話
夜が明けた頃、カレンは塔の階段を静かに降りていった。
廊下は灯りを落としており、薄暗い。
一旦眠りに落ちたもの、夜明けと共に目が覚めてしまったのだ。二度寝もできそうになくて、着替えて起き出したのだった。
いつものかっちりしたコートドレススタイルと違い、今日は、フリルをあしらったノースリーブワンピースに白いカーディガンを羽織っている。髪には、実用とアクセサリーを兼ねた小さな青いリボンが二つ。左手にはいつもの青い魔導書があるが、いささか不釣り合いだった。乙女チックながらもかっちりとしたスタイルを好むカレンには珍しい。優しくなりたくて、まずは形から入ったのだ。
『トウマとの関係がぎくしゃくしていて、多分、カレンはそれを何とかしたいと思っている……だろう? だったら、擦れ違いを生むような事は、今は避けたほうがいいと思う』
『カレンに謝らせるようなことを言って悪かった。僕は、君に謝ってなんかほしくない。笑顔でいてほしいんだ』
『報告する必要ない、か、ま……そうだな。確かに』
ぐるぐると頭の中を言葉の断片がよぎった。
(私、周りの人を傷つけてばかり)
キリクは大人である分、カレンをある程度理解してくれているようだ。故に、キリクと話をするときは気が楽だった。だが、トウマ相手では、カレンの舌足らずな言動がそのままストレートに解釈されて想像外の結果を招いてしまう。
(もうちょっと、察してよ……)
身勝手だと分かっているが、カレンは思った。
制御ルームに入る。そこから居住区に降りて図書室に行くつもりだった。
「……マスター・カレン。早起きだな」
いきなりゼロが声を掛けてくるものだから、カレンは小さく叫んだ。
「ああ、ゼロ? びっくりしたわ。あなたこそ早いのね」
ゼロは制御ルームの段上にある操作システムの前に、いつもの通り座っている。平常より灯りを落としているため、黒衣の彼がそこにいるとは分かりづらかった。
なんとなく話がしたくて、カレンは中央の階段に座った。
「まだ夜が明けたばかりよ。いつもこんなに早起きなの?」
「一日24時間のうち5時間スリープ状態になれば基礎代謝が一巡して回復するのだ。人間体でなければ2時間で済んでいたのだが。しかも寝台に横にならねば充分な睡眠を得ることができない……人間体とは不便だな」
共に生活をしていて2年が経つが、未だにゼロの寝姿を見たことがなかった理由が分かった。
「そうだったの! ちゃんと寝てるのね」
カレンは階段の下から、つくづくゼロを見た。その姿は人間そのものである。ゼロは立ち上がると、階段を降り、カレンから少し離れた場所に腰を降ろした。姿が人間になれば、動作も人間臭くなるのだろうか。
「レイは、非常によく眠るだろう」
「私よりネボスケよ」
「人間体になった今、以前よりも彼女は眠りを必要とする」
「それはあなたがその体になって5時間眠らなくちゃいけないのと一緒ってこと?」
「その通りだ。だがレイは元の形態であっても私より眠り体力を蓄えねばならない。消耗を防ぐため体も軽く小さかっただろう」
ゼロの言葉に、カレンは驚きを感じながら頷く。
「なぜなの?」
「前にも言ったが、私とレイでは存在意義が違う」
「あなたもレイも聖剣の主のサポーターでしょ?」
「そうだ。だが作られた経緯が違う。ゲノムからマスター・グランドの時代のことを聞いているだろうか」
「ええ、聞いたわ。私には分からない言葉もあったけれど」
「ゲノムは後期の対贄神兵器だ。私は第1回の贄神制圧後の、聖剣の主の支援機関として開発された」
「レイは?」
「彼女はゲノム以前の対贄神兵器の過程の産物だ」
まるでモノ扱いの言い方に、カレンは反発を感じた。
「ゼロ。そういう言い方はやめてちょうだい。私は、他のみんなもそうよ。あなたたちが兵器とかモノだとか思ってない。“仲間”だと思ってる」
ゼロは紅の瞳をカレンに向ける。そこには何の感情も現れていない。
