英雄の帰還
カレンとゼロが制御ルームに入ると、ティアが行商人となにやら話し込んでいた。
行商人ボルネはフォックスリンク族の商売上手な商で、セイントにも店を開いている。冒険の時には色々と世話になっていた。最近は、人が増えて賑わってきたレイル村に支店を出して子供二人に店番をさせ、『聖剣クッキー』や『触手ゼリー』など珍妙な商品まで開発して売っているようだ。
ボルネがふところから、信書筒を取り出す。
「こないだ、エルフの里近くに仕入れにいきましてん。したら、エルフのお人からティア姉さんに言伝がありましたわ。エルフの中でエラい有名人になってますなあ、姉さん」
「まあ、ありがとう、ボルネ! そういえば全然里帰りしてなかったものね。なにかしら? 後でゆっくり読ませてもらうわ」
ティアは大事そうに、その通信筒をポシェットにしまった。
「そや、こないだのアレ、どうでっか?」
ボルネが尋ねると、ティアは頬に手をあてて困った表情を浮かべる。
「う~ん、効いていると思うんだけど……」
「良薬は口に苦し、ですからな。だけど天然素材で作られとっさかい、体にはよろしおす」
二人の会話を聞いて、カレンは余計に心配になった。ボルネから薬を買って飲むほど具合が悪いのかと。
(エルフは大地の影響を受けやすいっていうから、もしかすると黒い雨や天空船の欠片のせいで……)
そっと、ティアに声をかける。
「私とカリヴァだけでも大丈夫よ、ティア。無理しちゃだめ」
「ありがとう、カレン。でも、平気よ。慣れたから」
柔らかな笑顔で答えるティアだが、すこし痩せたようだ。無理もない、このところ目に見えて食べる量が減っていた。カレンの心配をよそに、警報がせき立てる。
外に転送されると、いきなり矢が飛んできてカレンの髪をかすめていった。
「顔に傷がついたらどうしてくれるのよ!」
怒りにまかせ、フリーズを投げかえす。巨大な氷塊に襲撃者たちは巻きとられ、階段を転がり落ちていった。
「っ……! 今日は数が多いわ」
「任せろ」
老騎士は勇んでモンスターの群れの中に飛び込み、鋭い突きを連発している。それなりに高齢だったはずだが、その腕は衰えていないようだ。
「タフね、ホントに……」
「カレン、援護するからボスを先に倒して! 数が多すぎて、これ以上召喚されると厳しいわ」
ティアが長弓で矢を次々に放ちながら叫ぶ。
「わかったわ――ボルケーノ!」
カレンの周囲に灼熱の炎の壁が立ち上がる。群がるモンスターを焼き払いながら、カレンは大地を駆ける。
モンスターの群れと、淡い緑色に輝く呪壁が見える。ボスは呪壁、呪術のバリアで身を守っていた。この程度の戦いは幾度となく切り抜けてきた。それでも慣れないものは慣れないが。ブラストの魔法で敵を吹き飛ばし、ボスに迫る。
呪壁の向こうに、小柄な黒いローブ姿が見えた。
「すぐに退きなさい……! でないと」
ローブの下から鬼火のような目が二つ、カレンを凝視している。全く感情のない目だった。
(人形?)
