最後の戦い

「うっ、ひっく……うえぇぇん」

「泣くのはデータの浪費だ」

「う、うるさいわよ! 泣けてくるから仕方がないじゃない!」


 レイは鼻をすすりあげた。ゼロは呆れたようにそれを見ている。


「システムの中でも泣くなどの感情表現ができるとは、ある意味緻密なプログラム構成だと思うが」


 システム内にデータの状態で戻ったゼロとレイだが、視覚認識の上では人間体を保ったままだ。ただ、レイはかなり体が透けており、ゼロも片腕がほぼ透明化していた。


「さて――ここから先はどうすればいい?」


 ゼロの問いに、レイは涙を拭きながら答えた。


「アタシの分身が、システム内に侵入した贄神のプログラムを抑えてるんだけど……なんかヤバイ感じ」

「もう少し正確な状況分析が欲しいが、文句を言っている暇もないようだ」


 ゼロは背後を振り返った。

 白亜の、無限階段が入り組んだ複雑な立体迷路がそこにあった。これこそが機動城塞セイントの根幹システムを視覚化したものなのだ。そのところどころに黒い霧がわだかまり、時折ピンク色の光が明滅していた。


「贄神の子分を倒しながらアタシの分身を回収して、もう一度制御システムに入って再起動するの……そしたら、セイントのシステムは正常化するわ」

「では、早急に対応するとしよう」

「……怒ってる、よね。ゼロを一旦消したり、いっぱい迷惑かけたんだもの……ごめんなさい」


 ゼロはちら、とレイを見た。レイは、ゼロの視線を避けることなく見返した。


「もう二度と迷惑かけないから、お願い。手伝って」


 淡々と、いつものようにゼロは答える。


「手伝う手伝わないの話ではない。セイントを正常化するのが私の、守人としての責務だ」

「……うん、そうだよね」


「その責務はさておき、個人的な所感を述べると。レイ、私は君に対して所謂“怒っている”状態だ」

「ふえぇぇぇぇん……」

「泣くとデータをロストする、と忠告しただろう。なぜ、私が怒っているのか、君は考えたことがあるか?」


 すんすんと鼻を鳴らしながら、レイは答えた。


「そんなの考えなくても分かるわよお。酷いこともむちゃくちゃもいっぱいしたから……」

「私もずっと考えていたのだ。なぜ腹が立つのか、ということを。一システムの暴走が状況の悪化を招いたとして、それは私が腹を立てる理由にはならない、ということは分かった。それくらいのことでいちいち怒りという感情を生じるのなら聖剣の主のサポーター失格だ」

「ゼロ……」


 ゼロは座り込んだままのレイの腕を掴み、立ち上がらせた。


「今は、その理由を検討する時間はない。後ほどじっくり検討してから、レイ、君には反省してもらうとしよう。早急にシステムを正常化しゴールドオーブを破壊する」

「……うん!」


 ゼロは白い迷宮に身を投じた。レイも後を追う。赤とピンクの光の軌跡が淡く尾を引いて、消えた。



■□□



 薄暗いフロアに、剣戟と魔法が炸裂した爆音が轟々と鳴り響く。

 押し寄せる贄神の眷族とモンスターの大群を、ひたすら斬り、撃ち、魔法でもって滅する。そこに戦術や戦略はなく、道理もなかった。


「トウマ、カレン! 早く行け!」


 クリューガはずたずたに引き裂いたレギオンをぶん、と放り投げた。そこへディアナが止めの雷撃を放つ。


「みんな! 気をつけて!」


 カレンは叫ぶと、トウマと並んで階段を駆け降りた。

 階段の先の扉は閉ざされていた。ここから先は、さらなる襲撃が予想される。

 トウマは扉の前で足をとめた。


「カレン」

「なあに?」

「こっから先は……自分の身を守ることを優先してくれ」


 そう言って、にかっと笑うトウマ


「オレがちょっとばかり危なっかしいことになっても心配無用ってことだよ。てめえの命はてめえで守る」


 カレンは澄まし顔で答えた。


「あら、私、そんなに弱いつもりはないけど?」

「うん。知ってる。だから、全力で自分を守ってくれ。絶対に……自分を盾にするんじゃねえぞ、絶対にだ。オレも他人にかばってもらうほど弱いつもりはねえよ」

「そっくりそのままお返しするわ」


 わざとつんつんした素振りで返し、そしてカレンは微笑んだ。遠まわしながらトウマの言わんとすることを、カレンも理解している。


「行きましょう……まだ二人を救えるかもしれないわ。私が呑まれたときもそうだったもの」

「だな。まずは贄神とあいつらを引き離す。分離できれば、あのときと同じように、消すだけだ」


 口ほどに簡単ではないことを二人はよく分かっていた。

 聖剣の真の力の発動条件は未だ謎に包まれたままだ。今回は二人とも揃っているとはいえ、都合よく力を発揮できるかどうか。結局、行き当たりばったりである。必滅の武器を持ちながら思うように使えない。また、今は回復アイテムが全くない。長期戦は不利だった。


(――それでも、独りじゃない)


 どんな回復呪文よりも強力な想いが、二人を繋いでいる。

 トウマは扉の脇にあるレバーを降ろした。扉がしゅっと開く。ざわり、と薄闇の中で何かがうごめいた。どろどろと黒い霧が、壁から染み出し、床を這い、寄り集まって形を作っていく。

 大型のレギオンや、ロボットの殻をかぶった贄神の眷族がむくり、むくりと起き上がった。

 その只中にアバロンノヴァが放たれる。そこへトウマがすかさず斬り込む。カレンの足元からインフェルノの紅蓮の焔が迸る。カレンに近づくモンスターがあればトウマの剣が吹き飛ばす。


 初めて、背中を預け、肩を並べて戦った。

 トウマはカレンの魔法攻撃の威力と華麗さに瞠目した。

 カレンはトウマの剣捌きや俊敏な動きに目を奪われた。

 敵を殲滅したフロアで、二人はお互いに顔を見合わせ、笑った。


「結構やるじゃん」

「トウマもね」


 思えば、二人が同時に同じ戦場に出陣することなど、今までありえなかったのだ。


「魔力は大丈夫そうか? 次の部屋に行くぜ」

「走りまわってるからまだ大丈夫!」


 そうやって回廊を抜け、幾つ目かの部屋に移動したとき。

 扉を開けた瞬間、紅蓮の焔が見えた。その中に、黒絹のドレスをまとい、焔のごとき髪を持ったリグラーナが仁王立ちになっている。

 すぐ傍に、白銀の鎧を纏ったグレゴリアとカリヴァが、焔の照り返しで赤く染まりながら贄神の眷族をばさりばさりと斬り倒していた。


「――リグラーナ!? と、カリヴァと鉄仮面」


  思わず叫ぶトウマ。


「なんでリグラーナの名前が一番先なのよ」


 カレンの鋭い突っ込みが聞こえないふりをして、トウマはカリヴァたちに駆け寄った。


「無事だったんだな、カリヴァ!」

「お前こそ! カレンがいるということは……うむ、うむ」


 ひとり合点するカリヴァ。そこへ、ずい、とグレゴリアが割って入ってくる。


「トウマよ、聞きたいことがある。贄神が蘇ったとリグラーナが言うのだが、誠そうなのか」

「まだ信じておらぬのか。お主も頑固な男よ。トウマたちがここへ来たということは、その証だ」


 と言うと、リグラーナは真顔になった。


「私の力が及ばなかった。すまぬ。またお前たちの力を借りねばならぬ――」

「リグラーナのせいではないわ。この件はエルドスムスでも同時に進められていたんだもの。それに……今回の立役者は、人の心を読むのがとても上手だった」

「カレンよ。今、エルドスムスの人間が関与していると言ったな」


 グレゴリアが険しい顔をして尋ねる。カレンは頷いた。


「今は詳しく説明している時間はないけど……キリク・リーダ。彼がエルドスムス側の首謀者で、犠牲者」

「なにッ……」


 名を聞いて目を見開くグレゴリア。リグラーナも驚愕の表情を浮かべている。


「そんな……ルーンフォルスと人間が通じていたというのか? なんという……」

「ええい、四の五の言ってる場合ではない!」


 カリヴァがごん、と大槍で床を突いた。 


「話は後ほど聞くとしよう。トウマ、カレン。先を急ぐのだろう?」

「急ぐ。贄神はオレたちの手で何とかする」

「ならば、そこまで供をしてやろう。陛下、魔属の女王よ。異存ないな」


無論、とグレゴリアが頷けば、リグラーナも微笑む。


「道を開くことくらい、我らで勤めよう。それにトウマに恩を売ることもできるしな」

「ちょっと、リグラーナ。なんでトウマだけに恩を売りつけるの?」


 つっかかるカレンを、リグラーナは軽くいなした。


「カレンに恩を売ったところで面白くないからな……だが、無事で帰ってくるのだ。此度のこと、じっくり説明をききたい」


 なんだかんだでリグラーナがカレンのことを気遣っているのが伝わる。むくれ顔を作りながらも、カレンはそのことを噛み締めた。

 他人の想いを受け止めるには、自分が無事でなくてはならない。

 他人から想われている身は、すでに自分だけのものではないのだ。

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