第8話 救えないのなら -Let me ...-

・1・


 紅蓮の手甲ガントレットと黒白の銃剣が交差する。

 降霊武装の鎧を拡張するように部分魔装したアグニと、ユウトの理想写しの力はほぼ互角だった。

 

「伊弉冉の起動はあなたたちの悲願だったはずだ。何故僕の邪魔をするんですか?」

「だからってまたあの世界を創っていい理由にはならない。捕らわれた人たちは、今も現実の世界で苦しんでる」


 あまり接近しすぎると、場を灼熱地獄に変えるアグニの熱にユウトの魔法が悲鳴を上げてしまう。だからユウトは一度、僅かばかりのクールダウンを求め、蹴りと同時に猛然と背転。一瞬のうちに10メートルあまり離脱する。体術は向こうに分がある。宙を舞っている最中でも、相手の動きをその目に焼き付けた。

 幸い、向こうも魔具を完全には使いこなせていないらしい。追撃はなく、疲労からか完成された動きに小さなむらが見え始めていた。


「あの世界を終わらせた魔道士として……俺にはその人たちを一人残らず救う責任がある!」

「……ッ、できもしないことを!」

 ユウトは限界を突破する大型メモリー『Unlimited』を理想写しの籠手に装填した。


『Unlimited Idea Evolution!!!!』


 少年の赤い双眸が澄み切った蒼へと変わり、その身を蒼銀の魔道衣オルフェウスローブが包み込んだ。

 規格外の魔力が、暴風となって猛威を振るう。


「く……ッ、蒼い、目。これが蒼眼の魔道士……だけど!」


 恐れず迫る春哉に、ユウトの白銀の籠手が光を帯び始める。

 全てのメモリーの力を結集させ、縫い目のない一つの理想とした力。理想写しの最終形態。


理想無縫イデア・トゥルース


『Mistilteinn』


 光を剣へと集約させ、ユウトは神殺しの剣で春哉のアグニを迎え撃つ。


「「はあああああああああッ!!」」


 直後、激しい衝撃が辺りを震撼させる。激痛の炸裂に意識を沸騰させながら、ユウトがそれでも一歩前へ出た。押し負けた春哉の体がその衝撃の波にのまれ、勢いよく地面を転がった。


「う……ッ……」


 降霊武装が解け、アグニの負荷もあって満足に戦えなくなった春哉は、側で魔力を帯びた手をかざす夜白の存在に気付き体を強張らせた。

「……ッ」

 つまりは動けば殺すという脅しだった。


「さぁ、全て話してもらおうか」


 夜白は冷たい笑みを浮かべてそう告げる。


・2・


「どうして伊弉冉を……?」


 破壊の跡が残る研究所の一画。そこに辛うじて残ったベンチに春哉を座らせたユウトたちは、彼の話に耳を傾けた。


「桜子さんの命を救うためですよ」


 春哉は悔しそうにそう言った。

「祭礼桜子。確かに昏睡状態にある者のリストには彼女の名前があるね。でも彼女は……」

 カルテを見ながら、夜白の表情がわずかに曇った。


「あの人はこの現実では重い脳の病気を患っている。例えあなたたちが魂を解放できても、彼女だけは目を覚まさない。でも伊弉冉の世界なら……あれが都合のいい世界だとわかっていても、僕はあの偽りを現実にしなくてはならない。彼女が……笑顔でいてくれるために」

「でも――」

「誰もが匙を投げた。治せないと言い切った! ……時間がないんだ……誰も犠牲にしないあなたたちのやり方では間に合わない!! もう僕しか彼女を救えないんだ!!」


 春哉はユウトの胸倉を掴んで怒りのままに叫んだ。耳障りのいい綺麗事など、もはや彼の前では不快なノイズでしかない。


「全員を救うと言ったな!? あなたにあるのか? たった一人のために、全てを敵に回す覚悟が!! 今まで一度でも……一人の女性を命を懸けて愛したことがあるか? たとえどんなに歪な形でも、その愛を受け入れたいと思ったことがあんたにはあるのか!!」


 今にも噛みつきそうな春哉の顔が迫る。その瞳はどこまでも純粋で、そして真っ直ぐで――懐かしい。


(あぁ……そうか……)


 彼は自分と同じなのだ。ユウトには春哉の気持ちが痛いほど理解できてしまった。

 だからこう言った。


「……あるさ」

「ッッ」

「俺にも心の底から救いたいと思っている人がいる。もう一度あいつの笑顔を前にして、今度こそこの気持ちを伝えたいって……そう思ってる!」


「……」

 正直、この返しは予想していなかったのだろう。春哉はユウトから目を逸らし、掴んでいた服をゆっくりと放した。

「ならなおの事、僕の邪魔をしないでくれ。助からない現実を、伊弉冉の力で上書きする。それで――」

「その過程で他の人の運命まで捻じ曲げていいわけないだろ!」

 今度はユウトが春哉の襟元に掴みかかった。


「希望があれば、人は何だって乗り越えられる。夢物語なんかじゃない。理想は現実にできるんだ!! ……俺はそのことをこの魔法と共にたくさんの人から学んだ」


 そう。誰一人、ユウトにとって無駄だった人間なんていない。それぞれが己の理想を胸に抱き、ただがむしゃらに前へ突き進んでいた。

 その果てに掴み取る未来が正しいと信じて。


「あんた恋人だろ? なら嘘なんかに頼ったらダメだ。ここで……この現実で、笑顔を取り戻さないと意味がない!」

「それこそ綺麗事だ!」

 春哉はユウトの腕を強引に払った。


「例え救えたとして、それで式美春哉は彼女の横に立てるのか?」

「……」


 たとえ誰かのためにと割り切っても、それが正しいと信じ込んでも、自分勝手なエゴだとしても、必ず心にしこりが残る。

 そのために何千何万の命を弄んだ事実が消えることはないし、許されることなどありえない。彼女いさながそうだったように。

 ユウト達だってそうだ。どんなに取り繕っても、もう二度とあの頃には戻れない。戻るにはお互いがお互いを傷つけすぎた。


「その時失ったものの大きさを心の底から悔いることになる。あんたは……それじゃあ何も取り戻せない!」


「……」

 春哉はそれ以上、何も言い返さなくなった。

 だらんと垂れ下がったその手が……震えている。




「お前の恋人は救われたぞ。春哉」




 声は春哉の背後から聞こえた。

 同時に、と果実を切るようなような瑞々しい音。

「……ッ!?」

 さしもの式美春哉でさえ、一切反応できなかった。完全に意識の外からのナイフによる一撃は、彼の横腹に深々と刺さっていた。


「さ、桜子……さん……」


 ユウトからわずかに見える黒い長髪。春哉が救いたいと願った恋人。祭礼桜子。


 


「ちが、う……」

 力なく、春哉は膝を付く。彼はその瞬間、目撃した。

 自分を睥睨する最愛の女性を。


「オー、レリア……何、で……」

「悪いな、春哉……でもこれで、お前は永遠に私のものだ」


 その顔で笑う聖女の闇を。

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