未練と不満
『おまえたちのせいで、みんな死んだ』
――私たちのせいなの?
言葉は刃となってカレンを容赦なく切り裂いていく。
――私たち、あんなに頑張って贄神を倒したのに。
滴り落ちる鮮血。カレンは声にならない悲鳴をあげた。
「カレン」
柔らかい光が明滅する中、キリクが心配そうな顔で覗き込んでいる。
「あ……私」
「気が付いたか、マスター・カレン。うなされていたようだったので起こしたのだが」
ゼロが言った。
カレンが上体を起こそうとすると、キリクが肩と腕に手をまわしてそれを手伝った。
「だ、大丈夫よ」
キリクにしてみれば親切心からだろうが、距離の近さにカレンの血圧は一気に上昇した。周囲を見渡す。ゼロとキリク以外、誰もいない。ふう、とカレンは溜息をついた。
後味の悪い夢を見たせいか心細かった。だが、こんなとき一番見たい顔が側にはいない。
「もう、薄情なんだから」
と、呟き、慌てて付け足す。
「レイのことよ。私のサポートのくせに、肝心なときにいないんだから!」
「マスター・カレン。今日襲撃してきた一団のことだが」
ゼロが報告しようとするのを、カレンは遮った。
「やめて。今は、聞きたくないの……トウマに報告しておいて」
カレンは治療システムの台から降りる。硬い台の上に寝ていて強ばった体を、キリクがさりげなく支えた。
「ありがとう、優しいのね」
「これくらい普通のことじゃないですか」
おかしそうにキリクが笑う。帝都の都会人ならば、常識的な対応なのだろう。
「その『普通』の対応は、まずここ、セイントではお目にかかれないわ」
カレンは苦笑した。
「トウマを呼んできます」
キリクが言ったが、カレンは首を左右に振った。
「私、自分の部屋で休ませてもらうわ」
「では、お送りします」
紳士的な申し出をするキリクに、さすがにカレンも慌てた。
「大丈夫よ、その階段を上がったところだもの」
「大丈夫じゃないですよ。足もとがふらついてます」
カレンの腕を取って自分の腕に掴まらせ、キリクはゆっくりと歩き出す。その様子を、興味深そうにゼロが見守っている。
見守っているのは――ゼロだけではなかった。
二つの足音が通りすぎるのを、居住区に降りる階段にへばりついて聞いている者たちがいる。トウマとレイだった。制御ルームのドアが閉まる音を確認してから、トウマはレイの顔を押さえていた手を放した。
「ぷっ、ぷはーっ! ちょっと、トウマ、窒息させる気!?」
「レイが叫ぼうとしたからだろうが」
「叫んで何が悪いのよお! だってだって、あたしのこと薄情って! そりゃ、カレンの側から離れてたけど、それはトウマに色々とツッコミを入れるためなんだからねっ、トウマが悪いのよう! このにぶちん!」
「なんでもかんでもオレが悪いのかよ。まったく……」
はあ、とトウマは溜息をついた。落胆。苛立ち。その他諸々を含んでいて、重い。
「……ゴメン。ティアじゃないけど、今のはあたしが悪かったの、ホントは」
レイはトウマの膝の上に乗り、後ろ足で立ち上がる。
「……あたし、またカレンの役に立てなかったから」
『役に立つ』ということに敏感であるようだ。自分の非力さを痛感し、それをバネに何度も立ち上がってきたトウマには、なんとなく分かる気がした。
「そんな意味でカレンは言ったんじゃねえよ。レイはカレンの親友なんだろ? フツーにしてりゃいいんだよ」
慰めるように、レイの額の毛を指で撫でる。
「トウマ……やっぱり優しいね。キリクよか絶対優しいよね。アタシが人間だったら彼氏にしてあげるのに」
レイの彼氏。これにはトウマも吹きだしてしまった。
「かわいいよ、お前。ゼロと同類とは思えない」
「同類だが、レイは特別だ」
淡々としたゼロの声に、トウマはレイを抱えたまま階段を転げ落ちそうになる。振り返ると、階段の上からゼロがトウマたちを見下ろしていた。
「ゼロ! てめえ、いるならいると言え!」
「さっきからいた。私はそれより前からマスター・トウマたちがここにいることを察していた。マスター・カレンとキリクは気づいていなかっただろうが」
「あ、そ……」
「非常に興味深いことが起きつつある。と、同時に不安材料でもあるのだが」
「なんだよそれ?」
それには答えず、ゼロは背を向け歩き出す。が、数歩歩いて立ち止まった。
「レイ。我々が人間体になることはない」
レイはトウマの肩にのり、ぴょんぴょん跳ねた。
「わかんないわよ? 贄神だって倒したんだもの」
そう言ってゼロを見返すレイ。
「ありえない。不可能だ」
「黄金の門が開けば不可能じゃないもの」
ゼロは振り返った。
「黄金の門……?」
「あー、カレンの様子を見にいかなくっちゃ。キリク、送るにしてはちょっと長すぎよねー」
憎まれ口を叩き、レイはトウマの肩から飛び降り、ゼロの脇を走り抜けて制御ルームを出た。
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