反撃

 カレンたちは異次元坑道への入口がある部屋に集まっていた。空間すらねじ曲げる城塞セイントの力。その結晶がそこにはあった。


『異次元坑道を、ブリガドゥーン城内へ強制接続する』


 ゼロが言った。彼の姿はここにはない。レイと共に肉体をデータの状態に戻し、システム内に入っているのだった。


『前回と同様、扉を完全にこちら側から封印するには聖剣が二本必要だ。マスター・カレンが中に入った後は通路は開放されたままになり、その間はセイントに贄神の眷属がなだれ込んでくるかもしれない。また、贄神には一度、セイントのシステムへのアクセスを許している。今は仮にせき止めている状態だ。つまり、ここを開放することで物理的にもシステムにも再度、贄神の侵入を受ける可能性がある、ということだ』


 カレンは頷いた。


「それでも、私は行くわ。トウマたちを救出して、そして贄神を滅する……今度こそ、完全に」


 そう言うと、カレンは仲間を見た。

 クリューガ、ティア、ゲノム、そしてディアナ。


「みんなには、私がブリガドゥーンの城に入っている間、この城を守ってほしいの」

「贄神には歯がたたねえが、その子分どもの相手くらいはできるぜ」


 と、クリューガ。


『マスター・カレンが坑道に入ったら、我々はシステム内で贄神に改変されたデータの除去と、防衛をする。その間のバックアップはほぼ何もできないが、許してほしい』


 ゼロの言葉を聞いて、カレンは思った。

 彼らも贄神と戦うのだと。頼もしい限りだ。カレンは力強く頷いた。


「ゼロも、レイも気をつけて! 二人とも、必ず戻ってくるのよ……これはマスターの命令だから!」

『……了解した。優先的な命令と理解している』


 カレンは再び、仲間たちに向き直った。


「じゃあ、私とクリューガは坑道に入るわ」

「待って」


 ティアが進み出た。


「私も行くわ」

「バカ言ってんじゃねえ」


 クリューガが語気荒く遮った。が、ティアも退かない。


「私は回復魔法が使える。セイントのシステムが止まって、リペアシステムの回復の泉も枯れてしまったのよ。瓶詰だってもうないじゃない」

「そういう問題じゃねえ! ティア、お前、自分の立場がわかってんのか?」

「私の立場ってなに?」


 クリューガがティアの目を真っ直ぐに見つめた。ぎらりとした覚悟の視線。


「……そうよね、分かったわ」

「ティア、セイントの守りもだいぶ手薄になる。絶対に下手を打つなよ」


 ティアは、しゅんとして頷いた。納得は感じなくとも、その言葉に強い信頼を感じた。かつて一騎士団を率いていた男の判断と覚悟に従う。


「カレン殿」


 ディアナが声を掛ける。カレンは頷いた。


「ええ、リグラーナも探し出して、必ず一緒に戻るわ。約束します」

「ありがとうございます。この城塞を守ることに、私も微力ながら尽力します」


 カレンは青い魔導書をぎゅっと抱きしめ、異次元坑道の扉の前に立った。

 壁に、金色の唐草模様が描かれ、極彩色で彩られた、大きな美しいパネルがある。これが扉だった。


「ゼロ、こちらの準備はできたわ」

『了解した――ちょうど良い座標ポイントがあるので、その近くに繋ぐ。贄神に侵入されたことで、こちらもあの城のシステムに入りやすくなった』


 ちょうど良いってなんだろう、と思いながら、カレンは身構えた。


『扉を開く』


 壁面のパネルの、紋様がかっと輝いた。一瞬後、暗い部屋が壁の向こうに出現した。

 澱んだ空気、砕け散った水晶の花や蔦の欠片。奇妙なチューブ。そこはブリガドゥーンの地下。贄神の揺りかごだった。

 カレンは足を踏み入れた。その後にクリューガが続く。


「……なんだ?」


 クリューガは正面を見据えたまま、目を細め、身構えた。


「なに?」


 カレンも反射的に身構える。クリューガは耳と鼻をひくつかせた。


「こっちに来るぜ!」

「なにが?」


 何かが激しく踏みしだかれる音。倒れる音。あわただしい足音。赤い光と爆音が薄闇の中で弾けた。蔦の絡まる柱の向こうで何かが起きているようだ。カレンは魔導書を構え、呪文を唱える準備をした。

 と、そのとき。

 柱の間を転がるように駆けてくる者たちがいる。


「ちょ、リリ公! てめえいつまでおぶさってんだ、魔力戻ってんなら体力も回復してるだろうが!」

「だって、らくちんなんだもん」

「あああ、トウマ! 奴らが追ってきたよお!」

「あっちに光が見えたから、出口じゃねえか?」


 トウマがその方向を見た。

 カレンとクリューガが、突っ立っている。


「……トウマ?」

(ゼロが言ってたちょうどいいポイントって、トウマのことだったの?)