「あなたたちの理解がそうであるとしても、我々の開発経緯は変わらない。だが、レイはいささか特殊だ。人間型の、疑似感情を有した兵器開発は失敗した。人間に似た思考と感情表現を持っているとかえって贄神に取り込まれやすいことがわかったのだ。そこでゲノムのような戦闘に特化した兵器が開発された」
「そうだったの……」
ぎゅっ、と魔導書を抱き締めるカレン。ショックだった。あのレイまでが対贄神用の兵器だったとは。しかも彼女のタイプは途中、ゲノムにとって代わられた。
『役に立ちたいの』
時々漏れるその言葉は、レイの生い立ちから出てくる心の叫びだったのかもしれない。
「レイは人間に似た思考と感情表現を持ち、行動に制限がない。マスター・カレンたちが言うところの“自由”な意志がある。だが所詮作られたモノの限界で、それを行うには大量のエネルギーを必要とする」
カレンはちらっとゼロの横顔を見る。
「ゼロも感情はあると思うわ。特に最近、私へのツッコミが厳しいもの」
「それは感情に基づくものではなく客観的な判断による行動だ。厳しいと感じるのはマスター・カレンの認識であって、私の感情表現ではない。もっとも……最近、マスター・トウマに対する扱いがいささか乱暴であるように思われるので言及せざるをえない」
「その最後の部分が厳しいって言ってるんだけど」
「ふむ……確かに最後の部分は本筋とは無関係だ」
言いながら、ゼロは微かに口元をほころばせる。カレンは目を見張った。人間体になってから、確かにゼロの感情表現は豊かになった。もちろんレイとは比較にならない程度だが。
「ゼロとレイは生まれた世代が違うんだったわね。だから聖剣の主がどのように剣を束ねるのか知らなかった。レイはグランドの時代からいたけど、そのときは聖剣は一つだったからそもそも束ねる必要がなかった……」
そこでカレンは言葉を切る。
「グランドの時も、聖剣は一つだったのかしら」
「聖剣の主は一つにつき一人であることは間違いない。聖剣システムの目的は聖剣の主の戦闘能力・生命力を最大限引き出すことだ。どれほどの火力、戦力を用いても贄神は倒せない。贄神を制することができるのは一つの意志であり、力なのだ」
カレンは魔導書を両腕に抱え、それに額を当てて考えこむ。
「私には……今もわからないの。贄神が何だったのか」
取り込まれたときの表現のしようがない“暗さ”。数万の人々が一斉に囁いているようなざわめき。流れ込んでくる様々な感情に呑まれ、カレンは自分が誰であるかも忘れてしまった。自分が消えていく中で、残ったもの……あれはなんだったのか。
「光と闇というと、闇のほうがネガティブに感じられるけど、それも相対的な比較でしかないのかもしれないわ」
「と、いうと?」
ゼロの問いに、カレンはゆっくりと確認するように言葉を紡いでいく。
「闇があったから光があるのが分かった、っていうのかしら。闇の中に、最後に残ったあの気持ちは……とても眩しくて暖かい光。でも、周囲が明るければ見えなかったもの」
そう言って、カレンは苦笑した。
「具体的に説明できそうにないわ。国語が苦手なの、私」
「今の説明は曖昧だが、言わんとする趣旨は理解できたように思う」
「ほんと?」
「今くらいにマスター・トウマに説明することができれば、マスター・カレンとマスター・トウマの衝突は50%程度は回避できるだろう」
カレンは魔導書で顔を隠した。
「……これ以上いじめないでよね。私だって今の状況がいいとは思っていないのよ。聖剣の主として、今後もトウマとはうまく協力していきたいんだもの」
ゼロはカレンを見て、再び視線を前に戻す。
「聖剣の主として協力しあうということであれば、あなたたちは今のままでも十分役目を果たしている」
「そ、そう? そっかな……」
ほっとしたような、少しがっかりしたような、複雑な気持ちをカレンは味わった。
「従って、マスター・カレンとマスター・トウマが衝突するもしないも、聖剣の主の責務とは違う次元の問題として考えるべきだ」
