第14話 救いをこの手に -Take my hand-

・1・


「オーレリア。あなたを止めに来た」


 壁を壊し、彼女の世界に踏み込んだ式美春哉は静かにそう言った。


「春、哉……うッ!」

 オーレリアは眩暈が生じたのか、額に手を当てふらついた。


「馬鹿な……私から離れようとしている、のか?」


 彼女の言葉通り、ユウトの目にも一瞬オーレリアと桜子が重なるように見えた。まるで桜子がオーレリアを拒絶したような。

 桜子が生きようとしている……いや、それだけではない。きっと彼女を生かそうとしている多くの想いがオーレリアの存在力と拮抗し始めているのだ。


「桜子さんは今、彼らの手で救われようとしています。いや、彼女は必ず目を覚ます!」


 強く、言い切る。

 もうその言葉は運命を呪った少年の言葉ではなかった。


「春哉……何で……私は、お前の夢を……」


 希望に満ちた春哉の瞳に臆するオーレリア。彼女の周りに黄金武器が錬成され、たちどころに射出された。

「ち、違う!!」

 それは彼女が意図したものではなかったらしい。伸ばした手も虚しく、弾丸は彼女を離れ、春哉に迫る。

「ハッ!!」

 しかし、紅蓮が黄金を包み込んだ。完全魔装の灼熱に晒された黄金武具は美しく発光しながら、チーズのように引き裂かれる。


「オーレリア、もうやめろ!」

「うるさい!! お前たちにはわからない! ようやく……ようやく人並みの幸せが手に入るんだ! ここまできて……クソったれの神はどこまで私を……ッ」


 ユウトの叫びに拒絶の言葉を繰り返すオーレリア。あの取り乱し様、春哉がここに来たことが本当に予想外だったのだろう。

 神を呪う赫奕かくえきの瞳が見開かれた。


「お前じゃない。お前なんかじゃ……私が!! 死にゆくこの女を生かす。そしてその人生を対価として頂く。春哉は私のものだ!!」


「行くぞ、春哉!」

「ええ」

 拳と拳を突き合わせ、今二人は結託する。誰にも救われることなく、その果てに道を違えた聖女の手を取るために。


「く、来るな! 来ないでくれ!!」


 ほとんど懇願するように、彼女は喚く。その感情に呼応するように、空間にノイズが駆け回る。

「「ッ!!」」

 空気中、または物質に含まれる生命の素となる力。


 テレズマ。


 まさしく世界を構成する力と言える。

 それを抽出、凝縮したものが彼女の目の前で聖獣として生を得た。

 等価交換を基礎とする錬金術ではこんなことはできない。ワーロックに覚醒し、法則の枷から解き放たれた錬生術だからこそできる、神の御業。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」


 光の獣は人間では認識不可能な叫び声をあげ、ユウトたちに迫る。

 一秒と待たず、ユウトと春哉は聖獣に激突した。

「う……ッ!!」

「このパワー……ッ」

 まるで天が落ちてくるかのような圧迫感。

 二人は足場が崩壊するほどの衝撃に必死に耐える。だが、


 ジジッ!! と。


 まるで完全な存在に異物が混じったかのような違和感を感じた。

「!!」

 聖獣の輪郭は今も不規則に乱れている。術が完璧ではないということだ。

 春哉もそれに気付いたようで、小さく頷いた。


「はあッ!!」


 彼は相手の力を限界まで利用し、アグニの炎を凝縮した渾身の掌底を聖獣に叩き込む。それはまさに天地がひっくり返るが如き一撃。

 次の瞬間、世界を燃やし尽くすほどのエネルギーの激流に両者は反発するように弾けとんだ。


「使え、吉野ユウト!!」


 今の一撃が最後だったのだろう。魔力切れで魔装の解けた春哉は、ユウトに何かを投げつけた。

「これは……」

 それはユウトの理想写しが使うメモリーと形状はよく似ている。だが似て非なるものだ。

 静かな、しかし燃え滾るような強い力を感じる。

 春哉を信じたユウトは、迷わずメモリーを理想写しの籠手に装填した。


『Lost ...... Saga ......』


「うッ……!!」

(何だ、これ……ッ!)

