現実

 こつん。

 自分の立てた足音に、リグラーナは我にかえった。足には黄色のサンダル。カレンから拝借してそのままだ。

 円形の大きな部屋に、リグラーナはいる。透明な蔦が絡みあってできたような巨大な柱は発光し、室内は昼間の明るさだった。4階層分もある壁は天井まで本がひしめきあっている。それぞれの層ごとに円形の回廊があり、その広さだけでも相当なものだ。

 リグラーナは手近にある柵のついた円盤に乗った。円盤は何もせずとも、するすると2階層目まで登り、停止した。

 もう幾度となく使っている移動装置だが、使うたびに軽い驚きをリグラーナは感じていた。


(現在のフィアガルムにさえないものが、ここには残っている)


 残っているものといえば、書棚を埋め尽くす本もそうだ。リグラーナはこの場所の虜となった。

 それもそのはず。ここには失われた“記憶”があるのだから。

 リグラーナの顔に苦悩の影がよぎる。


――どうして、我々はこんな大切な“記憶”を忘れてしまったのだ。

――もし知っていたのなら、先のエルドスムスとの大戦という悲劇は避けられたのだろうか。


 頭を左右に振り、リグラーナはその考えを振り払った。過ぎ去ったことはもう元には戻らないのだ。


「だが……このことを、いかにグレゴリアに伝えるか……伝えないほうが良いのか……」


 知れば、根は生真面目で責任感が強いグレゴリアのことだ。相当悩み、苦しむことだろう。

 本をあるべき場所に戻すと、リグラーナは回廊の柵にもたれ、天井を仰いだ。ドーム型の天井から、柔らかい光が降り注ぐ。限りなく自然の光に近いが、窓ではない。人工の明かりだった。


(ひとまずは私の胸におさめておいて……事の処理が済んで落ち着いたら話してみようか)


 きっとまなじりが上がり、目に怒りの焔が揺らぐ。


「奴らめ……フィンゲヘナに騒乱の種をまいた罪は重いぞ。今度こそ根絶やしにしてくれる!」


 だが、そのためには忍耐も必要だった。ほのかに赤い唇から、ふう、と溜息が漏れた。


(カレンとトウマにも話しておくほうが良いかもしれぬ。小難しい話はトウマには全く不向きだろうが、奴とて知らぬわけにはいかないだろう)


 このことを理由にして、またセイントに押し掛けるのも一興だ。セイントでは、リグラーナは自由だった。自分を魔王として恐れる者も、敵意を向ける者もいない。小さな村での買い物はとても楽しかったし、フィンゲヘナとは違う食事もなかなか美味であった。

 人間と魔属。齢は違えど精神年齢は近いのか、カレンとは女同士の話で盛り上がったりもした――例えば、服や下着。フィンゲヘナの実用優先のものより、人間の服や下着はなんと無駄が多くて繊細なことか。淡いピンクに水色、フリルやレースがたくさんついた小さな布きれ。新品のショーツは何枚か強引にもらったのだが、さすがにブラジャーはサイズが合わなかった。


「あんな下着がほしいな……」


 アイボリーのサテン地に黒のレースが付いたブラジャーとショーツだ。カレン曰わく『一番のお気に入りの勝負下着』だった。何の勝負かと問い返すと、顔を赤くして口ごもっていたが。その辺りはカレンより経験値が上のリグラーナだ。内心、カレンをかわいいとさえ思った。


「勝負はまだまだ先が長そうだ。しかし……トウマもトウマだ。あんな小娘を屈服させるのも訳ないだろうに」


 ふふ、と含み笑いをするリグラーナ。セイントでの宴の後のことを思い出したのだ。

 ドレスの下の、さらにブラジャーの下で乳首が尖るのが分かった。


(――思い出して興奮するなど……私も堕ちたものだ)


