第6話 魔都イースト・フロート -The Sin city-

・1・


「ん、ん……」


 目を開けると、そこはもうすでに元いた場所ではなかった。


 熱い。まるでサウナだ。真夏の昼間でもないのに、足元のアスファルトから熱気が漂ってくる。空は赤黒く、まるで血の色を連想した。


「ここは……」


 そんな地獄のような場所ではあるが、アリサには何となくその景観に見覚えがあった。


「イースト・フロート……」


 今はなき東京近郊に浮かぶ科学の都市。単独でいかなる国をも相手取れる超ド級のメガフロート。

 そこにあったのはかつて腕輪と魔法をめぐり、彼女たちが死闘を繰り広げた幻影都市の面影だった。


『なるほど……どうやら式美春哉の目的は、この海上都市にあるようだね』


「ッ!?」

 頭の中に直接響く声に、アリサの体は反射的に飛び上がった。

「夜、白……さん?」

『やぁ、幻想領域の中でも通信はちゃんと繋がっているようだね。一先ずは安心だ』

 これが伊弉冉にダイブする前に彼女が言っていた、肉体と精神の繋がりを介した通信というやつなのだろう。

 夜白に魔法で自分の頭に何かされるのはちょっと……いやかなり不安だが、今はそんなことを言ってはいられない。


『ところで篝くんがいないようだけど……』

「あ……」


 さっきから驚きの連続で、あのにぎやかな少女がいないことにアリサはようやく気が付いた。

『どうやら違う座標に飛ばされたようだね』

 今は彼女の無事を祈るしかなかった。時間はあまりないのだ。


「ではこれより式美春哉の捜索を開始します」

『待って』


 夜白の静止に、アリサの踏み出した足が止まった。


「何ですか?」

『まずは鳶谷御影を探してくれないかい? 彼女がこっち側にいるのは都合がいい。双方向でデータのやり取りができるからね』


 彼女の言葉に連動して、視界の端にマップが投影された。中心の赤い点が現在地を示しているのだろう。そしてもう一か所。離れた場所にピンが刺されていた。


『彼女たちの予測地点だよ。君の五感を借りて、僕が感知した』

「……勝手に人の感覚乗っ取らないでください」


 アリサは自分の体を抱くようにして、一歩下がった。

 ワーロックになればこんなこともできるのか。それとも夜白が特殊なだけなのか。視界・感覚・感情。全てをモニタリングされているようで気が気ではない。

 というかユウトにまで筒抜けだと思うと――


「……不愉快です」


 この先本当に不安だ……。


・2・


「あーらよっと!」


 轟音と暴風。飛角は折れた電柱を軽々と振り回して、式美春哉の分身体を次々と蹴散らしていった。


「さすがに雑魚にはなれたぞ。掴まれなければとりあえず何とかなる」


 彼女は有象無象に向かって、挑発とばかりに声を投げかけた。しかし実際、分は悪い。相手の戦闘能力は把握した。そして対処は可能だが、厄介なのはその不死性だ。


「なら次は私が相手になってやんヨ!!」

「!?」


 それは左右に大きく高速で移動しながら、いきなり迫ってきた。

 ほとんど猛獣が噛みつくような勢いで繰り出される紅蓮の拳。想像をはるかに超える熱が飛角の肌を焼いた。

「く……ッ」

「ヒャッハーッ!!」

 さらに炎は勢いを増す。金髪勝気少女はまるで爆弾そのもののようで、1秒ごとにその力を爆発的に増加させた。

 それでも飛角は両足を杭のように地面に打ち付け、強引な押し戻しに耐えきった。


「へぇ……やるじゃん。おっぱいデカいおねえチャン」

「小さいからってひがむなよ、ガ・キ」


 刹那、お互いの回し蹴りがバチンッと痛快な音を響かせた。


「そんなの俺を作ったマスターが悪ィ! つーか、ちっちゃくても需要はあるんだヨ!」

 身から湧き出す炎を怒りのように躍らせる少女。


「あーめんどくさ。確かにあんたは他とは違いそうだ」

 ここにきて、敵は『数』だけでなく『質』を投入してきた。それはこの世界によほど触れられたくな何かがある。そういうことなのだろう。


「ようこそ春哉の夢へ。私はアグリア。あいつの邪魔はさせねぇゾ」


 黄金の業火が牙を剥く。


・3・


「早いな。式美春哉に僕たちの行動が感づかれたみたいだ」


 夜白のその言葉に続いて警報が鳴り響いた。監視映像を見ると、そこには春哉の分身たる炎の不死隊が映っていた。進行と共に監視カメラを的確に破壊していく。


「問題ないでしょ。ここには僕と君。最強の布陣が揃っている」

「当てにしてもいいんだよな、神凪?」

「もちろん。他ならぬアリサくんのためだ。僕も助力は惜しまないさ」


 両手を広げて心外だとでも言うように、夜白はユウトの言葉を肯定した。


『Eclipse Blade ... Mix!!』