ごく淡々と、しかしゼロは核心を突いた。カレンは言葉をなくしてしまった。盾を奪いとられてしまったような、心許なさだ。
「でも、遠征とか防衛戦とか、色々話をするときに、そう、あんまり雰囲気が良くなと差し障りがあるでしょう……」
何かと理由をつけるが、説得力がないのはわかっていた。
「マスター・カレンが聖剣の主としての責務を果たすのに差し支えがあるというのであれば、その通りなのだろう。私にはわからない思考だが」
あっさりとゼロは引き下がったので、カレンは拍子抜けした。レイであればキーキー叫んで食い下がってくるところだろう。
「マスター・カレン。先ほど気になることを言っていたな、マスター・グランドの時、聖剣は一本だったのかと」
「あ、そうね。ううん、聖剣は一本でもいいのよ。折れて“二本になった”っていうのが気になって。だって剣なら折れてそれぞれ一本づつ役に立つとも思えないの。それなら最初から二本だったんじゃないかって。それを私たちのときのように一本の状態にしてあったのが何らかの理由でまた二本に戻ったというのなら……」
カレンは自分で言いながら、可笑しくなって笑い出した。
「なんだか謎かけみたいね。一本になったり、二本になったり」
「……レイなら、知っている可能性がある」
ゼロの言葉に、カレンは思わずあっ、と叫んだ。
「それもそうね! 生き証人じゃない、なんで私、あの子に聞くってこと忘れてたんだろ」
「レイがレイたる所以だ」
ぷっ、とカレンは吹き出した。
「ゼロ、あなた相当イジワルね。そうね、レイに聞いてみよう」
「レイは答えないかもしれないが」
ぽつり、とゼロが呟く。
「えっ……なぜなの」
「言ったろう、レイには自由意志があると。贄神打倒と、主の利益のためならば状況に応じて情報提供・提案をすることはある。が、それ以外の事項に関しては我々は主から要求がなければ基本的に何も話さない」
「ええ、それはわかってるわ。けど」
「レイは状況に関わらず、自由に語る。レイの気の向くままにだ。時には主の要求でさえ退ける。そのレイが数千年、沈黙を守ってきたのだ……私には分からない理由で」
そう言うゼロは、レイのことをよく理解しているように、カレンには思えた。たいして仲良くなさそうな二人だが、長い時を共有してきたのだ。余人には分からない共感があるのかもしれなかった。
「だから、マスター・カレン。レイに尋ねてみるといい」
がく、とカレンは魔導書を落としかけた。
「なにそれ。反対してるんじゃなかったの?」
ゼロはつい、と視線をそらせた。
「今のは提案だ。レイの態度は私には予測できない。その考えも、感情も。故に、やってみないとわからない」
ゼロもまた、自分が理解できないレイについて知りたがっているようにカレンには感じられた。自分のことは皆目分からないが、客観的になるとさすが状況把握はお手の物だった。
「うん、聞いてみる」
カレンが意気込んで答えたとき。
制御システムのほうでピー、ピーという音が鳴った。
「あれは、通信の呼び出し音だ」
昨日キリクが開設したという、帝国とのホットラインが早速稼働したようだ。
「こんな朝早くに?」
ちょうど、室内の灯りのトーンが上がり、徐々に明るくなっていく。午前6時になった証だ。
ゼロは階段を軽快に上り、制御システムを操作してマイクをとった。カレンも急いでゼロの背後に立つ。
「こちらセイント」
『おはようございます。朝早くから申し訳ありません』
鈴を鳴らすような声。モニターに映った可憐な顔は、エルドスムス帝国第2皇位継承者のエレーナだった。
□■□
「ふあああ……お、ゼロ。今日も一番乗りか。はええなー。お前いつも一番だけどな。ちゃんと寝てるか?」
制御ルームに入りながら、トウマはゼロに手を挙げた。剣を携えているのは、朝食前にニアネードの森でひと汗流すためだ。トウマの日課だった。
「ちょうどよかった、マスター・トウマ。エルドスムス帝国から通信が入っている」
「あー、昨日グレゴリアが言ってたやつだな。ほっとけほっとけ」
「エレーナ姫だが」
