第10話 錬生術 -Ars Magna-

・1・


 幻想領域に現れたエクスピアのその中枢。


 狂愛の魔道士。オーレリア・アーギュスはそこに座していた。

 新たに生まれたワーロックは春哉を刺した感触を――彼に産まれたばかりの自分という存在を刻み付けた感覚が忘れられないのか、上機嫌に手のひらに小鳥を生み出し、そして土へと帰す。それをただただ無意味に繰り返す。

 マジックのような種も仕掛けもない。正真正銘、命の創造と破壊の様だ。


 本来錬金術、あるいは錬丹術と呼ばれる術は、魔法という純粋な奇跡に最も近い失われた魔術体系の一つだった。

 彼女はその叡智を何百年とかけて掘り起こし、ものにした。その過程で人としてのあらゆるものを対価として支払って。



 そしてついにワーロックに至ったその瞬間、錬金術は奇跡を超えたのだ。



 対価なしにあらゆる命を完璧に創造せし、世界そのものとしての力。

 いわば錬生術アルス・マグナ、とでも呼ぼうか。


 森羅万象が彼女の手中。彼女こそが世界そのものと言っても言い過ぎではない。世界を構成するあらゆる要素が彼女の武器だ。


 故に今や彼女は『全』である。

 『個』で完成されたユウトたちを圧倒できたのも必然だった。


 だが、彼女の終着点はここではない。むしろここからだ。


「もうすぐだ……」


 あと3時間。

 春哉が起動した伊弉冉の力を錬生術で強引に軌道修正し、現実の上書き……つまり世界の白紙化が完了するまでの時間だ。


「神よ……」


 少女は空を掴む。


「もうお前は必要ない」


 運命に翻弄されるのはもう飽き飽きだ。


「お前が私を救ってくれないのなら、私がその座を頂こう」


 少女はもう、その頂に手をかけている。




「残り時間はあとわずカ」

「だ、誰が春哉さんを……」

「モノにできるのか」


 ホムンクルスたちも三者三様に獲物を狙う獣の目を光らせる。

 まるでうわ言のように、歪んだ唇は春哉の名を呟く。そんな彼女たちの体からドス黒いオーラが漏れ出し始めていた。


「フッ……こちらも頃合いか」


 伊弉冉を使って、全ての魂を三人のホムンクルスに均等に分け与えた。それは単に各々の力が増大するだけに留まらない。狙いは別にある。


「人を模したお前たちホムンクルスは、いわば人の理想系だ」


 つまり、人間ではない。

 精巧に作られた人形の美しさがどこか不気味に感じるように。

 人より人らしく、人より欲深に、人より醜く成長するように設計された、この世で最も嫌悪すべき対象ホムンクルス

 それが彼女たちのあるべき姿だ。


「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」」」


 およそ人間の声とはかけ離れた三種の狂声に、世界が揺れる。

 ホムンクルスは龍となった。


 かつて世界を呪った悪意の塊・ワイアーム。それと全く同等の存在。人の総意が最も畏怖する姿に。

「クク、ククク……」

 赤・青・黒の邪龍はそれぞれ禍々しいオーラを放ちつつ、静かにオーレリアを見下ろした。


「これで計画の9割は完了。あとは時を待ち、器を満たすだけだ」


 終わりの時は、もうすぐそこまで差し迫っている。


「それでようやく私は……」


 幸せになれる。過去を捨て、自分を捨て、祝福された一個の命として生まれ変わるのだ。

 少女は決意に拳を握りしめ、憎々しげに天を睨む。


「誰にも邪魔はさせない。私は世界を終わらせて、楽園を錬成する」


 それが錬金術師の掲げる唯一無二の終着点だった。


・2・


「伊弉冉の世界にネフィリムが!?」


 冬馬の執務室に呼ばれたユウトは、あまりの事態に思わず叫んでいた。


「あぁ。アリサちゃんの報告では向こうのエクスピアを囲うように三体。推定レベルはかつてのワイアームと同等と考えている」

「……」


 冬馬の言葉が重くのしかかる。


「式美の話と合わせると、例のホムンクルス三体が何らかの変化を遂げたってところだろうさ。そしてその三体が幻想領域の支柱になっている。つまり――」

「ネフィリムさえ倒せば人類の滅亡は阻止できる」


 ユウトが続けた。

「ま、できればだがな。正直ワイアームレベルの化け物を三体も相手にするとなると、戦力が足りない」

 冬馬は机の引き出しから傷だらけのネビロスリングを取り出した。それが何を意味しているのか察したユウトは彼を止める。

「ダメだ冬馬。お前の体がもたない」

 冬馬もまた、式美と同じくあの実験の被験者。特に彼の場合、体を蝕む後遺症に今でも苦しめられている。夜白のおかげで回復の兆しは見えているが、今ここでまたワイズマンの力を行使すれば、振り出しに戻ってしまうだろう。


「ユウトくんの言う通りだよ。君は戦っちゃいけない」


 扉を開けて入ってきた夜白が、少し怒ったような表情でそう言った。

「……わかった、わかったって」

 両手をあげて降参のポーズを取る冬馬。さしものエクスピア社長も、ワーロック二人に睨まれては頭が上がらない。心配されているのならなおさら。


「けど、戦力差の問題は何とか解決しねぇと。お前らだけに負担はかけられねぇ」

 冬馬は深くため息を吐いて、突破口の見えない問題に頭を悩ませていた。

「それについては一つ、考えがあるよ」

 一方、夜白は平然としていた。何か思うところがある様子だ。


「何かあるのか?」

「ハハ、なに。今回限りの強力な裏技、さ」


 ユウトの問いに、夜白は満足げに微笑んだ。

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