 ユウトは人の理想を形にする魔法・理想写しイデア・トレースの力で黒白の双銃剣を召還する。


「行くぞ!」

「うん」


 体を置いて夢の世界で今も戦うアリサを守るために、最強の魔道士ワーロック二人が手を組んだ瞬間だ。


***


「はあああああああッ!!」


 地を蹴り、敵の群れを高速で駆け抜けるユウト。

 右の黒い銃剣は魔力を消し去るゼロの力。

 左の白い銃剣は魔力を増加させる無限の力。


 切り刻まれた不死隊は不死の魔法ごと消滅、あるいは極限までその不死性を高められ、体が耐え切れずに塵と消えた。


『Bios Drain ... Mix!!』


 地面に大槌を打ち付けると、光沢のある床が割れ、そこから無骨な岩槍が隆起する。それらは不死の兵を貫き、その動きを縫い留めた。

 理想写しを用いた幾万通りの攻撃パターン。その中で不死の敵に効果的な魔法をユウトは絶えず選択し続ける。


「ハハ、さすがユウトくん。多彩だね」

 対して夜白のやることは一つだった。


「行かせないよ」


 横をすり抜けようとする敵も見逃さない。

 展開した降霊武装アームド・ネビロス・『Perfect Thrones』。

 大小散りばめられて構成された歯車の翼と、宙に投影されたキーボードを操作し、ワーロックの赤い眼が見抜いた敵の情報を瞬時に解析する。

「消去」

 その声と同時に、彼女が視界に捉えた敵兵は即座に消滅した。

「僕の設計した腕輪だ。対処法を考えるなど造作もない」

 敵の不死性を奪い、存在に必要な魔力を即座に消滅させるアンチウィルス。ネビロスリングの魔法構造を理解し、その穴を突く事ができる夜白だからこそできる芸当だった。



「……さすがにワーロック二人ではこの腕輪は役に立ちませんね」



 倒されても無尽蔵に増える兵隊がユウトたちを囲んだ。


「……ッ、おやおや」

「式美、春哉……」


 吹き抜けの二階には春哉がいつの間にか立っている。恐ろしいのは足音も聞こえなければ気配も感じなかったことだ。


「ハハ、まるで忍者みたいだね。不気味だよ」

 夜白の挑発にも似た言動に、春哉は憎しみの目で応えた。

「あなたには言われたくない。神凪夜白」

 その静かな怒りの炎は、怨敵を前に加速度的に燃え盛る。だが春哉は今は敢えてそれを鎮めた。


「あちらの世界でこそこそされると迷惑だ。彼女アリサはここで排除させてもらいます」


 春哉はネビロスリングを胸元で構えた。


『Phoenix Open』


 少年の体が炎に抱かれ、まるで彼の荒ぶる心を象徴したような降霊武装が展開された。


「させないよ。それに君にはうちにハッキングして、ネビロスリングの設計情報を抜き取った犯人の正体を吐いてもらう」

「アリサはやらせない!」


 ユウトはドンッと地を蹴って加速する。

 途中襲い掛かる不死の分身体。それらを夜白に任せ最小の動きで捌きながら、本命の春哉を目指した。

「ハアアッ!!」

「無駄です」

 その言葉は嘘ではないかった。

「ッ……!?」

 魔道の最奥とまで言われる魔道士がまるで魔法にかけられたように、春哉に斬りかかったユウトの体が全くあらぬ方向で宙を舞った。

「が、は……ッ!!」

 勢いを二倍以上に高められ、壁に叩きつけられたユウトは苦悶の表情を浮かべた。

(これが……式美流……)

 それは人としての限界を極めた技。魔法のような過程を排した奇跡とは真逆の、研鑽され尽くした必然の力だ。

「はっ!!」

 流れるような怒涛の回し蹴り。そして続く掌打。その一挙手一投足にまで張り巡らされた発勁は、一撃一撃のダメージを何倍にも増加させる。それが人体の中枢に、深いダメージを蓄積させていくのだ。

「く……うッ……」

 守に重きを置いた武の極地。だが聞いてた話とは違うとユウトは思った。式美流の教えを破っている。それだけではない。

 何かもっと別の――


「……この力、


 夜白の魔弾のフルバーストを、春哉は正面から受けた。

「「!?」」

 だが彼は無傷だった。むしろその両腕に蝶のように羽を広げた炎が燃え盛っていた。

 明らかに降霊武装とは性質の違う神秘的な炎だ。煌炎は春哉の腕を包むと、その形を手甲へと変えた。


「……魔具」


 御巫刹那の『伊弉諾いざなぎ』、レオン・イェーガーの『ハンニバル』、そしてアリサの『パンドラ』と同じ、神代の禁忌を秘めた魔法の武具。


「……火神アグニ。例えワーロックであっても、この力はあなたたちにとって脅威のはずだ」


 雄々しく猛る炎は神をも喰い殺す。あるのは平等な死。あらゆる生命の祖たる焔がその牙を研ぐ。



「……



 これよりは死闘。

 たった一人に、ユウトたちは苦戦を強いられることとなる。

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