決意
同じ頃。セイントと繋がったブリガドゥーンの広間では、激しい攻防戦が繰り広げられていた。贄神の眷族や、贄神に冒されたモンスターたちが、いくら倒しても壁や床から染み出てくる。
回復呪文を使えるティアとイヨが回復役に徹し、リリとディアナが広域を攻める魔法攻撃、クリューガとゲノムが各個撃破。
――トウマとカレンが贄神を滅して戻るまで、この入口を守る。
彼らはそれぞれの目的があり、そのために聖剣の主となったトウマとカレンについてきた。
だが、今、トウマとカレンのために彼らは戦っている。
贄神が復活した。またもや世界が恐怖を信仰とし、来るべき滅びの日を脅えながら待たねばならない――そういったお題目抜きに、である。
彼らの、不安を欠片も見せず戦う姿は、部外者であるディアナをも奮い立たせた。
とめどなく涌いてでてくる贄神の眷属どもは各個撃破だけでは追いつかない。広範囲にまたがる魔法攻撃は一網打尽にできるほどの威力はない。
(彼らを少しでも手助けするには……)
勿論、リグラーナのためでもある。だが、それを差し引いたところで聖剣の主とその仲間達に助力したいと、ディアナは思った。
「珍しい術をお見せしましょう……リグラーナ様もご覧になったことがない、我が秘術」
神官家の末裔たるディアナは目を半眼に閉じ、複雑な呪文を編み始めた。手ごわい雷撃がやみ、群れをなして襲いかかるモンスターたち。
「ディアナ様!」
リリが叫ぶ。負担が増えて泣きそうになる少女をちらりと見て、微かに申し訳なさそうな顔をした。が、呪文をやめることなく紡ぎ続ける。
「――我が胎内から出でよ。闇よりの使者、終わりなき夜、地獄の衛兵!」
ディアナの足元の床がぐにゃり、と歪む。床のタイルが沸き、溶け始める。
ず、ずず。小柄な、黒い悪魔たちが地中から出現した。悪魔は隊列をなして、ぞろりぞろりと歩き始めた。その数は贄神の眷族に迫る勢いだ。
贄神の眷族やモンスターと、悪魔の行軍が衝突する。
まるで砂糖菓子にたかるアリのごとく、小さな悪魔たちは自分たちよりはるかに大きなレギオンに掴みかかり、その肉体を噛み、引きちぎっている。知的な美女のディアナとは結びつき難い、原始的で生々しい戦いだった。
セイントのクルーたちは一瞬呆然としたが、クリューガの雄叫びが戦場に引き戻す。これをきっかけに攻勢へと。
炎の球と光の輪が弾ける。ゲノムのブレードが一閃し、クリューガの鋭い爪が引き裂く。ティアの放つ無数の矢が敵を粉砕する。
悪魔の軍団が霞と消えた後、ディアナは膝をついた。
「大丈夫か!」
クリューガがフォローに跳んだ。その視線を横に投げる。受けたティアが頷きと共にともに銀の閃光をばらまいた。
「どうか……ご覧にならないで」
優美だった首筋は血管が浮いて痩せ、声はしわがれていた。
「貴殿たちを見ていると、私も何か捨てて得なければなるまい、と思ったのです」
くっくっ、と自嘲的にディアナは笑った。それでも、と立ち上がり、再び雷の呪法を紡ぎ出す。リリとイヨの不安げな視線を手で振り払い、気丈に両手を広げた。
「……この秘術は使用者の魔力と体力、そして抱いている“想い”を費やして形にするのです。リグラーナ様はあのご気性どおり、激しく美しい“煉獄の炎”。私めは闇の者を召還し、荒々しく卑しい戦いをする……これこそが、私の闇、本性なのです……」
クリューガは、小さく口笛で称賛した。かつての敵の実力を、彼は称えていた。
「戦いに美しい、美しくないなんかねえ。全力を尽くして戦うてめえは、真の戦士だ」
戦線復帰するディアナの頭上から、優しい光が降り注ぐ。ティアが手をかざし、回復呪文を唱えたのだ。
「これで少し体力が回復するわ。あなたのおかげで戦況は楽になった、ありがとう」
彼女が力を振り絞って秘術を発動したおかげで戦況はかなり楽になった。なにより、同性として、ディアナが今の衰えた容貌を見られたくない気持ちはよく理解できた。
「貴重な回復魔法を……かたじけのうございます、ティア殿」
うふ、と微笑むティアを見る。クリューガとティアの間で視線が交錯する。ディアナだけではない。リリもイヨも、魔法を主体とした者にこの長期戦は過酷だった。
そして、すぐ傍に忍び寄る瘴気。
ティアは顔をあげた。瘴気が大きな塊となって、贄神に汚染された黒い水晶のゴーレムに変化した。ディアナが雷撃を浴びせるが、効果は薄い。魔法に対する耐性があるようだった。ゴーレムは腕を振り回してティアを横に払いのけた。
「うっ!」
ティアは弾かれて弓ごと転がった。ゴーレムが迫る。
「ティア殿……!」
ディアナが雷撃を放とうとしたが、クリューガがそれを押し退けて前に出た。魔法は効果が薄い。ディアナは瞬時に切り替えて入り口の防護に回る。数を減らしたはずのレギオン群が再び猛威を振るっていた。
「こっちは任せなさい!」
「行って、クリューガ!」
年少二人のエールに、クリューガは片手を上げた。
ディアナが二人に並んで言った。
「ふっ、成長しましたね」
ティアは体勢を立て直そうと、横に転がった。ざん、と黒いゴーレムのパンチが床を砕く。腕がドリル化して打ち込まれる楔のようなパンチで、半分ロボット化しているようだった。突然変異種だ。
ティアは身を起こし、膝をついた状態で弓を構える。広域・遠距離攻撃の弓は至近距離では不利だった。しかも相手はゴーレム。物理攻撃は元々効きにくい。
ゴーレムが腕を振り上げた。退こうにも間に合わない距離である。時の流れが嘘のように緩やかに感じられた。ゴーレムの腕が迫る。回転するのも見えている。なのに、体が動かない。
(避けなきゃ……避けられない!)
