第四章、忘却の里

鍵と闇

 一体、どれくらい意識を失っていたのだろう。頭も体も重い。左手を見ると――そこにあるはずの『鍵』がない。


――そんな、バカな。


 嫌な予感が体を震わせる。誰かに持ち去られたのだ、誰かに。直ぐさま、その解が頭をよぎる。


――嘘だ。あの人であるわけがない。あの人がそんなことをするはずがない。それにあれは『鍵』を使うだけでは完全ではない。そのための個体識別機能なのだから。


 立ち上がり、床に足をつく。酷く心許ない。まるで床が揺れているようだ。次に、大きな衝撃が部屋を襲う。


――揺れている。大地が本当に揺れているのだ。


 そう、これは動揺の震えではない。

 女が駆け込んできて、始まりを告げた。

 ついに始まったのだ。この世界の終焉が。空虚な左手を見つめる。ここに『鍵』がない限り、世界の破滅は止まらない。

 一際、大きな震動が部屋を揺るがした。相当な衝撃波が地上にまで及んでいる。


――終わりだ。


 裏切られた。打ち捨てられた。最後の最後で見捨てられたのだ。

 だが、この選択をしたあの人も、世界ももうじき終わる。穏やかな笑みが顔一杯に広がった。



 そこは深く、暗い地の底。喪われた記憶が眠るゆりかご。

 部屋には香が焚かれており、白く煙っている。頭の芯を溶かすような甘い淫靡な香りがたちこめていた。

 緞子の天蓋の下。幾重にも重なった紗のカーテンの奥で、で睦まじく囁き合う影が二つ。


――件の目撃者は捕獲したのか。

――少々やっかいなことになっている。


 “少々やっかいなこと”の説明を受け、一方が思案する。


――その目撃者に間違いはないのか。

――落とし物があった。特注の“魔女の箒”。店に探りをいれたら簡単に注文主を教えてくれた。とんだ粗忽者だ。


 くすくす、ともう一方が面白そうに笑う。


――いずれにしても殺すしかない。

――任せた。それで……あちらのほうは?

――首尾は上々。ほどよく育ってきている。しかし、まだ足りない。


 もっと、もっと、もっと。

 たくさんの希望を。記憶を。願いを。全て闇に帰すのだ――

 影は重なって一つになり、激しく律動し、絡みはじめた。


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