空想妄想読書紹介

雑賀偉太郎

赤い短剣1 -オリエンタル・カース-

 今回、私がご紹介するのは、『赤い短剣 第一巻 オリエンタル・カース』です。


 この小説は、現在十二巻まで刊行されている『赤い短剣』シリーズの第一巻で、伝奇物作家として人気が高い新見良遠 あらみよしとおの代表作です。この小説のジャンルも彼の得意とする現代伝奇小説で、超常的な色彩に彩られたストーリーが展開されます。しかしそうした作品でありがちな荒唐無稽さは感じさせず、作者が持つ神話や魔術・オカルト方面の豊富な知識を背景に、強いリアリティを感じさせる作風が最大の特徴です。

 主人公の名前から『天岸九郎 あまぎしくろうシリーズ』とも呼ばれています。


 第一巻の物語は、主人公の天岸九郎の元に一体の偶像が持ち込まれた所から始まります。

 彼は鉄製のこの像を、意匠から古代ペリシテ人によって作られたダゴン神の像であり、加えて強力な呪術が施されている事を看破します。呪いは像の今の持ち主に向けられており、放置すればいずれ発狂に至る危険なものでした。

 主人公はこの呪いを解くために、像の出所である中東に旅立ちます。

 彼はそこで遭遇する様々な超常的な脅威を、魔術の知識と機転を武器にしてかいくぐりながら調査を進めます。

 そして山奥に隠れ住む、ペリシテ人の末裔と称する少数民族に辿り着きます。当初は像の本来の持ち主であった彼らと衝突しますがその後和解し、彼らの信頼を勝ち取ります。

彼らの協力を受けた天岸は、ダゴン神との対峙を経て、ついに像に掛けられた呪いを解くことに成功する―― というのが一巻で語られたお話でした。


 第一巻はダゴンが登場しているところからもわかるように、ずばり言ってクトゥルフ物です。しかし、クトゥルフ物では少し珍しく、中東を舞台にしており、この神がラヴクラフトによってクトゥルフに取り入れられる前と後、両方のディテールがふんだんに盛り込まれた重層な構造になっています。

 第二巻ではカリブの海賊とブードゥー、第三巻ではインドネシアのバロンとランダ伝説といった具合に、巻ごとにガラッと雰囲気が変わるのもシリーズの特徴です。

 作者が得意とするアジアの魔術を題材にしたエピソードが最も多いので、東洋オカルトに興味がある方には特に強くオススメしたいシリーズです。


 このシリーズでは、主人公の天岸九郎が知性とウィットに富んだ語り口で、実在する古今東西の魔術に関する知識について講釈するシーンが各話の恒例になっています。巻ごとに異なった様々な時代や地域の神話・宗教・魔術や伝承について、専門家もうならせるディープな内容が、小説という媒体に惜しげもなく投入されています。

 第一巻では、日本語の文献がほぼ存在しないような、中東のマイナーな宗派についての記述が特に出色でした。


 天岸九郎というキャラクターは、作者本人がモデルになっており、天岸の口を通して作者自身の魔術知識が語られるシーンは、ファンの間では敬愛を込めて「新見のイタコ芸」などと呼ばれています。

 

 作品そのものと天岸九郎の魅力もさることながら、実は作者の新見良遠自身もかなりエキセントリックな魅力を持った人物として有名です。

 現在三十代の彼は、二十代の頃にバックパッカーとしてアジアを歴訪しており、その時に各地に実在する秘密結社のいくつかと接触を持ったのではないか―― と言う噂がよく語られます。

 本人はこの噂について否定も肯定もしていませんが、当時まだ無名だった彼の足跡は不明な点も多くあるので、まったくあり得ない話とは断じきれません。

 付け加えるなら、海外の魔術師や結社の代表を名乗る人物から、名指しで彼を批判する声明が出されていることは確証の取られた事実です。

(余談になりますが、魔術師を名乗って生計を立てていた実在人がいたのは、厳然たる事実です。著名なところではA・クロウリーなどですが…… しかし彼らが、本当に魔術と呼ぶに値する何かを行使できたのかどうかは、見解の分かれるところです)


 ちなみに新見良遠は、インタビューなどでは、オカルトの類は一切信じておらず、そういったものは空想として楽しむものだというスタンスを表明しています。

 しかし、過去にはネットのリークサイトに、魔術結社による暗殺指令書だとするテキストが流された事件もあり、オカルトを信じないというスタンスは、身を守るための方便にすぎないという説も根強く存在します。

 一方で、これらすべての動きが作者による壮大な仕掛けであると見るファンもいます。

 真実は定かではありませんが、こうした作品の外から聞こえてくる虚実入り乱れた情報を追いかけて様々な想像を巡らせるのも、新見良遠ファンにとっては大きな楽しみの一つになっています。


 魔術と言う現実離れしたものを圧倒的なリアリティで描き出すことによって、現実と虚構の垣根を取り払ってしまう『赤い短剣』シリーズは、読者の現実感を揺さぶって、ある種の麻薬的な読書体験をもたらす稀有な作品です。

 また、各巻の美しい表紙絵も非常に作品にマッチしていて、これだけでも一見の価値があります。第一巻はシリーズタイトルにもなっている、生贄の儀式に使われて赤く染まった短剣のイラストが表紙です。少しホラーテイストでありながら幻想的な風合いも感じさせる素敵な表紙なので、書店で見かけた際はぜひとも一度手に取ってご覧ください。

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