第4話 夢、醒めて -All I have is for you-
・1・
「ッ!!」
唐突に、うなされていた式美春哉の目が開いた。
「……」
窮屈だった気道はようやく新鮮な空気を確保し、世界は彩を取り戻す。
「起きたか……春哉」
横になった春哉を頭上から見下ろしてくる、12~13歳くらいの少女は小さく微笑んだ。
「……えぇ、またあなたの
「そうか……すまないな。そんなに楽しいものではないだろうさ」
オーレリアと呼ばれた少女はばつが悪そうに視線をそらす。
錬金術師・オーレリア・アーギュス。彼女はそう名乗っている。
オーレリアは春哉の魔法で召喚した異なる位相の住人だ。
自分を起点にした不完全な模造体とは違う。
違う時間、違う世界、違う可能性。そこで確かに生きた魂を春哉の魔法の力で繋ぎ止めた、いわば完全な召霊体――英霊とも呼べる存在。
「僕とあなたの間には魔力のパスが繋がっている。仕方がないですよ。僕にはあなたが必要だ」
自分と彼女の間には切っても切り離せない繋がりが存在する。きっと彼女の意識が無意識に流れ込んだ結果があの夢なのだろう。
「ところで、どうして膝枕?」
後頭部に感じる柔らかな太ももの感触。オーレリアは自分の小さな膝に春哉の頭を固定しようと、彼の頭を左右から支えていた。
「しばらくこのままでいろ。大事を済ませた後だ。これくらいの役得は与えてやるさ」
その見た目に反して、母親のような圧倒的な安心感を彼女は与えてくれる。幼くして母を失った春哉にはそれが抗いがたい麻薬のようで、意識は再びゆっくりと堕ちていく。
「あー!! ズルいッ!!」
「え、えと……私も」
「あらあら……」
そんな春哉の意識は、新たにこの場に足を踏み入れた三人の声によって強制的に引き上げられた。
「戻ったか」
「おかえり、3人とも」
「おう、春哉ァ」
「ど、ドモです……春哉さん」
「ただいまぁ」
三人の少女たちは揃って春哉の側に、各々が定めた位置に座った。
「やっぱここが一番落ち着くぜェ、なぁ?」
「で、です……」
「うふふ」
懐ききった猫のように、顔を摺り寄せてくる三人。
「……アグリア、インベザ、メド。遊びはそれくらいにしろ」
オーレリアは少しだけ不機嫌に、しかし淡々と、自分の
「そりゃないぜマスター。自分だけ楽しむのは無しだゼ?」
「ひ、ひどいですぅ……」
「そうです。春哉さんはみんなのものですよ」
最初に声を異を唱えた金髪の勝気な少女はアグリア。
オドオドしてか弱そうな少女がインベザ。
そして、見た目に反した妖艶さを醸し出しているのがメド。
彼女たちはオーレリアの錬金術が生み出した人工生命体。ホムンクルスだ。
錬金術は森羅万象あらゆるものを量子レベルに分解し、全く違うものに再構築する、魔術とは別系統の奇蹟の秘奥。
理由はわからないが、彼女は自身の感情と魔力を切り分けて彼女たちを作り出した。
「やつらも馬鹿ではない。伊弉冉を取り戻すために必ずこの世界に責めてくる。だからお前たちには春哉の夢を守護してもらう」
「おう! 任せとケ!」
「が、がんばります……」
「春哉さん、どうぞ私達にお任せください」
オーレリアは手元から、輝く楔のようなものを生み出した。
「それは?」
「お前の夢――この世界を支える柱のようなものだ」
彼女はそう言うと、それを三人の体に埋め込んだ。
「これでこいつらが生きている限り、この世界は決して崩壊しない。それとお前にはこれだ」
彼女が取り出したのは、圧倒的存在感がマグマのように迸る魔道の武具。
名を『アグニ』というらしい。
「ネビロスリング同様、
情報提供者。春哉がオーレリアを召喚できたのも、戦う力を手に入れたのもこの人物のおかげだ。音声通話でしか言葉を交わしていないが、声から察するに相手は女の子だ。もちろん声を偽装している可能性も大いにあり得るが。
何度かやり取りをする中で、オーレリアには相手のことを信用するなと言われている。
「ありがとう、オーレリア」
「礼はいい。お前はお前の愛する者を助け出すことだけを考えていろ。私はそのための道具だ」
視線を合わせようとしないオーレリアの言葉に春哉は困ったような笑みを浮かべ、頷く。そして迷いなく、神の力の一端に触れた。
・2・
「えいさっ!」
夜景。混浴。露天風呂。
月夜を白く染める湯気でいい感じに湿った無防備な背中に、飛角は自分の胸を思いっきり押し当てた。
それだけでピクッと痙攣する少年の反応を直に楽しみつつ、彼女は未だ経験のない『男』に酔いしれる。
「ハハ……キスは済ませたけど、こればっかりはさすがにドキドキするね」