ぎくっ、とトウマの動きが止まった。
「姫さんが!?」
そしていそいそと階段をのぼり、制御システムに向き合う。モニターの向こうでエレーナ姫が微笑んだ。
『おはようございます、トウマ様。朝早くからお邪魔して申し訳ありません』
「おう、構わねえよ」
『ホットラインが開設されたと聞いて、いてもたってもおられず……早くお話したかったのですわ』
「あのさ、この通話、多分グレゴリアが盗聴してるぜ」
『まあ、トウマ様ったら。いくらトウマ様でもエレーナ、怒りますよ? 清廉潔白、公明正大、水鏡のように澄んだお心の持ち主であるお兄様が、盗聴だなんてそんな卑しいことをするはずがありませんわ。王家の誇りに傷がつきます』
そういいながら、エレーナは笑顔である。グレゴリアが盗聴していることを承知の上で牽制しているのだ。黒い。かなり腹黒い。恐るべし、姫さん……。
『ときに、トウマ様。本日お暇でいらっしゃいますか? よろしければ朝のお茶会にお招きしたいのですが』
「お茶会?」
『色々とお話したいことがあるのですわ。例えば歴史の話』
どうやら、エレーナは早々に仕事をしたようだった。
「あ、行く。行きますハイ」
うふふ、とうれしそうに両手を合わせて喜ぶエレーナ。
『うれしゅうございます! では、午前10時頃でいかがでしょう』
「わかった。んじゃ、そのくらいに転送システムで城内に行くよ」
『楽しみにしておりますわ。では、ごきげんよう、トウマ様』
何が楽しいのか。なんとなく嫌な予感がして、トウマはぎこちなく笑った。
モニターの映像が消え、画面が灰色に変わると、はーっ、とため息をつく。
「マスター・トウマ」
「なんだ、ゼロ」
「これが“もてる”というものなのか」
「ちげーよ!」
「そうか……ところで、マスター・トウマ。最近、マスター・カレンと意志疎通に時々支障があるようだが」
「意志疎通に支障ぉ? ……うーん、確かに最近激しく殴られっぱなしだよな。つうかカレン、だんだん凶暴になってね?」
ごほんごほん、とゼロは珍しく空咳をした。
「その理由に何か心あたりはあるのか」
トウマはしばらく考え、頭を左右に振った。
「理由はわかんねえ。けど、カレンが何かに苛立ってるのはわかる。それが解決したら、カレンも落ち着くだろ……あいつは色々抱え込みすぎるんだよ。だけど、贄神のときとは違うから、さ」
「現状の問題点を解明すれば、無益な暴力……ごほん、衝突は避けられる、と」
ふっ、とトウマは遠い目をする。
「オレがなんとかできる話でもないだろうよ」
苦い思いを唾と共に飲み下し、トウマは笑ってみせた。
「そんな役目はレイやティアが向いてる」
「……予想外に客観的な回答だ。一見、マスター・トウマらしくないが、実にマスター・トウマらしいと言える」
「あん? なにがだ?」
「マスター・トウマの本質の話だ。マスター・カレンと全く異なるのだが――」
「ははっ、まあ、確かに正反対だよな。おっ、もうこんな時間だ。ちょっと一汗流してくる」
トウマは剣を担ぎなおすと、階段を駆け下り、転送装置に入った。汗とともに、先ほどのほろ苦い思いも流してしまうつもりだった。
トウマの姿が光の粒子となり、消えた後、ゼロは制御システムとは反対側にあるアートシステムの後ろを覗いた。
「マスター・トウマは行った」
うずくまっていたカレンはすっくと立ち上がった。眉間に皺がよっている。それに気づいて、カレンは指でぐりぐりと眉間を押さえた。
「朝っぱらから姫様とお茶会だなんて、優雅ね」
だが、声がまだ尖っていた。
「今出かけた先はニアネードの森で、いつもの通りの鍛錬だ」
う、とカレンは言葉に詰まった。苛々と、魔導書をがんじがらめにしている金鎖をひっぱる。
「エレーナ姫様は、トウマに何の用かしら」
「お茶会だと言っていた」
「それは形式的な理由よ! 何か目的があるんだわ。こんなに朝早くからホットラインを使って」
(リグラーナにレイにエレーナ姫様まで……どれだけ守備範囲が広いのよ!)
