第9話 壊れた愛のカタチ -Rhapsody-

・1・


「何を……やっているんだ!?」

 あまりの事態に、ユウトは叫ぶ。


「クク……アハハハハ!! ようやくだ。ようやく私は私の人生をやり直せる!」


 急に笑い出す桜子――いや、彼女の魂を取り込んだオーレリアという少女。彼女は春哉を刺したナイフを愛おしそうに眺め、頬ずりした。べっとりと染みつく血は、彼女をより鮮明に、魅惑的に彩る化粧だ。


「すまないな。春哉。ついこの女の衝動に抗えなかった。でもこれが愛の形なのだろう? はぁ……。私は今、幸せだ」

「……う……」


 殺したいほど愛している。ずっと自分だけのものでいて欲しい。そんな桜子の狂気の愛がオーレリアを満たしていた。己では決して止められない。


「……あなたは、彼女……じゃない」

 春哉は呻くように否定の言葉で返した。それを聞いたオーレリアの表情がわずかに陰る。


「……まぁいいさ。もうじき私が祭礼桜子になる。世界がそう認識すれば、お前の意識も変わる。誰にも否定できはしない。……そうさ。もう病に苦しまない……お前だけの恋人になってやれるんだ」


「させないぞ」

 ユウトは理想写しの籠手を構えた。

 だが放たれた波動、いや波動ですらない。ただの一喝で、ユウトの体は宙を舞った。

「が……ふッ、あ……!?」

 激痛の奔流にのたうち回るユウトをオーレリアは見下ろした。

「な、にが……ッ」

「蒼眼の魔道士ワーロック……もはや貴様程度、私の敵ではない」

 次の瞬間、ユウトの背中に電気が走った。これは悪寒だ。まるで全方位から死の刃の気配を感じたような、そんな本能を揺さぶる恐怖。

 覚えがある。



「私も手に入れたぞ。!!」



 オーレリアの両目がギラギラと赤い輝きを放った。

 錬金術とは分解と再構成、その輪廻。その極地に到達した彼女は、錬金過程で異なるものを異物と認識させることなく混ぜ合わせることができる。

 オーレリアは祭礼桜子の魂を自らと同化させることで彼女そのものと成り代わった。すなわち、必然的に至っていたのだ。


 万物を超越する存在。魔道士ワーロックに。


「アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


 狂ったような歓喜の声が空を突き抜ける。

 しかしその狂喜を夜白が止めた。術で何層にも重ねた大気の壁を、彼女の魔力弾がことごとく粉砕したのだ。

 破壊と再生の繰り返しに空気が悲鳴を上げる中、ついに一発だけ、魔力弾がオーレリアの頬を掠めた。


「……フン、ワーロック二人を相手にするにはさすがにまだ分が悪いか」

「ずいぶん余裕だね」

「一つだけ、お前たちに教えてやろう」

 オーレリアはユウトたちに背を向けて、こう言った。


「此度の伊弉冉の夢の終わりは、だ」


「何……」

「せいぜい楽しむがいいさ。現実を悪夢きぼうが侵食する様を」


 そう言って、オーレリアは霧のように姿を消した。


・2・


 外は豪雨だった。

 オーレリアに大敗を喫したユウトたちは春哉を連れて、アリサの眠るダイブルームへと戻っていた。


『……以上が現在私たちが置かれた状況です』


 通信越しに鳶谷御影は置かれた状況を改めて整理する。

 未だ夢の世界にいる彼女だが、アリサと共にいることで彼女の精神と肉体の繋がりを利用した念話でこうして会話をすることができる。

『こっちもそのホムンクルスってやつらと遭遇したよ。かなり手練れだ。何もない所から炎を出したり、あれはもう魔法の域だった』

 直接対峙した飛角はそう評価した。

『私も見ています。彼女たちは錬金術だと。正直、逃げるのが精一杯でした』

『私のおかげだけどなー』

 同意するアリサと篝。


「このまま黙って見ているわけにはいかない」


 ユウトは立ち上がる。このままでは世界が滅亡する。漫画やアニメだと月並みなセリフだが、現実だ。伊弉冉による世界の上書き。ユウトたちはそれを一度その身で経験している。

