究極の選択
永遠にも感じられる緩慢な時間の中を、トウマとカレンは戦いつづけている。
魔力を溜めるため、とにかくカレンは動き回った。その頃合いを見計らってトウマが近接戦で粘り強く攻撃する。2、3回発動するだけの魔力が溜まればカレンが攻撃をしてトウマは退く。
体力は、黄金の台座からある程度回復できるものの、それは贄神とて同じことだった。
贄神――キリクとネルは時折表面に現れたが、もはや人間の形を取ることはなかった。苦悩に、あるいは憎悪に満ちた顔。魔法剣。鋭い銀爪。断片が彼らをかろうじて思い起こさせるものだった。瘴気は不格好な人形を取り、片手にダークアローの巨大な魔法剣を、もう一方の手に無数の銀の爪を生やし、二人に迫る。
「クソッ! 何が足りねーんだ! 聖剣、応えやがれ!」
タロスの鉄剣で贄神に斬りつけながら、トウマが叫んだ。
瘴気の触手の攻撃を避けながら、カレンも思った。自分たちに何が足りないのだろうと。
(もう、私たちの心は繋がってるのに……なぜなの? なぜ剣になってくれないの?)
魔導書を抱き締めた。
魔力がチャージできたようだ。カレンはトウマの傍に駆け寄ろうとした。
トウマの剣を、贄神は剣で受けとめ、横に受け流した。焦りが募っていたのは、トウマも同じだった。疲労もあったのだろう。トウマの剣の軌道が反れた。立て直そうとした瞬間、トウマは足もとをすくわれ転倒した。その拍子に、剣が手を離れて転がっていく。
素早く跳ね起きたトウマが剣を掴もうとする。頭上から、贄神が剣を振りかぶった。
その様子を、カレンは克明に、スローモーションで見ていた。
――
―――
グランドに置いていかれたユージニアさんの気持ち、分かるの。
私がトウマの背中を眺めていたのより、もっともっと寂しくて、辛くて、悲しくて。
勝手よね、自分だけ犠牲にして。残された人は全然救われないじゃない。その人に寄せられてる想いまで犠牲になるのよ。
でも……もしも、すごく好きな人が危険な目に遭うとしたら。自分が犠牲になるとか、そんなことを考えずに体が動いてしまうと思う。
生きて欲しい。自分もその隣で笑っていたい。それが叶わないとしたら……やっぱり、好きな人に生きてもらいたい。
勝手な理屈かしら?
でも、トウマは私と殺し合いをしなくちゃいけないって戦いに道を譲った。オレには出来ない、って言ってくれた。決戦の広間までの間、苦しんだよね、私たち。
すごく大きな想いを背負ってたのに、私を生かそうとした。その時の気持ち、思い出したの。見失ってたけど、わかったの。
究極の選択。
あなたに生きてほしい。
――
―――
トウマもまた、スローモーションでその光景を見ていた。
目の前に迫る贄神と黒い刃。
翻る白いコート。ほっそりとした体。太陽光線が乱反射したかのような金髪。投げかけられた腕。間近で見る空色の瞳は、笑っているような気がした。瞼が閉じられる。
どん、と腹の辺りを突かれる衝撃。だが、痛みはない。あろうはずがなかった。贄神の剣はカレンの背が受けとめたのだから。
腕を伸ばし、カレンを抱き締める。カレンの頭が、トウマの顔の傍にかくり、と落ちた。カレンの首筋や髪から、優しいバラの香りが漂った。
――こんな匂いだったのか。
――こんなに細くて、柔らかくて……。
だが、今、そんなことを知りたくはなかった。
声にならない叫びが、トウマの口から迸った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます