第二章、不協和音

英雄の苦悩

 ティアの抱き締め攻撃で意識を失ったカレンは、制御ルームにある治療システムの台上に寝かされている。四本の支柱に丸い天蓋が乗っており、そこから穏やかな光がカレンに降り注いでいた。

 その周囲には、城塞セイントの仲間たちが見守っている。キリクはゼロと共に治療システムの側にある操作パネルを見ていた。


「カレンぅ……」


 レイが呟いた。


「どうしましょ……」


 張本人のティアが心配そうにカレンを見つめて言った。キリクが、慰める。


「呼吸も脈も正常に戻っているので大丈夫ですよ。意識レベルが低いのは、きっと戦いで疲れているせいでしょう」

「ティアのバカ力はゴーレム並だからな」


 トウマが、台上のカレンを見つめながら聞こえないように呟いた。そして、今さら気づいたように、キリクに尋ねる。


「で、アンタ、誰?」


 キリクはぺこり、と頭を下げる。


「申し遅れました。僕はキリク=リーダと申します。グレゴリア皇帝陛下のご命令により、贄神の史実をまとめるお手伝いをしています。よろしくお願いします、トウマさん」

「さんって、気持ち悪いな。トウマでいいよ。あの鉄仮面、元気にしてるのか?」

「てっ」


 獅子王と渾名される皇帝を鉄仮面呼ばわりされて、キリクは反応に困って目を白黒させた。


「まっ、いいや。よろしくな、キリク。防衛戦で助太刀してくれたようだし」


 トウマはキリクに手を差しだした。キリクもその手を握り返す。


「陛下のお話通りのお人柄ですね」

「アイツ、オレのこと滅茶苦茶言ってんじゃねえの? それよりさ、面白い武器持ってたよな。なんか魔法が発動する筒みたいなの」


 そう言って、キリクの脇の下にさがったホルスターを指さす。


「さすがですね、あの戦闘の最中でこれにも気を配っていたとは」


 笑って、キリクはホルスターから魔銃を抜いて、トウマに見せた。


「古代遺跡から発掘された武器です。引き金を引くことで特定の魔法を発動します。エネルギーは精霊石のエキスを用いています。あと、大きな魔法を発動すると次の弾のチャージに時間がかかるのが難点ですかね」

「ふーん。おもしろいなコレ! でもさ、キリクが魔法を直接扱えば早い話なんじゃねえの?」


 キリクは笑いながら、ホルスターに銃を戻す。


「残念ながら、僕は詠唱魔法の才能がないんです。この銃も、魔法属性の付与された剣と似たようなものですよ……長旅でお疲れでしょう。カレンはしばらく眠ったままでしょうから、少し休まれては? 僕とゼロがそばについてますから」

「あっ……うん、そだな」


 ぽりぽり、と頭を掻いてトウマは仕方がなさそうに頷いた。


「じゃあ、トウマ。私、すっごいおいしいご飯作るから!」


 せめてもの罪滅ぼしか、ティアが居住区へ降りる階段の方へ走っていく。


「ティア、あんまり走ると体に……」


 言ってから、カリヴァは言葉に詰まった。トウマと顔を見合わせる。トウマは軽く頷いた。キリクがにこやかに言う。


「ティアさん、おめでただそうですね!」


 その一言が、約一名を石化させた。いわずもがな、クリューガである。トウマとカリヴァの視線を感じて、獣人は振り向いた。


「待て待て待て。俺がなんだってそんな目で見られなきゃいけねーんだ!」


 と喚きつつ、声に勢いがない。


「お前しかおらんだろうが。全く……この不届き者め」


 お父さん――ではなく、カリヴァが渋い顔で断言した。


「別にいいんじゃねえの、めでたいことだしさ。贄神の活動の影響で、大地が汚染されてエルフの子供がしばらく産まれてなかっただろ。それをなんとかするのが、ティアの願いだったんだから」

「トウマッ! そういう問題ではないのだぞ。これは男女間の正しい在り方の問題なのだ」


 しかめつらしくカリヴァが説く。


「結婚の誓いをかわしていない男女が、その前に交渉を持つということは順序が逆だ。だからクリューガ、お前は責任を取って早急に結婚の申し込みをするんだぞ。儂が仲人を勤めてやる」


