Epilogue

・1・


「……ん、ここは……」


 その少女は静かに目を覚ました。


(……あったかい)


 見ると、自分の手を握ってくれている少年の姿がある。ボロボロの、普段見ない喪服のような黒いスーツを着ている。

 祭礼桜子が心の底から愛してやまない式美春哉が側にいた。彼を視界に捉えた途端、自然と口元が緩んでしまう。


「私とお前の魂は完全に一体化している。故にこの結果は必然だ」


 ベッドの向かい側に女の子がいた。両腕を失い、その体は今にも景色に溶けてしまいそうなほど弱弱しい。まるで幽霊のようだ。桜子の意識がはっきりとすればするほど、その度合いは強くなる。


「あなたは……」

「誰でもないさ……私にはもう――」

「オーレリア……」

「!?」


 名を呼ばれた彼女はひどく驚き、信じられないものでも見るように目を見開いた。


「ずっと、あなたの中で感じていたから……あなたが彼を思う気持ちを。もちろん、春哉君は渡さないけれど」

 わかっている。疑いようがないほど気持ちは本物だったことは。

「フッ……この男にしてこの女ありか。クク、ククク……」

 何が楽しいのか、オーレリアから笑いが零れる。まるで今までの、決して長くはない少年との日々を思い出すように。涙を流しながら。


「……お前たちは強いな」

「ありがとう……春哉君を支えてくれて。彼を、守ってくれて……」


 二人は共に眠っている春哉にそっと寄り添う。疲れ果て、眠っている無防備な彼の姿はひどく新鮮で、そしてとても安心できた。



 彼女たちの悪夢は今、完全に終わりを告げたのだ。



「まずは自己紹介から始めましょうか。私は祭礼桜子。春哉君の恋人よ」

 桜子は無垢な笑みを浮かべる。恋人の部分は少し強めに。相手を牽制するように。

 対してオーレリアには少しだけ抵抗があった。ここで名乗ることの意味を理解しているからだ。

「私は……こんな私が、お前たちと共にあってもいいのか?」

 彼女は少し怯えた表情を見せる。春哉を騙し、傷つけ、本物になるために桜子を死に追いやった自分が、同じ幸せを感じていいのかと。

 しかし桜子の表情から否定の意は読み取れなかった。

 だから、


「フン……ではこちらも名乗ろう」


 だから少女は自然と笑えるのだ。

 まるで旧知の仲のように、桜子の中に消えゆく恋敵はその真名を誇らしげに告げた。


・2・


「……反省しなさい」「反省してください」


 世界を滅亡の危機から救ったはずの少年は、二人の少女の目の前で正座させられていた。


「あのーこれはいったいどういう……」

「……あなたがやたらめったら力を行使すると、伊弉冉が壊れてしまいます」

「危うく大量虐殺者になるところだったんですよ?」

 ユウトは一度、その力で伊弉冉の刀身にひびをいれたことがある。あれだけのことがあっても、折れた刀を無事に回収できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

「す、すみません……でも――」


「「でもじゃない!!」」


「……はい」

 シュンとなるユウト。そんな彼を見て、御影とアリサは小さくため息を吐いた。

「……でもよかったです。みんな無事で。あなたも」

 御影はユウトの肩にそっと手を置いて、優しく囁いた。

「御影さん。飴と鞭の使い方が上手くなってますよ?」

「……No。何のことかわからない」

 アリサの刺さるようなジト目を彼女は何食わぬ顔でとぼけてみせる。


「そういや夜泉との約束は? もう済ませたの?」


 ようやく説教が終わったと思った矢先に、飛角が特大の爆弾を投げつけてきた。

「あ、おい……」

 ギッ、と優しかったはずの御影の手が、アイアンクローばりの握力を得る。

「……やったんですか?」

「カチッ(安全装置を外す音)」

 少女たちのすわった目は、獲物を狩るそれだった。

「いやいや!! あれは、まだ……ん?」

 ユウトが両手を振って否定していると、懐の携帯端末が振動した。メールのようだ。

 内容は――





『先にいなくなってごめんなさい。これでもスケジュールが詰まっているの。

 例の約束だけれど、次のデートのお楽しみにしましょう。期待しているわ。

                    あなたのガールフレンドより』




 まだ有効だった。

 正直、いつものからかいだと思っていたところもあったユウトは、彼女がまた国外に出たことで少し安心していたのだ。

「マジか……」

 途端に背後の女子たちのオーラがより一層濃さを増す。

「……ッ」

 どばっ、と冷や汗が出始めた。


「……ユウトさん!」「ユウトさんッ!!」「ユウト!」


「勘弁してくれーーッ!!」


 こうして、吉野ユウトの世界はまたあの日の日常に一歩近づいていく。

 この先、完全に元通りとはいかないかもしれない。けれどいつかあの日さえ飛び越えて、まだ見ぬよりよき未来がきっと来ると彼らは信じていた。

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