 何にせよ、こんなに嬉しいことはなかった。


「カレンか? ちょうどよかったぜ! 後ろに……」

「伏せて」


 言われて身を伏せたトウマの頭上を、特大のファイアが通り過ぎていった。トウマたちを追ってきた贄神の眷族が焔に包まれ、転げまわっている。カレンはさらに二発、三発とファイアを連打する。


「丸焼きかよ……すげえな」


 クリューガはリリとイヨを両脇に抱えあげた。久々に獰猛な笑みが浮かんでいた。


「おら、一旦退くぞ!」

「退くって、どこへ?」


 戸惑うトウマの腕を、カレンは引っ張った。


「私たちの“家”よ」


 明るい場所に押し出され、トウマは目をぱちくりとさせた。見慣れたセイントの一室だ。懐かしいいつもの面々が笑顔でトウマたちを迎える。


「うおっ、なんでセイント!?」

「ゼロが繋げてくれたの」


 カレンが説明した。安堵したのか、トウマはぺったりとその場に座り込んだ。カレンもその前に膝をつく。一度傷を癒したとはいえ、連戦に次ぐ連戦で、トウマは傷だらけだった。服も破れ、わき腹から背中にかけて肌が露出してしまっている。

 その様子を見て、カレンは痛ましいと思った。と、同時に、露出して傷だらけになっている腹筋や脇腹を見て、ちょっと胸がどきどきしたのは内緒である。


「はー……」


 トウマは大きな溜息をついた。心配したカレンが顔を覗きこむ。トウマもカレンを見た。汗と血で汚れ、疲労の色はある。だが迷いの消えた、良い顔をトウマはしていた。

 カレンは実感した。


(――私、やっぱり、トウマのこと、す……)

「……腹減ったなあ……そういや、しばらくなんにも食ってねえや」


 実にトウマらしい発言に、カレンを除く全員が苦笑した。

 甘い気分は吹き飛び、カレンはじっとりと目を細め、トウマを見つめる。


「……あのね。なんでそうなの、空気読めないの。こういうときに言うことじゃないでしょ」

「いきなり空気読めってもなあ。何を読めと」

「どうしてトウマって、もう、トウマは! ……え」


 トウマの手が伸び、カレンの頬に触れた。酷く、険しい顔をしている。


「すまねえ。傷つけてしまって……」


 そう言われて、カレンは頬の傷のことを思い出した。ブリガドゥーンの地下でトウマと対峙したときに、斬りつけられたのだ。


「あ、うん。こんなのたいしたことないわよ!」


 と言ったものの、鏡を見ていないのでどんな有様か分からない。


(――傷跡が残ったら……でも、トウマが今まで耐えてきた痛みに較べれば……!)


 少しだけこみあげてくる悲しさを、ぐっとカレンは呑み込んで笑顔を浮かべた。


「そうね、もし傷跡が残ったら、トウマに責任取ってもらうわ」


 カレンにしては頑張った軽口だった。トウマは目を丸くした。笑うかと思ったが、真面目な顔で身を乗り出した。



「取るよ――責任」



 おー、と微かなどよめきが周囲から起こった。少し遅れて、カレンの脳内に言葉が届く。カレンの頬がこれ以上ないほど真っ赤になった。勢い余って胸に抱いた魔導書をトウマの顔にむぎゅっと押しつけた。


「ふんがっ!」

「じっ……冗談よ、冗談だから! もう、トウマったら真に受けないでよねっ」


 裏腹な言葉に、いっそう魔導書を強くトウマに押しつけるカレン。周りががっかりした声を上げる。カレンはきっと睨み付けた。


「そ、そんな責任取って欲しくないわ。大体、責任って義務感と引き替えって何よ? そういうことじゃなくって……」


 どさくさに紛れて本音が混じる。


「カレン、カレン」


 ティアがカレンの肩を叩いた。


「トウマ、倒れてるから」


 魔導書のパンチをくらって、トウマが仰け反って倒れている。カレンは悲鳴をあげた。


「きゃーーーっ! ティア、回復魔法をお願い!」

『……そろそろ、準備はいいか? モンスターがこの入口に集まってきつつある』


 ゼロが淡々と突っ込んだ。


「どうしていい場面でギャグになっちゃうのかしら……」


 カレンは誰にも聞こえないよう、こっそり呟いた。

 ティアから治療を受けながら、トウマは微妙な顔で鼻を押さえている。


「なあ、ティア。オレ、なんでこうも殴られるんだろ?」

「そうねえ。妙なところでツボを突くからじゃないかしら……それより酷い格好ね、トウマ。回復の泉が使えたら完治できるのだけど、セイントが半ば停止した今、枯れているのよ。贄神が侵入してきたから……」