間髪いれず、カレンは呪壁に突進する。
「シャイン!」
カレンの叫びに魔導書が応じ、光の柱が回転しながら地面から現れる。そのまま、柱が呪壁を削り、破っていく。カレンは魔導書を振り上げ、ローブ姿に叩きつけた。炎の球が弾け、ローブが燃え落ちた。
「……!」
ローブの下から現れたのは、カレンよりもだいぶ年下に見える少年だった。ただ、フレイムを浴びたにも関わらず、その顔には苦痛もなければ恐怖もなかった。
カレンの動きが止まる。
「なぜ……私たちを攻撃するの?」
少年は無言で短剣を構える。瞳孔が白く輝いている。アンデッドのような目だ。だが、少年の額からは鮮血が滴り落ちていた。アンデッドではない。意志があるかどうかはともかく、少年は紛れもなく生きている人間だった。
「どうして」
『みんな、戦いにまきこまれて死んだ。おまえたちのせいだ』
掠れた声で少年が呟く。そのときだけ目に表情が蘇った。激しい怒りと、深い悲しみと。
(――この子もトウマと同じだ)
やり場のない怒りと悲しみが、刃となってカレンに向けられているのだ。
贄神を倒したのに――まだ戦いは続く。
少年は剣を突きだした。動けない。刃がカレンに届こうとしたとき、少年の体が光の球に弾かれ、後方に吹き飛ぶ。
「カレン! そのまま動かないで!」
キリクが魔銃を構えたまま、叫んだ。銃から魔法が発動され、起きあがろうとする少年を地面に叩き伏せる。少年の姿は光の球の中に消えていった。その様子を、呆然とカレンは見つめていた。
戦うことは殺すことだ。同族の人間が敵であれば、自分の姿を重ねてしまう。戦うこと、戦いを挑まれること。どちらも恐かった。贄神を倒すという確固たる目的があるうちは、まだよかった。それが自分の良心に対しての言い訳にもなる。だが、理由なく、いまだ戦い続けねばならないことに、カレンは疲れを感じていた。
「カレン!」
キリクが呼びかけるが、カレンは立ち上がれないでいた。先ほどの少年の言葉がショックで、体に力が入らない。
「前に!」
シャインの魔法が、カレンの頭上で炸裂する。思わず、両手で顔を覆う。すぐ間近ですさまじい鳴き声が響き渡る。
すぐ目の前にゴルドドラゴンが出現していた。金属の鱗をもつこのドラゴンは、魔法一発では沈まない。生存本能で、カレンは魔導書を振りかざす。フレイムが炸裂した。
「きゃっ……!」
自らの熱風をまともに浴びて、カレンは後ろに転がった。その上にゴルドドラゴンの影がおおいかぶさった。
――トウマ……!
トウマの面影が脳裏をよぎる。それに応えるかのように、誰かがカレンの名を呼んだ。
――カレン!
ゴルドドラゴンの頭に何かが直撃した。次の瞬間、閃光が走る。ドラゴンの首が、胴体から吹き飛んでいく。迷いのない太刀筋、陽光を受けて煌めく剣。ゴルドドラゴンの体が沈むと同時に、その上に影がひとつ、降り立った。
「大丈夫か」
そう言って、歯を剥き出してにかっと、少年が笑う。薄茶色の髪の毛に赤毛が幾筋か混じっているのが特徴的で、細身の黒衣に包まれた体は、しなやかな獣のようだ。白銀の軽そうな胸当てと籠手をまとっているのみでいかにも俊敏な印象だを見る者に与える。右腕には炎のように赤い籠手のような形状のものが巻き付いていた。
「……トウマ……」
とう、と言って少年――トウマはカレンの前に飛び降りた。手をカレンに差しだしながら言う。
「かっこよかった? ちょっとヒーローっぽい登場だっただろ?」
この場の緊張感をなし崩しに吹き飛ばす脳天気な発言こそ、非常にトウマらしかった。それはカレンを元気づけるとともに、怒りのボルテージを上げさせるにも充分だった。
「フリーズ!」
トウマの手を握るかわりに、カレンは氷塊を投げつける。トウマはのけぞってそれを避けた。この距離でフリーズを避けるとはとてつもない敏捷さだ。
「ちょっ、なんだそりゃ! うわぁっ!?」
二発目、三発目とカレンはフリーズを手当たり次第に投げつける。自分でも理由がよくわからない涙が目に浮かぶ。安堵と、同じくらい腹立たしさがあった。
「な・に・が・かっこよかったぁ? なの!? 大体、トウマが色々連れていくから手薄になっちゃったのよ! それにどうしてここにいるの!?」
「遠征の帰り道に、ゼロから連絡が入ったんで応援にかけつけたんだぜ?」
「さっさと転送システムで帰ってくればいいじゃないの! どうしていっつも歩いて帰ってくるわけ!?」
「なに怒ってるんだよーーーっ」
「トウマのバカ! 大バカ!」
まるで子供同士が雪玉投げで遊んでいるようだ。が、強烈な魔法のため、当たればトウマも無事では済まない。必死で避けていた。
少し離れたところで、キリクがカリヴァとティアに尋ねている。
「……あのお二人、聖剣の主なんですよね」
「相違ない。若いというのは良いことだのう」
と、しみじみとカリヴァが答えると。
「あらあら、カレンったらはしゃいじゃって」
お姉さんの表情で、ティアは二人の姿を楽しげに見守っている。
「そうですか? どう見ても一方的に攻撃されているような……」
半信半疑のキリク。
「トウマと久しぶりに会えたんだもの。喜びの歪つな表現方法ね……うっ」
ティアは言葉の途中で口を押さえた。
「だ、大丈夫ですか、ティアさん?」
「だいじょ……ぶ……じゃない……かも」
ティアは木の影に隠れてうずくまった。
「ティ、ティアさん?」
「おーう、そっちは片付いたか? カリヴァのおっさん」
軽い身のこなしで、オオカミ型の獣人が近付いてくる。
「儂をおっさん呼ばわりするなというに!」
カリヴァの苦情を、この獣人の偉丈夫は軽くいなす。
「まー、そー堅いこと言うなよ、おっさん」
不遜な態度に軽妙な喋り。だが、これでも帝国の外壁、エルド氷壁を守る勇猛果敢な第二騎士団長だった。彼に続いて緑色の鉄の球体が不思議な動きで歩いてくる。完全自立型のロボットの総統。多種多様な一行に、キリクは目を見張った。
「な……」
銃を握りなおすキリクの腕を、カリヴァが制する。
「あれは儂らの仲間じゃ。ウルフリングの男は、帝国の暴れん坊、クリューガだ。緑の丸い奴は、貴君の大好きな古代遺跡から出てきたロボットのゲノムだ」
上体が人間、下半身が馬のケンタウルスの老騎士カリヴァは言う。
「ってオイ!! ティア、どうかしたのか?」
エルフのただならぬ様子に、クリューガが首筋の毛を逆立てて血相を変えて、やがて真剣な面持ちになった。
「ケガでもし……」
突然、ティアはすっくと立ち上がる。そして周囲の、仲間の顔を見渡し、両手を天に突き上げた。
「ティア?」
トウマとカレンも、彼女を凝視した。
「――ばんざーい!」
満面の笑みで、エルフは叫んだ。呆然としている仲間たちの間を、ティアはぴょんぴょん飛び跳ねている。おっとりと落ち着いている彼女がこんなにはしゃいでいる姿を見たのは、贄神が倒れたことがわかったとき以来だ。
「え、ティア……?」
カレンが声をかけると、ティアは手に持ったハンカチと紙きれをぶんぶん振った。
「できたの!」
「な、なにが?」
輝く笑顔でティアは答える。
「赤ちゃんが!」
爆弾発言に、誰も言葉なく立ち尽くしている。特に、クリューガは何故か白っぽくなっていた。まるで石化したかのようだ。
「そ、そう……おめでとう」
カレンが常識的な言葉を口にすると、きゃはっ、と言ってティアはカレンに抱きついた。
「やばっ! カレン、ティアから離れろ!」
その恐怖を知っているトウマは慌てて忠告したが、時すでに遅し。
「え? え? え……ぐ」
カレンのか細い体は、巨大な長弓さえ軽々と扱うティアの腕に締めつけられて身動きがとれない。さらに、彼女の豊満な胸がカレンの胸部を圧迫して呼吸もできなくなった。
(ちょっとその胸、くやしいっ……じゃなくて……)
「ティア、カレンを抱き殺す気か!?」
トウマが無理矢理ティアの腕を解く。
「あらっ、ごめんなさい。つい、浮かれちゃって! カレン、大丈夫?」
おっとりと尋ねるが、カレンは白目を剥いて泡を吹いたまま気絶していた。天には春の太陽。足もとには屍。英雄の帰還。全てを台無しにする緩い空気。戦いの後にまったくふさわしくない出来事であった。
それでも、英雄たちにとってはこれが日常だった。
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