不愉快だった。ささやかな自信が揺らいでいるのがよく分かる。
やんちゃでまだまだ子供と思っていたトウマが、思いのほか女性にもてるという事実を突きつけられたような気がしたのだ。しかも行動が早いときている。
知識の多寡や思慮の深さだけではトウマは測れない。密かにプライドを支えてきた、美しいと言われる容姿も、口を開けば賞嘆される知識も、トウマにはさほど意味のないことだとしたら。
以前、トウマは言っていた。
『それってなんかおかしくねぇ? 聖剣持ってるから協力しあうとかどうとか』
聖剣の主であることも、トウマには重要でないのかもしれない。
ここに至り、カレンは初めて気がついた。
今のトウマが何を考え、何を思い、どう行動しているか全く知らないことに。
「やっぱり、トウマってよくわかんない。単純で子供っぽくて、何にも考えてない感じなのに……どうして分からないのかしら」
思わず口をついて出た言葉に、ゼロが答える。
「気になるのであればマスター・トウマに直接尋ねればいいのではないか」
はあ、とカレンはため息をつき、そして苦笑いをした。
「あなたには分からないかもしれないけれど……人に『何考えてるの?』ってまっすぐに聞くことは難しいのよ。かえってそれが相手を傷つけたりして。だから、その人の態度や表情で想像して、考えなくちゃいけないの」
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ。何も言わないで通じあえる素地――例えば同じことを知っていたり、一緒に体験したりすると『この人は今こう思ってるんだな』っていうのが分かってくるの。私は……そういうのは苦手だけど」
「成る程。それ故に、マスター・カレンはキリクと共に過ごすことが多いのだな」
かっ、とカレンは顔が熱くなるのを感じた。よもやま、ゼロにそこを突かれるとは思ってもみなかったのだ。不意打ちに、怒るよりも狼狽した。
「そっ、そういうわけじゃないのよ! 贄神の史実をまとめる作業を、キリクはよく手伝ってくれてるだけよ、頼りにしているのは確かだけど」
「その点においては遙かにマスター・トウマよりも頼りになるだろう」
「だからって、トウマが必要じゃないって結論にはならないのよ。贄神については対決したトウマのほうが良く知ってるもの。それに私が避けてる戦闘や、村への支援も進んでやってくれてるもの」
そう言いながら、カレンはもはや何の話をしているのか分からなくなっていた。
「マスター・カレン。私はマスター・トウマがあなたの作業に不要だという趣旨の発言はしていない」
「うぅ……」
墓穴である。穴があったらカレンは本当に飛び込んでいただろう。
ゼロはそれ以上何も言わなかった。何か考えにふけっているようだった。
「じゃあね、ゼロ。私、図書室に行ってるわ」
階段を下りていくカレンの後を、ゼロの言葉が追いかけた。
「率直に聞かねば、分からないままだと思うが……レイに、グランド時代のことを尋ねるのも忘れないでほしい」
カレンは了解の印に、魔導書を振ってみせた。
「今の問答で判明したことは――二人のマスターは正反対だ。だがとても似ている」
階下に消えるカレンを見送りながら、ゼロは独り、呟く。
「マスター・カレンは思慮深さ・慎重さ故外界へのアクセスが圧倒的に不足している。マスター・トウマは正反対に外界へのアクセスは過剰なほどだ。だが、精神面でのアクセス――追求はしない。むしろ避けている。故に、二人は似ている。共に『あること』について臆病なほど用心深い」
ふむ、と一人納得する。
「全く異なる本質で、似た弱点を抱える者同士。どうしてあのときは一つの剣になったのか興味深い。それにしても……他者のことになれば雄弁になるものだな。人間も……自分も」
ゼロの口元に、淡い笑みが浮かび、消えた。
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