 と、ティアはすまなそうに言った。


「セイントまでが……そうか……」


 一瞬、トウマは辛そうな顔をした。

 その目の前に剣が差し出される。クリューガが、励ますように強く言った。


「タロスの鉄剣を持ってきた。お前の守護神だ」

「ありがとよ、クリューガ! また、こいつを使うときが来るなんてな……」


 前回の贄神討伐の際に使った豪剣だ。この一年封印していたのは、トウマなりのケジメだったが、この段階に至っては頼れる相棒だ。

 それをちらり、と横目で窺うカレン。この濃縮された短い旅の間に、トウマが随分大人になったように感じられた。

 支えてきたもの、信じてきたものが一度ぽっきりと折れて、再び立ち上がって。少し大人びた男っぽさにどきどきして、それでいて少し寂しい気がした。


「ゼロ。贄神がどの辺りにいるか、分かるかしら?」

『おおよその位置は。ブリガドゥーン地下は渦巻き状に地下に下り、中心に向かって回廊が繋がっている。その中心に大きな反応があり、位置は動いていない。だが、ブリガドゥーンのシステムの浸食は進んでいて制圧下にある。セイントのシステムへの侵入も時間の問題だ』


 カレンとトウマは顔を見合わせた。それだけで、お互いの決意は通じた。微かに笑い合うと、トウマは仲間たちを振り返った。


「贄神の許へ、オレとカレンで行く。みんなはセイントを守っててくれよ」

「おっと、待ちな。ザコの掃除ぐらいできるぜ?」


 と言うクリューガ。が、トウマは首を振った。


「ありがてえけどよ。今回は……オレの、オレたちの手で何とかしたいんだ」

「……今度の贄神は、前とは違う。お前らにとっちゃ、辛い戦いになるだろうよ」


 クリューガは先刻、カレンと共に戦った。それ故、贄神の中にキリクとネルが取り込まれてしまったことを知っている。


「ありがとう、クリューガ。でも、あなたはここに残って。守るべき人を守って、ね? 私たちは大丈夫」


 カレンが言うと、クリューガは首筋をぼりぼりと掻いた。


「ちぇっ……その辺までは送らせてもらうぜ。こんな場所じゃ狭くて戦いづらいからよ」

『マスター・トウマ、マスター・カレン。時間がない』

「おう! そっちも頑張ってくれよな」


 トウマは姿の見えないゼロにエールを送ると、カレンに笑ってみせた。


「それじゃ、行くか」


 胸の中が暖かいもので満たされていくのを感じながら、カレンは心の底からの笑みを浮かべた。


「ええ」

「ねえねえ、カレン! あたしたちは……っ」


 リリの肩に、カレンはそっと手を置いた。


「セイントを守ってね。ここから先は、私たちの戦いなの……とても個人的な」

「……あう……でも……」


 決意を秘めたカレンに、何も言い返せないリリアームヌリシア。イヨがそっとリリの肩を後ろから抱いた。


「僕たち、頑張ってここを守るよ。だから早く帰ってきてね」

「ありがとう! イヨ君、リリちゃんを守ってあげてね」

「うん!」

『贄神は今もなお成長を続けている。ゴールドオーブのエネルギー供給を受けているのだろう。システムを正常化したら、ゴールドオーブを破壊する』


「頼んだぜ、ゼロ」

「レイを……助けて、ゼロ」


 カレンの頼みに、ゼロは言葉少なく答えた。


『やってみよう』


 トウマとカレンを先頭に、異次元坑道の扉をくぐり、セイントの面々はブリガドゥーン城内に足を踏み入れた。

 闇の中に、数あまたの何かが蠢く気配がしている。


『我々もシステム内の贄神の分身の除去に向かう。これより、セイントの物理的な守りはゼロとなる。

 ――――皆の健闘を、祈る』


 ゼロの音声がぶっつりと途切れた。

 ほぼ同時に、闇が大きくうねり、ぞろりぞろりと贄神の眷属が姿を現した。


「カレン、行くぜ」

「ええ」


 トウマの剣が閃き、ほぼ同時にカレンの唱えたアバロンノヴァが炸裂した。

 終わりへの戦いが始まった。

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