第3話 幻想領域 -Phantasmagoria-

・1・


幻想領域ファンタズマゴリア?」


 聞きなれない言葉に、遠見アリサは首を傾げた。


「そう。まぁ名前がないと不便だから僕が付けただけだけどね」

 相変わらず何を考えているのかわからない薄い笑みを浮かべ、神凪夜白は頷いた。


 突然の襲撃事件から6時間が経過した現在。


 東京にあるエクスピア本社の社長応接室には、宗像冬馬、神凪夜白、遠見アリサ、そして吉野ユウトが集められていた。

 夜白は宝石のように輝く赤い瞳で手元の資料を確認すると、再び状況の説明を始めた。


「伊弉冉を盗んだのはワイズマンズレポートの7人目の被験者。式美春哉。式美流柔術と呼ばれる古武術の正統後継者だ」


「式美流?」

「あぁ。小さな道場で作られた我流流派だよ。けど守りに特化したその技は、武道の世界を震撼させたほどだと聞いている」

 ユウトの疑問に冬馬は横から解説を入れた。


「魔法は『異界門ゲート・トゥ・ネイバー』。異なる位相から物質を引き寄せる召還魔法だね。裂け目ゲートとの関連性や、この世界にはない未知の物質が入手できる可能性からレポート入りしたかなりの特殊個体さ」


 相変わらずだが、研究対象を物のように呼ぶ彼女の感覚は理解しがたい。そうユウトは思いながらも、黙って話を聞いていた。


「ただ、これが実際はそこまで便利な代物ではなくてね。望む物を召還するには、位相の絶対位置を彼が認識できなくてはならないという条件が付いてくる。それができなければ道標になる触媒が必要だ。まぁこの方法だと成功率は格段に落ちるけど。彼にできるのはせいぜい、自分を起点とした異なる位相の不完全な自分を呼び出す。いわゆる分身体を作り出すことだけだよ」


 分身体と言えど本体同様に式美流を使う猛者だ。手強いのは容易に想像できる。

 だが問題はそこではなかった。


「式美は夜白しか作れないネビロスリングを所持していた。モデルは『Phoenixフェニックス』。再生能力に特化したイヴィルシリーズだ」

「そんなものを作った憶えはないけど……まぁそのせいで彼の劣化コピーぶんしんは、不死の軍隊に様変わりしたわけだね。ハハハ」

「笑い事じゃありません!」

 アリサがバンッと机を叩くと、夜白はピクンと肩を震わせてお手上げのポーズをとった。

 冬馬は続ける。


「調べてみるとうちのデータベースにバックドアが仕掛けてあった。


 そうして彼が取り出したのは白いタブレット端末だった。


「「な……ッ!?」」


 ユウトとアリサは揃って声を失う。


『ぴえええええええええええん!! 悪がったよぉぉぉ!! さっきからずっと謝ってんだろがゴラァ!!』


 そこには大泣きしながら清々しい逆切れをかます高山篝たかやまかがりが、独房用タブレットに閉じ込められていた。


・2・


『ま、まぁ……なんといいますか……そこに大きな壁があるのなら、ぶち抜きたくなるのがハッカーって生き物じゃないかと私は思うのですよ。はい』


 全員が頭を抱えていた。

 確かに、物質を電子化する力で自らを電脳体に変換した彼女ならば、持ち前の知識と合わせて如何なるファイヤーウォールも突破することはできるだろう。


「彼女が僕のセキュリティに穴を作ったせいで、容易に第三者の侵入を許したみたいだね。ま、バックドアの鍵を複製できる時点で、敵側に相当な腕を持ったハッカーがいることは間違いないけど」

『そうだぞー。わ、私は悪くねぇ!』


 篝は自分に都合のいい夜白の言葉を全面肯定する。

「高山さんが敵に情報を渡した可能性は?」

『げぇッ!? アリサ。お、お前なんて恐ろしいことを……ッ』

 アリサの質問に篝が戦慄する。

「それはないんじゃないかな。隅から隅までログを確認したけど、そんな形跡はなかった。もちろん、それらの形跡を消した形跡もね」

 夜白は小さく首を振ってその可能性を否定した。

『おぉ……何だようやしろん~。お前見かけによらずいいやつじゃん♪』

 ピッ、と夜白がタブレット画面に浮かんだ赤いボタンをタップした。


「あばばばばッ……!?」


 すると篝の身体はまるで電気が走ったように硬直し、その場にボテッと倒れた。


「勘違いしないでくれるかな? 君が僕のセキュリティに穴を空けた罪は確定している。あとで君にはそのツケをしっかり払ってもらうよ?」


 彼女はこれ以上ないほどの威圧感笑みで、死刑宣告を下す。

『ぴぃぃぃぃぃッ!! こいつやっぱり悪魔だぁぁぁ!!』

 篝は画面の端ですっかり怯えていた。



「まぁそれはいい。問題はをどうするかだ」



 冬馬は窓の外に視線を移した。釣られてユウトも。

 ここからなら天球状に浮かぶ月のような、巨大な物体が一望できる。

「……伊弉冉」

 かつてユウトが終わらせた世界。それが今再び目の前に存在している。あの時とは違って、今度は外側からそれを見ていた。


「幸いと言ってもいいのか、今回の世界創造の規模は極めて小さい。およそ東京ドーム3個分くらい、かな。鳶谷さんたちの研究所を中心に展開している」


「御影たちは大丈夫なのか?」

 ユウトは夜白に尋ねた。

「さぁね。中がどうなっているかなんてわからないよ。時間や距離の概念が歪められている可能性だってある。同じ時間軸にいるのかすら不明瞭だ。あれにはそれができるだけの力があるからね」

 分界リンボ。かつての可能性の世界がその証明だ。


「冬馬、俺は今すぐ二人を助けに行く」

「待てユウト。気持ちはわかるがそれはお前の仕事じゃない」

 くるりと背中を向けたユウトの肩を冬馬は掴んだ。

「どういう意味だよ?」

 人が神格を得た最古にして最強の進化系、魔道士ワーロック。しかもユウトはそこから独自の進化を遂げた蒼眼の魔道士だ。彼の神に対して、これ以上ない最大戦力を止める理由はないはずだ。


「今回の一件、式美だけでは絶対に実行できない。やつをサポート……あるいは利用しているやつがいるはずだ。お前の戦うべき相手ってのはそいつらの方じゃねぇか?」


「……けど」


 頭では理解しているが、ユウトは納得していない様子だ。



「大丈夫です。伊弉冉は私が何とかします」



 そんな時、手をあげたのがアリサだった。

「元よりそのつもり、ですよね?」

 彼女は不敵な笑みを冬馬と夜白に向け、二人は揃って頷いた。


『じゃ私は帰ってゲームでも……』


「あなたも行くんですよ」

 逃げようとする篝の背中を、アリサはタブレット越しに覗き込んだ。

『いやだぁぁぁ!! おうちかえるぅぅぅぅッッ!!』

 必死に抵抗する篝であったが、この後滅茶苦茶説教された。

 当分画面の中から出たくなくなるほどに。

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