第5話 悪夢再び -Deep Diver-

・1・


「というわけで、君たちにはこれで伊弉冉に潜ってもらう」


 清潔感の度を越した真っ白な壁の部屋で夜白が取り出したのは、頭をまるごとすっぽり覆いそうなゴーグルだった。


「潜る?」

「そう。これで篝くんの力を使って、君の意識だけを伊弉冉の中に潜り込ませる。そうすることで、隔離された内側であっても精神と身体を繋ぐパスを介して僕たちも君と交信できる、というわけさ」

「そんなこと、可能なんですか?」

「僕ならできる、と言っておこうかな。僕もユウト君と同じでワーロックだ。この目は人では見えないものがよく見える。そして僕の『解析ちから』はそれに干渉することができるからね」

 夜白はワーロックの証である自分の赤い双眼を指さし、そう答えた。

 伊弉冉の天球に足を踏み入れれば、中には入れるかもしれない。しかし、外から通信できなければ作戦の遂行は不可能だ。これはそのための唯一と言ってもいい回避手段だった。


「危険はないんだろうな?」

 ユウトは少し強い口調で夜白に尋ねた。

「当然、危険はあるさ。たとえ精神だけを侵入ダイブさせても、向こうで受けたダメージはこちらの肉体にフィードバックされる。ましてや一時的とはいえ肉体と精神を切り離すんだ。危険がないわけないだろう?」

「お前……ッ!」

 ユウトは夜白の胸ぐらを掴んだ。

「いいんです、ユウトさん」

 しかしアリサはそんな彼を宥めた。

「アリサ……」

 彼が自分の身を案じて、自分のために怒ってくれるのは嬉しい。けれど——


「私にしかできないこと、なんですよね?」


 アリサの問いに、夜白は小さく頷いた。

 確かにユウトが一緒にいてくれれば心強い。しかしあの夜、心を通わせ魔道士の――彼の眷属になったあの時から、こんな日が訪れるとアリサは思っていた。


 いくら彼が魔道士であっても、万能ではない。ユウトにはユウトの役割がある。割けるリソースにはやはり限界がある。

 なら、。そうすることで、彼の掲げる全ての人を守りたいという理想を少しでも支えたい。

 それに、ただ守られるだけの普通そんざいは嫌だった。彼の特別になりたい。そんな無垢な乙女心もある。


「なら、私はやります。私は……あなたの眷属ですから」


 そう言われるとユウトも弱いようで、少し唸って頭を掻き毟りながら、


「……アリサを頼む」


 彼は渋々夜白にそう言って、隣のモニタールームに移動した。


「……愛されてるね。君が眷属だからかな? それとも——」

「ッッ!!」


 夜白にそう耳元で囁かれ、アリサの顔面が真っ赤に爆発した。


・2・


「準備はいいかい?」

『は、放せぇー!! 私は絶対行かないからなぁー!!』

「はい」


 タブレットから怨嗟の声を漏らす篝は無視して、アリサはVRゴーグルを装着した。

「本当に危険になったら、安全装置が働くようにしてある。けど釣り糸で君の精神を強引に引き上げるような作業だ。かかる負荷は計り知れない。あまり期待はしないようにね」

「わかりました」

 ゴーグルの内側に映る別部屋のユウトの顔を眺めながら、アリサはこくんと頷いた。

『おいアリサ、お前マジか? マジで渡るのかこんな危ない橋!?』

 三分割された視界が急に全て篝で埋まる。しかし、アリサはこう返した。


「当然です。これは単に捕まった人たちを助けるだけではありませんから」

『あ?』


 そう、この行動には他にも意味がある。

 自分たちにとって、これ以上ないほど大きな意味が。


「今まで全く起動できなかった伊弉冉が今はこうして力を発現している……後はあなたにもわかりますよね?」

『……うぐ』

 今までパスワードがわからず終いだったブラックボックス。それが意図せずとはいえ奇跡的に起動することができた今この瞬間でなら、中のデータにアクセスできる可能性が高い。

 昏睡状態に陥っている100万もの命を、この手で助けることができるかもしれない。

「篝さんだって、神座さんを助けたいですよね?」

『……ッ、あーーもうッ!! しょうがねぇから付き合ってやるよその無理ゲー!! いいか? まずはカンストまでレベル上げからだかんな?』


 相変わらずちょろいなと思いつつ、しかし彼女のおかげで光が見えているのもまた事実。アリサは篝のことを頼もしい仲間だとちゃんと認識していた。


「行きます」


 彼女の覚悟に呼応して、ダイブシークエンスが開始される。




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Diver:


Arisa Tomi

Kagari Takayama


[*******************************] 100%


...... Dive to Deep ......


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 次の瞬間、黒塗りの画面中央から、光の波が襲い掛かってきた。

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