救われた世界、その片隅

「おまえ……見たことがある。確か、貴族の……」


 男は苦しい息の下、声を絞り出す。急いで手当を。だが男はそれを拒んだ。


「追っ手がすぐ近くにいる。そいつらの一人でも、道連れにしてやる。どの道、助からない」


 男は、震える手で自らの左目をえぐり出す。それを、ぐっと握る。再び開かれた手の中には、猫目の紋様が入った宝石があった。血のように赤い。


「なにを……!?」

「これを、あの方に渡してくれ……」

「あの方って」


 男は一段と声をひそめた。


「魔王さまに」

「一体なにが……?」

「時間がない! よいか、必ず……必ず渡してくれ。私の命をかけた願いだ!」


 男はよろめきながら立ち上がる。


「来る……!」


 のが気配で分かった。相当、数がいるようだ。迷っているところへ、男の叱咤が飛んだ。


「行け!」


 背を押されるように走りだす。丘を越えたあたりで振り返ると。凄まじい火柱が立ち上っていた。恐怖もあったが、なにより男を助けられなかったことが辛かった。そっと、手の中を覗き込む。男の左目を封じ込めた、血のように、赤い赤い猫目石。あまりにも急で、重い願いに、忘れものをしてきたことに気がつかなかった。


『あの男、左目がなかったな』

『なに、我らの一撃が潰したのだろうよ』

『目だけを潰すほど力加減をしておらぬわ』

『おや……ここに血溜まりと、箒……? 小さいものだな、子供用か』

『うち捨てられたものだろう』

『にしては、新しすぎる。封印されたままの新品だ』


 しばしの沈黙。


『第三者がいたとなれば、面倒なことになる』


 探せ!

 探し出せ!

 殺せ! コロセコロセコロセ!

 影は闇に溶け込んだ。残るは闇だけとなった。

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