 何か、マグマのような熱い力が理想写しを通して全身に流れ込んでくる。籠手という殻を破り、拳の力を解けば今にも噴火しそうなほどのエネルギーの奔流。血流が煮え滾り、神経が燃える。無遠慮に体を暴れまわる力をユウトは必死に制御する。


「フン! 背伸びしすぎたな吉野ユウト! 魔具を自ら取り込むなど――」

「ああああああああああああああああああああああ!!」


『Overdrive!!!!!!!!!!!』


「なにッ!?」

 その時、全く違う二つの魔力が結びついた気がした。強すぎる力同士がぶつかり合い、削り合い、何かの間違いで偶然噛み合ったような。

 そんなありえないがまかり通った瞬間、理想写しの籠手はアグニの赤いオーラを得て生まれ変わり、聖獣を貫く。


 そして、


「行けええええええええええええッ!!」


 春哉の声に押され、大きく前へ出るユウト。


「……私は、神に愛されなかったこの身を呪う。無数の色眼鏡で歪んだこのクソったれな世界を終わらせるんだ! そのためなら……そのためなら私はッッ!!」

 信じて縋った神に裏切られ、叛逆を誓った少女は叫んだ。

「あんたが壊そうとしている世界にだって、あんたに救われた運命があるとは思わなかったのか!!」

「!? 戯言を……そんなもの、存在しない!!」

 自分が正しいなんてわからない。だからユウトは自分が絶対に正しいと信じる彼女の言葉にこそ叛逆する。


「少なくとも、ここにはあんたのおかげで前に踏み出せた式美春哉がいる。あんたを救いたいともう一度立ち上がった俺たちがいる!!」


 息の詰まる音が確かに聞こえた。

 それは錬生術アルス・マグナの完全性が失われた音だ。


「求めた救いはもう目の前にあるんだよ! オーレリア、あんたはその思いも無条件で踏みにじるっていうのか!!」


 彼女もきっとわかっている。式美春哉はこんなことでは見捨てない。

 オーレリア・アーギュス――いや、大昔に名を捨てたかつての聖女が彼の召還に応じたこの奇跡こそ、彼女にとっての救いだったことを。

 間違いなく、彼女は春哉のおかげで人並みの愛を知ったのだ。

 それを心から信じることさえできていれば、こんな凶行に走る必要なんてなかった。

 どこかで赦せたかもしれなかった。


「私、は……」

「あんたは信じなくちゃいけないんだ! 神じゃなくて、!!」


 もはや言葉の応酬には歯止めがきかなかった。

 オーレリアの精神こたえは完全に行き場を失い、術だけが制御を離れてユウトを襲う。

 荒れ狂う黄金の嵐を弾き飛ばし、黒点を砕き、それでも前へ。彼は最後の一歩を踏み出した。


「……があッ」


 ユウトの拳がオーレリアの鎧を砕き、桜子という殻を破る。

 彼女の小さな体は宙へと投げ出され、頭から地面を目指した。


「ハッ、結局これが答えか!! 私を殺して、お前が世界を救う。何と立派な英雄譚だッ! 努々忘れるな! お前はただの殺戮者だ! お前の手では誰も救えない! 誰も救えるものか!!」


 違う。彼女を救うのは自分の役目ではない。


「春哉ぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああああああああああああああああああ!!」


 飛び込むように、落下する彼女を春哉はギリギリのところで抱き留めた。そのまま受け身も取らず、無様に地面を転がった。オーレリアを守るように、自分の全身で彼女の小さな体を包み込んで。


「どう、して……」


 最初の言葉。錬金術を修め、世界の真理を知り尽くしたはずの魔道士から出たのは、たった一つのシンプルな疑問だった。

 だから春哉はこう答える。


「僕はいつだって、あなたの味方だからです」


 それ以上の答えはない。

 ずっと強張っていた体の力が抜け、オーレリアの赤い瞳から涙が溢れ出した。


・2・


「……つまんなーい」


 事の一部始終を傍観していた神凪明羅はそう言うと、懐から毒々しい色をしたメモリーのようなものを取り出した。


「まだ超試作段階だけど、最後にド派手な花火くらいあげてくれるでしょ」


 それは人の集合意識から宿った――いや、正確には構築した神話ものがたり

 外なる神。名をハイドラ。


 理想写し然り、人の意識というものは使い方次第でなかなかどうして不可思議だ。それが本来実在しなくても、多くの認知を得れば存在しうるだけの理由ちからを宿してしまう。


 そう。


 これはその力を目に見える形に出力した人工魔具。一度解き放てば核兵器にも等しい――人が考えうる最もおぞましい災厄がこのメモリーの中には封じられている。

 明羅はそれを何の迷いもなく投げ捨てた。


 パリンッ! と音を立てて割れたメモリーから、黒より黒き獣が蠢き始める。


「せっかくの祭りだ。楽しんでこー。クヒヒヒヒ」

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