第7話 相対 - Rendezvous-
・1・
「その一瞬を、私は逃さない」
パシャ、パシャパシャと、シャッター音とフラッシュが交差する。
「……何ですか、これ」
状況だけ説明するとこうだ。
純白ゴスロリ姿の高山篝が路上のど真ん中で椅子に座っており、神座凌駕と思しき人間が夢中になって一眼レフ両手に彼女をあらゆる角度から激写している。そんな絶対にありえない光景だった。
本来なら彼もまた、現実で意識不明の状態のはずだ。
「あ、あぁ……アリサ!! 助けて!! りょ、りょりょ凌駕が壊れた!!」
「お、落ち着いてください。それは神座さんではありません。伊弉冉が見せる幻です」
アリサに気付いた凌駕は、不機嫌そうな顔で彼女に近づいてきた。
「何だ君は? 私の美の探求を邪魔しないでくれ」
「え……いや、その……」
「うんわかった。この凌駕キモイ! マジでキモイ!!」
おそらくは篝の願望を元に生み出された幻のはずなのだが、当の本人は鳥肌が立つほど気持ち悪がって……いや、もはや恐怖さえしている。
「あらあら。自分を愛してくれる殿方を気持ちが悪いだなんて……レディとしてそれはいかがなものかしら?」
突然、空から声が降り注いできた。
「……敵」
声の主は何もないところからフワリと蜃気楼のように現れる。
「初めまして。私はメド。春哉さんの夢を守護する者」
白が色褪せたような灰色の髪。真っ赤な薔薇が巻きついた純白のドレス。丁寧な物言いとは裏腹に、どう考えてもこちらを歓迎しているようには思えない。
アリサは自身の魔具・パンドラを取り出したが、
(……ッ!? 動かないか)
万物に化ける武具は所有者の意に反応しなくなっていた。なんとなく予想はしていたが、衣服と同じで、所詮はこれもアリサの記憶から作り出されたオブジェクト。本物ではないということなのだろう。
「あらあなた、随分面白いことになっていますのね」
カツっと、メドはヒールの踵で軽く足踏みをした。アリサは雷に打たれたような悪寒を感じてすぐにその場から離れた。案の定、彼女の元いた地面が突然盛り上がり、槍のように隆起していた。
「本体はどこかしら? ここであなたを殺ったら、いったいどうなってしまうのかしら? ウフフ」
サディスティックな笑みを浮かべながら、メドは岩槍の波を放つ。
「魔法じゃない……魔術?」
「そんなチンケなものと一緒にしないでくださいまし。これは錬金術。魔道の最奥ですわ」
今度は両手を叩く。その姿はまるで情熱的なフラメンコを踊っているように見えた。
だがそんな悠長なことは言っていられない。次の瞬間、彼女を中心に暴風が吹き荒れる。竜巻は岩槍を砕き、文字通り細かな弾丸となってアリサたちに襲いかかった。
「く……ッ」
降り注ぐ岩の礫は道路を蜂の巣にするばかりか、凌駕の幻影すら砕いてしまう。
「ウフフ……あら?」
しかし、その場にアリサと篝の姿はなかった。
・2・
「ふい〜、何とか逃げ切った〜。って、凌駕忘れた!! あ、でも本物じゃないのか。セフセフ」
片手で冷や汗を拭う篝を、アリサはポカンとした表情で見ていた。
「あ? 何ポカンとしてんだアリサ」
「い、いえ、助かりました」
そこでようやく彼女の魔法に助けられたのだとアリサは理解した。きっと肉体を電子化して、どこかの電子機器に入り込んでここまで逃げて来たのだろう。一瞬のことすぎて、実感するまでにラグが生じてしまった。
「あーもう。これ動きづらい」
凌駕に着せられた純白のゴスロリドレスが気に入らない篝は、ぱちっと指を鳴らす。すると次の瞬間、彼女の体が光に包まれ、いつもの服装に着替えが済んでいた。
「おっし。やっぱこれだな」
「べ、便利ですね……」
言い得て妙だが、本当におとぎ話に出てくる魔法のようだ。
「まぁな〜。こんな風に自分の服を電子化してストックしておけば、いつでもコスチュームチェンジできるわけなのよさ」
「ところでここは……どこですか?」
暗い部屋。あたりにはパソコンが立ち並び、鉄製の壁に囲まれている。どこかの研究室だろうか?
「い、いやぁ、私も焦って飛び込んだから場所までは……」
汗を垂らしながら両手の人差し指をツンツンする篝。
「電気は、来ているようですね」
アリサは手近なパソコンの電源を付けてみた。ボタンを押すと画面が白く輝き始める。
その時、ピッという音が冷たい室内に鳴り響いた。
「!!」「ふぎゃ!?」
音は出入り口の方からだ。アリサはすぐに篝を引っ込め、扉の横で臨戦態勢を取る。
扉がシューッと音を立ててスライドした。
(相手が足を踏み入れた瞬間、中に引き入れて抑えつける)
もし春哉の分身体ならば、武器のない今は不利だ。逃げるしかない。
「……」
息を殺す。
そして小さな足が境界線を跨ぐと同時に、アリサは死角から相手の胸倉を掴んで——
「え?」
扉を潜って入って来た人物に真正面から対峙したアリサは驚愕する。
「……あ、アリサ?」
アリサが掴んでいたのは、探していた鳶谷御影その人だったのだ。
・3・
「ここか」
かつてのエクスピア・コーポレーション本社。黒の巨塔モノリス・タワー。
その中枢にあるメインコンピューターの前にオーレリアは辿り着いた。
ここにあるのは魂の記録。伊弉冉の夢に囚われ続けている百万を超える命のデータだ。
「春哉は交戦中か……インベザ。しばしの守護は任せるぞ」
「ご、ごめんなさい……」
気弱な水色髪のホムンクルスは何故か謝ると、指定された配置につく。
(もう少しだ。もう少しだけ耐えてくれ)
オーレリアはデータの海へと静かに潜った。
時間はあまりない。彼がワーロックどもを押さえている間に、彼女は自分の仕事を完遂させなければならない。
それが春哉と交わした契約だ。
「お前の愛する女は、私が取り戻してやる」
オーレリアは春哉からもらった桜子の品を羅針盤へと錬成し、上も下もわからない真っ暗闇の世界を突き進む。近くにいれば何かしらの反応を示すはずだ。
「春哉くん……春哉くん……」
導を頼りにしばらくして、春哉の名を囁き続ける女性を見つけた。
「お前が桜子か」
オーレリアは背後から問いかける。自分以外の声を聞いたのがそんなにびっくりしたのか、桜子は怯えるように小さく、そしてゆっくりと振り返った。
「……あなたは、誰?」
オーレリアの口元が小さく吊り上がった。これで彼女を救い出せる。
「私は……」
しかし春哉は知らない。
「私はお前だよ」
たった一つだけ、名を捨てた少女は嘘を吐いていたことを。
「祭礼桜子を救済する者だ」
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