 その変化はしかし、言葉ほどに不快ではない。

 指先で唇に触れ、その指は顎、喉元と滑り、そしてドレスの胸の頂点へ滑っていく。胸の先の確かなしこりを指の腹に感じ、リグラーナは甘い溜息をついた。

 そして手を離し、両手で自分を掻き抱く。


「……グレゴリアも、あんな風に“する”のだろうか……」


 こちらの勝負もまだまだ遠そうだった。

 そのとき、しゃっ、と扉が滑る軽い音がした。

 リグラーナの表情が一変し、厳しさと冷静が同居した“魔王”の顔に戻る。

 こつこつ、という足音を聞きながら、ゆっくりと振り返り、下を見下ろす。表情に、少し柔らかさが戻った。


「おお、お前か。大儀であった」




■□■




 しゃっ、と扉が滑る軽い音がした。

 トウマが振り返ると、そこにはネルが立っていた。黒いフードコートではなく、淡い紫の、シンプルなワンピースだ。銀髪の髪と合っていて、小麦色の肌の美しさが際だっていた。

 ネルは、トウマが剣を正眼に構えている姿を見て、目を見張っている。トウマは慌てて剣を降ろした。


「退屈だったからさ。部屋も広いし」


 この城は何もかもが大きくできているのか、トウマが案内された部屋も広かった。先ほどの広間とは異なり、壁は陶器のような質感でごく薄い緑だ。漆喰でも石でもない。滑らかで継ぎ目のない壁もまた現世の技術では作れないものだ。壁には幾つものタペストリーが飾られ無機質な印象を和らげていたが。

 これに似た壁をトウマは知っている。壁だけではない。この部屋に至る長い回廊、階段。窓もないのに降り注ぐ柔らかな光。快適な室温と湿度。


(――やっぱりセイントに似ている)

「……座らないの?」


 ネルは椅子とテーブルを手で差した。これらも、陶器のように硬く滑らかで角がなく、全て曲線で構築されていた。壺が変形したようなイメージに近い。テーブルの上には茶器とポットが置かれていたが、トウマは手をつけていなかった。


「カリヴァたちを待ってんだよ」


 頭を掻きながらトウマが言い訳すると、ネルは小首を傾げ、テーブルに近寄った。そしてカップを手に取り、口に茶を含み、こくんと飲み干した。


「毒、入ってない、から」

「そんなんじゃねえよ! ……今、喉は乾いてないんだ」


 ネルはすたすたとトウマに近付くと、前に立ってじっと見上げる。


「トウマ、嘘つくの、下手」


 そう言って、ネルは手を伸ばし、トウマの腕にそっと触れた。ひんやりとした手だった。


「緊張、してる」

「……なあ、ネル。この城は、なんなんだ? セイントに似てる。広さとか設備とかはそれ以上かもしれねえ」

「……昔からあった城」


 ネルの返事は間違ってはいないが、トウマの疑問に答えていない。これほどの城がありながら、技術がありながら、ブリガドゥーンの暮らしぶりはあまりにも質素だ。迫害に対抗できる手段を持っているのになぜ、という疑問がトウマにはあった。


(いや、それより、この城は何のためのものなんだ?)


 セイントは基地であると同時に、対贄神用の戦艦だ。だがこの城は明らかに建造物だった。当時か、それ以降のものだとしても、このうち捨てられた地に残っていることが不思議でならない。エルドスムスもフィンゲヘナも城の存在を知らなかったのだから。


「いいの」


 ぽつん、とネルは言った。


「疑われても、仕方がないの」

「オレは、ネルを疑ってなんかいない。ネルが空が好きだって言ったことは本当だと信じてる」


 ネルは再び顔を上げた。トウマはにかっと笑うと真顔になった。


「悪ぃ」


 何が、とネルが問う暇も与えず、トウマはネルの肩に手を置くと軽く抱き寄せる。ネルは体を強ばらせる。両手の拳をぎゅっと強く握りしめているが、しかしトウマを突き放そうとしなかった。やがて、トウマはそっとネルから身を引いた。


「……ネルは、どうしたい?」

「私、は……?」


 トウマの問いにネルは睫毛を震わせ、目を伏せた。


「聞きたいことはいっぱいあるけどさ、まずそれを知りたい」

「……」


 再び、しゃっと扉が開く音がする。


「お待たせしました……」


 トウマは顔を上げて扉のほうを見た。黒衣の一団をひきつれたルーンが佇んでいる。何事もなかったかのように、トウマはネルを脇に軽く押しのけた。


「ガリュウとカリヴァは?」

「ガリュウ様はまだ城内を散策されているようです。カリヴァ様は祖母と話が弾んでいるようで……そのうち、おいでになるでしょう」

「そっか」


 トウマは椅子に腰を降ろした。剣を足の間に抱え、それにもたれている。いい態度ではないが、ルーンは気にも留めない。うっすら笑みを浮かべながら、トウマの向かい側に腰を降ろした。


「それじゃあ、あいつらが来るまでの間、話し相手になってもらおうか」


 トウマが言うと、ルーンは頷いた。


「喜んで」

「この城、セイントに似てるような気がするんだ。同じくらいに作られたもんじゃねえのか?」

「そうです。一番最初の贄神との戦いが起きたときに作られた城です」


 あっさりとルーンは認めた。


「これだけの城がエルドスムスにもフィンゲヘナにも知られてないなんて不思議だよな」

「ひたすら隠してきたのです。我々の最後の聖地ですから。逃げ隠れ、忘れ去られることで、生き延びてきました」


 それ故にブリガドゥーンは幻の民なのだ。

 この城はセイントを除き唯一残っている3000年前の生き証人だ。幾度かの贄神復活とその際の争乱や地殻変動をくぐりぬけてきたのだった。それくらいの根性と力があれば、どんな風にも生きられるだろう。だが彼等はそうしなかった。


「なぜなんだ?  これだけの城があって、生き延びる意思があるのに、どうして隠れようとするんだ」

「我々は臆病です。失うのが怖かった。せっかくの安住の地を守り通すだけで精一杯なんですよ」


 ルーンの言うことは一理あった。が、なぜか釈然としないトウマだった。

 逃げるために隠れたのか、隠すために逃げたのか。

 トウマは重ねて問掛ける。


「話を聞いてると、まるでこの城を守ることが大事みたいだな。いくら大切な場所でも、ここに住む人達を守ることができなければ意味がないだろ」

「先程ご説明した通り、この城は我々の最後の聖地ですから」


 トウマはテーブルの上に身を乗り出した。



「――そのために、


 村人をアンデッドに変える必要があるのか?」

 


 ルーンの顔から笑みが消えた。


「ブリガドゥーンは捨てられた子供や行き場のない人達が流れつく場所だと、オレは思ってた。だが、ロムスとレムルスの住人、町、お前の後ろのそいつらも……みんなアンデッド化してるなんて、おかしくねえか?」


 す、と黒衣の一団が動き、トウマを遠巻きにして取り囲む。ルーンはテーブルの上に肘をついて、トウマを見つめた。


「驚いたよ。彼等は完全なアンデッドじゃないのに見抜くなんて。人間種は魔属とちがってそういうのを察知する能力が衰退しているから、まずバレたことがなかったのに」


 慇懃無礼だった言葉と態度が、途端に幼くなる。それがかえって、ルーンの底知れなさを物語っていた。


「生憎、オレは鼻が効くんでね」


 トウマは厳しい環境で生まれ育ったせいか、生きているもの・そうでないもののかぎ分けが出来る。それで窮地を脱したことが幾度もあった。


「さすがは聖剣の主。でも、迫害されているのがアンデッドって分かったら、君は剣を向けるのかな」


 トウマは首を振った。


「魔属だろうが人間だろうが関係ねえよ。だがな! 元々ブリガドゥーンの住人ならともかく、捨てられたり、余所から流れついた人達までがすべてアンデッドってのは納得いかねえ。しかも中途半端なんだ。生きてないけど、死んでない」

「すごい! そこまで分かるんだ。勿論、そうする必要があったからだよ。この過酷な環境では、人間でも魔属でもない中途半端な者は生き延びる術がない。体質をアンデッドにして魔属化することで適応してきたんだ」


 人間がアンデッドに襲われるなどしてアンデッド化した場合、自分の意志がなくなり、無差別に攻撃するようになる。パペットなどの魔法でコントロールしない限り、貪欲に血肉を求める傀儡に成り果てるのだ。エルドスムスにもワクチンはあるが、初期段階で投与しないとアンデッド化は防げない。

 ロムスとレムルスの住人は無気力ではあったが、そんなそぶりは見せなかった。トウマにはそのほうが気がかりだったのだ。


「そんなこと――「出来るよ?」


 当たり前のようにルーンは言った。


「そんなにアンデッドが嫌い? それこそ“どうだっていい”ことなんじゃないかな。ブリガドゥーンにお招きしたのは、君の力が必要だからなんだもの」


 トウマはルーンからネルに視線を移した。いつしか、ネルの両脇には黒衣の者が立ち、腕は抑えられていた。


「ネル……お前、何を望んでるんだ」


 灰褐色の瞳はトウマの視線を受けとめる。ただ無表情のままで。


「その子はただのお使いさ。僕からお話するよ」


 遮るように、ルーンが立ち上がった。


「少しばかり、長い話になる――昔、昔のお話」


 トウマはすくっと立ち上がった。


「昔話には興味ねえよ。オレが知りたいのはロムスとレムルスの住人をあんな酷い目に遭わせた“真犯人”は誰で、何を企んでるかってことだ」

「そのためにも聞いてもらわなくちゃいけない……でも、なんだか怒ってるみたいだね。それこそ……泣いて助けを乞えば、信じてもらえるのかな?」


 ぎっ、とトウマは歯を噛みしめた。


「つまらねえ冗談だ。オレはそういうのが一番嫌いなんだよ……! お前だってもう、隠そうとしてねえじゃんよ」


 ルーンは微かに笑った。


「うん、そうだね。でも話をゆっくり聞いてもらえそうにないから」


 その言葉が終わらないうちに、トウマは椅子を後ろに蹴り、軽く身を沈めた。視界に、伸びてくる黒衣の手を捕らえながら剣を横になぎはらう。

 黒衣の者たちが数人、吹き飛んで床に転がった。剣は抜いていないが、結構ダメージがあるはずだ。


「芝居は終わりだ。腹を割って話そうぜ?」


 ふむ、とルーンは腕を組んだ。


「剣を抜かなかったね」


 黒衣の者たちはよろよろと立ち上がる。その拍子にフードが脱げた者がいた。他の者もフードを取った。

 角があったり顔が鱗におおわれていたりするが、皆、若い少年や少女だ。一様に生気がない顔をしている。


「その子たちさ……まだ生きてるよ。自意識はあるんだ。抑えつけてるだけで。でも体はアンデッドだから簡単に死ねない」


 トウマは剣を抜き、ルーンに向けた。


「お前が操ってるんだろ、じゃあ話は簡単だ」

「そうかな?」


 わっ、と少年少女たちはトウマに襲いかかった。


「ちっ……! 汚ねえ戦い仕掛けやがって!」


 トウマは伸びてくる手を振り払い、掴み、投げ飛ばした。だが――剣は振るえない。

 くすっ、とルーンが笑う。


「もうひとつ。その子たちは正真正銘の“捨てられし者”だよ。エルドスムスにもフィンゲヘナにも居場所がなくて、ここしかなくて、ここにいる。先の贄神との戦いで、行き場所をなくした子供たちもいる。君たちが終止符を打った戦いさ」


 一瞬、トウマの動きが止まった。すかさず、少年や少女の細い手がトウマの腕、体、足を絡めとる。


「くっ……!」

「ねえ、お願いを聞いてあげてよ……その子たちの。君にしかできないことなんだ」


 そう言って、ルーンはぱちん、と指を鳴らす。傀儡のように動いていた子供たちの動きが止まった。幾つもの視線が、トウマを見つめる。先ほどとは違う、確実に意志を持った視線。


――たすけて。


 一様に、そう訴えていた。慄いている。怯えている。悲しんでいる。十数人の想いが押し寄せる。今の状況か。過酷な生活か。閉ざされた世界からか。


「ルーーーンッ! てめえッ!」


 トウマは吼えた。


「斬ればいい。君の手に剣はある。贄神を倒した力を持ってるんだ。簡単でしょ」

「……!」


――これまでだって、たくさん殺してきたじゃねえか。

  だが、手足に力が入らない。トウマをがんじがらめにしているのは――


「斬れないよね。だって、その子たちは君が一番救いたい人達なんだもの」


 矛盾。救うべき人々がトウマを拘束する。そのうえで助けを求めてくるのだ。


――斬り捨てろ。部族のみんなだって置いてきたじゃねえか。

――だからこそ、もう、あんな思いをするのは嫌だ!


 贄神を倒しても、世界に平和が訪れても満たされない、未来への渇望。それは過去への贖罪。


「まだ反抗的だね……あと一押しかな」


 ルーンが呟くと。


「んぐっ!」


 ネルの口が、背後から伸びた手に押さえられた。喉にも細い指が食い込んでいる。


「ネル!」


 ルーンはネルの前に立つと、ワンピースの襟元に手をかけ、下まで引き裂いた。

 思わず、トウマは目を見張った。

 小麦色の肌が露わになる。肋がうっすら浮き出た華奢な体を黒革の拘束具が縦横に締めつけている。胸、胴、太股の付け根を容赦なく締めつけており、喉元の輪から股間を割り裂いている紐には鋲が撃ち込まれており、肌にぴっちりと食い込んでいた。


「縛られるのが好きなんだ。体を締めつけてると安心するんだって」


 ネルは髪を掴まれ、頭をのけぞらせる。胸の小さな膨らみが空気を求めて大きく上下していた。


「安心して。殺すとか、無駄なことはしない」


 いつものようにしてあげるだけ、とルーンは言うと、ネルの乳房に手を伸ばし、爪を立てた。揉むなどという生やさしいものではない。文字通り握り潰すといった感じだ。ネルの細い体が痛みに耐えかねたのか大きく揺れた。


「痛いの、好きなんだ。生きてるって実感できるから」


 ルーンが指示したのか、幼い手が伸びてネルの片足が高々と持ち上げた。足一本で体重を支える格好になった。足はがくがくと震えており、顔や喉をおさえつけられて体をのけぞらせ、今にも折れんばかりだ。


「ぐ……」


 トウマは歯を食いしばった。視線を反らそうとするトウマの頭を、背後から手が掴み、無理矢理に上げさせる。

 ネルは前衛的なオブジェのような格好で足を開き、股間をさらけ出していた。革紐の端からわずかにピンク色をした粘膜質が覗いている。柔らかい肉を押しのけて相当強く食い込んでいるのだ。

 ルーンの手が拘束具を掴み、さらに革紐をひっぱりあげて前後に揺らす。すると汗と、それ以外の透明な、やや粘度をもった液体が足を伝い落ちていった。


「君に見られて、すごく興奮してるよ、ほら」


 ルーンの指が革紐の下に無理矢理こじいれられる。ネルの体は何度も痙攣した。


「やめろ……ッ! もういいだろ、クソ芝居は! 聞いてやるよ、そっちの話を!」


 トウマは床に向かって叫んだ。手から剣が滑り落ち、転がった。

 体の自由はすでに封じられている。ネルを弄び、いたぶったのは精神的な拷問だった。

 目的を達成したルーンは、濡れた指先をぺろっと舐め、唇の端を吊り上げて笑った。


「素直になったね。じゃあ、はじめようか。これから語るは、長きに渡り書き上げられた戯曲でござい――」


 かくして、長く、呪詛に満ちた物語は語られた。

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