 いかにも清廉潔癖を志す騎士らしい言いぐさだった。


「待てっつってんだよ、カリヴァの旦那! 俺が父親って決まったわけじゃねえだろ!?」

「この不埒者!」


 カリヴァは矛でクリューガの頭をごちん、と殴った。


「責任逃れとは男らしくないぞ!」

「ちげーっよ! 身に覚えがないと……」


 そこまで言って、クリューガは口ごもった。ふん、とカリヴァが鼻を鳴らす。


「覚えがないのか?」

「……いや、記憶がない。俺は飲み比べでティアに勝ったためしがない! いつもノックダウンされてるんだぜ!?」

「理由にならん!」


 言い争いをするお父さんカリヴァ放蕩息子クリューガだった。キリがない。


「じゃ、キリク。カレンが目覚めそうだったら呼んでくれ。ゼロ、頼んだぜ」


 トウマはすたすたと居住区のほうへ歩き出した。たたたっ、とレイがトウマに駆け寄り、足元にまとわりつく。


「ねえねえ、トウマ。カレンの側についていなくっていいの?」


 トウマはレイを抱き上げ、肩に乗せた。


「三人もいらないだろ。よく眠ってるようだし」


 そう言って、ちらっと、治療システムのほうに視線を走らせる。

 

(疲れてるようだな、カレン)


 遠征から戻るたびに思うことではあった。


「気にならないの、キリクのこと」

「あの鉄仮面からの差し金だからなあ、まあでもいい奴みたいだし」


 そう言いながら、すっきりしない何かをトウマは抱えていた。レイが煽るように囁く。


「手紙は本物だったみたい。カレンにだけ宛てたやつだったけど」

「……ムカつくぜ、それ」

「キリク、今、ここに住んでるんだよ。居住区の空き部屋に」


 トウマはレイを両手で掴んで目の前に持ってきた。


「マジか!? なんで!? いつの間に!?」


 少し声がうわずっている。


「カレンが決めたんだもの。贄神のことを研究すのを手伝ってもらうのに便利だからって」

「ふ、ふーん」


 レイがまた煽る。


「気にしてる?」

「別に……カレンが決めたことだろ」

「ほんっとにガンコね、二人とも」


 さすがにレイもあきれたようだ。居住区の食堂兼ロビーに降りると、ティアが巨大な鉄板に肉の塊をのせてキッチンから出てきた。


「あら、トウマ。カレン、目が覚めたの?」

「いや、まだ。ゼロたちが見てくれてる」

「心配だわね」


 トウマは椅子に腰掛けながら軽い口調で答える。


「大丈夫だろ。異常はないようだし」

「そうじゃなくて」


 ティアがトウマの隣に腰を降ろす。


「カレンの心のことよ。最近特にぴりぴりしているようだわ。まるで、聖剣の主であることを黙って、耐えていた頃のよう……」


 ティアの話を聞き流しながら、トウマは目の前に置かれた鉄板の肉に手を伸ばそうとした。その手をがしっと、ティアが掴む。本人はそっと手を添えたくらいなのだろうが、手首がぎりぎりと締めつけられ、トウマは顔をしかめた。


「ね、トウマ。最近、ちゃんとカレンと話をしてる? このところずっと遠征が続いているでしょ」

「なっ、なんだよ、いきなり」


 ぐっとティアはトウマに顔を近づけてきた。


「カレンが自分から辛いとか苦しいとか言わない子だって、わかってるでしょ? トウマのほうから聞いてあげて」

「う……ん」

「やる気なさげな返事ぃ」


 と言うレイの首根っこを、トウマは掴んで持ち上げて揺さぶる。


「なにすんのよーっ」

「オレだって色々考えてるんだぜ? 続けて遠征に行ってるのも……ま、いいけどさ」


 レイをテーブルに置いて、あーっとトウマは伸びをし、溜息をついた。


「贄神を倒しても、なっかなか平和にならねえな」


 最近、特に大人びてきたトウマの横顔をじっと見つめるティア。付き合いの長い彼女には、色々と感じるものもある。


「……ごめんなさいね」

「なにが?」

「トウマも遠征先で色々あったんだなあって思ったの」


 かりかり、とトウマは頭を掻く。そして、ティアのほうを見てにかっと笑ってみせた。


「まーね。だけど荒れる気持ちってよく分かるんだ。オレもそうだったから。早く、みんなが平和に暮らせるようになるといい」


 そう言って、トウマは右手を見つめる。その腕は、幾度となく剣を振るい続けた。相手をその数だけ傷つけてきた。そして、遂には世界を救ったのだ。


「そのために、この力はあるんだから、さ」

「トウマ……大きく、逞しくなったわね。本当にそう思うわ」


 ティアは椅子から立ち上がり、片目をつぶった。


「でも、ちょっとだけ、女の子の気持ちを分かってあげてね。でないと……他の男の人に取られちゃうかもよ?」


 ティアの言葉に、ぶっ、とトウマは吹きだした。



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