、大丈夫か?」

「な、なんでも、ないです」

「さ、さっき本が落ちてきて頭を打っちゃったんですよ」

 さすがに「今しがた先生に蹴飛ばされたました」とは言えなかった。

「保健室に行かなくて大丈夫か?」

「あともうちょっとで終わりますから、その後に連れて行きます」

「そうか。まあ、無理しない程度に頑張れよ」

 ほどほどになと心配そうに言って、権藤先生は帰っていった。

 きれいになった部屋にも、あちこちに居るちび瑞葉にも気づいた様子はなかった。いや、下手に気づかれていたら面倒ではあったのだが。

「いたたた……。完全に、この子達と感覚を共有しているみたいです」

「様子がおかしいし、妖術を解いた方がいいんじゃないか?」

「そうですね。掃除もほとんど終わってるみたいですし」

 瑞葉は柏手をひとつ打つ。

「――還りなさい!」

 しかし変化はなかった。

 再度、柏手を打つ。

「還りなさい!」

 だが式神たちが還る様子はなかった。寝ている式神は寝続けていて、窓の外を見ている式神は何を見ているのかは分からないが楽しそうにしていて、蹴飛ばされた式神はまた追いかけっこを始めている有様だ。

 瑞葉は必死に、何度も手を打った。

 だが瑞葉の手が赤くなるだけだった。

「仕方ありません。こういうときは!」

 瑞葉はしゃがみこんで鞄の中をあさり始めた。何かを探しているようである。もしかしたら緊急用の、例えばお札とか、そういったものだろうか。

 彼女が取り出したのはスマートフォンだった。

 まさか妖術がアプリ化しているのだろうか。

「おばあちゃんに電話です!」

 実に原始的で現実的な解決方法だった。

「……幽世に電話って通じるんだな」

「失敬な! 幽世にだってアンテナは立っています。工事済みです。圏内です。ついでに言うとおばあちゃんもスマホです」

「マジかよ」

 公継が想像していた幽世のイメージが少し壊れた。狐の耳と尻尾が生えた小さなお婆さんが、縁側でスマホをぽちぽちしている光景が公継の脳裏に浮かぶ。なんとなくシュールな光景だった。

「――あ、もしもし、おばあちゃん? 瑞葉です」

 実は、と瑞葉が電話の向こうの祖母に話し始める。即座に「たわけ!」という声がスマートフォンのスピーカーから響いた。彼女の祖母の怒鳴り声であろう。隣の公継にも聞こえるほどの大きさだった。

「ご、ごめんなさい!」

 瑞葉の耳が伏せられる。

 そういえば瑞葉の耳は狐耳であるから、人間と違って頭の上のほうについている。しかし今の彼女はスマートフォンを公継たちと同じ位置に持って話している。

 あれで聞こえているのだろうか。

 とはいえスピーカーを耳の方に近づけたら、今度は口が遠くなってしまうのかもしれない。

「ひいいいいいいい! いますぐやりますうううう!!」

 悲痛な叫び声を出しながら、瑞葉は通話を切った。

 そして公継の手の上でのほほんとくつろいでいた式神をひったくるように掴んだ。「みゃっ!?」と小さな悲鳴が上がる。

「還りなさい!」

 ぼふん、と音がして、掌の中の式神が消えた。

「あ、還せた」

 なるほど、すべての式神を一度に還すことはできなくとも、一匹ずつであれば還せるらしい。

「けど、どうしたんだよ、急に叫んで」

「この子たちをすぐ還さないと、私、この子たちの式神にされちゃいます……!」

「どういうことだ?」

「そういうことなんですううう!」

 公継にはまるでわけがわからなかったが、ともあれ、やはりただごとではなかったのであろうということだけは、瑞葉の慌てようから察せられた。

「お願いします! この子たちを捕まえるのを手伝ってください!」

「それは構わないが」

 やはり妖術というのはろくなことが起こらない気がする。

 公継は苦笑した後、図書室を見回し、とりあえず真っ先に目についた、追いかけっこをしていた二匹をわしづかみにして拾い上げた。

「ひゃんっ!?」

 瑞葉が変な声を出した。

 そういえば感覚を共有しているのだった。

「もっと優しくつかんでください……」

「ごめん」

 頬を膨らませる瑞葉に、公継は再び苦笑を浮かべた。

 ともあれ二人は手分けをして第二図書室の隅から隅までを見て回った。本棚の隙間や裏側に至るまでを細かく探し、呼んでみたり、手招きしてみたり、たまたま持っていたお菓子で釣ってみたり、逃げる式神を追い立ててみたり、ぼうっとしている式神を普通に捕まえてみたりと、一匹一匹確保し、還していった。

 そうして捕まえて還したのが合計三十四匹。

 つまり六匹足りない。

「まだどこかに居るはずです!」

 二人は改めて、式神が隠れられそうな場所を探したが、見当たらない。

「どこに行ったんだ……?」

 その時、今までどこに隠れていたのだろうか、一匹、とてとてと小走りで二人の目の前を横切っていった。

 ぴょんとひとつ跳んで、窓のサッシに乗って、ちらりと二人を見て――窓から軽々と飛び降りて消えた。

「公継君。今、私、気づいたことがあります」

「……何だ?」

「どうやら私、あの子たちが近くに居たら、それが分かるみたいなんです」

「そうか。それでどうしてそれに今気づいたんだ?」

「残り六匹がこの部屋に居ないなって気づいたからです」

 思えばずっと窓もドアも開けっ放しだった。

 二人は慌てて第二図書室から飛び出した。

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