彼の前では、自分はすっかり初心な少女に成り果ててしまう。何度も窮地を救われ、何度もその声に心ときめき、もう見ているだけで心臓が高鳴る。
我ながら重症だという自覚はあるが、まあいいじゃないか。こんなにも心地よいのだから。
「わかるかい? 私のここ……トクントクンって脈打ってるだろう?」
きっと伝わっている。自分でも痛いほどわかるくらいだ。耳の奥がうるさくて仕方がない。
今ならもっと大胆に彼を、欲望のままに貪れる気がする。
「ん、おッ……お前のも想像してたよりずっとワイルド……何? 燃えてきちゃった? 嬉しいじゃない…………私が『女』だって実感できるよ」
最後の部分だけは耳元で甘ったるい声で囁きながら、飛角は少年の背後から手を回す。狙うは血流が集まる一番熱い場所。そこを優しく手のひらで包み込んでいく。
「そいそい……ッ。ん……初めてだけどなんて言うか……外はプニプニで中は芯が通ってる。フランクフルトって例えられるのも納得だね。思わず噛り付きたくなる」
キュッと手のひらに力を籠め、スナップを利かせて刺激を与えると、少年の体がまたもや苦しそうな、しかし反面嬉々とした反応を示した。
おもしろい。これはいい。
さしずめこれは少年を思い通りに操作するためのレバーだ。力の強弱を駆使して弄べば、いくらでも可愛い声で鳴いてくれそうだ。
「ハハ、まだ熱くなってきてる。大丈夫。噛んだりしないさ。大事なもんだからね」
触っているだけで脳がアドレナリンをドバドバ噴出して、汗の匂いは本能を……心を屈服させられる。腰の力が抜け、どんどん彼の背中に意識が溺れていくのがわかった。
少女は理解していた。
これは自分が制御できる代物ではない。この後、これで飛角――いや、天城千里という少女は骨の髄までしゃぶられて、嫌というほど鳴かされてしまうことだろう、と。
期待と不安は半々。でも、彼の優しさはよくわかっているつもりだ。
(もう、我慢ができそうにない……)
自分の一番奥が疼いて仕方がなかった。
とっくの昔に、目の前の『雄』を受け入れる準備はできている。
飛角は正面へと周り、彼の額にキスをして蹲踞のポーズでしゃがみ込むと、蠱惑的な笑みで唇をペロリと舐めた。
そして重力で垂れた癖っ毛を右手で掻き分け、物欲しそうな瞳で彼にねだった。
「んっ……じっくり蕩けさせてやるから、その後はこれで……私がオンナなんだって教えてくれよ。ユウ――って、イタタタタタタタタッ!!??」
***
何者かに頬を強引に引っ張られ、極上の夢から強制送還された飛角は目を白黒させて周囲を見渡した。
「……はっ、へ?」
ジャーっとシャワーヘッドから迸るお湯が服を満遍なく濡らし、そしてそれを両手で愛おしそうに握る自分の姿がお風呂の鏡に映っている。
「……お楽しみのところ失礼しますが、緊急時です。起きなさい」
御影がキュッキュと蛇口をひねると、お湯の勢いは静かに弱まった。
「……無論、初体験をそんなお粗末なもので済ませたいなら止めはしませんが」
「……」
飛角は臨界点に達した体の熱が一気に冷めるのを肌で感じた。
「うへぇ……ビショビショ……」
「……大洪水ですね」
水分をこれでもかと吸った白いシャツは透け、黒紫のランジェリーと白い肌のコントラストがくっきり透けて見えている。
見ようによっては男を煽情するのにこれ以上のものはない。
「ここは?」
飛角の問いに、御影は首を横に振った。
薄暗い室内にはネオンの光と回転式の天蓋ベッド、壁のないシャワールーム、透明なエアマット、各種小道具まで完全配備。
明らかにそういうプレイ目的で作られたホテルの一室のようだ。
「……今わかることは、私たちはまた、あの世界に取り込まれたということです。幸せな夢を見せてきたのがその証拠」
「あー夢ね……夢かぁ……ちょっと凹む」
胡坐をかいてベッドに倒れ込む飛角はガックシと肩を落とした。
「ところで御影は夢だって見抜いたんだよね? どうやったの?」
「……フフ、私ほどのユウトさん上級者になると、この程度他愛もありません。というより……あんな都合のいい吉野ユウトがいるわけないですから」
「………………だね」
飛角と御影。同じ男を好きになってしまった二人は揃ってため息を吐いた。
「と、口では言いつつお前も案外、裸エプロンでもしてノリノリだった、なんてな……ま、それはないかハハハ」
「ッッ!!??」
飛角は気づかない。
彼女の何気ない言葉は、御影の心臓をドンピシャで射抜いていたことを。
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