ティアは目をつぶり、来るべき衝撃を覚悟した。肉が抉られ、ひしゃげ、血飛沫が飛ぶ音が、耳に届いた。
だが――痛みはない。
頬に、自分のものではない暖かいものが点々と付くのが分かった。シルバーグレーの毛皮で覆われた広い背中と、えんじ色の腰布。そしてふっさりとした尻尾が目に入った。
「――クリューガ!」
クリューガがゴーレムの腕を、自らの脇腹と腕で抱えこんで止めている。ゴーレムの腕は回りつづけており、脇腹と腕の肉を削りとっている。だが、クリューガは離さない。彼の足元には大きな血溜まりが出来ていた。
ティアは我に返るとすっくと立ち上がり、弓を構え、ゴーレムの頭を狙い、矢を立て続けに放つ。黒い水晶がそれらを弾き飛ばす。
クリューガはぐぐ、と力を込め、ゴーレムの腕を捻りはじめる。ゴーレムは体勢を崩しかけた。そこへリリと、ディアナの援護魔法が突き刺さる。
ゴア、とゴーレムは口を開けて雄叫びをあげた。
「いいぜ、来いよおぉ!!」
ブリザード・ブレス。
凍てつく息吹が水晶を凍らせる。腕の回転が止まった。クリューガの蛮勇がゴーレムを殴り飛ばした。
インファイト。互いに重傷のゴーレムと獣人は力押しで殴りあう。やがて、ゴーレムの全身にヒビが入り、轟音とともに砕け散った。
血濡れのクリューガは、力尽きたように仰向けに倒れていく。ティアは背後からクリューガを抱きかかえ、そのまま一緒に地面に倒れた。
「クリューガ、どうして……!」
回復呪文を何度も唱え、ティアはクリューガの傷を両手で押さえた。そこから流れ続ける血を堰きとめるために。
悲しいのか、嬉しいのか。涙がほろほろとティアの頬を伝う。
「近づきすぎるんだよ……だからよ、放っておけねえんだ」
目を閉じたまま、クリューガが呟いた。
「クリューガ……あなたらしくない。他人の盾になるなんて、そんな……そんなカッコつけじゃなかったじゃない。クールで、自分にも他人にも厳しくて……それが男だって、言ってたじゃない」
「分かれよ、男の見栄ってやつだ」
「分からないわよ! なによ、見栄って……そんなものいらないわ!」
イヨが駆け寄ってきて、クリューガに向けて回復の呪文を唱えはじめた。
へ、とクリューガは笑った。
「見栄さ……素直に言えないだろ? 俺の好きな女と、俺の子を守るなんて、よ」
雫だったティアの涙が、滝のように流れ落ちていく。そして微笑みながら言った。
「……言ってるじゃない……バカね……」
「……言っちまったな……」
クリューガは歯をむき出しにして笑おうとした。だが、笑い声は出ず、ひゅー、と息だけが漏れた。
ティアは髪を振り乱してクリューガにすがりつき、残りの魔力も考えず回復の呪文を唱えつづけた。
「ああ、大地の女神、豊穣の母、力を貸してください……クリューガ! 私……あなたにちゃんと伝えたいことがあるの……!」
その間にも、モンスターの進軍は止まらない。
ティアとイヨの二人がかりの回復でもクリューガは動かない。魔力が空になったディアナはそれでも短剣で必死に応戦している。ゲノム一人では前線を維持できない。
それでも、と。業火が渦巻いた。
「だっ、らっ、しゃああああぁぁぁ――――!!!!」
リリアームヌリシア。彼女も神官家の末裔。そして、贄神討伐のメンバーの一人に相違ない。頭の三角帽をヒヨコごと後ろに投げ飛ばす。
「あたしは魔王になる女よ! こんなところで負けないの! あたしが、全部やっつけるから!!」
「リリちゃん!?」
「下がってなさい、イヨ! あたしはやるわよぉぉお!!」
魔力が尽きようとも。生命力を燃やそうとも。
守りたいものがここにある。業火が次々と障気を押し潰す。
(ここは絶対に死守する。帰ってくる場所は壊させない。
だから、だから――絶対に帰ってきて、トウマ、カレン!!)
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