 しかも今回は意図的に全てを白紙に戻すと相手は公言している。指を咥えて見ていれば伊弉冉は世界を覆い、人類を滅ぼすだろう。

 だが肝心の策がない。どうすればいいのか、道が全く見えなかった。


「自分と愛する者以外全て排して新しい世界を作る。まさに世界を滅ぼすほどの愛だね。正直、気持ちはわからないでも――」

『ごほん……ッ』


 アリサの咳払いで夜白は苦笑いする。かつて、彼女が本当にそれをしようとしたのをアリサが止めたことがある。冗談に聞こえなかったのだろう。

「アハハ……ん? おっと悪いニュースだ」

 空笑いする夜白は、端末に入った連絡を見て眉をひそめた。

「何だよ?」


「祭礼桜子の容態が悪化した」


「桜子さんが!?」

 横になっていた春哉が飛び起きた。

「って、傷はもういいのか?」

「そんなもの腕輪の力フェニックスの力があればどうとでもなります! それより彼女がどうしたんだ!?」

 春哉は夜白に掴みかかって食い入るように尋ねた。

「元々生命力が弱っているところに不治の病だ。そして彼女と同化したオーレリアの存在力の件もある。こうなることは容易に予想できていただろう?」


 今、祭礼桜子は二人いる。


 この世界で病魔に苦しめられている彼女と、伊弉冉に囚われた彼女の魂をものにしたオーレリア。

 同じ魂は一つの世界に二つと存在できない。どちらかが必ず世界に殺される。伊弉冉の世界でユウトたちが何度も対面した絶対不可侵のルールだ。

 そしてどちらの存在が弱いか。それは誰だってわかるほど明白だった。

「……くっ」

 世界そのものが桜子を排除しようと蠢き始めていた。

 春哉はその場に崩れ落ちる。




「お願いします……彼女を……助けて」




 恥も外聞もない。ただ心からの言葉が少年から零れ落ちた。

 ユウトは胸に刺さるような痛みを感じた。こんな時、自分は何もできない。

 ワーロックになっても、未だに自分の無力さを実感することがある。力を手に入れても、肝心な所でいつも役に立たない。本質的にこれは『壊す力』であって『救う力』ではないのだ。


「手がないわけじゃないぞ」


 そんな時、今まで黙っていた宗像冬馬がふと口を開いた。


「ほんとか冬馬!!」「ほんとですか!?」


 絶望の中にあった状況に、わずかな希望の音を聞いたユウトと春哉は揃って冬馬に詰め寄る。

「夜白、オペの手配を頼めるか?」

「冬馬……例え脳外科医のスペシャリストを用意できたとしても、手術が成功する確率は――」

「いーや、こと今回に関してはその心配はねぇよ。実は祭礼桜子の治療は式美との交渉材料として考えていた。だからわざわざを日本に連れ戻したんだ」

「彼女……?」


 その時ちょうど、スゥっとスライド式の自動扉が開く音がした。


「入るわよ? エントランスがすごいことになってたけど大丈――」

「夜泉!!」

「は、はい!!」


 ユウトは冬馬の意図を理解し、気付いたら彼女の小さな肩をガッチリと掴んでいた。


『……確かに……彼女の能力を使えば』


 御影が頷いた。

 逆神夜泉さかがみよみ

 ルーンの腕輪を持つ彼女の魔法・災厄封じトラジティ・ディスターブは、自分に降りかかる災厄の未来を予期する未来予知だ。


「夜泉、いきなりで悪いけど、力を貸してくれ」

「え……あ、はい……」


 突如来訪した夜泉は不意を突かれたせいか、普段のクールな雰囲気はどこかへ飛んでいき、顔を赤くしてしどろもどろになっていた。


***


「……そう。状況は理解したわ」


 夜泉は両手を組んで落ち着きを取り戻すと、小さく頷いた。

 彼女はエクスピアがスポンサーとなり、歌手として全面的にサポートを受けている。本来なら今はちょうど海外レコーディングの真っ最中だったはずなのだが、冬馬が無理を言って呼び戻したようだ。


「もちろん私でよければ協力するわ。スポンサー様のお願いを無下にはできないしね。ただ一つだけ、条件があるわ。これは私の魔法の発動条件に関係することよ」

「言ってみな。エクスピアうちで用意できるものであれば何でも用意する」

「フフ……」

 彼女はユウトにまるでキスでもしそうな距離までスッと近づくと、小さく微笑んだ。


「もしこれが成功したら……ユウトくん、あなたから私にキスをしてくれるかしら?」


『なッ!?』『……ムッ!!』『ほぉ~』


(何故だろう? 通信機越しに並々ならぬ怒りのオーラを感じる)


「それが……条件ってことか?」

 先ほどの意趣返しか、壁を背に迫られたユウトは恐る恐る夜泉に尋ねた。

「えぇ、この約束がそのまま私の魔法の発動条件になるわ。どうかしら? 嬉しい?」

 まるで「理由きもちはわかっているでしょう?」とでも言うように、彼女の煽情的な唇から熱い吐息と言葉が心地よく流れる。

「……わ、わかった」

 正直、自分からなんて想像もできないが、人の命がかかっている。断る理由はない。それに彼女が発動条件とまで言うならば、それは紛れもない事実だ。


 災厄封じは、発動者に降りかかる不幸にのみ反応するのだから。


 つまりは……そういうことなのだろう。

 ユウトの頬が熱くなる。そして追撃するように、驚くほどフワッとした少女の唇が頬に触れた。


「ッ!!?? よ、夜泉!?」

「ン……ッ、ウフフ……今のは前金として頂いておくわ。じっくりイメージして、本番に活かしてね」


 そう言って夜泉は綺麗な鼻歌まじりに部屋を出て行くのだった。


「君にも協力してもらうよ? 式美春哉。君の力は非常に有用だ」

「……はい」

 春哉からその答えだけ聞くと、夜白はカタカタと何か資料を作り始める。



『……ユウトさん』

「は、はい!!」



 まるで死神に心臓を鷲掴みにされるような御影の声が、最強の魔法使いを震え上がらせる。

『帰ったらお話があります』

 今度はアリサが冷めきった声でそう告げた。

「はい……」

『ユウト~、安心しな? 骨は拾ってやるからさ』


 状況を楽しんでいる飛角の言葉は、何の救いにもならなかった。

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